第1 名簿から読み取れる海外留学先の全体像
1 対象期間と結論
判事補の海外留学先には,米国の大学や司法実務先を中心に,英国,ドイツ,フランス,カナダ,オーストラリア及びベルギーが現れる。
本記事は,平成27年度から令和7年度までのうち名簿を確認できた10資料年度について,官職を判事補と読める海外研究の命令314行を集計したものである。
米国は190行で,国を判読できる行の60.5%を占めるが,大学名が明記されない行も多いため,完全な大学別ランキングにはならない。
集計の基準日は令和8年10月7日である。
制度・応募資格・予算・費用償還の全体像は,判事補の海外留学状況で説明し,本記事では国・研究先・予定期間と資料の読み方を扱う。
2 「命令行」は実際の渡航人数とは異なる
集計単位は名簿で判読できる海外研究の命令行であり,出国又は修了を確認した人数ではない。
複数年度を通じて同じ人を数え直していないことや,追加・変更命令を除いた全期間の人数を確認したものでもないため,314人の実渡航者がいたと読み替えてはならない。
黒塗り4欄は国・官職・期間等を確認できないものとして別に数え,国別・期間別集計には加えていない。
令和4年度の名簿にある「判事」1行は,判事補の集計から除いた。
令和3年度から令和6年度までの資料に含まれる一般職又は書記官の別表も対象外である。
令和2年度は対象文書を作成・取得していない旨の通知しか確認できず,派遣0人とする年ではない。
各資料は本ブログ掲載の文書写し・抜粋であり,公式ドメイン上の原本との同一性及び全命令の網羅性を独立に認証したものではない。
第2 国別分布と年度別の変化
1 国別の合計と令和7年度
次表の単位は命令行である。
割合の分母は国を判読できる314行とし,小数第2位を四捨五入して小数第1位まで示した。
令和7年度の黒塗り3欄は,右端の国別内訳には含めていない。
| 国 | 10資料年度の行数 | 既知行に占める割合 | 令和7年度 |
|---|---|---|---|
| 米国 | 190 | 60.5% | 13 |
| 英国 | 44 | 14.0% | 3 |
| ドイツ | 25 | 8.0% | 3 |
| フランス | 12 | 3.8% | 2 |
| カナダ | 18 | 5.7% | 2 |
| オーストラリア | 15 | 4.8% | 1 |
| ベルギー | 10 | 3.2% | 1 |
| 合計 | 314 | 100% | 25 |
米国が最も多いことは,開示済み命令の分布として確認できる。
しかし,この表には応募者の希望,選考倍率,受入枠又は辞退者の情報がなく,米国又は特定大学の人気や希望の通りやすさを示すものではない。
2 年度別の既知行と米国の行数
平成27年度から平成31年度までは既知行が35~38,令和3年度から令和7年度までは24~29である。
後の資料群の掲載行が少ないことは分かるが,資料範囲や非開示,追加・変更命令,実際の出国との違いがあるため,予算削減,希望者の減少又は感染症対策を原因として確定することはできない。
| 年度 | 既知行 | 黒塗り欄 | 米国の行 | 原資料 |
|---|---|---|---|---|
| 平成27 | 38 | 0 | 23 | 名簿 |
| 平成28 | 37 | 0 | 22 | 名簿 |
| 平成29 | 36 | 0 | 22 | 名簿 |
| 平成30 | 36 | 0 | 22 | 名簿 |
| 平成31 | 35 | 0 | 20 | 名簿 |
| 令和2 | 欠測 | 不明 | 不明 | 通知 |
| 令和3 | 24 | 1 | 16 | 名簿 |
| 令和4 | 29 | 0 | 17 | 名簿 |
| 令和5 | 28 | 0 | 18 | 名簿 |
| 令和6 | 26 | 0 | 17 | 名簿 |
| 令和7 | 25 | 3 | 13 | 名簿 |
3 研究期間の記載
予定期間を約1年と読める行は244,約2年と読める行は70である。
令和7年度は約1年19行,約2年6行であり,黒塗り3欄の期間は分からない。
これらは命令に記載された期間の分類であり,実際の滞在期間又は学位取得に要した期間の統計ではない。
約1年であることだけから,最高裁判所が直接実施する留学制度へ振り分けることもできない。
令和8年通知の人事院制度にも1年間のコースがあるため,制度を特定するには個別の命令又は選考・派遣資料を確認する必要がある。
第3 大学・センター名の反復と表記上の注意
1 繰り返し現れる研究先
機関名を明記する行は169である。
次表はその行だけを集計した名称群であり,国名のみの行や黒塗り欄に同じ研究先が含まれる可能性を補っていない。
「明記年度数」は,対象の10資料年度のうち当該名称群が現れる年度の数である。
| 名簿上の名称群 | 明記行数 | 明記年度数 |
|---|---|---|
| レスター大学 | 10 | 10 |
| ルーヴァン/ルーベン大学 | 10 | 10 |
| ミュンヘン知的財産法センター | 10 | 10 |
| ノートルディム大学 | 10 | 10 |
| スタンフォード大学 | 10 | 10 |
| カリフォルニア大学デービス校 | 10 | 10 |
| ジョージタウン大学 | 9 | 9 |
| ジョージワシントン大学 | 9 | 9 |
| シドニー大学 | 9 | 9 |
| トロント大学 | 9 | 9 |
| ブリティッシュコロンビア大学 | 9 | 9 |
| ヴァンダービルト大学 | 9 | 9 |
| ワシントン大学セントルイス校 | 9 | 9 |
| デューク大学 | 8 | 8 |
| カーディフ大学 | 6 | 6 |
| メルボルン大学 | 6 | 6 |
| ワシントン大学(原表記) | 6 | 6 |
| イリノイ大学 | 5 | 5 |
| ウォリック大学 | 5 | 5 |
| ワシントン大学シアトル校 | 4 | 4 |
| サザンメソジスト大学 | 3 | 3 |
| ミシガン大学 | 1 | 1 |
| ニューヨーク大学 | 1 | 1 |
| ペンシルベニア大学 | 1 | 1 |
カリフォルニア大学デービス校,スタンフォード大学,ノートルディム大学,レスター大学,ミュンヘン知的財産法センター及びルーベン大学の名称群は,対象の10資料年度すべてに現れる。
この反復は研究先の継続性を示すが,継続的な受入契約の存在,年間定員,応募者の人気順位又は選考上の優先順位までは示さない。
2 「ワシントン大学」を一括しない理由
令和8年通知は,ワシントン大学シアトル校とワシントン大学セントルイス校を別々に掲げている。
過年度の名簿でキャンパスを付さない「ワシントン大学」6行は,シアトル明記4行又はセントルイス明記9行に自動統合せず,原表記の名称群として残した。
知名度又は過去の選考要領の所在地だけから,個々の命令の曖昧な機関名を補うことはできない。
ルーヴァン,ルーベン等は分析上,同じ名称群として整理したが,過年度の派遣者と現在の特定プログラムとの対応まで確認したものではない。
表の名称は派遣命令の記載を整理するためのものであり,現在の正式名称,開催地及び学位課程に完全に対応するとは限らない。
第4 令和7年度に読める研究先と黒塗り欄
1 機関名を明記する12行
令和7年度の名簿には,判事補と読める既知行が25あり,大学・センター名の明記は12行,米国の州等の記載は4行,国名のみの記載は9行である。
機関名の明記行は,次の組合せである。
| 国 | 機関名の明記行に現れる研究先 |
|---|---|
| 米国 | ワシントン大学シアトル校,ジョージタウン大学,カリフォルニア大学デービス校,ノートルディム大学,ヴァンダービルト大学,スタンフォード大学 |
| 英国 | レスター大学 |
| カナダ | トロント大学,ブリティッシュコロンビア大学 |
| オーストラリア | シドニー大学 |
| ドイツ | ミュンヘン知的財産法センター |
| ベルギー | ルーベン大学 |
米国の州等としては,ニュージャージー,ジョージア,アリゾナ及びヴァージニアの4行がある。
国名しか記載されない行は,米国3,英国2,ドイツ2及びフランス2である。
これらの行から受入大学,裁判所の正式名称又は学位課程を推定してはならない。
根拠は裁判官海外出張者名簿(令和7年度)1頁~2頁である。
2 黒塗り3欄を含めた比率の扱い
判読できる25行だけでは,米国13行の割合は52.0%となる。
黒塗り3欄を含む28欄が同じ集計対象に属すると仮定した場合,米国の割合は,3欄すべてが米国以外なら13÷28=46.4%,すべて米国なら16÷28=57.1%となる。
これは非開示部分についての条件付きの上下限であり,統計的な信頼区間ではない。
ジョージワシントン大学,デューク大学及びワシントン大学セントルイス校は,令和7年度の判読できる機関名には現れない。
黒塗りが3欄あることを理由に,過年度又は募集資料にある3大学を当てはめることはできない。
黒塗り欄は個人・官職・国・期間等の不明な欄として残す必要がある。
第5 大学での研究と司法実務の研究は併存する
1 名簿の記載粒度と活動内容を分ける
全314行のうち,大学・センター名明記は169,米国の州等は43,国名のみは102である。
これは記載の詳しさの分類であり,大学での活動と裁判所での活動を完全に分ける分類ではない。
令和8年通知では,大学等派遣にも裁判所等における司法運営の実際の調査研究が含まれ,裁判所派遣でも派遣先によって大学研究を併せ得る。
したがって,大学名のある行を授業受講だけの留学,州名のある行を大学とは無関係の裁判所研究と理解するのは正確でない。
同じ国・同じ期間でも,具体的な研究テーマ及び大学外の活動は個人の研究報告等で確認する必要がある。
2 大学と司法実務先を組み合わせる例
ワシントン大学の訪問研究者案内には,裁判所訪問が掲げられている。
また,William & Maryの2017年の紹介には,日本人裁判官が1年間のうち各半年を大学での民事手続研究とNational Center for State Courtsでの研究に充てた例がある。
大学と司法実務先の組合せを示す具体例であるが,すべてのヴァージニア欄をこの大学又はセンターに置き換える根拠にはならない。
根拠はワシントン大学の訪問研究者案内及びWilliam & Maryの訪問研究者紹介(2017年)である。
第6 令和8年選考通知の派遣先との違い
1 通知の年と派遣開始年
令和8年1月20日付通知は,最高裁判所が直接実施する制度と人事院制度を合わせて30人程度を募集している。
直接実施する制度の期間は原則として令和9年7月頃から令和10年6月頃までの約1年であり,ミュンヘン知的財産法センターは令和9年9月頃から令和10年8月頃までである。
人事院制度は令和10年から始まる1年又は2年のコースであり,2年が原則とされる。
この通知は令和8年度の確定派遣先一覧ではなく,将来の派遣に向けた選考資料である。
名簿の命令行と募集予定を同じ年度の実績として合算してはならない。
根拠は令和8年1月20日付選考通知2頁~4頁及び7頁である。
2 「近年の主な派遣先」は固定リストではない
直接実施する制度の大学等派遣では,米国のヴァンダービルト,カリフォルニア大学デービス,ジョージタウン,ジョージワシントン,スタンフォード,デューク,ノートルディム,ワシントン(シアトル)及びワシントン(セントルイス)が掲げられている。
米国以外では,レスター,トロント,ブリティッシュコロンビア,シドニー,ミュンヘン知的財産法センター及びルーベンが挙げられる。
これらは通知の「近年の主な派遣先」であり,列挙したすべての大学への将来派遣や,それ以外の先が一切ないことを保証しない。
裁判所等の主な先は,米国のトレントン,アトランタ,フェニックス及びウィリアムズバーグ並びに英国,ドイツ及びフランスの裁判所である。
他方,人事院制度は,各人が希望して出願し,受入通知を得た米国,英国,カナダ,オーストラリア,ドイツ及びフランスの大学院等を対象とする。
ベルギーは人事院制度の派遣国欄には掲げられておらず,大学の出願行為が本人に委ねられることと,希望が必ず実現することも異なる。
第7 学位・研究言語・専門分野の読み方
1 全員の修士号取得を意味しない
令和8年通知は,ミュンヘン知的財産法センターと人事院制度では修士号取得を明記する。
他の裁判所制度による大学等派遣の基本表現は「大学院修士課程に相当する研究」であり,すべての派遣者がLL.M.を取得する制度であるとは一般化できない。
取得を予定する制度内容と,個々の派遣者が学位を実際に取得した事実も区別すべきである。
2 派遣国の公用語と研究言語は同じとは限らない
ミュンヘン知的財産法センター及びルーベンは,通知上,英語による受験者の派遣先として掲げられている。
ドイツへの派遣を直ちにドイツ語での研究と理解したり,ベルギーへの派遣からオランダ語での研究を推測したりしてはならない。
MIPLCの入学案内は英語によるプログラムを説明し,現在のカリキュラムは知財・競争・データ法を軸とする。
現在の課程説明は過去の派遣者の履修内容を証明するものではなく,大学暦の年度と通知が示す派遣年度も一致するとは限らない。
3 ルーベンの大学名だけで課程や滞在都市を決めない
KU Leuvenの知財・ICT法修士課程案内には英語による課程及びブリュッセルのキャンパスが説明されている。
しかし,名簿又は通知のルーベン大学派遣者がこの課程に入学したという対応は確認できない。
「ルーベン派遣は全員が知財LL.M.を取得する」「全員がルーベン市に滞在する」とは書けず,大学所在地,課程の開催地及び個人の研究先を分ける必要がある。
第8 人気・能力・昇進に関して名簿から分からないこと
反復する大学の明記行数は,応募者の希望順位や人気順位ではない。
希望実現率を調べるには応募者数,希望者数,受入枠,選考結果及び辞退・変更の記録が必要であり,名簿だけでは足りない。
留学国又は大学名から,裁判官の能力,人事上の評価,将来の職位又は特定事件の判断傾向を推定することもできない。
井上泰人「裁判官の学びと職務」印刷81頁は,自身の法制史研究に関して,留学で得た法知識・資格が直接の事件処理に役立ったという記憶はないという留保を述べる一方,異なる考え方に触れることによる思考の柔軟化・多様化を評価している。
否定的な部分だけ,又は肯定的な部分だけを切り出して制度全体の成果とすることはできない。
これは個人の経験と評価であり,非留学者との比較を含む制度効果の統計ではない。
帰国後の能力又は昇進への因果効果を測るには,応募時点の評価,年次,配属,本人の適性,非留学者との比較及び長期追跡を考慮する必要がある。
本記事の分布表は,そのような人事・教育効果を測定する資料ではない。
第9 資料を利用する際の確認事項と関連記事
名簿を読む際には,まず年度,官職,命令の対象及び記載期間を確認し,機関名明記・州等・国名のみ・黒塗りを分ける必要がある。
次に,応募条件を調べる目的なら対象年の選考通知,実渡航・修了・学位を調べる目的なら個別の受入・帰国・修了記録を確認する。
平成元年度から平成26年度までの資料は本記事の集計に含めていないため,本表を制度発足以来の全期間ランキングとして扱ってはならない。
① 判事補の海外留学状況―制度・選考・人数・予算・公表資料
② 判事補の外部経験の概要―派遣先・身分・期間・判事任命資格
③ 判事補海外留学研究員選考要領(平成28年11月現在のもの)
④ 諸外国の司法制度と最高裁判所の開示文書の読み方
第10 出典
1 年度別名簿・通知の該当頁
① 平成27年度の裁判官海外出張者名簿:PDF3頁~4頁
② 平成28年度の裁判官海外出張者名簿:PDF2頁~3頁
③ 平成29年度の裁判官海外出張者名簿:PDF2頁~3頁
④ 平成30年度の裁判官海外出張者名簿:PDF2頁~3頁
⑤ 平成31年度の裁判官海外出張者名簿:PDF2頁~3頁
⑥ 令和3年度の裁判官海外出張者名簿:PDF3頁~7頁
⑦ 令和4年度の裁判官海外出張者名簿:PDF1頁~3頁(「判事」1行を除く)
⑧ 令和5年度の裁判官海外出張者名簿:PDF1頁~2頁
⑨ 令和6年度の裁判官海外出張者名簿:PDF1頁~2頁
⑩ 令和7年度の裁判官海外出張者名簿:PDF1頁~2頁
⑪ 令和2年度の対象文書に関する不開示通知:PDF1頁
⑫ 判事補海外留学研究員の選考について(令和8年1月20日):PDF2頁~4頁及び7頁
2 研究先の機関説明と個人の経験
① MIPLC入学案内:英語による課程
② MIPLCカリキュラム:知財・競争・データ法
③ KU Leuven知財・ICT法修士課程:研究言語・キャンパス
④ University of Washington訪問研究者案内:活動内容
⑤ William & Maryの訪問研究者紹介(2017年):大学と司法実務研究の組合せの一例
⑥ 井上泰人「裁判官の学びと職務」東北ローレビュー12号(2024年)76頁~99頁,特に80頁~81頁(PDF5頁~6頁)