第1 判決の金額を見る前に分けること
1 「請求した慰謝料」と「認められた賠償金総額」は違う
交通事故の判決を読むときは、誰の、どの損害について、いくら請求し、裁判所がいくら認めたかを分ける必要がある。主文の支払額には、慰謝料以外の損害、相続分、既払金の控除、不法行為と相当因果関係のある弁護士費用等が関係する。大きい金額だけを抜き出して「慰謝料の相場」とすることはできない。
本記事は、重い後遺障害・死亡事故の2件に、一般傷害・高齢者の骨折・家事労働の3件を加えて、請求・認定・最終支払額を横断して読む方法を示す。慰謝料の基本と三つの基準は交通事故の慰謝料相場と計算方法、提示された示談金を確認する実務は示談案の確認方法を参照されたい。
2 当事者の主張と裁判所の判断を見分ける
判決の「原告の主張」「被告の主張」にある金額や説明は、そのまま裁判所の認定ではない。「当裁判所の判断」等で採否を確かめ、最後に主文と照合する。増額を求める事情が主張されていても、全てが採用されたとは限らない。
| 読む場所 | 確認すること |
|---|---|
| 請求・当事者の主張 | 求めた費目、金額、増額・減額の理由 |
| 裁判所の判断 | 認定した事実、採用・不採用の理由、各費目の金額 |
| 計算・主文 | 過失相殺、既払金、相続分、弁護士費用、支払条件 |
第2 重い後遺障害の例―慰謝料が請求どおりでも総額は同じにならない
1 甲府地裁平成18年3月1日判決の事案
甲府地裁平成18年3月1日判決・平成16年(ワ)第490号は、72歳の男性が自転車乗車中に自動車との事故に遭い、脳挫傷等を負い、常時介護を要する重い後遺障害が残った事例である。被害者本人と、その子2人が請求した。
事故前の脳梗塞の程度は重くなく、生活は自立し、農業もできたと認定されている。年齢や病歴だけで慰謝料を決めた事例ではない。
2 本人と子の慰謝料の請求・認定を比較する
| 慰謝料の項目 | 請求した額 | 裁判所が認めた額 |
|---|---|---|
| 本人の傷害慰謝料 | 317万円 | 317万円 |
| 本人の後遺症慰謝料 | 2800万円 | 2800万円 |
| 子2人の固有慰謝料 | 各500万円 | 各50万円 |
裁判所は、本人の傷害慰謝料について事故態様、傷害の部位・程度、入院日数等、後遺症慰謝料について事故態様、後遺症の部位・程度等を考慮した。
子らについては、父の重度の後遺症により、死亡の場合に比して著しく劣らない程度の精神的苦痛があるとして固有慰謝料を肯定した。他方、独立して別々の生活をしていたこと、交流や事故後の見舞い等に関する事情を考慮し、額は各50万円とした。重い障害があれば家族全員に請求額どおりの慰謝料が認められるという例ではない。
3 本人の請求総額と主文の額をつなぐ
本人は既払金控除後・弁護士費用を含む残額として3729万1833円を請求した。裁判所は休業損害と後遺症逸失利益等を別に検討し、次の計算により2060万円の支払を命じた。慰謝料2項目が請求どおりでも、請求総額どおりにはならなかった。
| 計算の段階 | 裁判所の認定額・処理 |
|---|---|
| 傷害による損害 | 1645万6879円 |
| 後遺症による損害 | 4168万4800円 |
| 上記合計 | 5814万1679円 |
| 既払金控除 | 3939万3932円を控除 |
| 控除後の残額 | 1874万7747円 |
| 弁護士費用の認定 | 185万2253円 |
| 主文の元金 | 2060万円 |
被告が主張した10%の過失相殺は採用されなかった。裁判所は交通事故証明書や、被告側が引用した調査報告が証拠として提出されていないこと等を検討している。被害者の年齢だけから無過失としたものではない。
この主文元金に、主文で命じた遅延損害金が別に付く。子らの主文元金は、固有慰謝料50万円と弁護士費用5万円を合わせた各55万円であり、本人の2060万円に含まれる金額ではない。
第3 死亡事故の例―被害者本人の慰謝料と遺族固有の慰謝料を分ける
1 東京地裁令和5年10月27日判決の事案
東京地裁令和5年10月27日判決・令和2年(ワ)第25469号は、横断歩道を青信号に従って自転車で横断中の母Kと、その後部座席に乗った3歳の子Lが死亡した事故について、夫・父Aを含む親族らが請求した事例である。
本記事では、公表判決の匿名表示を用いる。判決の主文額を特定の人物の慰謝料総額と短絡せず、本人の慰謝料を相続した部分と、遺族自身の固有慰謝料を区別する。
2 本人の死亡慰謝料と父Aの固有慰謝料
| 慰謝料の項目 | 請求した額 | 裁判所が認めた額 |
|---|---|---|
| 母Kの死亡慰謝料 | 2900万円 | 2600万円 |
| 子Lの死亡慰謝料 | 2900万円 | 2600万円 |
| Kの夫・Lの父Aの固有慰謝料 | 計800万円 | 計600万円(各300万円) |
裁判所は、事故の凄惨性と過失の重大性、被告の事故後の対応等を考慮した。一方、医療上の運転に関する指導を殊更無視した悪意ある動機まで認めたわけではない。謝罪の申入れの一部分だけを独立に取り出して評価することや、相手方の訴訟活動を直ちに違法と扱うことも採用していない。
したがって、この判決を「謝罪がなければ一定額の加算がある」「加害者の年齢だけで増額される」という定額のルールに置き換えることはできない。判決が認めた事情と、主張にとどまる事情の両方を読む必要がある。
3 祖父母等も関係の実態と金額を分けて読む
民法711条は、死亡の場合の父母、配偶者、子の損害賠償について定める。同判決は、条文に列挙されていない親族についても、それらの者と実質的に同視し得る関係があったかを個別に検討した。
| 親族と請求対象 | 請求した固有慰謝料 | 裁判所の判断 |
|---|---|---|
| Lの祖父DのLに関する分 | 200万円 | 遠隔地でも頻繁なテレビ電話等の交流を評価し50万円 |
| Lの祖父B・祖母CのLに関する分 | 各250万円 | 同じビルでの日常的交流等を評価し各75万円 |
| Kの義父B・義母CのKに関する分 | 各50万円 | Kとの関係については固有慰謝料を否定 |
その他のきょうだい・伯叔父母等の請求についても、一定の交流があったことと、固有慰謝料が認められる関係であったことを分けている。親族であるというだけで、認容された祖父母の金額を当てはめることはできない。
4 父Aに対する1億円を超える主文額は慰謝料だけの額ではない
Aは1億2741万4069円の元金を請求し、裁判所は1億1613万8362円を認めた。認定額には、Kの損害賠償請求権の相続分、Lの損害賠償請求権、葬儀費用、A固有の慰謝料、不法行為と相当因果関係のある弁護士費用が含まれる。
例えば、A固有の慰謝料は600万円である。主文の1億1613万8362円を、そのままA固有の慰謝料と表示するのは誤りである。また、保険会社については、加害者に対する判決の確定を条件とした支払が命じられており、同額の主文があることを二重の受取りと扱わない。
第4 一般傷害・骨折・家事労働を加えて比較する方法
1 慰謝料・他の損害・最終額を同じ段階で比較する
| 比較する点 | 甲府地裁の例 | 東京地裁の例 |
|---|---|---|
| 主な結果 | 重い後遺障害 | 母子2人の死亡 |
| 慰謝料の区分 | 傷害分、後遺症分、子らの固有分 | 各死亡者本人の分、遺族固有の分 |
| 総額を変える事情 | 収入・逸失利益の認定、既払金控除等 | 相続分、逸失利益、葬儀費用等 |
| 先に確認する資料 | 事故前の生活・稼働、診療、支払履歴 | 親族関係・交流、各請求の内訳、事故と事後対応 |
重い後遺障害と死亡事故の金額を、同じ負傷の相場を決めるために平均するものではない。共通して確認するのは、費目・請求者・計算段階・認定理由である。
2 保険会社へ尋ねる事項に落とし込む
提示案では、どの慰謝料の基準と期間・等級を使ったか、過失相殺前の損害額はいくらか、何の既払金をどの順序で控除したかを確認する。増額を検討する場合も、「高額な判決がある」だけでなく、自分の事件の事実と資料がどこで対応するかを説明する必要がある。
相手方の回答と資料を得ても認定の前提に争いが残る場合には、弁護士費用と手取りの比較や紛争処理センターの利用準備も参照して、解決方法を検討する。
3 一般傷害の追加例―45歳の会社経営者の圧迫骨折
福井地裁平成27年4月13日判決・平成25年(ワ)第51号、第310号は、乗用車同士の正面衝突事故について、死亡した同乗者の遺族と、負傷した原告Fの請求を扱った。本項では、症状固定時45歳の原告Fの負傷分だけを比較し、死亡した別の被害者の慰謝料を混ぜない。
原告Fは第3腰椎圧迫骨折、肋骨骨折、右足関節捻挫等を負い、入院33日、その後の通院を経て11級7号と認定された。次の損害項目の認定額は、既払金の充当前の額である。最下行は、被告Aに対する請求と主文の元本額を対比したものである。
| 対象 | 原告Fの請求・主張 | 裁判所の認定 |
|---|---|---|
| 入通院慰謝料 | 130万円 | 100万円 |
| 後遺障害慰謝料 | 420万円 | 290万円 |
| 休業損害 | 240万円 | 180万円 |
| 逸失利益 | 1895万4720円 | 1326万8304円 |
| Aに対する訴訟の請求額/主文の元本額 | 2403万5000円 | 1472万4000円 |
裁判所は、転院後も骨癒合がなく、疼痛で自立歩行を含む日常生活が難しく、神経症状が生じる可能性もあったことから、転院先の入院を含む33日を事故と相当因果関係のある期間と認めた。転院が本人の希望によるという事情だけで、その後の入院を除外していない。
役員報酬については、会社の規模、設計・現場管理・営業の担当、受注への寄与、代替要員の雇用を検討して、全額を労務の対価とした。ただし8月・9月分は最終的に全額受領した処理となっていたため、休業損害は無給となった3か月の180万円に限った。逸失利益も、脊柱変形による明らかな運動障害ではなく主として痛みが仕事を妨げることと、画像上の改善を踏まえ、請求の20%を14%にし、年間720万円・22年で算定した。
既払金は合計671万円であるが、裁判所は各支払日までの遅延損害金、次いで元本という順に充当した。平成25年8月29日時点の未払金1342万4000円に弁護士費用130万円を加え、被告Aに対する主文額を1472万4000円とした。原判決の別紙充当表は公開PDFでは省略されているため、本記事ではその各日の計算を再現していない。過失相殺の主張は認められなかった。
別の被告となった運行供用者の相続人に対する額は、各相続分に応じて定められ、被告Aの債務と不真正連帯の関係にある。各被告に対する主文額を足して、負傷者がその合計を重ねて受け取れる金額と読まない。古い事故で用いられた年5%の利率や係数も、現在の事故へそのまま適用しない。
4 高齢者の骨折・家事労働との比較
大阪地裁平成27年3月3日判決・平成25年(ワ)第10139号(交通事故民事裁判例集48巻2号279頁、自保ジャーナル1948号106頁)では、バス乗車時の転落で第1腰椎を圧迫骨折した77歳の家事従事者について、骨折の程度は軽微、骨癒合は良好と評価しながら、入通院慰謝料183万円、後遺障害慰謝料400万円を認めた。家事と人工透析を受ける夫の介護の実態を認定し、夫の施設費と家事休業損害の重複を調整した。
大阪地裁平成23年12月13日判決・平成21年(ワ)第18900号(判例秘書登載)の72歳の家事従事者は、自転車転倒で圧迫骨折し、椎体の高さの大きな減少と後弯、痛みが認定された。裁判所は少なくとも10級相当として、入通院慰謝料130万円、後遺障害慰謝料530万円を認めた。生活保護受給だけを理由に、実際に行っていた家事労働の経済的利益を否定していない。
| 比較項目 | 大阪地裁平成27年の77歳の例 | 大阪地裁平成23年の72歳の例 |
|---|---|---|
| 入通院慰謝料(請求→認定) | 183万円→183万円 | 130万円→130万円 |
| 後遺障害慰謝料(請求→認定) | 430万円→400万円 | 530万円→530万円 |
| 家事休業損害(請求→認定) | 92万2020円→31万3381円 | 193万6742円→78万6882円 |
| 家事の逸失利益(請求→認定) | 260万1555円→138万6471円 | 475万3123円→333万5648円 |
| 喪失率・期間 | 14%・5年 | 27%・6年 |
| 減額判断 | 既往症による素因減額5%。過失相殺なし | 被害者の過失70% |
| 請求額→主文元本額 | 1570万0477円→938万1658円 | 一部請求1345万3315円→428万0548円 |
これらの2件と前項の45歳の例は、病名の共通性だけで同じ損害を扱う標本とはいえない。慰謝料と家事・仕事の損失、骨折の変形と疼痛、年齢が関係する喪失期間、過失や既往症の処理を分けて比較する。家事の基礎収入、施設費との調整、既払金から主文額への計算は高齢者の慰謝料・家事労働の判決比較に詳述した。
第5 出典・調査範囲と追加比較の課題
1 原判決の確認範囲
令和8年10月4日に、上記甲府地裁判決の4頁、東京地裁判決の29頁の公開PDFを確認し、当事者の主張と裁判所の判断を分けて整理した。金額表は原判決の一部を比較するものであり、全請求項目の転載ではない。判決の確定・上訴結果は今回確認していない。
東京地裁の例の詳しい増額事情は、事故後の対応と慰謝料増額の検討も参照されたい。
福井地裁平成27年4月13日判決は、令和8年10月4日に裁判所の公開PDF31頁を確認した。大阪地裁の2件は、同年9月14日に判例秘書から取得・保存した原判決本文を10月4日に読み直し、請求額と損害認定・主文額を照合した。公開PDFにない別紙の計算や、これら3件の確定・上訴結果は確認していない。
2 比較した判決から判断できないこと
むち打ち症の等級に関する原判決は,12級・14級・非該当を分けた裁判例の比較で別に整理している。等級の認定理由を比較する資料であり,本記事の重度後遺障害や死亡事故の金額表に混ぜて平均額を求めるものではない。
比較した判決は、同じ傷病・等級・事故類型の標本ではない。現在の訴訟や示談の平均額、増額率、請求の成功率を示すものではなく、古い事件の利率・係数・等級号数を別事件へそのまま適用することもできない。
骨折の2件でも、軽微な変形と、椎体の高さの大きな減少・後弯があるものを区別する必要がある。精神障害や外貌醜状等の全判決まで比較したものではない。追加する場合も、原判決の請求額、認定額、因果関係、既払金等の処理を同じ項目で確認する。
山中弁護士への事件のご依頼・ご相談は交通事故のお問い合わせから可能である。