第1 会社法上の利用可能性と税務上の特例を別に確認する
自社株式を対価に他社の株式を取得する買収では,株式交付,株式交換又は株式の現物出資等の方法を検討することになる。
取引を「株式で買う」と説明できても,どの制度を使うかによって,取得できる範囲,必要な手続及び課税関係が異なる。
会社法上の株式交付に該当することだけで,売主株主の課税が当然に繰り延べられるわけではない。
本記事は,令和8年10月17日現在の会社法と,国税庁が公表する個人株主の所得税の取扱いを基に,買収方法を選ぶ際の確認順序を説明する。
日本の居住者である個人が対象会社の株式を譲渡する場面を対象とし,法人株主の法人税,非居住者の国際課税及び具体的な組織再編全体の適格判定は扱わない。
第2 現在の株式交付を利用できる場面
1 他の株式会社を新たに子会社とするための制度である
会社法2条32号の2は,株式会社が他の株式会社を子会社とするため,その株式を譲り受け,譲渡人に自社の株式を交付する制度として株式交付を定める。
ここでいう子会社は,会社法施行規則4条の2により,同規則3条3項1号の議決権の過半数を自己の計算において所有する場合に限定される。
会社法上の子会社概念のすべてが株式交付の対象となるわけではない。
既にこの関係にある子会社の株式を追加取得する取引や,この過半数の関係を新たに生じさせない少数持分の取得には,現在の株式交付制度をそのまま使うことはできない。
対象会社は他の株式会社であり,持分会社や外国会社を対象とする取引とも区別する必要がある。
利用範囲の拡張に関する改正論議と,現在実行できる取引を混同してはならない。
2 取得株式数の下限と応募状況を確認する
株式交付をする株式会社は株式交付計画を作成し,譲り受ける対象会社株式の数の下限,対価となる自社株式,申込期日及び効力発生日等を定める(会社法774条の2,774条の3)。
下限は,効力発生日に対象会社が株式交付親会社の子会社となる数でなければならない。
株式交付は,対象会社の全株主の株式を一律に取得する制度ではないため,誰がどれだけ譲渡するかを契約・応募の段階で確認する。
株主総会の承認の要否,簡易手続の利用,開示,反対株主の権利及び債権者保護手続は,会社法816条の2以下と具体的な計画に即して確認する。
「株式交付だから決議は不要」「債権者保護手続は常に必要」と一括して処理せず,会社の類型,対価及び各例外の条件を検討する。
3 株式交換・現物出資との違い
| 方法 | 主な構造 | 選択前に確認する事項 |
|---|---|---|
| 株式交付 | 対象会社株式を譲り受け,自社株式を交付して新たに子会社化する | 子会社化の条件,応募・取得下限,対価と税務特例 |
| 株式交換 | 対象株式会社の発行済株式全部を取得させる組織再編である | 完全子会社化の目的,当事会社の手続,固有の税務要件 |
| 株式の現物出資 | 対象会社株式を募集株式の出資財産として給付する | 募集株式の発行手続,検査役調査の要否,価額不足責任と課税 |
法務上の方法を変えた場合は,税務の検討もその方法に対応させてやり直す。
株式交付についての課税繰延べの条件を,通常の現物出資や株式交換にそのまま適用してはならない。
第3 個人株主の課税繰延べには別の条件がある
1 80%要件は対価の価額で判定する
国税庁「No.1545 株式等を対価とする株式の譲渡に係る譲渡所得等の課税の特例」は,個人が株式交付で対象会社株式を譲渡し,親会社株式を受け取った場合の特例を説明する。
親会社株式の価額が,交付を受けた金銭と金銭以外の資産の価額の合計に占める割合が80%未満である場合は,特例の対象外である。
株数の80%や,買収後の議決権の80%を意味する要件ではない。
確認する式は「交付を受ける親会社株式の価額÷交付を受ける対価の価額合計」である。
採用する価額とその基準時を明確にし,株式交付計画,対価算定資料及び最終的な交付内容を対応させる。
具体的な価額算定の基準時は,契約書に日付を記載するだけで任意に確定するものと考えず,税法・通達と取引条件に即して確認する。
2 一定の同族会社に該当する場合は除外される
同じ国税庁の説明は,株式交付直後の親会社が一定の同族会社に該当する場合も特例の対象から除いている。
親会社株式だけを交付し,80%要件を満たす取引でも,この除外の確認は必要である。
「同族会社」という日常的な呼び方だけで判断せず,株式交付直後の株主構成と法令上の範囲を税務担当者が確認する。
租税特別措置法37条の13の4第1項は,判定の基礎となった株主に同族会社でない法人又は人格のない社団等がある場合,これらを判定の基礎となる株主から除外しても同族会社となるものに限定している。
したがって,通常の同族会社判定だけで特例からの除外を断定せず,この調整を含めて判定する必要がある。
このため,基本合意前に買収前後の株主構成表を作り,関係者の保有関係,交付株式数及び対価の種類を税理士へ示すことが望ましい。
会社法上実行できる計画であっても,売主が想定した課税繰延べを利用できない可能性を,対価と資金調達の検討に織り込む必要がある。
3 金銭等が交付される場合は全額繰延べではない
特例の条件を満たしていても,親会社株式以外の資産を受け取る場合,譲渡がなかったものとみなされるのは親会社株式の価額に対応する部分に限られる。
金銭が含まれているから取引全体が必ず特例対象外となるわけでも,80%以上が株式なら金銭部分まで非課税となるわけでもない。
国税庁は,親会社株式以外の資産の交付を受けた場合等を除き,この特例について確定申告は不要であると説明している。
例えば,対価を親会社株式80万円と金銭20万円とする場合,対価割合は80÷100=80%となる。
これは割合要件だけの説明であり,同族会社の除外その他の要件,採用価額及び個人ごとの申告事項まで満たしたと判断する例ではない。
第4 取得価額と納税資料を買収後まで引き継ぐ
特例を受けて取得した親会社株式を後日売却するときは,取得価額の引継ぎが問題となる。
国税庁の説明では,元の対象会社株式の取得価額を基礎とし,混合対価では親会社株式の価額に対応する部分を用い,親会社株式の交付を受けるために要した費用があれば加算する。
受け取った親会社株式の時価を,当然にその後の売却時の取得費として処理してはならない。
施行令25条の12の4にいう株式交付割合の分母では,剰余金の配当として交付を受けた金銭等を除く定めがあるため,配当と買収対価も区分して計算する。
売主個人は,元の株式の取得資料,株式交付計画,対価の内訳と評価資料,取得株数,取得価額の引継計算及び申告書類を保存する。
買収時の手続を担当した人と,数年後の株式売却時の申告を担当する人が異なる場合にも,計算の前提を再現できる形で引き継ぐことが重要である。
第5 弁護士と税理士が契約前に共有する確認事項
最初に弁護士が,予定する取引が現在の株式交付に該当するか,誰の株式をどこまで取得するか,必要な承認・開示・保護手続と日程を整理する。
税理士は,売主が個人か法人か,80%要件,親会社の同族会社該当性,混合対価,取得価額及び申告の要否を,対象となる税制に即して確認する。
この分担は実務上の整理であり,各専門家の業務範囲や契約上の責任を一律に決めるものではない。
共有する資料は,買収前後の資本関係図,株主別の保有株式数・議決権数,譲渡予定株式数,交付株式と金銭等の内訳,価額算定資料,元の株式の取得価額資料及び株式交付計画案である。
税務特例を利用できることを前提に価格を決める場合は,条件を満たさないと判明したときの価格・対価の変更,実行条件及び説明先も契約前に決めておく。
最終計画で対価や株主構成が変わったときは,初期案の税務判断をそのまま使わず再確認する。
第6 出典と関連記事
① e-Gov法令検索「会社法」2条31号・32号の2,199条,207条,212条,213条,774条の2・3,816条の2以下。
https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
② e-Gov法令検索「会社法施行規則」3条3項1号,4条の2。
https://laws.e-gov.go.jp/law/418M60000010012
③ e-Gov法令検索「租税特別措置法」37条の13の4及び「租税特別措置法施行令」25条の12の4。
https://laws.e-gov.go.jp/law/332AC0000000026
https://laws.e-gov.go.jp/law/332CO0000000043
④ 国税庁「No.1545 株式等を対価とする株式の譲渡に係る譲渡所得等の課税の特例」(令和8年4月1日現在法令等)。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1545.htm
上記資料は令和8年10月17日に確認した。
課税繰延べの具体的な適用では,同資料が掲げる租税特別措置法37条の13の4,関係政令・附則・通達と対象取引を照合する必要がある。
制度の導入・改正経緯は,会社法(平成17年法律第86号)の改正経緯で扱っている。