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第1 この記事の対象と結論
1 手根骨不安定症は靱帯断裂の有無だけで決まらない
手根骨不安定症とは,手根骨どうしを連結する靱帯等が損傷し,手関節を動かしたとき又は荷重したときに手根骨相互の位置関係や運動が破綻する病態である。本記事では,交通事故後に問題となりやすい舟状月状骨間靱帯(SLIL)損傷及び月状三角骨間靱帯(LTIL)損傷を中心に,医学的診断,事故との因果関係及び後遺障害等級の分岐を扱う。
三角線維軟骨複合体(TFCC)損傷は手関節尺側痛の重要な鑑別であるが,解剖学的にも等級立証上も手根骨間靱帯損傷と同一ではない。また,手関節可動域の測定方法及び4分の3基準の詳細は,手関節の可動域制限と後遺障害12級6号で別に扱っている。
2 等級認定には三つの経路がある
手根骨不安定症という診断名に固有の後遺障害等級はない。症状固定時に残った障害を,①手関節の可動域制限,②動揺性による機能障害,③疼痛その他の神経症状のいずれかへ対応させる必要がある。
| 症状固定時の主な障害 | 主に検討する等級 | 中心となる資料 | 誤りやすい点 |
|---|---|---|---|
| 器質的損傷による可動域制限 | 8級6号,10級10号又は12級6号 | 左右の他動可動域,画像,関節鏡又は手術所見 | 靱帯断裂の画像だけでは可動域の等級は決まらない |
| 動揺性による労働上の支障 | 10級10号又は12級6号 | 動態検査,装具処方,装着場面及び頻度 | サポーターの自己使用だけでは固定装具の必要性を示しにくい |
| 疼痛,荷重痛又は不安定感 | 12級13号又は14級9号 | 症状の局在,経過,他覚所見及び他原因の検討 | MRI異常だけで事故原因又は疼痛の程度は決まらない |
本記事は一般的な情報を提供するものであり,特定の事故についての法的又は医学的判断を示すものではない。
第2 手根骨不安定症の医学的構造
1 舟状月状骨間不安定症と月状三角骨間不安定症
(1) 舟状月状骨間靱帯損傷
舟状月状骨間靱帯は舟状骨と月状骨を結ぶ主要な安定化組織である。損傷が進行して舟状骨が掌屈し,月状骨が背屈する配列異常が固定化した状態は,背側介在部分不安定性(DISI)と呼ばれる。
もっとも,SLILを部分的又は完全に損傷しても,直ちに静止時の単純X線で離開やDISIが現れるとは限らない。手根骨の安定性には背側手根間靱帯等の二次安定化組織も関与するため,SLIL損傷の存在,動態不安定性及び静的変形を分けて評価する必要がある。
(2) 月状三角骨間靱帯損傷
月状三角骨間靱帯は月状骨と三角骨を結ぶ。LTIL損傷は尺側手関節痛を生じ得るが,完全断裂でも単純X線上の明らかな間隙拡大を示さないことがある。月状骨が掌屈する掌側介在部分不安定性(VISI)は,LTILだけでなく周囲の靱帯損傷が加わったときに生じることがあり,VISI所見をLTIL単独断裂と同一視できない。
2 predynamic・dynamic・staticの区別
手根骨不安定症は,概念上,①関節鏡等では靱帯損傷を認めても通常撮影及び負荷撮影で明瞭な離開を示さないpredynamic,②通常撮影では目立たないが把持又は偏位等の負荷で異常が現れるdynamic,③安静時の通常撮影でも離開又は配列異常を認めるstaticに分けて考えることができる。
この区別は,事故直後の単純X線が正常であったという事実の評価に直結する。正常な通常撮影は骨折や静的変形を否定する資料にはなっても,predynamic又はdynamicな靱帯損傷を当然に否定する資料にはならない。
3 症状及び身体所見の位置付け
SLIL損傷では手関節背側又は橈側の疼痛,把持時痛,クリック,握力低下及び荷重時の不安感が,LTIL損傷では尺側痛,把持又は回旋時痛及びクリックが問題となり得る。誘発テストは損傷部位を絞る手掛かりになるが,単独で断裂の程度や事故原因を確定するものではない。
症状がある側と画像所見の側,圧痛部位,疼痛を再現する動作及び診察時期を対応させることが重要である。画像上の離開が強くても症状に乏しい場合がある一方,通常撮影で離開がなくても動作時に疼痛と不安定性が再現される場合があるからである。
第3 画像検査及び関節鏡で確認できる範囲
1 通常X線,負荷撮影及び動態透視
舟状月状関節不安定性が疑われる場合,正面像及び側面像を基本とし,手根骨の弧,舟状月状骨間距離,舟状月状骨角並びにDISIの有無を確認する。通常撮影で明らかでない動的病変には,握りこぶし撮影,偏位を加えた負荷撮影又は動態透視が用いられる。
ただし,舟状月状骨間距離又は角度の一つの数値を絶対的な診断線にすることはできない。関節鏡所見とX線を比較した414例の研究では,尺屈位の間隙2.7ミリメートル,通常正面像の間隙1.9ミリメートル及び舟状月状骨角63度が追加精査の目安として示されたが,三指標を合わせても識別能は完全ではなく,撮影肢位,負荷方法及び対象集団によって閾値は変わり得る。
動揺関節の立証手段としてのストレスレントゲン撮影で述べるとおり,後遺障害の公開基準はストレス撮影そのものを明文の必須要件としていない。しかし,どの負荷でどの程度の異常運動が再現されるかを客観化する資料として重要である。
2 MRI及び関節造影
MRIは靱帯の連続性,信号変化及び周囲組織を評価できるが,磁場強度,コイル,断面,撮像シーケンス及び読影経験の影響を受ける。関節鏡又は手術を参照基準とした24研究・1902検査のメタ解析では,SLIL損傷に対する感度は1.5テスラMRIが45.7%,3テスラMRIが75.7%,MR関節造影が82.1%であり,特異度は順に80.5%,97.1%,92.8%であった。
したがって,特に低磁場又は手関節専用でない条件の陰性MRIだけで靱帯損傷を否定することはできない。他方,陽性所見があっても,それが事故で生じた新鮮損傷であること,症状の発生源であること,又は症状固定時の機能障害の程度を示すことまでは別に検討しなければならない。
3 関節鏡及び新しい動態画像
手関節鏡は靱帯を直接観察し,探針で不安定性を確認し,軟骨損傷を評価できるため重要な参照基準である。しかし,侵襲を伴う検査であり,診断目的だけで全例に実施すべきものではない。保存療法の結果,手術適応及び検査結果が治療方針を変えるかを踏まえて選択する必要がある。
4DCTその他の動態画像は,運動中の舟状月状骨間距離を三次元で追跡できる。2024年の健常50手の研究は運動別の基準値を示し,2026年の多施設研究は両側同時撮影による健側比較の可能性を示した一方,撮影手順の違いによる約0.5ミリメートルのずれも報告した。現段階では有望な補助検査であるが,施設横断で統一された後遺障害認定基準にはなっていない。
第4 交通事故との因果関係を立証する方法
1 受傷機転と損傷部位を対応させる
手をついた転倒,二輪車からの転落,ハンドルを把持した状態での急激な背屈・偏位又は回旋等は,手根骨間靱帯へ外力を加え得る。しかし,車両損傷や転倒形態だけから特定の靱帯断裂を確定することはできず,事故状況,受傷直後の手関節肢位,腫脹・圧痛部位,合併骨折及び後続画像を別々の証拠として突き合わせる必要がある。
2 診断日ではなく症状と所見の時系列を作る
手根骨不安定症は,事故直後に「手関節捻挫」又は「打撲」と診断され,後の手外科受診で確定することがある。診断が遅れたことだけで事故との因果関係が否定されるわけではないが,空白期間が長いほど,初診時の手関節痛,圧痛部位,装具使用,通院継続及び症状変化の記録が重要になる。
診療録の時系列は,①事故直後から同じ部位の症状が続いたか,②骨折等の治療後にも残った症状が何か,③いつ不安定性が疑われ,どの検査で確認されたか,④治療によって症状又は画像所見がどう変化したか,という順で作ると因果関係と症状固定を混同しにくい。
3 既存変化及び無症候性所見を検討する
画像所見だけを外傷性と断定できない場合がある。少なくとも一側のX線が異常であった124人を両側撮影した研究では,80%が両側の少なくとも一指標で異常を示したのに対し,典型的な臨床的不安定性を示したのは11%であった。この研究は一般人口の頻度を示すものではないが,画像上の離開又は角度異常と,症候性の外傷性不安定症とが同義でないことを示す。
事故前画像,反対側の同条件画像,既往歴,職業・スポーツ負荷,加齢性変化及び関節症の分布を確認する必要がある。反対側にも異常があるという一事だけで事故因果関係を否定することも,患側の異常だけを根拠に事故原因を確定することも適切でない。
第5 後遺障害等級の分岐
1 可動域制限による8級6号,10級10号及び12級6号
自動車損害賠償保障法施行令別表第二は,一上肢の三大関節中の一関節について,「用を廃したもの」を8級6号,「機能に著しい障害を残すもの」を10級10号,「機能に障害を残すもの」を12級6号とする。
厚生労働省の認定基準では,手関節の主要運動は掌屈と背屈であり,両者の合計を原則として健側と比較する。可動域が健側の2分の1以下であれば著しい機能障害,4分の3以下であれば機能障害となるが,角度を機械的に測るだけでは足りず,可動域制限を生じる器質的損傷との対応が必要である。
2 動揺関節としての10級10号又は12級6号
厚生労働省の上肢の動揺関節基準は,他動的か自動的かを問わず,労働に支障があり常時固定装具の装着を必要とする程度を「著しい障害を残すもの」,労働に多少の支障はあっても固定装具の常時装着を必要としない程度を単なる「障害を残すもの」とする。現在の自賠責等級表へ対応させれば,前者は10級10号,後者は12級6号が検討対象となる。
ここで重要なのは,画像上の離開の大きさだけでなく,装具が必要な動作,固定力,使用頻度及び医師の処方理由である。日常的に常時必要なのか,重量物作業その他の特定場面だけで必要なのかを,診療録,装具処方箋及び就労状況により具体化する必要がある。
3 疼痛等による12級13号又は14級9号
可動域が4分の3以下に達しなくても,手関節痛,荷重痛又は不安定感が残る場合がある。施行令別表第二の12級13号は「局部に頑固な神経症状を残すもの」,14級9号は「局部に神経症状を残すもの」と定める。
どちらに該当するかを条文だけで機械的に区別することはできない。症状の部位・性質・誘発動作,事故直後から症状固定までの連続性,身体所見,MRI・関節造影・動態画像・関節鏡・手術所見等の他覚資料,治療反応及び競合原因を総合する必要がある。
4 可動域制限と疼痛は当然には併合されない
同じ靱帯損傷から可動域制限と疼痛が生じた場合,疼痛が機能障害に通常伴う症状として評価されることがあり,12級6号と12級13号が当然に併合されるわけではない。他方,異なる解剖学的部位又は別の神経損傷に基づく独立した障害があれば別評価の余地があるため,障害の発生源と機能の重なりを個別に確認する必要がある。
第6 診断及び等級認定のために保存すべき資料
1 受傷直後の資料
- ① 救急搬送記録,初診時カルテ,問診票及び紹介状には,手関節痛の側,背側・橈側・尺側の別,腫脹,圧痛,しびれ及び把持困難を残す。
- ② 事故状況について,手をついたのか,ハンドルを握っていたのか,手関節がどの方向へ強制されたのか,その後も同じ部位が痛んだのかを区別する。
- ③ 初回単純X線が正常であった場合も,撮影方向,画像原本及び読影報告書を保存し,後の負荷撮影又は専門医読影と比較できるようにする。
2 画像及び検査資料
- ① 単純X線,CT,MRI,関節造影及び動態検査は,報告書だけでなくDICOM原本と全シリーズを取得する。
- ② MRIは磁場強度,コイル,撮像断面,シーケンス及び造影の有無を確認する。「MRI陰性」という結論だけでなく,どの条件で何を評価した検査かを明らかにする。
- ③ 負荷撮影は,左右の撮影条件,手関節肢位,把持又は負荷方法,疼痛による負荷不足及び再現性を記録する。
- ④ 関節鏡又は手術を実施した場合は,手術記録,関節鏡画像・動画,靱帯断裂部位,動揺性分類,軟骨損傷及び術後固定期間を保存する。
3 症状固定時の資料
症状固定時には,①掌屈・背屈の左右他動値及び自動値,②橈屈・尺屈,③測定肢位及び代償運動,④握力,圧痛,誘発テスト及び荷重時症状,⑤装具の種類・処方理由・必要場面・使用頻度,⑥治療による改善経過,⑦具体的な就労・生活上の支障を同じ時期の資料としてそろえる。
慢性の舟状月状骨間不安定症には複数の再建術式があり,2026年の文献検討でも単一の術式が優れているとの結論には至っていない。手術を受けていないこと又は再手術の可能性だけから症状固定時期を決めず,改善可能性,治療負担,予定された治療及び主治医の判断を確認する必要がある。
第7 裁判例及び実務資料の射程
1 舟状月状骨間靱帯損傷を扱った自賠責紛争処理事例
実務書に収載された自賠責紛争処理事例H21-21の要旨では,交通事故による右SLIL損傷及びTFCC損傷が問題となり,右手関節の可動域制限について12級6号とされた。本テーマに直接関係する資料であるが,裁判所の判決ではなく,公表された原決定全文も確認できないため,個別の認定理由を一般化できない。
2 手関節可動域を判断した大阪地裁平成30年3月23日判決
大阪地方裁判所平成30年3月23日判決(平成28年(ワ)第11478号,判例時報2386号47頁,判例タイムズ1451号184頁)は,犬を避けて転倒し,右橈骨遠位端粉砕骨折を負った事案である。同判決は,健側の他動掌屈・背屈合計170度に対し,患側の他動合計110度が4分の3以下であるとして12級6号を認めた。
この判決は裁判所HPで全文を確認でき,可動域を主要運動の合計と健側比較で評価した点に意味がある。他方,交通事故でもSLIL・LTIL断裂でもないため,靱帯断裂の診断又は事故因果関係を判断した裁判例として扱うことはできない。
3 公開裁判例から分かる範囲
令和8年8月1日現在,裁判所HPの裁判例検索で,「手根不安定症」「舟状月状骨間靱帯」「月状三角骨間靱帯」「DISI」「VISI」等を検索したが,交通事故によるSLIL又はLTIL断裂と後遺障害等級を正面から判断した掲載判決は確認できなかった。これは当該裁判例が存在しないという意味ではなく,裁判所HPが全判決を収録していないことによる限界がある。
第8 申請及び訴訟前の確認事項
- ① 診断名だけでなく,SLIL,LTIL,TFCC,骨折及び軟骨損傷のどれが,どの症状を説明するのかを分ける。
- ② 通常X線,負荷撮影,MRI,関節造影,動態画像及び関節鏡の各結果を,検査時期と検査目的に沿って並べる。
- ③ 事故直後の症状,診断確定までの経過,治療反応及び症状固定時の障害を一つの時系列表にする。
- ④ 可動域制限,動揺性及び疼痛のうち,どの等級評価経路を主張するのかを先に決め,必要資料を対応させる。
- ⑤ 反対側所見,既往歴,職業・スポーツ負荷及び加齢性変化を先回りして確認し,画像異常と事故因果関係を混同しない。
- ⑥ 画像原本,診療録,関節鏡記録,可動域測定表及び装具処方資料を,医療機関の保存期間内に取得する。
第9 出典・参考資料
1 法令及び行政資料
- ① 自動車損害賠償保障法施行令(昭和30年政令第286号)別表第二
- ② 厚生労働省「障害等級認定基準について」
- ③ 厚生労働省「関節の機能障害の評価方法及び関節可動域の測定要領」
- ④ 日本リハビリテーション医学会「関節可動域表示ならびに測定法」
2 裁判例及び実務資料
- ① 大阪地方裁判所平成30年3月23日判決(平成28年(ワ)第11478号,判例時報2386号47頁,判例タイムズ1451号184頁,裁判所HP判決全文)
- ② 榎木貴之・小杉晴洋『自賠責・紛争処理事例と判例から読み解く後遺障害等級認定の判断―傾向を踏まえた交通事故事件処理―』新日本法規,2026年,400頁(自賠責紛争処理事例H21-21)
3 医学文献
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- ③ Picha BM et al., Incidence of bilateral scapholunate dissociation in symptomatic and asymptomatic wrists, Journal of Hand Surgery, 2012, 37巻6号1130頁~1135頁(PubMed)
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- ⑤ Wilson MS, Diagnosis and Management of Lunotriquetral Ligament Injuries, Current Reviews in Musculoskeletal Medicine, 2023, 16巻2号55頁~59頁(PMC)
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- ⑦ Haenen M et al., Bilateral Dynamic CT for Scapholunate Instability: Toward Personalized, Protocol-Standardized Kinematic Diagnosis, Plastic and Reconstructive Surgery, 2026(PubMed)
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4 書籍
- ① 中村利孝・松野丈夫監修,井樋栄二・吉川秀樹・津村弘編集『標準整形外科学 第13版』医学書院,2017年,483頁
- ② 『今日の整形外科治療指針 第8版』医学書院,2021年,525頁~526頁
- ③ 上谷雅孝ほか編『関節のMRI 第2版』メディカル・サイエンス・インターナショナル,2013年,454頁~460頁