第1 会社を売っても保証解除の確認が必要である
1 売主・買主の約束と金融機関の判断を分ける
M&Aで株式を売却し,代表取締役を退任しても,経営者保証は自動的には解除されない。
中小企業の株式を売却して代表取締役を辞任した後も,旧経営者の個人保証が残ると,会社を支配できないまま借入金の返済リスクを負うことになる。
売買契約で買主に保証解除を約束させても,その合意だけで金融機関を拘束することはできない。
契約の相手方,対象債務,解除の条件及び解除を示す書面を確認する必要がある。
本記事は,中小企業庁の中小M&Aガイドライン第3版,中小M&A時の経営者保証の取扱いについて(以下「保証資料」という。)及び各種契約書等サンプル(令和7年12月15日時点版)のうち株式譲渡契約書サンプル(以下「契約書サンプル」という。頁は同サンプル集の通し頁)を踏まえ,主に譲渡側の確認手順を説明する。
行政資料の推奨と契約書の規定例を紹介するものであり,すべての取引で同じ条項や期限が適用されるわけではない。
2 最も重要なのは実行前の解決である
第一に,保証の全件一覧を作る。
第二に,最終契約の締結前から金融機関等への具体的な相談を進める。
第三に,可能な限りクロージング(株式の移転や代金の支払等の取引の実行)と同時の保証解除又は対象借入金の返済・借換えを目指す。
第四に,実行後の対応を残す場合は,担当者,期限,必要資料,報告義務及び不履行時の救済を具体化する。
保証資料1頁は,クロージングと同時の保証解除等を最も優先される対応と位置付けている。
事後の解除・買戻し条項は,銀行との事前相談を省略する理由にはならない。
3 経営者保証と自宅の担保の基本
経営者保証は,会社が金融機関から借り入れる際に,経営者個人がその借入れの保証人となるものである。
借入れの債務者は会社であり,保証人は,会社が返済しないときに個人として返済する責任を負う(民法446条1項)。
保証契約は書面でしなければ効力を生じない(同条2項)ので,保証契約書で保証の範囲と連帯保証かどうかを確認する。
経営者が自宅等の個人の不動産に,会社の借入れのための抵当権等を設定している場合は,保証とは別の担保の問題になる。
保証契約の解除と担保権の抹消は別の手続であり,一方が済んでも他方が当然に済むわけではない。
会社の借入金そのもの,経営者個人の保証債務及び個人の不動産の担保を,別々の行として管理する。
4 今の段階に応じて読む箇所
①売却を検討し始めた段階では,第2で保証と借入金の一覧を作り,秘密保持条項を確認する。
②最終契約の交渉中は,第3で金融機関との事前相談とクロージングの条件を決め,第5で解除・買戻し条項を検討する。
③クロージングの直前は,第3・2の条件の充足と,第4・2の解除書面の受領方法を確認する。
④売却後も保証が解除されていない場合や,金融機関から請求を受けた場合の初動は,M&A後に経営者保証が解除されないときで整理している。
第2 保証と借入金を一覧にする
1 金融機関ごとに対象を確認する
金融機関名,担当部署,借入契約番号,借入残高,返済期限,保証人,保証の範囲,極度額,担保の所有者,保証解除の手続を整理する。
信用保証協会が関与する場合は,金融機関だけの判断で手続が完了するかも確認する。
個人の不動産を担保に入れている場合は,個人保証と物上保証・担保抹消を別に管理する。
次の表は,一覧に設ける項目の見本である。
保証契約が複数ある場合は,契約ごとに一行を作る。
| 項目 | 確認する内容と確認書面 |
|---|---|
| 債権者 | 金融機関名,担当部署,信用保証協会の保証の有無(金銭消費貸借契約書,信用保証協会の保証に関する書類) |
| 対象債務 | 借入契約番号,借入日,資金使途,返済方法(金銭消費貸借契約書,返済予定表) |
| 保証人 | 保証人の氏名,連帯保証かどうか,根保証の場合の極度額,保証の範囲(保証契約書) |
| 担保 | 担保の種類,対象物件,所有者,抹消に必要な手続(登記事項証明書,担保権設定契約書) |
| 残高 | 基準日の残高,最終返済期限,延滞の有無(残高証明書,返済予定表) |
| 解除条件 | 金融機関が示した条件(返済,借換え,買主の資料提出等)と回答の時期(金融機関の回答書,面談記録) |
| 担当 | 売主側,買主側及び金融機関側の担当者と連絡先(連絡記録) |
| 期限 | 意向表明,クロージング及び解除完了の予定日(株式譲渡契約書,工程表) |
| 確認書面 | 保証の解除を示す書面,担保抹消の書類,完済の証明(解除合意書,抹消登記の書類) |
信用保証協会の保証付きの借入れでは,金融機関が保証人を不要と判断しても,信用保証協会が保証人を必要と判断することがある。
保証資料8頁は,この場合に金融機関と信用保証協会の間で十分な協議が行われることを前提に,保証契約が必要な客観的合理的理由を説明するよう求めている。
金融機関と信用保証協会それぞれの判断と担当者を,一覧に記録する。
買主が「借入金は引き継ぐ」と説明しても,それが会社の借入金の存続,保証人の変更,旧保証の解除又は別の融資による完済のどれを意味するかを確定する。
会社名義の債務と経営者個人の保証債務を一つの欄にまとめない。
2 相談を阻む秘密保持条項を先に確認する
秘密保持契約に,金融機関,信用保証協会,弁護士,税理士,公認会計士又は事業承継・引継ぎ支援センターへの必要な相談を認める規定があるかを確認する。
弁護士自身が守秘義務を負うことと,情報保有者が第三者へ開示できることは別の問題である。
例外が明確でなければ,書面による承諾等の方法を検討する。
相談先,目的,開示する情報,開示後の秘密保持及び記録の扱いを具体化する。
保証資料3頁が金融機関等の相談先を秘密保持条項の対象から除外するよう求める趣旨は,適切な事前相談を可能にする点にある。
全情報を無制限に開示するための規定ではない。
第3 銀行との事前相談を契約と実行予定へ反映する
1 相談は挨拶や日程調整で終わらせない
買主の概要,資金調達の方法,取得後の経営体制,財務情報,保証を解除する方法及び必要な日程を提示する。
担当者との会話だけでなく,組織としての検討状況,追加資料,審査条件及び未了事項を記録する。
金融機関からの意向表明と,最終的な保証解除の完了は区別する。
保証資料2頁は,信用保証協会等の保証が付いているか,買主がその金融機関の取引先でないか又はその営業地域の外にあるか等によって,必要な審査期間が異なることを説明する。
代表者変更前であることだけを理由に相談を後回しにせず,具体的な準備を進める必要がある。
金融機関に示す資料は,全国銀行協会が公表する経営者保証に関するガイドライン第4項(1)の三つの視点に対応させると整理しやすい。
①法人と経営者との関係の明確な区分・分離については,会社と経営者の間の貸付金・借入金,役員報酬及び資産の区分を示す資料。
②財務基盤の強化については,決算書,資金繰り表及び返済計画。
③財務状況の正確な把握,適時適切な情報開示等による経営の透明性確保については,試算表,事業計画並びに買主の財務資料及び取得後の事業計画。
同ガイドライン第4項(2)は,法人と経営者個人の資産・経理が明確に分離されていること,法人のみの資産・収益力で借入返済が可能と判断し得ること等を,金融機関が経営者保証を求めない可能性を検討する際の要件として挙げている。
ただし,同ガイドラインは法的拘束力のない自主的自律的な準則であり(同「はじめに」及び第2項(1)),資料を揃えたことから金融機関に対する解除請求権が当然に生じるわけではない。
事業承継時の扱いは,事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則(以下「特則」という。)が補っている。
2 クロージングの条件と代替案を決める
金融機関の意向,必要書類の受領・提出,役員変更に関する書類及び返済資金の準備を,実行条件と実行前の義務に落とし込む。
解除できない場合には,実行延期,条件変更,買主の資金による一括返済又は借換えを検討する。
どの条件を誰が確認し,条件を放棄できるのは誰かも決める。
契約書サンプル18頁~20頁は,売主のクロージング義務の前提条件と,買主による金融機関との交渉,意向表明の取得,書類提出等を組み合わせている。
借入金を実行時に返済する場合には,その同時返済義務を設ける考え方も示す。
ひな型を転記するだけでなく,実際の融資審査と送金手順に合わせる必要がある。
取引の方法によって,借入金の債務者と保証の扱いが変わる。
株式譲渡では,株主が替わっても借入金の債務者は対象会社のままであり,旧経営者の保証は金融機関が解除しない限り続く。
事業譲渡では,借入金を譲受会社へ移すかどうかを当事者が定め,移す場合も債権者が関与する債務引受等の手続が必要になる(民法470条・472条)。
譲渡会社に残る借入金の保証は続き,免責的債務引受によって譲受会社へ移る借入金については,保証人の書面による承諾がなければ保証は引受人の債務に移らない(同法472条の4)。
買主側の義務も,誰が負うのかを分ける。
買主が法人の場合,株式譲渡契約上の保証解除・借換え等の義務を負うのは原則としてその法人であり,買主の代表者個人に履行を求めるには,代表者自身が契約当事者となる等の手当てが別に必要になる。
買主側の代表者が新たに保証を求められるかどうかは,金融機関の判断である。
経営者保証に関するガイドライン第6項(2)②イは,前経営者の保証債務を後継者に当然に引き継がせるのではなく,保証契約の必要性等を改めて検討するとし,特則第2項(1)は,前経営者と後継者の双方から二重には保証を求めないことを原則としている。
買主は,新たな保証,無保証での対応又は借換えのどれになるかを,資金計画とあわせて金融機関と協議する。
3 買主の資力を別に調べる
対象会社のDDは,買主が代金や返済資金を用意できることの証明ではない。
買主自身とその関係会社の財務状況,資金調達の確実性,取得後の借入計画及び保証解除への対応体制を確認する。
対象会社の現預金を取得後に使う予定なら,会社の運転資金,支払予定及び契約上の資金移動制限との関係も検討する。
買主が合理的な情報提供や金融機関との具体的な協議を拒む場合には,その理由を確認し,実行条件の再検討や独立した専門家への相談に切り替える。
支援機関の登録や買主の知名度だけで,資力・履行能力の確認を代替しない。
第4 実行後の解除義務と完了確認
1 「最大限努力する」の対象を読み分ける
契約書サンプル21頁の第14条第3項は,買主が対象会社をして保証解除を合意させる義務,解除書類の交付について最大限努力する義務及び旧経営者が保証債務の履行等により被った損害等の補償を分けて定めている。
条文中の一つの努力義務の表現を,すべての義務に広げて読まない。
同条は,義務履行までの株式の処分禁止と,処分しても義務を免れない旨も例示する。
実際の契約では,報告の頻度,金融機関への照会方法,補償の対象・支払時期及び他の責任制限条項との関係を確認する。
2 解除書面と担保抹消まで確認する
金融機関等が解除に合意したことを示す書面を受け取り,対象の保証契約,保証人,解除日及び未了条件を照合する。
買主や仲介者の報告のみで完了としない。
借換え・完済による対応では,旧債務の残高,旧保証の処理及び担保の抹消手続も確認する。
売主,買主,金融機関及び専門家が使う一覧の更新日を合わせる。
複数行のうち一行だけ完了した場合には,全保証が解除されたと扱わない。
第5 解除・買戻し条項をどう読むか
1 契約書例の期限と失権条件
契約書サンプル22頁~23頁の第15条の2は,クロージング後も保証が解除されない場合等に,売主が解除又は買戻しを選べる規定例である。
主な内容は次のとおりである。
①実行から3か月経過しても保証等が解除されない場合。
②実行から14日以内に買主が具体的な解除相談を始めない場合。
単なる挨拶や日程調整は含まれない。
③実行日以降,金融機関等が解除できないとの見解を示し,又は解除の条件を設けたのに,1か月以内に買主が借換え・一括弁済,条件の充足等の自らの負担による保証等の解除を実施しない場合。
④権利行使は原則として実行から1年まで。
ただし,実行から6か月が経過し,かつ①~③の事由がある場合に買主が書面で催告すると,催告後1か月以内に売主が行使しないことで権利を失う規定も置かれている。
これらは行政が示す契約書例の条件であり,法定の解除期限や消滅時効ではない。
採用した条項,通知方法,到達日,期限の起算日及び金融機関の審査に要する期間を個別に確認する。
2 買戻し価格と会社の損害を分ける
同サンプルは,買戻し時に通知到達時点の相当な価額を支払う例を示す。
価格をめぐる紛争を避けるため,算定日,計算方法,資料へのアクセス,評価担当者及び異議の処理を事前に検討する。
26頁の第17条の2は,買戻しまでの純資産の減少等について,売主から買主への回復請求と買戻し代金との相殺を定める特則である。
注記は,債務超過会社等の低廉な価格のM&Aで不当な資金流出があった場面を想定している。
会社の損害が常に株主個人の直接請求になるという一般法上の説明ではない。
3 条項があっても回収・経営権回復には実行上の問題がある
株式,株券,株主名簿,登記,印鑑,銀行口座,電子認証及び業務資料を誰が管理しているかで,対応は大きく変わる。
契約書例の「株券の交付がなされたものとみなす」という文言(第15条の2第3項)だけで,すべての会社の権利移転や実際の支配回復を説明することはできない。
期限到来,相談の停滞,不審な資金移動又は連絡不能が分かった時点で,契約書,相談記録,送金資料及び通知資料を揃えて早期に弁護士へ相談する。
買戻しの採否だけでなく,資産・資料の保全,会社自身の請求,第三者への処分及び資金繰りへの対応も検討対象となる。
売却後に保証が解除されないまま金融機関から請求を受けた場合の初動(保証債務を支払う前後の会社への通知・求償,買主への補償請求等)は,M&A後に経営者保証が解除されないときで整理している。
第6 担当者と残す資料
1 売主・買主・専門家の分担
売主は保証・担保の全件一覧と既存資料を揃え,買主は資金計画と金融機関への提出資料を準備する。
仲介・FAは連絡や進捗管理の担当範囲を明示する。
弁護士は秘密保持,実行条件,義務・補償・解除条項及び不履行時の対応を検討する。
税理士・公認会計士は財務情報,返済後の資金繰り及び価格への影響を確認する。
この分担は運用例であり,資格や契約だけから全員に同じ業務を当然に負わせるものではない。
委任契約や見積りで,銀行交渉,実行立会い及び実行後の解除確認を含むかを確定する。
2 保存する資料
保証・借入・担保の一覧,秘密保持契約,金融機関の回答と提出書類,買主の資金計画,実行条件の確認表,返済・送金の証跡,解除書面,変更登記資料,実行後の報告及び通知の到達を示す資料を保存する。
期限一覧は契約条項と対応させ,担当者と未了事項を更新する。
第7 よくある質問
1 会社を売れば,経営者保証は外れるか
当然には外れない。
保証は経営者と金融機関との契約であり,株式の売却や代表取締役の退任だけでは終了しない。
金融機関による解除の合意,又は対象の借入金の返済・借換えが必要である(第1・3,第3・2)。
2 買主が保証を引き継ぐと約束すれば足りるか
足りない。
株式譲渡契約は売主と買主の合意であり,金融機関を拘束しない(契約書サンプル23頁の注記)。
「引き継ぐ」が保証人の変更,借換え又は旧保証の解除のどれを意味するかを確定し,金融機関の意向表明と解除を示す書面を確認する(第2・1,第4・2)。
3 保証が外れれば,自宅の抵当権も消えるか
当然には消えない。
自宅に設定した抵当権等は保証とは別の担保であり,解除と抹消の手続を別に確認する(第1・3,第4・2)。
4 金融機関に解除を断られたまま,取引を実行してよいか
法律で一律に禁止されているわけではないが,危険が大きい。
保証資料3頁は,金融機関から保証の解除等が難しいとの意向を示された場合には,譲受側への要請を通してM&A成立後の借換えによる解消が確認できない限り,その譲受側とのM&Aを実行することは望ましくないとしている。
それでも実行を検討する場合は,借換え・一括弁済の資金と時期,解除・買戻し条項及び補償を具体的に定め,買主の資力を確認する(第3・2,第3・3,第5)。
第8 出典と関連記事
中小企業庁・中小M&Aガイドライン等の掲載ページ
中小M&Aガイドライン第3版50頁~52頁(譲り渡し側の経営者保証の扱い)
中小M&A時の経営者保証の取扱いについて1頁~8頁
各種契約書等サンプル(令和7年12月15日時点版)のうち株式譲渡契約書サンプル(通し頁18頁~23頁,26頁)
経営者保証に関するガイドライン第2項,第4項,第6項
事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則第2項
民法446条,470条,472条,472条の4
上記の資料は令和8年10月10日に確認した。
行政資料と契約書例は実務上の検討材料である。
特定の条項の有効性,解除の効果又は損害回復の可否を裁判例で確定したものとして用いていない。
弁護士の守秘義務|弁護士法・職務基本規程23条
中小M&Aにおける弁護士報酬の決め方
M&Aでデュー・ディリジェンスを省略した取締役の責任
中小M&Aの仲介・FA契約を締結する前に
中小M&Aの売却代金と役員退職金
M&A後に経営者保証が解除されないとき