第1 非該当の通知だけでは慰謝料全体の結論は決まらない
1 入通院分と症状固定後の分を分ける
交通事故の後遺障害が非該当とされた場合でも、治療中の精神的苦痛に対する入通院慰謝料まで当然に0円になるわけではない。事故による傷害、治療の必要性、治療期間等を踏まえて、まず入通院分を検討する必要がある。
一方、症状固定後の慰謝料は、症状が残っているという申告だけで認められるものではない。残存する症状の内容、事故との関係、継続性、生活への影響、既に認められた障害との関係を整理することになる。
全体の計算方法と等級別の目安は、交通事故の慰謝料相場と計算方法で扱っている。本記事では、等級に該当しない症状を民事上の慰謝料としてどう検討するかに絞る。
2 自賠責の支払基準と民事上の損害評価を区別する
国土交通省の支払基準の案内は、自賠責保険の支払に用いる基準を示している。保険金の支払基準による等級認定と、加害者に対する民事上の損害賠償の判断は、対象と手続を分けて考える必要がある。
最高裁平成24年10月11日第一小法廷判決も、自賠法16条の被害者請求の訴訟について支払基準によらず損害賠償額を算定できるとする平成18年3月30日判決を引用し、同法15条の保険金請求訴訟にも同じ考え方を示している。保険の支払基準と裁判所の損害判断の関係を確認するための判決である。
したがって、「非該当だから民事請求も一切できない」とは限らない。ただし、「認定がなくても後遺障害慰謝料は必ずもらえる」という意味でもない。下記の裁判例の比較でも、残った症状を評価した例と、追加の加算を認めなかった例がある。
第2 非該当になった理由を三つに分ける
| 確認する状況 | 検討する点 |
|---|---|
| 自賠責の認定結果が非該当である | 通知書の理由と提出資料を確認する。医学的資料の不足と、等級要件に届かないことを混同しない。 |
| 事故による残存症状はあるが等級表に届かない | 症状の客観的な状態、固定後の残存、生活への具体的影響を示し、民事上の慰謝料評価を検討する。 |
| 症状の存在又は事故との因果関係が認められない | 症状の経過と事故前の状態を確認する。等級未達の問題だけとして扱わず、存在・因果関係の争点に答える。 |
一通の通知書に複数の理由が書かれている場合もある。例えば、傷あとが大きさの要件に届かないことと、痛みについて事故に由来する客観的所見が乏しいことは、同じ「非該当」でも検討する資料が違う。
既に別の障害で等級が認められている場合は、さらに区別が必要である。「全ての後遺障害が非該当」と「認められた等級に加えて主張した症状だけが非該当」は、慰謝料の出発点が異なる。
第3 等級表に該当しない傷あとを評価した例
1 岡山地裁平成24年8月9日判決
第一法規「判例体系」編集部編『判例INDEX 後遺障害別に見る交通事故300判例の慰謝料算定』(2020年、以下「判例INDEX」という。)282番・332頁に収録された判決である。原判決(平成23年〔ワ〕第590号・第1460号、交通事故民事裁判例集45巻4号960頁、判例秘書L06751158)では、事故当時11歳7か月の女子児童について、症状固定後も左眼下に外傷性刺青、右膝に肥厚性瘢痕が残っていると認定した。
これらは後遺障害等級表に非該当であったが、裁判所は、入通院慰謝料90万円とは別に後遺障害慰謝料50万円を認めた。左眼下の外傷性刺青が比較的目立たない状態になっていることなども、金額の評価に含めている。判例INDEXの紹介額と原判決の認定額は一致する。
ここで確認できるのは、等級に届かない傷あとについても、その状態を踏まえた慰謝料評価の例があるということである。傷あとがあれば一律50万円になるという料金表ではない。年齢、部位、残存状態等の違う事件へ、そのまま金額を当てはめることはできない。
2 慰謝料の合計と主文の支払額を取り違えない
| 費目・計算段階 | 女子児童側の請求 | 裁判所の判断 |
|---|---|---|
| 入通院慰謝料 | 250万円 | 90万円 |
| 後遺障害慰謝料 | 250万円 | 50万円 |
| 乙事件の請求総額・主文額 | 弁護士費用を含む550万円 | 117万7919円。慰謝料だけの額ではない |
慰謝料の認定額の合計は140万円である。他方、女子児童に対する主文額117万7919円は、治療費26万0402円を含む損害166万0402円に20%の過失相殺を行い、支払済み治療費26万0402円を控除し、弁護士費用11万円を加えた金額である。両者を同じ「受け取れる慰謝料」として比較してはいけない。
この判決には、事故の相手方に保険金を支払った保険会社から女子児童らへの請求(甲事件)も併合されている。甲事件の認容額を、女子児童が受け取る額に混ぜないことも必要である。主文の金額と、既払金を含む事故全体の精算は分けて確認する。
顔や首の傷あとの認定要件、慰謝料と逸失利益の違いは、外貌醜状の後遺障害等級も参照されたい。
3 等級に届かない残存症状について60万円を認めた例
東京地裁平成21年6月16日判決(平成17年〔ワ〕第17339号、判例秘書L06430273、判例INDEX199番・231~232頁)は、追突事故に遭った歯科医師について、自賠責の認定結果だけでなく、診療録、症状の経過、別の事故、診療活動の状況を検討した。裁判所は、事故による等級該当の後遺障害と逸失利益を認めなかったが、一定の症状が残ることと逸失利益を認めないことを考慮し、通院慰謝料60万円とは別に、後遺障害慰謝料60万円を認めた。
したがって、この60万円は、単に通院期間を延ばして認めた慰謝料ではない。ただし、低髄液圧症候群や後から急激に低下した握力など、原告が主張した症状・原因の全てを認めたわけでもない。事故当初から申告されていた症状と、証拠上認められない症状・因果関係を分けた判断である。
同じ車に乗っていた他の原告2人には、通院慰謝料は認めたが、後遺障害慰謝料と逸失利益は認めていない。非該当で残存症状があれば全員に60万円を支払うという例ではなく、各人の症状と経過、仕事の状況を個別に評価する必要性を示す比較例である。
第4 別の等級は認められたが追加の加算を否定した例
1 神戸地裁平成25年9月5日判決
判例INDEX298番・354~355頁に収録された判決である。原判決(平成23年〔ワ〕第2623号、交通事故民事裁判例集46巻5号1159頁、判例秘書L06850939)は、左鎖骨の変形について12級5号を認め、後遺障害慰謝料280万円を認定した。一方、原告が左肩関節の機能障害、1歯の喪失、顔面・背部・下肢の傷あとを理由に求めた75万円の追加加算は認めていない。
裁判所は、これらの非該当の症状が労働能力に具体的な影響を及ぼしていると認めるに足りないとして、加算を否定した。これは当該事案の理由であり、「労働能力の低下がなければ傷あとについての慰謝料も一切認められない」という一般則ではない。岡山地裁の傷あと事例とは、既存の等級と追加主張の位置付けも異なる。
この例は「全て非該当なので後遺障害慰謝料が0円」という事件ではない。12級の慰謝料を認めた上で、追加症状についてさらに増額するかが問題となった事件である。
2 非該当の理由と既存の評価を確認する
原判決に記載された自賠責の認定理由では、追加症状ごとに、関節可動域や傷あとの大きさが要件に届かないこと、事故による症状とする医学的所見に乏しいこと等を分けている。また、左肩の痛み等は鎖骨変形から派生するものとして、その障害に含めて評価するとしている。
追加の症状があるという列挙にとどめず、どの症状がどの費目・等級で既に評価され、なおどの不利益が残るのかを示すことが必要である。同じ痛みを別の名称で重ねても、その名称の数だけ慰謝料が増えるわけではない。
| 比較する点 | 岡山地裁の事例 | 神戸地裁の事例 |
|---|---|---|
| 等級の位置付け | 対象の傷あとは等級表非該当 | 鎖骨変形の12級は認められ、追加症状が非該当 |
| 後遺障害慰謝料の認定額 | 50万円 | 280万円。追加75万円の加算は否定 |
| 読者が確認する事項 | 固定後の傷あとの状態と影響 | 既存の等級での評価、追加症状の根拠と具体的影響 |
神戸地裁の入通院慰謝料は172万5000円、後遺障害慰謝料は280万円である。主文額179万6358円は、治療費・休業損害・逸失利益等や物的損害も含む損害額に30%の過失相殺を行い、既払金632万5815円を控除し、弁護士費用16万円を加えた金額である。慰謝料2費目の合計や追加加算の額とは区別する。
3 非該当の瘢痕等をさらに考慮した例
東京地裁平成22年2月17日判決(平成21年〔ワ〕第18450号、交通事故民事裁判例集43巻1号210頁、判例秘書L06530069、判例INDEX106番・128頁)は、右膝の疼痛12級13号と遷延性抑うつ反応14級9号による併合12級の事案である。裁判所は、非該当の両肘・右膝の肥厚性瘢痕や、後遺障害のため宮大工見習いから転職を余儀なくされた事情等も考慮し、後遺障害慰謝料370万円を認めた。原告のこの費目の請求は435万円であった。
他方、同じ原告が主張した右肩痛については、事故との相当因果関係に疑問があるとして、事故による後遺障害と認めなかった。瘢痕を考慮したことと、主張された全ての症状を認めたことは同じではない。
神戸地裁の例と比べると、認定済みの障害がある場合でも、追加症状や不利益が金額評価にどう関係するかは具体的事情によって異なる。ただし、370万円は複数事情の総合評価であり、非該当の傷あとだけの価格や、独立した加算額を示すものではない。
4 精神症状の因果関係と後遺障害の残存を分けた例
大阪地裁平成23年7月13日判決(平成20年〔ワ〕第15940号、交通事故民事裁判例集44巻4号908頁、判例秘書L06650890、判例INDEX290番・344~345頁)は、腰椎骨折を負った競輪選手について、自賠責では非該当とされた精神症状も検討した。裁判所は、うつ病の発症と事故との相当因果関係を認めたが、他のストレス要因も考慮して事故の寄与度を5割とし、引退後も後遺症といえる程度の精神症状が残るかは明らかでないとした。
後遺障害慰謝料500万円は、11級相当の脊柱障害に、長年の努力で実現した競輪選手としての活動ができなくなった事情等を加味した総合評価である。「非該当のうつ病に500万円を認めた例」や「慰謝料500万円をさらに5割にする例」と読むことはできない。寄与度5割による減額は、精神科治療費の判断で具体的に行われている。
この例は、症状の発症原因、事故以外の要因、症状固定後の残存、職業への影響を分けて説明するための補助比較である。精神症状の診断・証拠については、交通事故によるPTSDと慰謝料も参照されたい。
第5 請求を検討するために揃える資料
1 認定理由と医療経過
非該当の通知書、後遺障害診断書、診療録、検査結果、事故から症状固定までの経過を揃える。通知書の理由と照らし、資料が不足しているのか、示された症状でも等級要件に届かないのかを確認する。
事故前から同様の症状があった場合は、その程度や治療状況も整理する。事故後に症状が出たという時間的な順序だけで因果関係が当然に認められるわけではない。症状の継続、中断の理由、他の病気や事故の影響も、判断に関係する。
2 傷あと・仕事・日常生活の具体的な支障
| 資料 | 示そうとする事実 |
|---|---|
| 撮影日・部位・寸法の分かる傷あとの写真、診療記録 | 傷あとの存在、場所、大きさ、経過。写真の光や角度だけで印象を作らない。 |
| 症状固定後の診療・検査記録 | 症状が継続しているか、原因や状態がどのように説明されているか。 |
| 勤務内容、配置変更、欠勤・転職等の記録 | 仕事上の具体的な不利益と事故との関係。収入減と精神的苦痛を分ける。 |
| 学校生活・日常活動の記録 | 以前できていた活動の変化、支援の必要性、支障の頻度と程度。 |
| 保険会社の提示内訳と既払金一覧 | 入通院分・後遺障害分の区別、既に評価された事項、控除される金額。 |
日記や家族の説明も経過を示す資料になるが、医学的な診断や因果関係の説明に当然に代わるものではない。何を立証する資料なのかを分けて整理することが大切である。
第6 異議申立て・交渉・訴訟を選ぶ前に
1 等級認定を争うか、等級未達の不利益を評価するか
認定に用いられた資料に不足や誤りがあり、実際には等級要件を満たすという問題なら、その理由に対応する資料を補い、認定への異議申立てを検討することになる。同じ資料を繰り返し出すだけで結論が変わるとは限らない。認定理由と追加資料の対応、提出先、紛争処理の選択は、自賠責の後遺障害等級認定への異議申立てで詳しく扱っている。
これに対し、症状は残るが等級要件に届かない場合は、等級認定だけを目標にせず、民事交渉でその不利益をどのように評価するかを検討する余地がある。交渉がまとまらず訴訟で請求する場合は、症状、事故との因果関係、損害の内容と額を証拠で説明する必要がある。
2 示談書への署名前に費目と留保を確認する
最終の示談額だけを見ず、入通院分、後遺障害分、逸失利益、既払金、過失相殺の内訳を確認する。残存症状の評価をまだ検討している場合は、清算条項によってその請求まで解決する内容になっていないかが重要である。
等級認定を受けられない理由以外にも、責任や治療の必要性などが問題になる場合は、交通事故の慰謝料がもらえない・少ないといわれた場合を参照されたい。金額を裁判例と比較する際は、慰謝料の判決例と判断理由の読み方で費目と計算段階を分けて確認できる。
第7 出典と本記事の範囲
第一法規「判例体系」編集部編、伊藤進編集協力『判例INDEX 後遺障害別に見る交通事故300判例の慰謝料算定』(第一法規、2020年1月20日初版)106番・128頁、199番・231~232頁、282番・332頁、290番・344~345頁、298番・354~355頁及び利用案内を参照した。
上記5件の下級審判決は、判例秘書の各判決全文を取得し、事件番号、請求、関連する事実・判断理由、金額計算及び主文を照合した。本記事は原判決の短い要約と比較であり、全文の転載ではない。判例秘書の番号と、判例INDEXに掲載されたD1-Lawの番号は別の識別子である。上訴・確定の状況は確認していない。
自賠責保険の制度・支払基準:国土交通省「限度額と補償内容」、同「損害賠償を受けるときは?」。支払基準と訴訟における損害算定の関係は、最高裁平成24年10月11日第一小法廷判決(平成23年〔受〕第289号)の理由を確認した。
過去の個別判決の紹介額は、現在の一般相場、最低額、認定成功率を示すものではない。実際の請求では、現在の資料と具体的な事実関係に即して検討する必要がある。