ドライブレコーダー映像は,衝突前後の車両の進行方向,信号表示,制動,衝突位置及び事故後の状況を検討する重要な資料となり得る。
しかし,事故直後の上書き,専用ソフトでなければ読めない記録形式,時刻のずれ,広角レンズによる距離感の変化,GPS速度の遅れ又は補正などがあり,映像ファイルを取得しただけでは十分でない。
本記事では,民事訴訟で利用することを想定し,原本保全,再生環境,分析,提出及び相手方映像の確保を順に整理する。
第1 事故直後に行う原本保全
事故後は録画が上書きされる前に,機器の電源を切るかメモリーカードを取り外し,事故前後を含む全データを保存する。衝撃録画フォルダだけでなく,常時録画,駐車監視,後方カメラ及び音声の各ファイルも確認する。
メモリーカードをそのまま編集又は提出するのではなく,まずカード全体を複製し,元のカードは書込みを避けて保管する。機器本体,カード,車両,取得者,取得日時及び保管場所を記録する。
事故部分だけをスマートフォンで撮影した動画は内容確認には役立つが,元データの代わりにはならない。ファイル名,フォルダ構造,付随データ及び再生ソフトとの関係が失われることがあるためである。
第2 原本・作業用コピー・提出用データを分ける
データは少なくとも次の3層に分ける。
| 区分 | 用途 | 取扱い |
|---|---|---|
| 保全用原本 | 取得時の状態を保持する | 編集せず,読取り中心で保管する。カード全体又は完全な複製を残す。 |
| 作業用コピー | 再生,静止画化,コマ送り,時系列表作成 | 原本から複製し,作業内容と作成日時を記録する。 |
| 提出用データ | 裁判所と相手方が再生できる形で提出する | 必要部分の動画,静止画,反訳又は説明書を作成し,原本との対応を示す。 |
各ファイルについてファイル名,容量,更新日時及びSHA-256等のハッシュ値を記録しておけば,保全用データと作業・提出用データの同一性や変更の有無を説明しやすい。
ただし,ハッシュ値が一致することは,基準としたデータから変更されていないことを示すにとどまり,撮影時からの真正,欠落の不存在又は事故全体の記録を単独で証明するものではない。
原媒体,カード内のフォルダ構造,取得経緯,複製手順及び保管経過と組み合わせて説明する必要がある。
第3 再生環境とファイル情報を記録する
機種名,型番,ファームウェア,使用したメモリーカード,再生ソフト名・版,OS及び再生手順を記録する。専用プレーヤーが必要なときは,ソフトの配布元と入手日も残す。
映像の画面上に日時又は速度が表示されていても,それが映像自体に焼き込まれた表示か,専用ソフトが別データから重ねて表示したものかを確認する。機器の時計が正確であったかは,警察への通報時刻,他のカメラ,スマートフォン又は車両記録等と照合する。
再生できないファイルは,直ちに変換又は修復して元データを上書きせず,保全用原本を残したまま作業用コピーで検証する。
ドライブレコーダーの記録方式は機種・設定・世代により異なる。
『赤い本講演録編2008』の講演は,当時のイベント記録型装置について加速度の閾値,事故前後の記録時間,GPS及び速度等を用いる分析を紹介した歴史的資料であるが,そこで示された機器仕様を現在の車載器へそのまま当てはめることはできない。
個別事件では対象機種の取扱説明書及び実際の設定を確認する。
第4 映像分析で確認できることと限界
1 コマ送りと時系列表
事故分析では,信号表示,危険の出現,相手車両の認知可能時点,制動開始,衝突及び停止までをコマ送りで確認し,時刻又はフレーム番号を付した時系列表を作る。
静止画を提出するときは,動画中の位置,切り出し方法及び前後の状況を示す。都合のよい一場面だけでは,速度変化や視認可能性を誤解させるおそれがある。
2 速度・距離の推定
GPS速度又は画面表示速度は有力な資料になり得るが,測位間隔,受信状況,表示の遅れ及び機器の補正処理を確認する必要がある。画面上の対象物の大きさだけから距離又は速度を断定すべきではない。
路面標示,車線幅,停止線間隔,信号周期等の実測値を基準にしてフレーム間の移動を分析する場合は,フレームレート,レンズの歪み,カメラ取付位置及び動画の欠落を考慮する。精密な速度鑑定には専門家の解析が必要となることがある。
3 映像だけを過信しない
警察庁交通局の「ドライブレコーダー活用手引」は,映像を過信せず他の証拠と対比すること,GPS速度表示に遅れや補正があり得ること,夜間には色が変化して見えること等に注意を促している。
映像に写らない左右・後方の状況,音声の意味,運転者の視野,路面状態及び車両挙動は,実況見分調書,写真,EDR,目撃者供述及び車両損傷等と組み合わせて検討する。
EDR又はCDRの記録が取得できる場合も,ドラレコ映像と同じ時計を使用しているとは限らない。
各資料の基準時刻,記録間隔,取得条件及び対象事故との対応を示した上で,映像,車両損傷,路面痕跡,現場測量,信号サイクル及び供述が整合するかを検討する。
解析結果と矛盾する事情又は別の事故態様も併記し,映像だけで結論を確定しない。
第5 民事訴訟への提出方法
動画を提出するときは,証拠説明書に,撮影機器,撮影日時・場所,記録内容,取得者,取得方法,作成者及び立証趣旨を記載する。原本媒体と提出用ファイルの関係,編集又は変換の有無も説明する。
裁判所及び相手方が再生できる形式で提出し,必要に応じて静止画,時系列表,音声反訳書又は再生手順書を添付する。加工して明るさ,コントラスト又は音量を調整した資料を使うときは,加工前データを残し,加工内容と目的を明示する。
大阪地方裁判所第15民事部が公開する証拠説明書の参考書式は,録音テープ等の欄でファイル形式の例としてmp4又はaviを掲げている。
ただし,これは同部の参考書式であり,提出先裁判所の運用又はmintsの仕様が常に同一とは限らない。
提出前に受訴裁判所の現行案内と事件担当部の指示を確認する。
民事裁判書類電子提出システム(mints)で音声・動画を提出する場合の拡張子,容量及び別送方法については,音声・動画をmintsで提出する方法―反訳書・証拠説明書・別送の実務(AI作成)で説明している。
第6 相手方映像の確保と提出命令等
相手車両,バス,タクシー又は事業者車両の映像は保存期間が短いことがあるため,事故後直ちに,事故日時,車両,場所及び保存対象を特定した保存要請を行う。
任意提出が得られないときは,証拠保全,文書送付嘱託,調査嘱託又は文書提出命令等の可否を検討する。ただし,対象となる媒体・ファイルの特定,保管者,保存期間及び必要性を具体化しなければならない。
警察に提出した映像については,刑事事件記録の段階と処分結果に応じ,検察庁又は裁判所での閲覧・謄写の可否を確認する。
第7 実務チェックリスト
- 事故前後を含む全フォルダを上書き前に確保したか。
- 元カード又は完全な複製を編集せずに保管したか。
- 機器名,型番,再生ソフト,取得者,取得日時及び保管経過を記録したか。
- ファイル名,容量,更新日時及びハッシュ値を記録したか。
- カード内のフォルダ構造及び専用ビューアが参照する付随データも保存したか。
- 表示時刻・GPS速度の正確性を別資料で確認したか。
- 映像の死角,レンズ歪み,フレーム欠落及び夜間色調の限界を検討したか。
- EDR,車両損傷,路面痕跡,現場測量,信号サイクル及び供述との整合性を確認したか。
- 解析結果と矛盾する事情又は別の事故態様を検討したか。
- 提出用動画,静止画,時系列表及び証拠説明書の対応が明確か。
- 相手方又は第三者の映像に対する保存要請を早期に行ったか。
第8 出典及び関連記事
② 警察庁交通局「ドライブレコーダーの装着効果について」(PDF)。
③ 警察庁交通局執務資料「ドライブレコーダー活用手引」(平成31年3月14日付)。
④ 公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準 2015年版 下巻(講演録編)』315頁~362頁。
⑤ 財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準 2008年版 下巻(講演録編)』「映像記録型ドライブレコーダを活用した事故分析と交通安全」157頁~182頁。機器仕様及び統計は2008年当時の講演内容である。
⑥ 大阪地方裁判所第15民事部「証拠の提出方法等について」及び同部が公開する証拠説明書の参考書式。
⑦ 画像・動画ファイルの形式とExif情報―証拠として提出する際の注意点(AI作成)。