第1 契約前に確認する五つのこと
1 契約書の名称だけで判断しない
M&A仲介又はフィナンシャル・アドバイザー(FA)への依頼では,最終的な株式譲渡契約より前に,支援契約によって手数料や行動の制限が決まる。
まず,①誰を支援するのか,②どの工程を担当するのか,③いくら・いつ支払うのか,④他の相談や交渉をどこまで制限するのか,⑤不適切な支援や取引中止の際に何が残るのかを確認する。
本記事は中小M&Aガイドライン第3版を中心に,依頼者が契約締結前に確認する項目を説明する。
ガイドラインの推奨に合わない条項が当然に無効となる,又は推奨に合えば必ず有効となるという説明ではない。
個別の効力や損害賠償の可否は,契約内容と具体的な経緯に基づく検討が必要である。
2 説明を受ける人と決定する人を合わせる
担当者だけが説明を受け,決裁者は成功報酬の料率しか見ていないという状態を避ける。
ガイドラインとQ&Aは,契約締結前の重要事項の説明,工程ごとの支援内容,担当者の資格・経験及び最終契約のリスク説明を重視する。
説明書,契約書,見積り及び口頭説明の違いは,署名前に書面で確認する。
第2 仲介・FAと専門家の業務を分ける
1 相手方からも報酬を受けるか
仲介は譲渡側と譲受側の双方を支援する。
FAは一方の依頼者を支援する。
名称だけで判断せず,実際の依頼者,報酬の支払者,関係会社から受ける報酬及び紹介料を確認する。
仲介者が相手方から受ける手数料も,利益相反の判断に必要な情報となる。
相手方の手数料を確認することと,自社がその手数料を当然に負担することは別である。
両当事者の支払条件,既払金の控除,追加業務及び成約による報酬増加の仕組みを分けて読む。
2 DDや契約審査を誰が行うか
候補先の探索,企業概要書の作成,価値算定,日程調整,DD,契約起案,銀行協議及び実行後の支援について,担当者と成果物を明らかにする。
仲介者・FAの資料作成や助言が,独立した法務・税務・財務DDを当然に含むとは限らない。
ガイドライン95頁~97頁は,双方を支援する仲介者はDDを自ら実施せず,その結論も決定すべきでないとし,必要に応じて士業等専門家等の意見を求めるよう伝えることや,DDの重要性を説明することを求めている。
法律上の評価は弁護士,税務や財務の検討は税理士・公認会計士等の担当範囲を確定する。
買主が行う対象会社のDDと,売主側が買主の資力・履行能力を確認する調査も別である。
第3 手数料を金額と発生時点で比較する
1 料率だけでは総額が分からない
着手金,月額報酬,中間金,成功報酬,最低手数料,実費及び消費税を一覧にする。
レーマン方式等の取引額連動方式では,譲渡額(譲受額),移動総資産額,純資産額など,基準となる価額の違いを確認する。
役員退職金,役員借入金の返済,債務の引受け,後払い,アーンアウト及び価格調整を算定基礎へ含めるかによって,支払額は変わる。
基準額が変動するケースを用意し,最低手数料,既払金の控除及び追加費用を含めた総額の見積りを求める。
2 「成功」の意味と中止時の清算
基本合意,最終契約,クロージング,売却代金の受領のどれが報酬発生の条件かを読む。
分割実行,一部の株式だけの譲渡,買主変更,解除,条件未成就及び代金不払いの場合も確認する。
取引が実行されなくても支払う金額や,返金されない金額を明記する。
中途解約できるかという問題と,解約後の支払義務が残るかという問題を分ける。
損害金,違約金,テール条項による請求及び成果物の利用条件まで確認してから署名する。
第4 利益相反と買主の調査
1 成約優先による不利益を確認する
ガイドライン第3版は,不適切な譲受側の排除や仲介業務の利益相反を詳しく扱う。
依頼者の意向に反する条件を押し付ける,重要な情報を隠す,相手方に有利な情報だけを伝える,又は報酬増加のために条件を誘導するといった危険を,報酬体系と組み合わせて確認する。
重要な判断では,独立した専門家が契約条件を確認する機会を確保する。
説明が曖昧なまま短期間で署名を求められた場合は,未回答の項目を一覧にして,回答又は修正案を得るまで締結の時期を再検討する。
2 買主の履行能力を確認する体制
買主自身と関係会社の財務状況,資金調達,過去の契約不履行に関する情報及び経営者保証解除への対応を,どの資料で確認するのかを支援機関へ尋ねる。
調査の実施日,更新の機会,未取得資料及び不審事情の報告先を定める。
業界の不適切な譲受側に関する情報共有の仕組みへの参加状況も確認する。
ただし,その情報は一般公開のブラックリストではない。
共有制度への参加又は情報がないことだけで,買主の安全性を保証することはできない。
個別の資料確認と取引条件の検討を継続する。
第5 専任・直接交渉制限・テールを別々に読む
1 専任条項とセカンド・オピニオン
専任条項は,他の仲介者・FAへの並行依頼を制限する条項である。
候補先への重複打診や情報拡散を防ぐ合理性がある一方,助言に疑問を持った依頼者が相談できないと判断を誤る危険がある。
ガイドライン103頁~104頁は,必要なセカンド・オピニオンを妨げない範囲へ限定し,秘密保持にも配慮することを求める。
同資料は,専任条項を設ける場合には仲介契約・FA契約の契約期間を最長でも6か月~1年以内とする目安や,任意の時点で中途解約できる条項の整備を示す。
法定の上限期間ではない。
相談の目的,相談先,開示できる情報及び中途解約後の清算を実際の契約で確かめる。
2 直接交渉を制限する相手方・目的・期間
直接交渉の制限では,対象候補先の範囲,M&Aという交渉目的及び支援契約が終了するまでの期間を確認する。
通常の営業取引まで一律に禁止する文言や,支援機関と関係のない候補先まで対象にする文言に注意する。
ガイドライン104頁は,依頼者が自ら候補先を発見せず,自ら発見した候補先とも直接交渉しないことを明示的に了解する場合を除き,支援機関が関与・接触し紹介した候補先へ限定する考え方を示す。
反対に,明示的に了解すれば自ら発見した候補先も制限の対象となり得るので,了解の有無と範囲を契約書で確かめる。
3 テール条項と二重請求
テール条項は,支援契約が終了した後でも,一定期間内に対象候補先とのM&Aが成立すれば手数料が生じる規定である。
ガイドライン104頁~105頁は,最長でも2年~3年以内を目安とし,対象を支援機関が関与・接触して譲渡側へ紹介した譲受側に限定する考え方を示す。
単なる候補先リストや匿名のティーザーの提示だけで対象を広げないこと,少なくともネームクリアと譲渡側への紹介があることを重視する。
ネームクリアは,候補先へ企業概要書を送付し,譲渡側の名称を開示することであり,譲渡側の同意を得て,候補先と秘密保持契約を結んだ上で行う。
複数の支援機関から同じ候補先を紹介された場合は,紹介日,開示内容及び実際に受けた支援を記録する。
同資料は,専任条項がない場合に,成約へ向けた支援を依頼する機関として選択されなかった機関がテール条項を根拠に請求すべきではないとする。
この推奨だけで現実の請求を当然に排除できるわけではなく,各契約と経緯の確認が必要である。
第6 秘密保持・免責・登録制度の限界
1 専門家と金融機関への相談を確保する
秘密保持義務と専任義務は別である。
専任条項が相談を認めていても,NDAが情報開示を認めるかを確認する。
法令上の守秘義務を負う弁護士等への相談であっても,契約上の開示例外や承諾の要否を省略しない。
金融機関や信用保証協会への保証解除の事前相談も同様である。
相談先,必要な情報の範囲及び情報管理を定める。
NDAを締結したことだけを理由に相談を禁止される場合は,契約文言と具体的な理由を確認し,独立した専門家へ相談する方法を整える。
2 免責と損害賠償の制限
将来の業績や成約の保証をしないことと,契約で約束した調査・説明・連絡を行わなくても責任を負わないことを区別する。
責任の対象,故意・重過失の扱い,賠償の上限,請求期限,免責される損害及び再委託先の責任を確認する。
依頼する具体的な業務と免責条項が矛盾していないかを読む。
免責条項の効力は,契約類型,当事者の立場,交渉経緯及び具体的な行為によって検討が必要であり,条項の名称だけで有効・無効を決めない。
3 登録は支援品質や損害回復の保証ではない
M&A支援機関登録制度への登録,公表された手数料及びガイドライン遵守の表明を確認する。
ただし,登録が個別業務の品質や成約後の履行を保証するわけではない。
登録制度の情報提供窓口への連絡と,個別紛争の解決,契約解除又は損害賠償の請求は別の手続である。
登録取消し等の行政上の措置だけで,依頼者へ返金されることや民事上の請求が確定することもない。
相談・請求の相手方と期限を別に管理する。
第7 締結前に残す資料と出典
1 契約条件を確認した記録
契約書の全版,重要事項説明書,工程別の業務表,担当者の資格・経験,手数料の計算例,相手方から受ける報酬の説明,候補先紹介の記録,NDA,解約・テールの条件及び質問への回答を保存する。
決裁者がどの情報に基づいて署名したかも記録する。
2 出典と関連記事
中小企業庁・中小M&Aガイドライン等の掲載ページ
中小M&Aガイドライン第3版63頁~65頁,75頁~76頁,86頁~91頁,95頁~105頁
第3版Q&A3頁~6頁
不適切な譲り受け側に係る情報共有の仕組み
中小M&A時の経営者保証の取扱いについて
M&A支援機関登録制度
これらは行政のガイドライン・制度資料である。
特定の免責条項やテール条項について,裁判例により有効性が確定したという趣旨ではない。
中小M&Aにおける弁護士報酬の決め方
M&Aでデュー・ディリジェンスを省略した取締役の責任
弁護士の守秘義務|弁護士法・職務基本規程23条
中小M&Aで経営者保証を残さないために
中小M&Aの売却代金と役員退職金