第1 司法修習では何を学ぶのか
1 法律の知識を事件の処理に結び付ける
司法修習の勉強では,知っている法律を具体的な事件の記録に当てはめ,判断又は活動の理由を文章で説明することが中心となる。
司法試験で学んだ知識を捨てるのではなく,誰が何を求めているか,どの事実が争われているか,何を根拠に判断できるかという問いにつなげるのである。
最高裁判所「司法修習の概要」は,実際の事件を用いる実務修習と,修習記録を用いた起案・添削・講評等を説明している。
以下は,この教育内容と公開教材を踏まえた学習上の提案であり,全科目共通の公式答案様式又は二回試験の合格を保証する方法ではない。
2 当期の指示と公開教材を使い分ける
令和8年10月5日現在,裁判所ウェブサイトでは,民事裁判の指導についての令和7年3月版資料,民事裁判起案の留意点の令和7年2月版資料及び刑事系科目のカリキュラム等を確認できる。
公開教材は基礎を学び直す入口となるが,当期の配布教材,事前課題,起案要領及び指導担当者の指示も確認する必要がある。
「民事裁判起案の留意点」2頁は,起案要領と同資料が異なる場合には起案要領の指示に従うとしている。
過去の答案,先輩の書き方又は市販教材の型を,そのまま当期の設問に当てはめるべきではない。
第2 記録を読む前に作る検討の見取り図
1 最初に設問と立場を確認する
まず,①裁判官・検察官・弁護士のどの立場から検討するか,②対象となる請求又は事件は何か,③主張整理・事実認定・手続・活動方針のどれが問われるか,④理由の記載を求められているかを確認する。
実務修習で起案を依頼された場合も,提出期限,分量,対象範囲及び求められる成果物が不明なら,記録を読み進める前に指導担当者へ確認することが有用である。
設問を確認せずに全記録を同じ密度で要約すると,詳しいメモはできても,求められた判断に必要な検討が不足することがある。
読む範囲を勝手に狭めるのではなく,設問に答えるための視点を先に置くのである。
2 主張,証拠及び評価を別の欄にする
民事裁判・民事弁護教官室の資料は,法的分析能力と事実認定能力を区別して説明している。
記録検討でも,当事者が述べていることと,証拠から認められることを区別して書くと,検討の不足を見つけやすい。
次の表は,自習のためのメモの例である。
公式の提出様式ではなく,事件記録の取扱いについて許された場所・方法の範囲で用いることを前提とする。
| 欄 | 記載すること | 混同を避けること |
|---|---|---|
| 主張と認否 | 誰がどの具体的事実を主張し,相手がどう答えているか | 主張されたことを,証明済みの事実として扱わない |
| 資料の所在 | 文書名,頁,供述の該当部分 | 記憶だけで引用せず,原記録へ戻れるようにする |
| 証拠の検討 | 何を証明する資料か,成立・内容をどう評価するか | 文書が存在することと内容が真実であることを分ける |
| 暫定的な評価 | 争点を肯定・否定する理由,反対説明,追加確認 | 暫定結論を先に固定し,有利な資料だけを集めない |
時系列表は出来事の前後を確認する道具である。
すべての事実を時系列順に答案へ並べることが,常に適切な起案構成となるわけではない。
第3 起案で理由を説明する練習
1 争点ごとに結論の分かれ目を探す
民事裁判では,主張整理を通じて争いのある主要事実を把握し,その事実を認められるかを検討する。
記録の要約だけで止めず,「この事実は,なぜこの争点の判断に関係するのか」を一段深く説明することが必要である。
「民事裁判起案の留意点」8頁は,事実の拾い上げや機械的な「事前・当時・事後」の構成ではなく,重要な間接事実とその意味合いを重視している。
自分のメモから起案へ移る際は,採用しようとする結論に反する資料も検討し,どの理由で評価が分かれるのかを示すことが有用である。
2 架空の例で主張と認定を分ける
次は,本記事のために作成した架空の練習例である。
実在の事件,司法研修所の課題又は二回試験の問題を再現したものではない。
Aは「Bに品物を10万円で売った」と述べ,Bは「品物を買ったが,代金は6万円である」と述べている。
記録には,A作成の10万円の見積書と,BからAへの6万円の振込記録があるものとする。
このとき,「Aの見積書が10万円であるから,代金は10万円である」と直ちに結論付けることはできない。
見積書について相手方の承諾が確認できるか,振込が全額払いなのか一部払いなのか,合意時のやり取りを示す資料があるかを検討する余地がある。
| 確認する事項 | この例から分かること | まだ決められないこと |
|---|---|---|
| 当事者の主張 | AとBは代金額について異なる説明をしている | どちらの説明が証拠に支えられるか |
| 見積書 | Aが10万円という条件を示す文書を作成した | Bがその条件を承諾したか |
| 振込記録 | 6万円の送金があった | 送金の趣旨が全額払いか一部払いか |
この表は完全な要件事実の整理又は模範答案ではない。
練習の狙いは,一つの証拠から言えることの範囲を限定し,結論の分かれ目となる確認事項を具体化することである。
3 刑事系科目では役割と手続段階を変えて考える
刑事系3科目の集合修習カリキュラムは,各立場の役割と相互理解を示している。
同じ資料を扱っても,処分を検討する場面,弁護活動を設計する場面,判断者として評価する場面では,答えるべき問いが異なる。
自習では,①現在の手続段階,②依頼された活動又は判断,③そのために必要な事実・証拠,④未確認事項への対応を順に書き出す方法が考えられる。
民事裁判の起案様式を刑事系科目へ機械的に移さず,科目ごとの起案要領と指導内容に沿って整理する必要がある。
第4 講評を次の起案に活かす
1 結論の違いより,検討が止まった場所を記録する
講評後には,自分の起案のどの部分が問題であったかを,①知識,②設問の読み方,③記録の読み落とし,④証拠の評価,⑤説明の構成に分けて確認する方法が有用である。
結論だけを正解へ書き換えても,次の事件で同じ検討ができるとは限らない。
例えば「反対方向の証拠への検討がない」という指摘であれば,その証拠を見落としたのか,読んだが重要性に気付かなかったのか,理由を考えたが起案に書かなかったのかを区別する。
原因によって,次に行う練習が変わるためである。
2 復習用メモを短くし,再検討する
復習用メモは,次の3点を中心に作る方法が考えられる。
①今回不足した検討は何か。
②次回,記録又は設問のどの箇所で確認すべきか。
③今回の理由を,資料を見ずに自分の言葉で説明できるか。
復習では,答案全体を写すだけでなく,指摘を受けた段落を自分で書き直し,その理由を説明することが有用である。
講評の趣旨が分からない場合には,自分の理解と疑問点を短く示し,指導担当者に確認することが考えられる。
第5 開始前から集合修習までの学習計画
1 時期ごとの重点を決める
| 時期 | 学習の重点 | 確認してから行うこと |
|---|---|---|
| 開始前 | 基礎の復習,公開教材の位置付けの把握 | 当期の指定教材と事前課題を確認し,重複する大量購入を避ける |
| 導入修習 | 不足する知識・技能を見つける | 課題の提出方法と情報の取扱いを確認する |
| 分野別実務修習 | 実際の判断・活動の目的を考え,起案と講評を結び付ける | 配属先の指示,期限,記録を扱える場所・端末を確認する |
| 集合修習 | 設問に沿った起案と,科目を越えて応用できる検討方法を練習する | 科目ごとの起案要領と講評の指示を確認する |
一日に何時間勉強すればよいかは,修習内容,課題及び各人の理解によって変わる。
一律の時間を目標とするより,当日理解できなかった点と次の課題に必要な点を特定して,無理のない復習枠を予定に入れる方法が考えられる。
2 記録の秘密と教材の取扱いを守る
裁判所の制度説明は,司法修習生の秘密保持義務を明示している。
学習メモであっても,事件記録や配属先内部の情報を自由に持ち出し,共有又は外部サービスへ入力できると考えるべきではない。
端末,クラウド,録音・撮影,生成AI及び教材の電子化については,当期の資料と配属先の指示を確認する必要がある。
公開されている教材を読むことと,実際の事件記録や配布課題を外部AIへ送信することは,区別して判断する必要がある。
第6 関連記事と出典
1 準備・教材・二回試験を調べる記事
①制度全体は「司法修習とは」で確認できる。
②配布資料の種類と期別資料は「司法修習開始前に送付される資料」で確認できる。
③退職,手続及び開始前準備は「社会人・予備試験合格者の司法修習準備」で扱う。
④考試の制度は「二回試験とは」で確認できる。
2 出典
①最高裁判所「司法修習の概要」。
②司法研修所民事裁判教官室「民事裁判修習における指導について」(令和7年3月版)2頁~4頁。
③司法研修所民事裁判・民事弁護教官室「民事系科目における法的分析能力(主張分析能力)及び事実認定能力について」(令和6年3月)1頁~2頁。
④司法研修所民事裁判教官室「民事裁判起案の留意点」(令和7年2月版)2頁~8頁。
⑤最高裁判所「刑事裁判教官室コーナー」及び「集合修習・刑事系3科目等の位置付け」。
資料確認日は令和8年10月5日である。
学習用の表,復習方法及び架空例は本記事の提案であり,裁判所がそのまま指定した方法ではない。