第1 この記事の対象と結論
1 この記事の対象
(1) 問題となる場面
家族,同居人,友人,地域の団体又は職場で,複数の者が一緒に積み立てたお金や一緒に管理していた物を,そのうちの一人が無断で持ち出して自分のものにすることがある。
このとき成立し得る犯罪が窃盗罪か横領罪か,家族の間であれば刑が免除されるのかを,条文と裁判例に沿って整理する。
(2) 資料と基準日
法令は令和8年9月25日時点でe-Gov法令検索に掲載されている条文により確認した。
裁判例は,裁判所ウェブサイトに掲載されたものはその全文により,掲載されていないものは判例秘書に収録された全文により確認した。
銀行口座で管理していたお金を引き出した場合は,預金の占有という別の問題があるため,本記事では扱わない。
2 結論
①他の者と一緒に占有していた物を,他の者の占有を奪って自分だけの占有に移せば,窃盗罪となる。
②他の者の合意の下で自分が現実に支配・管理していた物を自分のものにすれば,横領罪となり得る。
③どちらに当たるかは,持ち出した時点で誰がその物を現実に支配していたかによって決まり,鍵や暗証番号の管理,出し入れの取決め等の事実関係が重要になる。
④家族の間では刑法244条(横領罪には255条で準用)の特例があるが,犯人と所有者及び占有者の双方との間に親族関係が必要であり,同居の友人や内縁の配偶者には適用されない。
第2 窃盗罪と横領罪の分かれ目
1 条文
刑法235条は,「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と定める。
刑法252条1項は,「自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の拘禁刑に処する。」と定める。
業務上自己の占有する他人の物を横領した場合は,刑法253条の業務上横領罪となる。
2 所有と占有を分けて考える
窃盗罪は他人が占有している物を奪う犯罪であり,横領罪は自分が占有している他人の物を領得する犯罪である。
そのため,その物が誰の所有物かという問題と,持ち出した時点で誰が事実上支配していたか(占有)という問題を分けて検討する必要がある。
一緒に貯めたお金は,拠出した者全員の共有に属することが多いと考えられるが,共有であることから直ちに窃盗罪か横領罪かが決まるわけではない。
第3 一緒に占有していた物を一人が持ち出した場合
1 最高裁判所昭和25年6月6日判決
最高裁判所第三小法廷昭和25年6月6日判決(昭和25年(れ)第175号,刑集4巻6号928頁)は,原審の証拠によれば少なくとも係長も占有を有していたと認められるとした上で,「共同占有の場合、共同占有者の占有を奪つて自己単独の占有に移す行為は窃盗を以て目すべきこと大審院以来判例の認める処で其解釈は正当である。」と判示した。
自分もその物を占有していたとしても,他の占有者の占有を排除して自分だけの支配下に移せば,他人の占有を侵害したことになるという考え方と解される。
なお,同判決の本文には,持ち出された物や各人の職務の内容は記載されていない。
2 共同占有者の一人と共謀した場合
最高裁判所第三小法廷昭和46年3月5日決定(昭和44年(あ)第2482号,集刑179号151頁)は,会社の営業所の倉庫にある医薬品が営業所長と倉庫係長の共同占有管理下にあった事案で,倉庫係長と共謀して医薬品を領得した被告人に窃盗罪が成立するとした原判断を正当とした。
共同占有者の一人が関与していても,窃盗罪の成立が認められた例である。
3 共有物を親族が共同占有していた場合
広島高等裁判所岡山支部昭和28年3月12日判決(昭和27年(う)第583号,高等裁判所刑事判決特報31号68頁,判例秘書L00820200)は,地域の耕作者らの共有に属し,神社の倉庫に共同で保管されていた電線を,被告人が占有者に無断で持ち出して領得した事案である。
同判決は,共同占有者の中に被告人の父が含まれていたとしても,電線の全部について窃盗罪の成立は妨げられないとした。
4 事業者間の共同占有
静岡地方裁判所令和8年3月11日判決(令和4年(わ)第409号,第442号)は,漁港の売場で水揚げされた未計量の冷凍カツオが,所有者である船主会社の代表者と売場を管理する協同組合の管理者との共同占有下にあったと認定した。
そのうえで,船主会社の代表者の承諾なく冷凍カツオを搬出した行為は窃盗の実行行為に当たるとして,窃盗罪の成立を認めた。
第4 一人が任されて管理していた場合
1 最高裁判所昭和30年4月5日判決
最高裁判所第三小法廷昭和30年4月5日判決(昭和28年(あ)第269号,刑集9巻4号645頁)は,他人所有の建物を適法な権限に基づいて現実に使用管理するときは,刑法252条1項にいう「占有」に当たるとした。
そして,数名の共有に属する未登記建物について,その一部の者が他の者の合意の下に全部を現実に使用支配していた場合に,他の持分権利者を無視排除して自分たちの会社に現物出資し,会社名義で所有権の保存登記をした行為は,横領罪を構成するとした。
自分も共有持分を持つ物であっても,他の共有者の合意の下に自分が現実に支配していた物を領得すれば,横領罪となり得ることが,この判決から読み取れる。
2 窃盗と横領を分ける事情
第3と第4の裁判例を比べると,同じように一緒に管理していたといっても,他の者も現実に支配を及ぼしていたか,一人に保管が任されていたかによって,窃盗罪と横領罪とに分かれると考えられる。
一緒に積み立てたお金を金庫で保管していた場合であれば,①金庫の鍵や暗証番号を誰が持っていたか,②他の者が自由に出し入れできたか,③出し入れに全員の同意が必要とされていたか,④保管を一人に任せる取決めがあったかといった事実が,判断の材料になると考えられる。
職場の物品について同じ観点を整理したものとして,社内で窃盗・横領が疑われたときの社内調査-初動,証拠保全,事情聴取及び調査の限界の第2の3がある。
第5 家族・同居人の場合―親族相盗例
1 条文
刑法244条1項は,「配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第二百三十五条の罪、第二百三十五条の二の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。」と定める。
同条2項は,これ以外の親族との間で犯したこれらの罪は,告訴がなければ公訴を提起することができないと定め,同条3項は,親族でない共犯には前二項を適用しないと定める。
刑法255条は,横領の罪について刑法244条を準用している。
2 親族関係が必要な相手
(1) 所有者と占有者の双方
最高裁判所第二小法廷平成6年7月19日決定(平成6年(あ)第234号,刑集48巻5号190頁)は,「窃盗犯人が所有者以外の者の占有する財物を窃取した場合において、刑法二四四条一項が適用されるためには、同条一項所定の親族関係は、窃盗犯人と財物の占有者との間のみならず、所有者との間にも存することを要するものと解するのが相当である」とした。
(2) 共有物の場合は共有者全員
名古屋高等裁判所平成23年2月14日判決(平成22年(う)第466号,高等裁判所刑事裁判速報集平成23年203頁,判例秘書L06620785)は,被告人が別居中の実母方から持ち出したノートパソコン等が実母とその夫の共有財産であった事案で,「窃盗の被害物品が共有物である場合において,刑の免除に関する刑法244条1項を適用するには,犯人と共有者全員との間に同項所定の親族関係が存在することが必要であると解される」とした。
家族と第三者が一緒に積み立てたお金のように,所有者や占有者に親族でない者が含まれていれば,刑法244条1項による刑の免除は受けられないことになると考えられる。
3 内縁の配偶者と同居の友人
最高裁判所第二小法廷平成18年8月30日決定(平成18年(あ)第334号,刑集60巻6号479頁)は,「刑法244条1項は,刑の必要的免除を定めるものであって,免除を受ける者の範囲は明確に定める必要があることなどからして,内縁の配偶者に適用又は類推適用されることはないと解するのが相当である。」とした。
刑法244条は「親族」を対象とするから,同居していても親族でない友人や恋人の間には,同条の適用はない。
4 家庭裁判所が選任した後見人
最高裁判所第一小法廷平成20年2月18日決定(平成19年(あ)第1230号,刑集62巻2号37頁)は未成年後見人について,最高裁判所第二小法廷平成24年10月9日決定(平成24年(あ)第878号,刑集66巻10号981頁)は成年後見人について,被後見人との間に刑法244条1項所定の親族関係があっても,業務上占有する被後見人の財物を横領した場合に同項は準用されないとした。
成年後見人による横領については,成年後見人による横領──親族後見人と第三者後見人の比較を中心にで扱っている。
5 告訴
刑法244条2項の親族の間では,告訴がなければ公訴を提起することができない。
最高裁判所第二小法廷昭和35年12月22日決定(昭和32年(あ)第2717号,刑集14巻14号2204頁)は,親族間の横領が問題となった事案で,「共有者の一人が共有物に関する犯罪に対して告訴をしたときは、告訴人が被害共有物について有する持分の多少にかかわらずその告訴は不可分的に被害共有物全部に関する犯罪の訴追に対し効力を及ぼすものである」とした。
親告罪の告訴は,犯人を知った日から6か月を経過したときはすることができない(刑事訴訟法235条本文)。
第6 お金を取り戻すための民事上の手段
刑事責任とは別に,持ち出された側は,民事上,不当利得(民法703条)又は不法行為(民法709条)に基づいて,返還や損害賠償を求めることが考えられる。
刑法244条1項による刑の免除は刑罰についての特例であり,民事上の返還義務や損害賠償義務を免除するものではない。
後で持出しを問題にするためには,誰がいくら拠出したかの記録,金庫の出し入れの記録及び保管についての取決めの内容を残しておくことが考えられる。
第7 出典
1 法令
①e-Gov法令検索・刑法(235条,244条,252条,253条,255条)
②e-Gov法令検索・刑事訴訟法(235条)
③e-Gov法令検索・民法(703条,709条)
2 裁判例
①最高裁昭和25年6月6日第三小法廷判決・昭和25年(れ)第175号・刑集4巻6号928頁
②広島高裁岡山支部昭和28年3月12日判決・昭和27年(う)第583号・高等裁判所刑事判決特報31号68頁・判例秘書L00820200(裁判所HP未掲載)
③最高裁昭和30年4月5日第三小法廷判決・昭和28年(あ)第269号・刑集9巻4号645頁
④最高裁昭和35年12月22日第二小法廷決定・昭和32年(あ)第2717号・刑集14巻14号2204頁
⑤最高裁昭和46年3月5日第三小法廷決定・昭和44年(あ)第2482号・集刑179号151頁
⑥最高裁平成6年7月19日第二小法廷決定・平成6年(あ)第234号・刑集48巻5号190頁
⑦最高裁平成18年8月30日第二小法廷決定・平成18年(あ)第334号・刑集60巻6号479頁
⑧最高裁平成20年2月18日第一小法廷決定・平成19年(あ)第1230号・刑集62巻2号37頁
⑨名古屋高裁平成23年2月14日判決・平成22年(う)第466号・高等裁判所刑事裁判速報集平成23年203頁・判例秘書L06620785(裁判所HP未掲載)
⑩最高裁平成24年10月9日第二小法廷決定・平成24年(あ)第878号・刑集66巻10号981頁
⑪静岡地裁令和8年3月11日判決・令和4年(わ)第409号,第442号