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弁護士が当事者双方のために手続をしてよいか―登記申請・公正証書・即決和解と弁護士法25条1号(AI作成)

第1 この記事の対象と結論

1 対象とする場面と基準日

本記事は,登記申請,公正証書の作成及び即決和解(起訴前の和解)のように当事者双方が関わる手続を弁護士が扱う場面について,弁護士法25条1号及び弁護士職務基本規程27条1号との関係を整理するものである。
想定しているのは,一方当事者から依頼を受けた弁護士が相手方の側の手続まで引き受けてよいかを判断する場面と,相手方の弁護士から「手続はこちらでまとめてやる」と言われた一般の方が任せてよいかを判断する場面である。
法令及び日弁連の会規は,令和8年9月25日時点の内容を確認した。

主要文献は,日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」第4版』(日本弁護士連合会,2026年9月。以下「第4版」という)である。
第4版は,はしがきで,同書の見解は日弁連の公式見解ではないと明記している。
本記事では,判例,懲戒手続の議決及び第4版の見解を区別して記載する。

2 結論の要点

場面ごとの結論は次のとおりである。
①登記申請で弁護士が登記権利者と登記義務者の双方の代理人になることは,特段の事由がない限り弁護士法25条1号に違反しない(最高裁昭和43年3月8日判決)。
②一方の依頼を受けて相手方と協議し契約を成立させた弁護士が,その後に相手方の代理人として同じ内容の公正証書を作成することは同号に違反し,依頼者の同意があっても許されず,その公正証書は無効である(最高裁昭和32年12月24日判決)。
③公正証書の作成で,弁護士が一方の代理人となり,自分の事務所の職員を他方の代理人にすることも,第4版は利益相反になると解すべきとする。
④即決和解で弁護士が相手方の代理人となる弁護士を選任することについては,無効とした高裁判決と抵触しないとした地裁判決があり,第4版は1号に当たると解して紹介にとどめるべきとする。
⑤どちらの代理人にもならない調整役は双方代理ではないが,第4版は,調整が失敗したら辞任し,以後その事件でどちらの代理人にもならないとする。
⑥訴訟で1号に違反する代理人がした訴訟行為は,相手方が異議を述べて排除を求めることができるが,違反を知り又は知ることができたのに異議を述べないまま第二審の口頭弁論が終結すると完全に有効になる(最高裁大法廷昭和38年10月30日判決)。

第2 弁護士法25条1号と職務基本規程27条1号の仕組み

1 条文と同意で解除できないこと

(1) 弁護士法25条1号

弁護士法25条は,弁護士が職務を行ってはならない事件を列挙している。
その1号は,「相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件」である。
同条ただし書により依頼者の同意で禁止が解除されるのは3号と9号だけであり,1号は同意があっても解除されない。

(2) 職務基本規程27条1号

弁護士職務基本規程27条1号は,弁護士法25条1号と同じ文言で同じ事件を禁止している。
同規程27条ただし書で同意による解除が認められるのは3号だけである。
第4版は,複数の依頼者の間の利益相反のうち,依頼者の同意があっても職務を行えないのは,利益相反の典型例である同一事件型(27条1号・2号)の場合であると説明している(第4版92頁)。
職務基本規程の全体像は,弁護士職務基本規程の現行条文と判例上の位置付けで整理している。

2 禁止の趣旨

最高裁大法廷昭和38年10月30日判決は,同号の趣旨を,先に弁護士を信頼して協議又は依頼をした相手方の信頼を裏切ることを防ぎ,弁護士の品位の失墜を防ぐことにあるとした。
第4版も,職務基本規程27条の趣旨を当事者の利益保護,職務執行の公正の確保並びに弁護士の品位と信用の確保と説明し,1号の趣旨について同判決を引いている(第4版92頁~93頁)。
禁止の根拠が相手方の保護だけでなく弁護士の品位にもあることが,同意による解除を認めない理由になっていると考えられる。

3 「相手方」「賛助」「依頼を承諾」の意味

(1) 相手方

第4版は,1号の「相手方」を,同一案件の事実関係において利害の対立する状態にある当事者と説明する(第4版95頁)。
同書は,利害の対立は実質的なものでなければならず,形式上対立するように見えても実質的に争いのない場合は「相手方」に当たらないとも述べている。
もっとも,後に見るとおり,当事者間で合意ができていた公正証書の作成についても最高裁は1号違反を認めている。
合意ができていることだけを理由に,相手方の側の手続を引き受けてよいと考えるのは危険である。

(2) 賛助と依頼の承諾

最高裁昭和33年6月14日判決は,事情を聴取した結果,具体的な法律的手段を教示する段階に達すれば,一般的に「賛助し」に当たるとした。
同判決は,途中で協議を謝絶した場合や,協議を受けても何ら意見を述べなかった場合は「賛助し」に当たらないとしている。
一方の依頼を受けて交渉し契約をまとめた弁護士は,通常,この段階を超えているといえる。

第3 登記申請の双方代理は原則として許される

1 最高裁昭和43年3月8日判決

(1) 事案と判断

最高裁昭和43年3月8日判決は,登記権利者から所有権移転登記申請の代理権を与えられていた者が,登記義務者からも同じ登記申請の代理権を与えられ,双方の代理人として登記手続をした事案に関するものである。
同判決は,登記申請について同一人が双方の代理人となっても,民法108条本文及びその法意に違反せず,双方代理を理由に無効となるものではないとした。
さらに,一方から事件の依頼を受けた弁護士が他方からも登記申請の代理権を与えられて双方代理をしても,「特段の事由のないかぎり」,弁護士法25条1号に違反しないとした。

(2) 許される理由

同判決は,登記申請行為は登記所に対して一定内容の登記を求める公法上の行為であって民法上の法律行為ではないこと,既に効力を生じた権利変動を公示する申請であって登記義務者にとっては義務の履行にすぎないこと,代理人によって新たな利害関係が作り出されるものではないことを理由に挙げている。
そのため,弁護士の行為は依頼者の信頼を裏切るものでも,その利益を害するものでもなく,弁護士の信用品位を汚すものともいえないとされた。
第4版も同判決を引用し,登記手続は弁護士法25条1号及び職務基本規程27条1号に抵触しないと解してよいとする(第4版111頁)。

2 同判決の射程と注意点

(1) 特段の事由

同判決は,どのような場合が「特段の事由」に当たるかを具体的に示していない。
同判決の理由からすると,登記の前提となる権利変動や登記原因そのものに争いがあり,登記申請が単なる義務の履行とはいえない場合には,同じ結論にならない可能性があると考えられる。
登記原因となる契約の条件を一方のために交渉していた弁護士が,その契約の効力に争いがある状態で相手方の登記手続まで引き受けることは,同判決が前提とした場面とは異なる。

(2) 民法108条の改正

同判決当時の民法108条は平成29年改正前の規定である。
現行の民法108条1項は,同一の法律行為について当事者双方の代理人としてした行為は代理権を有しない者がした行為とみなすとした上で,債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為を除外している。
登記申請を義務の履行とみる同判決の考え方は,現行規定の下でも説明の筋道として使えると考えられるが,現行規定の下で同じ問題を扱った最高裁判例は本記事では確認していない。

第4 公正証書の作成は1号違反になり得る

1 最高裁昭和32年12月24日判決

(1) 事案

最高裁昭和32年12月24日判決の事案では,弁護士が,あらかじめ一方当事者(上告人)の依頼を受けて,他方当事者(被上告人)の代表者らと内容について協議し,契約を成立させていた。
その後,同じ弁護士が被上告人の代理人となり,その契約条項と同じ趣旨の公正証書を作成した。
上告人側は,弁護士は双方の了解の下で合意どおり誠実に公正証書を作成したのであり,当事者の利益を害していないと主張したが,退けられた。
公正証書の有効を主張していたのは,先に弁護士に依頼していた側であった。

(2) 判断

同判決は,この弁護士の行為を,まさに1号の「相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件」について職務を行ったものとした。
そして,依頼者の同意があってもその職務を行ってはならないことは同条ただし書から明らかであるとして,公正証書の作成行為は同号に違反するとした。
さらに,その公正証書は弁護士が職務上行い得ない行為に基づいて作成されたものであるから無効と解するほかないとした。
同判決の裁判要旨は,「弁護士法第二五条第一号に違背する行為に基いて作成された公正証書は無効と解すべきである。」というものである。

2 判決の事案と第4版の整理の違い

(1) 判決は「双方代理」の語を使っていない

同判決は「双方代理」という言葉を使っていない。
問題とされたのは,先に一方の依頼で相手方と協議して契約を成立させた弁護士が,後に相手方の代理人として公正証書を作成したことである。
同判決を引用するときは,公正証書の作成で双方を代理した事案として一般化せず,この事実関係で書くのが正確である。

(2) 第4版の整理

第4版は,公正証書の作成手続については,当事者間で内容の合意ができていた場合であっても弁護士法25条1号に該当するとして,同判決を挙げている(第4版111頁)。
登記申請が義務の履行にとどまるのに対し,公正証書の作成は,当事者の合意の内容を公証人の作成する証書として確定させ,内容によっては債務名義にもなる手続である。
先に一方のために交渉した弁護士がこの手続に相手方の立場で関与すれば,同じ事件で反対の側に回ることになると考えられる。
本記事では,同判決と第4版から,合意ができていても,一方の代理人として交渉した弁護士が相手方の嘱託代理人になることは避けるべきであると整理する。

3 公正証書が無効になることの重み

公正証書の作成の嘱託は代理人によってすることができる(公証人法32条1項)。
金銭の一定額の支払等を目的とする請求について,債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載された公正証書は,執行証書として債務名義になる(民事執行法22条5号)。
1号に違反する代理によって作成された公正証書が無効とされれば,依頼者が期待した効力を得られないおそれがあり,先に依頼していた側にとって不利益が大きいと考えられる。
公正証書遺言の作成手続と同判決の関係は,公正証書遺言の「口授」とは―要件・判例・無効訴訟の実務でも触れている。

4 事務所の職員や同じ事務所の弁護士を相手方の代理人にする場合

(1) 事務所の職員

第4版は,弁護士が一方当事者の代理人となり,その弁護士の事務所の職員が他方当事者の代理人となって公正証書の作成手続をする場合も,利益相反になると解すべきとしている(第4版111頁)。
職員は弁護士の指揮監督の下で働くため,形式上代理人を職員に替えても,相手方の手続を弁護士の側で行っている実態は変わらないからと考えられる。
第4版はこの点を公正証書の場面で述べているが,即決和解で職員を相手方の代理人に立てる場合にも同じ問題があると考えられる。

(2) 同じ事務所の別の弁護士

同じ事務所の別の弁護士が相手方の代理人になる場合は,職務基本規程57条の問題になる。
同条は,他の所属弁護士が27条又は28条により職務を行い得ない事件について,「職務の公正を保ち得る事由」がない限り職務を行ってはならないとしている。
第4版は,情報遮断措置があっても,訴訟で原告代理人と被告代理人が同じ事務所の弁護士であることを容認するのは基本的には困難であるとしている(第4版193頁)。

第5 即決和解で相手方の代理人弁護士を選任すること

1 起訴前の和解の仕組み

民事上の争いについて,当事者は,請求の趣旨及び原因並びに争いの実情を表示して,相手方の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所に和解の申立てをすることができる(民事訴訟法275条1項)。
和解が調い,裁判所書記官がその電子調書を作成してファイルに記録すると,その記録は確定判決と同一の効力を有する(同法267条1項)。
第4版は,弁護士が相手方本人と交渉して合意が成立し,相手方本人が裁判所への出頭に消極的な場合に,相手方本人から受任者欄が空白の委任状をもらい,知り合いの弁護士を選任して即決和解を成立させてよいかという形で問題を設定している(第4版111頁~112頁)。

2 大阪高裁昭和36年1月28日判決は無効とした

(1) 判断の内容

大阪高裁昭和36年1月28日判決(下級裁判所民事裁判例集12巻1号128頁)は,債権者側の代理人である弁護士が,既に当事者間で成立していた約定と同じ条項の和解調書を作るため,相手方である債務者のために代理人を選任した事案に関するものである。
同判決は,この選任行為も弁護士法25条1号の事件について職務を行ったものに当たるとした。
その理由として,同号の趣旨は当事者の利益保護だけでなく弁護士の綱紀と品位の維持にあり,依頼者の同意があっても職務を行えないとされていることから,単なる相手方のための代理人選任行為も禁止の対象になるとした。

(2) 効果

同判決は,同条を効力規定と解し,代理人の選任行為は無効であり,これに基づく起訴前の和解は裁判上の和解としての効力を生じないとした。
他方で,和解と同じ内容の約定自体は当事者間で成立しており,その約定を登記原因とする登記は,登記原因の記載に誤りがあっても真実の権利関係を表示するものとして有効とした。
和解調書としての効力は否定されても,当事者間の合意の効力まで当然に否定されるわけではないことが分かる。

3 東京地裁昭和36年8月29日判決は抵触しないとした

東京地裁昭和36年8月29日判決(下級裁判所民事裁判例集12巻8号2055頁)は,債務者側があらかじめ協定・承諾した条項で即決和解をするため,訴訟代理人となる弁護士の選任を債権者側に委任し,債権者側が債務者側の代理人弁護士を選任した事案に関するものである。
同判決は,債務者側に不利益が生じる余地はないとして,民法108条及び弁護士法25条1号に抵触しないとした。
同じ年に,同じ類型の行為について結論が分かれたことになる。

4 第4版の立場は紹介にとどめること

第4版は,両判決を紹介した上で,相手方のために代理人を選ぶだけの行為であっても,弁護士が相手方から委任を受ける形をとれば弁護士に対する社会の信頼を損なうとして,弁護士法25条1号及び職務基本規程27条1号に抵触すると解すべきとしている(第4版112頁)。
そのため同書は,相手方に代理人が必要なときは弁護士を紹介するだけにとどめ,受任するかどうかは紹介を受けた弁護士が相手方本人とやり取りして決め,その弁護士費用は相手方自身が負担すべきであるとする。
裁判例が分かれている以上,無効とされる危険を避けるためにも,第4版の方法に従うのが実務上安全であると考えられる。

第6 どちらの代理人にもならない調整型の職務

1 調整役は双方代理ではない

第4版は,裁判外で,まだ紛争が深刻化していない複数人の利害を調整するため,弁護士がどちらの代理人にもならずに双方から依頼を受ける職務を「調整型の職務」として取り上げている(第4版112頁)。
例として,二当事者間の契約締結に当たって双方から依頼を受けて利害を調整する場合,夫婦関係の調整,遺産分割協議の調整,共同事業の清算に伴う金銭の分配調整などが挙げられている。
同書は,調整役は当事者の代理人として行うものではないから,双方代理にも27条1号・2号の利益相反にも当たらないとする。
他方で,一方の利益は他方の不利益になることが多く,すべての当事者から信頼を得て公平・公正に職務を行わなければならないとも述べている。

2 引き受ける前に考慮する6つの要素

第4版は,調整役を引き受けるかどうかを判断する際の考慮要素として,次の6点を挙げている(第4版113頁)。
①当事者間の対立が深刻でなく,調整で解決できる見込みがあること。
②弁護士と各当事者との利害関係を全部明らかにしていること。
③弁護士費用を誰がどの割合で負担するかについて,全員が納得して合意していること。
④調整役は誰の代理人でもないことを,全員が分かっていること。
⑤調整がうまくいかなければ調整役を降り,その後も誰の代理人にもならないことを,全員が分かっていること。
⑥調整の結果を受け入れるかどうかを,各当事者が自由に決められること。

3 受任時の説明と利害対立後の措置

(1) 受任時の説明

職務基本規程32条は,同一の事件について複数の依頼者があってその相互間に利害の対立が生じるおそれがあるときは,受任に当たり,依頼者それぞれに対し,辞任の可能性その他の不利益を及ぼすおそれのあることを説明しなければならないとしている。
第4版は,調整役の場合には,失敗すればいずれの当事者の代理人にもならないこと,必要なら各自で新たに代理人に依頼する必要があることなどのリスクを十分に説明しておくべきとする(第4版113頁)。
説明の内容を書面に残し,全員から確認を得ておくことが,後の紛争を防ぐ上で有益であると考えられる。

(2) 利害対立後の措置

職務基本規程42条は,複数の依頼者の相互間に現実に利害の対立が生じたときは,依頼者それぞれに対し,速やかにその事情を告げて,辞任その他の事案に応じた適切な措置を採らなければならないとしている。
第4版は,調整が失敗して利害の対立が鮮明になった場合は速やかに調整役を辞し,その後は同一の事件についていずれの当事者の代理人にもなることができないと解すべきとする(第4版112頁~113頁)。
一方の代理人になれば,それまでの調整役としての公平・公正さを疑われかねないこと,調整の過程で知った秘密の保持義務(弁護士法23条,職務基本規程23条)にも留意が必要であることが理由とされている。

4 日弁連綱紀審査会平成26年10月14日議決

(1) 事案

日弁連綱紀審査会平成26年10月14日議決(弁護士懲戒事件議決例集第17集201頁)は,共同相続人3名全員から相談を受けて遺産分割協議書を作成した弁護士が,その後,そのうち2名の代理人として,残る1名を相手方とする遺産分割調停を申し立てた事案に関するものである。
協議は弁護士の事務所で行われ,弁護士は3名の話合いの結果に従って協議書の案を作成し,相談料は協議書作成を含めて2万円であった。
その後,協議書に遺産として記載された未登記建物の所有関係をめぐって相続人間に紛争が生じた。
弁護士は調停申立て後,相手方とされた相続人が他の相続人2名を被告として起こした建物の所有権確認訴訟でも,いったん被告らの代理人に就任したが,原告からの指摘を受けて辞任した。

(2) 弁護士会綱紀委員会と日弁連綱紀委員会の判断

原弁護士会の綱紀委員会は,弁護士は協議の結果を書面化したにすぎず,調停申立ての時点で相手方は依頼者ではなく,協議書作成と調停は別個の事件であるとして,懲戒委員会に審査を求めないことを相当とした。
日弁連綱紀委員会第2部会は,この説示には疑問があり,調停は協議書の内容となった3者間協議が「事実上完全合意に至らずに再燃したもの」とみるほかないとした。
もっとも,同部会は,弁護士が3者間協議に助言や調整で関与しておらず,協議書作成後に生じた紛争と軽信したことには酌むべき事情があり,指摘を受けて速やかに辞任したことなどから,懲戒をもって対応すべき非行とまではいえないとして,異議の申出を棄却した。

(3) 綱紀審査会の判断

綱紀審査会は,両委員会の事実認定に誤りはないとした上で,調停の申立ては職務基本規程28条3号に違反するとした。
そして,調停申立て後に懲戒請求がされ,共同相続人の一部の代理人となることの適否が問題になっていたのに,その後に所有権確認訴訟で被告らの代理人に就任した経緯も考慮すると,調停の申立ては弁護士法56条1項の品位を失うべき非行として,「懲戒に値する非行と評価せざるを得ないものと考える」とした。
結論として,原弁護士会の懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当とする議決をした。
議決例集に掲載されているのはこの綱紀審査会までの判断であり,その後の懲戒委員会の結論は本記事では確認していない。

(4) 第4版の評価と実務上の意味

第4版は,この議決を調整型の職務の項で紹介し,遺産分割協議書の作成と遺産分割調停は同一事件と考えられるから,調整役として協議書を作成した際の依頼者を相手方として調停を申し立てるのは,27条1号違反と考える余地もあるとしている(第4版113頁)。
この事案では,弁護士は話合いに助言や調整で関与せず協議書を作っただけであったが,それでも綱紀審査会は,調停を,全員の依頼で作成した協議書の内容となった協議が再燃したものと評価し,一部の相続人の代理人として調停を申し立てたことは28条3号に違反するとした上で,その後の経緯も踏まえて懲戒審査相当とした。
相続人全員の依頼で協議書だけを作る場合でも,受任時に,紛争が再燃しても誰の代理人にもならないことを説明しておくことが,同じ問題を避けるために有益であると考えられる。
遺産分割で複数の相続人を代理する場面については,遺留分減殺請求を受けた親子・夫婦を一人の弁護士が代理できるかで,遺言執行者と相続人の代理人の兼任については,遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する,弁護士会の懲戒例で扱っている。

第7 25条1号に違反した場合の効果

1 訴訟行為は相手方の異議で排除される

(1) 異議による排除

最高裁大法廷昭和38年10月30日判決は,25条1号に違反する弁護士の訴訟行為の効力について,法律に直接の規定がないため同条の立法目的から決めるとした。
同判決は,違反を懲戒の原因とするだけで訴訟行為を完全に有効とすることは,相手方の保護に欠けるとして,相手方は異議を述べ,裁判所に対しその行為の排除を求めることができるとした。

(2) 異議を述べないまま第二審の口頭弁論が終結した場合

他方で,同判決は,相手方が同意し,又は違反を知り若しくは知り得たのに異議を述べない場合には,もはや保護する必要はないとした。
そして,相手方が違反を知り又は知り得たのに異議を述べないまま訴訟手続を進行させ,「第二審の口頭弁論を終結せしめたときは、当該訴訟行為は完全にその効力を生じ」,無効を主張することは許されないとした。
異議を述べなければ直ちに有効になるのではなく,第二審の口頭弁論の終結が一つの区切りになっている。
相手方の弁護士が以前に自分の相談を受けた弁護士であると気付いたときは,異議を述べる機会を失わないよう,早い段階で裁判所に申し出ることが考えられる。

(3) 意見と反対意見

同判決には,訴訟行為は無効であるが異議なく第二審の口頭弁論が終結すれば違法が補正されるとする意見,違反の訴訟行為は当然無効であるが第二審終結後に初めて主張することは許されないとする意見,懲戒の原因となるにとどまり訴訟行為の効力に影響しないとする意見及び反対意見が付されている。
25条違反の効果について,当時の最高裁の中でも考え方が分かれていたことが分かる。
近時の最高裁が25条の類推を否定した例は,取締役責任調査委員会の委員弁護士は後続訴訟を代理できるか-最高裁令和4年6月27日決定と弁護士法25条で扱っている。

2 訴訟外の手続の効力

昭和38年判決は訴訟代理人の訴訟行為に関するものであり,公正証書の作成や起訴前の和解における代理人選任の効力を直接判断したものではない。
公正証書については,昭和32年判決が1号違反の行為に基づく公正証書を無効としている。
起訴前の和解については,大阪高裁昭和36年1月28日判決が和解を無効とし,東京地裁昭和36年8月29日判決がそもそも抵触しないとしており,無効とされる危険は残っている。

3 懲戒

25条1号に違反した弁護士は,手続の効力とは別に,弁護士法56条1項の懲戒の対象となる。
昭和38年判決も,違反した弁護士が懲戒に服すべきことはもちろんであるとしている。
第4版は,受任後に利益相反に気付いた場合も,守秘義務に留意しつつ依頼者に事情を説明し,速やかに辞任その他の適切な措置をとるべきとしている(第4版94頁)。

第8 実務上の確認事項

1 依頼を受けた弁護士が確認すること

本記事で見た判例,議決例及び第4版からは,次の点を確認することが考えられる。
①その手続について,どちらの当事者から先に相談又は依頼を受けたか。
②その手続が,登記申請のように既に生じた権利変動を公示するだけのものか,公正証書や和解調書のように法律関係の内容を定めるものか。
③相手方の手続について,自分が代理人になり,代理人を選任し,又は受任者欄が空白の委任状を受け取る形になっていないか。
④事務所の職員や同じ事務所の弁護士を,相手方の代理人に立てる形になっていないか。
⑤即決和解で相手方に代理人が必要な場合は,弁護士を紹介するにとどめ,紹介先の弁護士が相手方と直接連絡をとり,費用を相手方が負担する形になっているか。
⑥どちらの代理人にもならない調整役として関わる場合は,第4版の6つの要素を満たし,失敗時には辞任して以後どちらの代理人にもならないことを全員に説明しているか。

2 相手方の弁護士から手続を任せるよう言われた方が確認すること

相手方の弁護士は,相手方の利益のために動く代理人であり,こちらの代理人ではない。
登記申請については,最高裁昭和43年3月8日判決により,特段の事由がない限り一人の弁護士が双方を代理しても弁護士法25条1号に違反しないとされている。
他方で,公正証書の作成や即決和解で,相手方の弁護士又はその事務所の職員がこちらの代理人になることや,受任者欄が空白の委任状への署名を求められることは,本記事で見た判例及び第4版の考え方からすると避けるべき形である。
公正証書の作成は本人が出頭して行うこともでき,代理人を立てる場合は自分で選んだ代理人に依頼することができる。
内容に納得できない点があれば,合意書に署名する前に,自分で別の弁護士に相談することが考えられる。

第9 関連記事

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第10 出典・参考資料

1 法令

弁護士法(昭和24年法律第205号)23条・25条・56条(e-Gov法令検索)
民法(明治29年法律第89号)108条(e-Gov法令検索)
民事訴訟法(平成8年法律第109号)267条・275条(e-Gov法令検索)
民事執行法(昭和54年法律第4号)22条(e-Gov法令検索)
公証人法(明治41年法律第53号)32条(e-Gov法令検索)

2 裁判例

最高裁大法廷昭和38年10月30日判決(昭和35年(オ)第924号,民集17巻9号1266頁)
最高裁昭和43年3月8日判決(昭和42年(オ)第901号,民集22巻3号540頁)
最高裁昭和32年12月24日判決(昭和31年(オ)第148号,民集11巻14号2363頁)
最高裁昭和33年6月14日判決(昭和31年(オ)第610号,集民32号223頁)
大阪高裁昭和36年1月28日判決(昭和33年(ネ)第320号,下級裁判所民事裁判例集12巻1号128頁,裁判所HP未掲載,判例秘書で確認)
東京地裁昭和36年8月29日判決(昭和31年(ワ)第5122号,下級裁判所民事裁判例集12巻8号2055頁,裁判所HP未掲載,判例秘書で確認)

3 弁護士懲戒手続の議決例

日弁連綱紀審査会平成26年10月14日議決(平成26年(コシ)第183号,弁護士懲戒事件議決例集第17集201頁~212頁。同頁に原弁護士会綱紀委員会及び日弁連綱紀委員会第2部会の議決書も掲載)

4 日弁連の会規

弁護士職務基本規程(会規第70号)23条・27条・28条・32条・42条・57条(日本弁護士連合会『日本弁護士連合会関係法規集』令和7年9月1日現在)

5 文献

日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」第4版』(日本弁護士連合会,2026年9月)はしがき,92頁~95頁(27条の趣旨,「相手方」の意味),111頁~113頁(利益相反に関する諸問題のうち登記手続,公正証書作成,即決和解及び調整型の職務),193頁(57条の「職務の公正を保ち得る事由」)