第1 制度の全体像とこの記事の要点
1 消費者被害を集団的に回復する二段階の手続
同種の消費者被害が多数発生しても,一人ごとの被害額が訴訟費用や労力に見合わず,個々の消費者が訴訟を起こしにくいことがある。消費者裁判手続特例法は,このような被害を集団的に回復するため,特定適格消費者団体が共通義務確認訴訟を提起する第1段階と,対象消費者の個々の債権を確定する簡易確定手続等の第2段階を設けている。
第1段階で事業者等の責任が確認されただけでは,個々の消費者に自動的に金銭が支払われるわけではない。対象消費者は,公告・通知を確認し,特定適格消費者団体に授権して第2段階へ参加することが必要となる。
2 最高裁令和6年3月12日判決の要点
最高裁令和6年3月12日第三小法廷判決(令和4年(受)第1041号)は,個々の消費者の過失相殺又は因果関係に違いがあり得るというだけで,直ちに共通義務確認の訴えを不適法としてはならないことを明確にした。
同判決によれば,消費者裁判手続特例法3条4項により訴えを却下できるのは,予想される争点の多寡・内容,個別事情の共通性・重要性及び想定される審理内容等に照らし,消費者ごとに相当程度の審理を要する場合である。第2段階は,もともと個々の消費者の事情を審理判断するために設けられている。個別事情の存在そのものを理由に,第1段階の入口を閉ざすことはできない。
もっとも,最高裁は事業者等の不法行為責任を最終的に認めたものではない。原判決を破棄し,第1審判決を取り消して東京地方裁判所へ差し戻した判決であり,集団的回復手続を利用できるかという入口要件に関する判断である。
第2 二段階の手続
1 第1段階の共通義務確認訴訟
第1段階では,内閣総理大臣の認定を受けた特定適格消費者団体が原告となり,事業者等が相当多数の消費者に対し,共通する事実上及び法律上の原因に基づいて金銭を支払う義務を負うべきことの確認を求める。
この段階で中心となるのは,勧誘表示,契約条項,販売方法又は事業者の行為が多数の対象消費者に共通しているか,それによって事業者等が共通義務を負うかという点である。個々の消費者の債権額を全て確定する段階ではない。
2 第2段階の簡易確定手続等
第1段階で共通義務を認める判決が確定するなどした場合,裁判所が簡易確定手続開始決定をし,特定適格消費者団体が対象消費者へ通知・公告を行う。参加を希望する対象消費者は団体に授権し,団体が債権を届け出る。
事業者等による認否を経て,争いがある債権について裁判所が簡易確定決定をする。異議があれば,通常の訴訟手続へ移行することがある。第2段階では,対象消費者ごとの契約,支払,因果関係,損害額その他の個別事情が審理される。
3 個別訴訟及び差止請求との違い
共通義務確認訴訟は,個々の消費者が自ら原告となる通常の損害賠償請求訴訟とは異なる。また,適格消費者団体が不当勧誘又は不当条項の使用の停止を求める消費者契約法上の差止請求とも異なる。
差止請求は将来の被害拡大を防止する制度であり,集団的回復手続は既に生じた財産的被害等の回復を図る制度である。同じ事案で両制度が関係することはあるが,原告適格,請求内容及び判決後の手続を区別する必要がある。
第3 共通義務確認の訴えの入口要件
1 共通性と多数性
対象となるのは,相当多数の消費者に生じた被害であり,事業者等の金銭支払義務が共通する事実上及び法律上の原因に基づく場合である。対象消費者の範囲と対象債権を適切に定義し,共通する表示,契約条項,勧誘方法又は取引経過を特定することが重要となる。
全員が完全に同一の経過をたどる必要はない。共通義務の判断に必要な主要事実が共通し,残る個別事情を第2段階で扱えるかが問題となる。
2 法3条4項の「困難性」
消費者裁判手続特例法3条4項は,簡易確定手続で対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるとき,共通義務確認の訴えを却下する旨を定める。
最高裁令和6年3月12日判決は,この要件を判断する際,次の事項を総合する枠組みを示した。
- 個々の消費者の債権について予想される争点の数と内容
- 争点に関する個別事情の共通性
- 個別事情が結論に与える重要性
- どのような主張・証拠・審理が必要になるか
- 消費者ごとに相当程度の審理を要するか
個別事情が一つでもあれば不適法となるのではない。第2段階で予定されている個別審理の範囲に収まるか,審理運営上の工夫によって適切・迅速に処理できるかを具体的に検討する必要がある。
第4 最高裁令和6年3月12日判決
1 事案の概要
事業者は,仮想通貨に関する教材及びシステム等を販売するため,ウェブサイトと動画で,誰でも確実に大きな利益を得られるかのような効果を強調する説明をしたとされた。商品の購入者は,商品ごとに約4000人,約1500人及び約1200人であった。
特定適格消費者団体は,上記の勧誘等が不法行為に当たると主張し,事業者等が対象消費者に売買代金相当額等の損害賠償義務を負うべきことの確認を求めた。
2 原審が訴えを却下した理由
原審は,対象消費者の投資知識・経験,購入経緯及び購入動機が様々であり,過失相殺の有無・割合並びに因果関係を消費者ごとに審理する必要があるとして,簡易確定手続で適切かつ迅速に判断することは困難であるとした。
3 最高裁が示した判断
最高裁は,ウェブサイトと動画による説明が共通し,対象消費者がその説明を受けて商品を購入したという主要な経緯と,説明から生じ得る誤信の内容も共通すると評価した。
商品は仮想通貨への投資そのものではなく,仮想通貨の内容を解説し,又は取引のためのシステム等を提供するものであった。そのため,過失相殺の判断で対象消費者ごとの投資知識・経験を考慮する必要性が高いとはいえず,過失割合が争われる場合も審理運営上の工夫が考えられるとした。
また,共通する説明によって生じた誤信に基づき商品を購入したと考えることには合理性があり,因果関係について消費者ごとの事情が様々であるとはいえないとした。最高裁は,過失相殺及び因果関係を理由として法3条4項の困難性を認めた原審には,同項の解釈適用を誤った違法があると判断した。
4 判決の射程
本判決は,個別事情を第2段階へ配分できるかを具体的に審査することを求めたものであり,どの事件でも過失相殺・因果関係が共通化できるとしたものではない。説明内容又は購入経路が複数に分かれ,個々の消費者に対する個別勧誘が中心である場合,対象消費者ごとに異なる多数の証人尋問が必要な場合などには,困難性が認められる余地がある。
したがって,本判決を利用する際は,「個別事情がある」という抽象論でも,「共通広告がある」という一事でもなく,予想される争点と証拠を第1段階・第2段階に具体的に配分する必要がある。
第5 訴える側の実務
1 共通する情報伝達を固定する
ウェブサイト,動画,広告,申込画面,契約書,利用規約,説明会資料及び電子メール等を,表示日時と版が分かる状態で保存する必要がある。ウェブページが更新・削除される前に,画面,ソース,動画及び配信記録を保全することが重要である。
対象消費者がどの説明を,どの順序で見て購入したかを類型化し,共通する主要経緯を示す。複数の販売経路がある場合は,一つの対象消費者群にまとめるのか,類型ごとに分けるのかを検討する。
2 第1段階と第2段階の立証事項を分ける
責任原因,違法な表示・行為及び共通する因果経過は第1段階で立証し,個々の契約日,支払額,返金,個別の控除要素等は第2段階で立証するという整理が基本となる。
訴え提起時には,個別事情が残ることを隠すのではなく,その事項を簡易確定手続でどのような証拠によって迅速に確認できるかを示すことが重要である。定型フォーム,取引データ,購入履歴及びチェック項目によって審理できることを具体化する。
3 対象消費者と対象債権を明確にする
どの時期に,どの商品又は役務を,どの表示・契約条件の下で購入した者を対象とするかを明確にする。判決後の通知・公告と債権届出が機能するよう,事業者が保有する顧客名簿,契約データ及び決済記録の所在も早期に確認する必要がある。
第6 事業者側の実務
1 個別性は具体的に主張する
法3条4項の困難性を主張する場合,「消費者ごとに事情が違う」というだけでは不十分である。争点ごとに,どの事実が共通せず,結論にどの程度重要で,どの証拠・尋問が各消費者について必要になるかを示す必要がある。
販売経路,説明者,説明内容,契約条件,商品の利用状況及び返金状況が複数に分かれる場合は,その類型と件数を資料化する。逆に,統一されたウェブサイト,動画又は台本を利用している場合,主要な経緯の共通性を基礎付ける証拠にもなるため,保存・開示方針を慎重に検討する必要がある。
2 責任論と手続要件を混同しない
表示が虚偽でない,違法性がない,故意・過失がないという主張は,共通義務の存否に関する本案の争点である。一方,個々の消費者について相当程度の審理を要するため簡易確定手続に適さないという主張は,法3条4項の手続要件である。両者を分けて主張・立証する必要がある。
3 顧客データと広告の版管理を行う
販売期間ごとの広告,動画,台本,申込画面,契約条件,決済及び返金データを保存する。どの消費者がどの版の表示を経て契約したかを追跡できないと,共通性・個別性の双方について適切な主張が難しくなる。
第7 対象消費者の確認事項
共通義務確認訴訟が提起又は認容されても,対象消費者が自動的に手続へ参加するわけではない。消費者庁のCOCoLiSポータルサイト及び特定適格消費者団体の公告で,対象消費者の範囲,対象債権,授権期間,必要書類及び費用・報酬を確認する必要がある。
契約書,申込確認メール,決済記録,広告・動画の保存物,事業者とのやり取り,解約・返金記録及び被害額の資料を確保することが重要である。公告を待っている間にも消滅時効その他の問題が生じ得るため,自分が対象に含まれるか不明である場合又は個別訴訟を検討している場合は,早期に特定適格消費者団体又は弁護士へ確認する必要がある。
第8 令和4年改正後の制度
消費者裁判手続特例法は,平成28年10月1日に施行された。その後,令和4年法律第59号により対象範囲の拡大等が行われ,主要な改正部分は令和5年10月1日に施行された。一定の要件の下で慰謝料が対象に加えられたこと,事業者以外の一定の個人が被告となり得るようになったこと,和解の柔軟化及び消費者団体訴訟等支援法人の制度等が改正点に含まれる。
最高裁令和6年3月12日判決の事案は改正前の規定を前提とする部分を含む。そのため,個別事件では契約・被害の発生時期,対象債権の種類及び経過措置を確認し,現行法だけを機械的に当てはめないよう注意する必要がある。
第9 実務チェックリスト
- 共通する勧誘表示,契約条項又は行為は何か
- 対象消費者の範囲を客観的に定義できるか
- 共通義務の原因となる主要事実は共通しているか
- 個別に残る争点は何か,その重要性はどの程度か
- 個別争点を第2段階でどの資料により審理できるか
- 消費者ごとに証人尋問等の相当程度の審理が必要か
- 販売経路・広告の版・契約条件に複数の類型があるか
- 判決が責任の最終判断か,入口要件の判断かを区別しているか
- 令和4年改正前後のどの規定が適用されるか
- 公告,授権及び債権届出の期限を管理しているか
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第11 出典
1 一次資料
最高裁令和6年3月12日第三小法廷判決(令和4年(受)第1041号)
e-Gov法令検索「消費者の財産的被害等の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」
2 行政資料
消費者庁「COCoLiS(消費者団体訴訟制度)ポータルサイト」
本記事の判決内容は裁判所ウェブサイト掲載の判決全文で確認した。法令リンクはe-Gov法令検索を掲げたが,令和8年10月1日の確認時には同サイトがメンテナンス表示であったため,現行制度と令和4年改正の説明は消費者庁の現行案内及び概要資料によっても照合した。