第1 この記事の対象と結論
1 対象と基準日
本記事は,古物営業法の「古物」がどこまでの物を含むかを,未使用品,原材料,化学薬品,工業用の貴金属含有物に即して整理し,あわせて,貴金属の買取業者に適用される犯罪収益移転防止法と毒物及び劇物取締法の規制範囲との違いを説明するものである。
基準日は令和8年9月18日であり,法令は同日にe-Gov法令検索で確認した現行条文による。
警察庁の解釈は,警察庁生活安全局長の通達「古物営業法等の解釈運用基準について」(令和6年8月14日。以下「解釈運用基準」という。)による。
2 結論
①「古物」には,一度使用された物品だけでなく,使用されない物品で使用のために取引されたもの(一度でも使用する目的で購入された未使用品)も含まれる。
②古物営業法施行規則2条は,古物を13の区分に分けているが,化学薬品や工業用の原材料に当たる区分はなく,これらが「古物」に当たるかは,解釈運用基準にも明示の記載がない。
③犯罪収益移転防止法の「貴金属」は,「金、白金、銀及びこれらの合金」に限られており(同法施行令4条1項),金の化合物は文言上これに含まれない。
④毒物に当たる工業薬品を販売目的で貯蔵・運搬するには,毒物劇物販売業の登録が必要であり,登録は店舗ごとに行われる(毒物及び劇物取締法3条3項,4条1項)。
⑤したがって,工業用の貴金属含有物の買取りでは,どの法律の義務がかかるかが品目ごとに異なり,本人確認や取引記録が当然に残っているとは限らない。
第2 「古物」の定義
1 条文
古物営業法2条1項は,「この法律において「古物」とは、一度使用された物品(鑑賞的美術品及び商品券、乗車券、郵便切手その他政令で定めるこれらに類する証票その他の物を含み、大型機械類(船舶、航空機、工作機械その他これらに類する物をいう。)で政令で定めるものを除く。以下同じ。)若しくは使用されない物品で使用のために取引されたもの又はこれらの物品に幾分の手入れをしたものをいう。」と定める。
古物は,①一度使用された物品,②使用されない物品で使用のために取引されたもの,③これらの物品に幾分の手入れをしたもの,の三つからなる。
2 「使用」と「使用のために取引されたもの」
解釈運用基準(第2の1(1))は,「使用」とは物品をその本来の用法に従って使用することをいうとし,衣類であれば着用すること,自動車であれば運行の用に供すること等を例に挙げている。
また,解釈運用基準(第2の1(2))は,「使用のために取引されたもの」とは,自己が使用し,又は他人に使用させる目的で購入等されたものをいい,小売店等から一度でも一般消費者の手に渡った物品は,未使用であっても「古物」に該当するとしている。
そのため,消費者が贈答目的で購入した商品券や食器セットのように,未開封・未使用の物品であっても,いったん使用目的で取引された後は古物として扱われる。
3 「幾分の手入れ」
解釈運用基準(第2の1(3))は,「幾分の手入れ」とは,物品の本来の性質,用途に変化を及ぼさない形で修理等を行うことをいうとし,絵画の表面の修補や刀の研ぎ直しを例に挙げている。
逆にいえば,物品の本来の性質や用途を変えてしまうほどの加工をした物は,この類型には当たらない。
第3 13の区分と原材料・化学薬品
1 古物の区分
古物商の許可申請書には,取り扱う古物の区分を記載する(古物営業法5条1項3号)。
古物営業法施行規則2条は,その区分を次の13としている。
①美術品類(書画,彫刻,工芸品等)
②衣類(和服類,洋服類,その他の衣料品)
③時計・宝飾品類(時計,眼鏡,宝石類,装身具類,貴金属類等)
④自動車(その部分品を含む。)
⑤自動二輪車及び原動機付自転車(これらの部分品を含む。)
⑥自転車類(その部分品を含む。)
⑦写真機類(写真機,光学器等)
⑧事務機器類(レジスター,タイプライター,計算機,謄写機,ワードプロセッサー,ファクシミリ装置,事務用電子計算機等)
⑨機械工具類(電機類,工作機械,土木機械,化学機械,工具等)
⑩道具類(家具,じゅう器,運動用具,楽器,磁気記録媒体,蓄音機用レコード,磁気的方法又は光学的方法により音,影像又はプログラムを記録した物等)
⑪皮革・ゴム製品類(カバン,靴等)
⑫書籍
⑬金券類(商品券,乗車券及び郵便切手並びに古物営業法施行令1条各号に規定する証票その他の物)
2 原材料・化学薬品の扱い
上記の区分には,化学薬品や工業用の原材料に当たるものは挙げられていない。
「時計・宝飾品類」に含まれる「貴金属類」は,その区分の性質からみて,装身具等の貴金属製品を念頭に置いたものと考えられる。
他方で,事業者が自ら使用する目的で購入した未使用の原材料や薬品は,文言上は「使用されない物品で使用のために取引されたもの」に当たり得る。
解釈運用基準は,この点について明示の記載を置いておらず,その前身である警察庁生活安全局生活安全企画課長の通達「古物営業関係法令の解釈基準等について」(平成7年9月11日)にも,原材料や薬品を古物から除く旨の記載は見当たらない。
愛知県警察,山梨県警察等の都道府県警察が公開している古物営業法の解説にも,これらを古物から除く旨の記載は見当たらなかった。
古物商許可に関する行政書士等の解説には,化粧品,薬品,食品のように消費して無くなるものや,金属原材料のような原材料は古物に当たらないとするものがあるが,その根拠となる公的な資料は示されていない。
したがって,原材料・化学薬品・地金が「古物」に当たるかは,現時点では確定した解釈を示すことができない。
個別の取引が古物営業法の対象になるかを確認する必要がある場合は,買取業者の主たる営業所の所在地を管轄する都道府県警察の古物担当部署に照会することが考えられる。
3 古物に当たる場合に生じる義務
古物に当たる場合,古物商は,次の義務を負う。
①相手方の住所,氏名,職業及び年齢の確認(古物営業法15条1項)
②不正品の疑いがあると認めるときの警察官への申告(同条3項)
③取引の年月日,品目・数量,特徴,相手方等の帳簿等への記録(同法16条)
④帳簿等の3年間の保存(同法18条1項)
⑤品触れを受けた場合の届出(同法19条3項)
⑥被害者からの1年間の無償回復請求に応じる義務(同法20条)
①の確認義務と③の記録義務に違反した場合は,6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金に処せられる(同法33条1号・2号)。
なお,対価の総額が1万円未満の取引は,自動二輪車・原動機付自転車,家庭用ゲームソフト,CD・DVD等の光学的記録媒体,電線,金属製グレーチング,書籍等の一部の品目を除き,確認と記録が免除される(同法15条2項1号,古物営業法施行規則16条)。
もっとも,解釈運用基準は,正当な理由なく数回に分けて古物を売却することを希望する相手方については,古物商に警察官に対する申告義務が生じる場合があるとしている。
第4 犯罪収益移転防止法の「貴金属等」
1 貴金属等売買業者
犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯罪収益移転防止法」という。)2条2項43号は,「金、白金その他の政令で定める貴金属若しくはダイヤモンドその他の政令で定める宝石又はこれらの製品(以下「貴金属等」という。)の売買を業として行う者」を特定事業者としている。
同法施行令4条1項は,「法第二条第二項第四十三号に規定する政令で定める貴金属は、金、白金、銀及びこれらの合金とする。」と定める。
2 化合物は文言上含まれない
金の化合物(例えば,めっきに用いられるシアン化金カリウム)は,金そのものでも金の合金でもない。
また,化合物は,金を材料として作られた「製品」と評価することも難しい。
したがって,工業用の金化合物の売買は,文言上,犯罪収益移転防止法の「貴金属等」の売買に当たらない可能性が高い。
経済産業省の「宝石・貴金属等取扱事業者」のページも,対象を「金、白金、銀及びこれらの合金(貴金属)」,「ダイヤモンドその他の貴石、半貴石及び真珠(宝石)」及びこれらの製品と説明するにとどまり,化合物への言及はない。
もっとも,買取業者がその取引を実質的に金の買取りとして扱っている場合の評価については,所管行政庁(貴金属については経済産業省製造産業局鉱物課)の解釈を確認する必要がある。
3 取引時確認の対象
貴金属等売買業者が取引時確認を行う対象取引は,同法施行令7条1項6号に「その代金の額が二百万円を超える貴金属等…の売買契約の締結」と規定されている。
もっとも,同法施行規則4条1項11号は,この取引のうち「代金の支払の方法が現金以外のもの」を,簡素な顧客管理を行うことが許容される取引として定めているので,取引時確認が必要になるのは,代金が200万円を超える現金取引である。
経済産業省の上記ページも,宝石・貴金属等取扱事業者の特定取引を「200万円を超える現金取引」と説明している。
同様に,取引記録等の作成・保存義務についても,代金が200万円を超える貴金属等の売買のうち代金の支払の方法が現金以外のものは,対象から除かれている(同法施行規則22条1項4号)。
取引時確認では,本人特定事項,取引を行う目的,職業等を確認する(同法4条1項)。
また,特定事業者は,取引において収受した財産が犯罪による収益である疑いがある場合等には,疑わしい取引の届出をしなければならない(同法8条1項)。
したがって,代金を銀行振込で支払う買取りでは,「貴金属等」の売買に当たるとしても取引時確認の義務はかからず,工業用の金化合物の取引が「貴金属等」の売買に当たらなければ,疑わしい取引の届出の義務もかからないことになる。
第5 毒物及び劇物取締法の販売業登録
1 販売目的の貯蔵・運搬には登録が必要である
毒物及び劇物取締法3条3項は,「毒物又は劇物の販売業の登録を受けた者でなければ、毒物又は劇物を販売し、授与し、又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し、運搬し、若しくは陳列してはならない。」と定め,違反は3年以下の拘禁刑若しくは200万円以下の罰金又はその併科の対象である(同法24条1号)。
めっき等に用いられる無機シアン化合物は毒物に指定されており(毒物及び劇物指定令1条8号。紺青,フエリシアン塩,フエロシアン塩等を除く。),これを買い取って転売する目的で貯蔵・運搬する業者には,販売業の登録が必要になり得る。
2 登録は店舗ごとに行われる
販売業の登録は,店舗ごとに,その店舗の所在地の都道府県知事(店舗が保健所を設置する市又は特別区の区域にある場合は,市長又は区長)が行う(同法4条1項)。
そのため,買取業者が複数の店舗や工場を持つ場合,どの店舗・工場で毒物を受け入れているかによって,登録の要否と登録先が異なる。
また,販売業の登録は6年ごとに更新を受けなければ効力を失う(同法4条3項)。
3 売る側の登録
個人が,自らの所有でない毒物を無登録で売却する場合も,同法3条3項の「販売し」に当たり得る。
工業用の毒物が持ち出されて売却された事案では,売った側と買った側の双方について,同法の規制が問題になり得る。
第6 工業用の貴金属含有物の買取りで問題になる点
1 義務が品目ごとに異なる
工業用の貴金属含有物(めっき液,金化合物,蒸着スクラップ,電子部品等)の買取りでは,次のとおり,品目ごとにかかる義務が異なる。
①金地金・金製品:犯罪収益移転防止法の貴金属等に当たる。古物に当たるかは,使用のために取引された物か否かによる
②金化合物(シアン化金カリウム等):犯罪収益移転防止法の貴金属等に当たらない可能性が高い。古物に当たるかは明らかでない。毒物に当たれば毒物及び劇物取締法の規制がかかる
③使用済みの電子部品・めっき部品:一度使用された物品として古物に当たり得る
2 記録が残っているとは限らない
古物営業法や犯罪収益移転防止法の適用がない取引では,法律上の本人確認・記録義務がかからないため,業者が自主的に残した記録しかないことがある。
他方で,業者が買取りのたびに分析結果や買取価格を記載した書面を作成している場合は,それが取引の経過を示す重要な資料になる。
会社の物品が持ち出されて売却された場合の取戻しと記録の確保については,社員が会社の物品を買取業者に売ったときの取戻し―民法193条・194条と古物営業法20条,窃盗と業務上横領の区別で扱っている。
3 個人からの継続的な買取り
個人が,業務用・工業用の物品を繰り返し大量に売りに来る場合,古物に当たる取引であれば,古物商は不正品の疑いの有無を判断し,疑いがあると認めるときは警察官に申告しなければならない(古物営業法15条3項)。
売主が申告した職業と物品の性質が合わない場合や,未開封の新品が繰り返し持ち込まれる場合は,業者の注意の程度が問われることになる。
第7 出典・参考資料
1 法令
古物営業法(2条,5条,15条,16条,18条,19条,20条,33条) e-Gov法令検索
古物営業法施行規則(2条,16条) e-Gov法令検索
犯罪による収益の移転防止に関する法律(2条,4条,8条) e-Gov法令検索
犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令(4条,7条) e-Gov法令検索
犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則(4条,22条) e-Gov法令検索
毒物及び劇物取締法(3条,4条,24条) e-Gov法令検索
毒物及び劇物指定令(1条) e-Gov法令検索
2 行政資料
警察庁生活安全局長「古物営業法等の解釈運用基準について」(令和6年8月14日,警察庁丙生企発第272号) 警察庁
警察庁生活安全局生活安全企画課長「古物営業関係法令の解釈基準等について」(平成7年9月11日,警察庁丁生企発第104号) 警察庁
経済産業省「宝石・貴金属等取扱事業者」 経済産業省
経済産業省「宝石・貴金属等取扱事業者に課される法令上の義務「取引時確認(法第4条)」」 経済産業省
3 関連記事
社員が会社の物品を買取業者に売ったときの取戻し―民法193条・194条と古物営業法20条,窃盗と業務上横領の区別
遺品整理業者の許可・選び方と相続放棄・残置物処理の注意点