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サンフランシスコ平和条約第2条(f)と南シナ海の個別島嶼――西沙・南沙の領有権主張と2016年仲裁判断(AI作成)

第1 この記事の結論と検討方法

サンフランシスコ平和条約第2条(f)は,日本が新南諸島・西沙諸島に対する権利,権原及び請求権を放棄すると定める。しかし,条文は受領国を指定していない。島の領有権を主張する国が複数ある場合,この放棄条項だけで個々の島の帰属を決めることはできない。
また,2016年の南シナ海仲裁判断は,海洋法条約に基づく海の権益と地形の性質を判断したもので,島の領有権を判定していない。本記事は,令和8年10月2日までに確認した条約,関係政府の公表資料及び仲裁判断原文を基に,西沙諸島の永興島,南沙諸島の太平島・パグアサ島・ファイアリークロス礁・ミスチーフ礁・セカンドトーマス礁を取り上げる。各政府の主張は主張の存在を示す資料であり,その正しさを中立的に立証した資料ではない。

第2 条約の放棄,陸地の領有権及び海洋権益

1 第2条(f)に受領国は書かれていない

第2条(f)により日本が放棄したことと,中国,ベトナム,フィリピン又は台湾のいずれかが特定の地形を取得したことは,異なる命題である。条約第2条の領土問題に関する記事では,他の領土条項も含めて「放棄」と「帰属」を分けている。
中国政府の2016年声明は,歴史的な発見,利用及び主権行使等を挙げて西沙・南沙諸島の主権を主張する。ベトナム外交部の資料は,歴史的な管理と1951年サンフランシスコ講和会議での主張等を挙げ,西沙・南沙諸島の主権を主張する。後者がいう会議での発言はベトナム側の根拠資料であるが,発言だけで全参加国が帰属を承認したと推論することはできない。

2 高潮時に水面上にあるか

国連海洋法条約第13条は低潮高地を,同第121条は島と岩の海洋権益を規定する。高潮時にも水面上にある自然の地形と,低潮時だけ現れる地形では,独自の領海等を生じるかが異なる。埋立てや建造物の有無で元の自然地形の法的性質を置き換えることはできない。
海域を管轄する権利と,陸地の領有権も区別する必要がある。ある低潮高地が一国の排他的経済水域・大陸棚に位置するという判断は,その高地を島として「領有」する国を決めた判断ではない。

3 2016年仲裁判断の射程

フィリピンと中国の紛争について,海洋法条約附属書Ⅶに基づく仲裁廷は2016年7月12日判断を下した。常設仲裁裁判所は事務局を務めた。仲裁廷は陸地の領有権や海洋境界線を確定していない。
中国は手続に参加せず,中国外交部の声明で判断を受け入れず拘束力を認めないとの立場を表明した。以下は仲裁廷の判断内容と各政府の立場を区別して記す。

第3 西沙諸島・永興島――中国とベトナム

永興島(Woody Island,ベトナム名フーラム島)は西沙諸島にある。中国政府の南シナ海に関する声明は西沙諸島を中国領と主張する。他方,ベトナム外交部の西沙諸島資料は同諸島に対する歴史的権原と管理を主張し,1974年の中国による武力行使を批判する。
現在の管理状況と権原の適否は別である。2016年仲裁判断は永興島の領有権を判定しておらず,第2条(f)も中国又はベトナムへの譲渡を明記していない。永興島をめぐる権原の対立を,仲裁判断の結論だけで解消したと述べることはできない。

第4 南沙諸島の高潮時地形

1 太平島――台湾の主張と仲裁廷の評価

太平島(Itu Aba)は南沙諸島の高潮時地形である。台湾外交部の声明は台湾側の主権を主張し,ベトナム側の抗議を否定する。ベトナム外交部の資料は南沙諸島全体への主権を主張する。中国政府の声明も南沙諸島全体の主権を主張する。
仲裁廷は,南沙諸島の高潮時地形は自然状態で人間の居住又は独自の経済生活を維持できず,排他的経済水域又は大陸棚を生じないと判断した。太平島を含む地形の海洋法条約第121条3項上の評価である。台湾は同島を島とする公式見解を示し,仲裁の当事者でもなかった。仲裁廷の海洋権益判断を台湾又は他国の領有権主張の採否に読み替えることはできない。

2 パグアサ島――フィリピンの国内法上の主張

パグアサ島(Thitu Island)について,フィリピン大統領令第1596号はカラヤン諸島群への権原を宣言し,フィリピン外交省の声明はパグアサ島を含む諸島群の主権を主張する。中国とベトナムも,それぞれ南沙諸島全体への主権を主張している。国内法の制定はフィリピンの立場を示すが,それのみで他国に対抗できる領有権の有無を確定しない。
仲裁廷は,パグアサ島そのものの領有権を判断していない。判断の一部には,同島付近の地形の距離関係や南沙諸島の高潮時地形の海洋権益に関する認定があるが,それを島の帰属の裁定と読むことはできない。

3 ファイアリークロス礁――岩の海洋権益

ファイアリークロス礁(Fiery Cross Reef,中国名・永暑礁)は南沙諸島の地形である。中国とベトナムはそれぞれ南沙諸島全体への主権を主張し,フィリピンは外交省声明で周辺海域の中国船の活動等に抗議している。海域への抗議と,礁そのものへの領有権主張の内容は混同しない。
仲裁廷は,この礁を自然状態で高潮時にも水面上にある「岩」とし,独自の排他的経済水域・大陸棚は生じないと判断した。この判断は,どの国が礁の領有権を有するかを定めない。高潮時地形であることから,主権者が決まれば領海を生じ得る点も,排他的経済水域を生じないことと区別すべきである。

第5 ミスチーフ礁・セカンドトーマス礁――低潮高地

仲裁廷は,ミスチーフ礁(Mischief Reef)とセカンドトーマス礁(Second Thomas Shoal,フィリピン名アユンギン礁)を低潮高地と認定した。判断の主文は,両地形が独自の領海・排他的経済水域・大陸棚を生じず,領有の対象にもならないと述べる。さらに,両地形がフィリピンの排他的経済水域・大陸棚にあり,中国が主張する地形からの権益と重ならないと判断した。
したがって,この2地形について「どちらの国の島か」と問うのは,仲裁判断の整理に合わない。検討すべきは,周辺海域での沿岸国の権利と活動の適法性である。他方,中国は仲裁判断を受け入れないとの立場を公表している。現場の管理状況と,仲裁廷の法的評価も分けて記述する必要がある。

第6 比較対象・スカボロー礁

スカボロー礁(Scarborough Shoal,フィリピン名バホ・デ・マシンロック)は,西沙・南沙諸島とは別の地形であり,条約第2条(f)の地名から直接その帰属を論じることはできない。フィリピン外交省と中国政府はそれぞれ主権を主張する。
仲裁廷は同礁を高潮時にも水面上にある岩とし,独自の排他的経済水域・大陸棚を生じないと判断したが,領有権は決めなかった。これは「海洋権益の判断は領有権の判断とは別」という関係を確認する比較例である。

第7 資料を読む際の確認項目と出典

個々の地形については,①第2条(f)の対象地域に属するか,②自然状態で高潮時に水面上にあるか,③どの国・地域が何を根拠に主張するか,④仲裁判断は何を判断し,何を判断しなかったか,⑤現場の行政・施設と法的権原を区別しているかを順に確認するのが有用である。

1 サンフランシスコ平和条約第2条(日本外務省)。
2 国連海洋法条約第13条,同第121条。
3 南シナ海仲裁判断原文・2016年7月12日,特に主文の低潮高地・岩・南沙諸島に関する部分。
4 中国政府の南シナ海声明,仲裁判断に関する中国外交部声明。
5 ベトナム外交部の西沙諸島資料,南沙諸島を含む資料。
6 台湾外交部の太平島に関する声明,太平島の法的地位に関する説明。
7 フィリピン大統領令第1596号,フィリピン外交省の声明。