平成2年度の最高裁民事破棄判決を読む意義は、個々の結論を覚えることではなく、原判決の判断のどの段階に誤りが入り、最高裁がどの範囲を是正し、何を事実審へ差し戻したかを確認することにある。本記事は、富越和厚「最高裁民事破棄判決の実情(1)~(5・完)―平成二年度―」を年度全体の索引として用い、裁判所ウェブサイトで全文を確認できた代表4判決を一次資料として照合した実務整理である。
第1 資料の性質と確認範囲
1 年次解説は有力な索引であるが判決原文ではない
年次解説は、当時の最高裁判所調査官が、平成2年度に言い渡された民事破棄判決を破棄事由ごとに分類し、判決文の関係部分を摘記して紹介したものである(判例時報1386号8頁、1387号6頁、1389号12頁、1390号3頁、1392号17頁)。一つの判決に二つ以上の破棄事由があるときは、主要な事由の箇所に分類し、他の事由の箇所では枝番を付けて紹介するという方式がとられている。
もっとも、年次解説の要約や摘記は判決原本そのものではない。個別事件へ引用するときは、事件番号・裁判年月日を手掛かりに、裁判所公式全文、判例集又は認証された判例データベースの本文へ戻る必要がある。
本記事で裁判所ウェブサイトの全文と書誌を確認したのは、第4で紹介する4判決である。残る21判決は年次解説の記述によるものであり、個別判決本文は未照合である。判例秘書による照合は行っていない。これは「掲載なし」を意味しない。
2 25件という数字の読み方
年次解説によれば、平成2年度に判決により終結した事件は1921件(裁判集民事登載69件、うち民集登載30件)であり、そのうち破棄判決は25件で、終結事件の1・3パーセントであった。内訳は、破棄差戻し14件、破棄自判11件である。差戻し・自判が一部かどうかは、原判決の主文全体ではなく、上告の範囲を基準としている。
破棄判決のうち、職権で破棄されたものが2件、上告理由に応えたものが24件である。破棄事由の内容では、訴訟法関係が2件、実体法関係が24件である。判文上の破棄事由では、法令の解釈適用の誤りが24件、理由不備が5件、審理不尽が8件である。複数の事由を持つ判決があるため、これらを合計しても25件にはならない。
この割合は、旧民事訴訟法下の特定年度に最高裁で判決終結した事件を分母とする歴史的統計である。現在の上告・上告受理申立ての「成功率」として用いてはならない。
第2 25件の一覧
年次解説の「破棄判決一覧表(言渡期日順)」及び各判決の紹介に基づき、言渡期日順に整理すると次のとおりである(判決日はいずれも平成2年)。内容欄は年次解説の内容見出しを要約したものである。
| 判決日・法廷 | 事件番号 | 内容 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 1月18日・一小 | 昭和59年(行ツ)第46号 | 県立高校教諭に対する懲戒処分と懲戒権者の裁量権 | 自判 |
| 1月18日・一小 | 昭和61年(行ツ)第138号 | 固定資産の評価登録価格に対する不服と評価根拠の開示 | 差戻し |
| 1月22日・二小 | 昭和62年(オ)第452号 | 土地の一番抵当権設定後に要件を充足した法定地上権の成否 | 一部自判・一部差戻し |
| 1月22日・二小 | 平成元年(オ)第1546号 | 仮処分の違法執行を理由とする損害賠償請求 | 差戻し |
| 2月20日・三小 | 昭和59年(オ)第1088号 | 改正前の割賦販売法下での抗弁の切断 | 差戻し |
| 3月6日・三小 | 昭和63年(オ)第960号 | 過失相殺における過失割合の裁量違反 | 差戻し |
| 3月20日・三小 | 昭和63年(オ)第717号 | 破産廃止から免責決定確定までの強制執行と不当利得 | 自判 |
| 4月12日・一小 | 昭和59年(オ)第846号 | 担保保存義務免除特約と信義則 | 自判 |
| 4月12日・一小 | 昭和62年(行ツ)第22号 | 住民訴訟の対象となる財産管理行為 | 自判 |
| 4月17日・三小 | 昭和60年(オ)第1529号 | 取締役選任の株主総会の不存在とその後の手続の瑕疵 | 一部差戻し |
| 6月1日・二小 | 昭和62年(オ)第134号 | 詐害行為取消権の時効消滅 | 自判 |
| 6月5日・三小 | 平成元年(オ)第854号 | 試用期間付雇用契約の法的性質 | 差戻し |
| 6月5日・三小 | 昭和63年(行ツ)第152号 | 錯誤による概算経費選択と実額経費による修正申告 | 自判 |
| 6月5日・三小 | 昭和63年(オ)第357号 | 仮登記権利者の本登記請求権の消滅時効と抵当権者の援用 | 自判 |
| 7月19日・一小 | 昭和63年(オ)第1457号 | 国家公務員共済組合の貸付金控除と否認権 | 差戻し |
| 7月19日・一小 | 昭和62年(オ)第1083号 | 地方公務員共済組合の貸付金控除と否認権 | 自判 |
| 7月19日・一小 | 平成元年(オ)第545号 | 婿養子における婚姻関係の破綻と養親子関係の破綻 | 差戻し |
| 7月20日・二小 | 昭和60年(オ)第1576号 | 日本で登録したポパイ商標権による損害賠償請求 | 自判 |
| 7月20日・二小 | 昭和63年(オ)第1519号 | 自白の取消要件、仮執行の結果の考慮、相殺と信義則 | 差戻し |
| 9月27日・一小 | 昭和63年(オ)第1570号 | 約束手形への裏書と原因債務の保証 | 一部差戻し |
| 11月8日・一小 | 昭和60年(オ)第617号 | ベテランスキーヤーのクレバス転落とスキー場管理者の過失 | 自判 |
| 11月8日・一小 | 昭和61年(オ)第255号 | 無謀運転の自動車の県道から国鉄軌道敷への転落と国鉄の責任 | 差戻し |
| 11月8日・一小 | 昭和61年(オ)第256号 | 同じ事故と県の責任 | 自判 |
| 11月8日・一小 | 平成元年(オ)第1039号 | 有責配偶者からの離婚請求で別居期間を考慮する趣旨 | 差戻し |
| 12月13日・一小 | 昭和63年(オ)第791号 | 多摩川水害訴訟 | 差戻し |
第3 25件から見える四つの監査領域
1 訴えの入口と手続の土台
住民訴訟の対象となる財産管理行為が問題となった平成2年4月12日第一小法廷判決では、最高裁は職権で調査し、道路工事の施行決定は道路行政上の判断であって財務会計上の財産管理行為に当たらないとして、訴えを却下した。実体判断の前に、訴訟類型ごとの対象・要件が満たされているかを確かめる必要がある。
平成2年7月20日第二小法廷判決は、自白の取消しには反真実と錯誤が必要であるのにその検討を欠いた点、及び仮執行宣言付きの第一審判決に基づく強制執行による弁済を本案で考慮した点を違法とした。取締役選任決議の不存在が問題となった平成2年4月17日第三小法廷判決は、不存在の決議によって選任された取締役で構成された取締役会を起点として、後続の決議も連鎖的に不存在となる場面と、その例外となる特段の事情を扱った。
手続の土台に関する誤りは、実体法上の結論が正しくても判決を維持できなくする。受任時、争点整理終結時及び上訴前に、訴訟類型、当事者、自白の範囲、仮執行の有無及び前提となる決議・処分の効力を一覧にして点検するとよい。
2 信義則・権利濫用を抽象的に使わない
平成2年度は、信義則・権利濫用の使い方を誤った原判決が目立つ。相殺と信義則(7月20日)では、相殺適状後に生じた利息・損害金を自働債権とする相殺を信義則違反とした原審について、金利差だけでなく、具体的な取引内容、相手方からの相殺の可否、相殺されなかった事情等の検討が必要であるとされた。
改正前の割賦販売法下の抗弁の切断(2月20日)では、売買当事者間の合意解除を理由に購入者があっせん業者の請求を当然に拒むことはできないとしつつ、拒み得る旨の特別の合意や、あっせん業者に不履行の結果を帰せしめるのが信義則上相当な特段の事情があれば別であるとして、その審理を欠いた原判決が破棄された。担保保存義務免除特約(4月12日)では、特約がある以上、担保差替えによる担保価値の減少だけでは信義則違反・権利濫用とはならないとして、原判決が破棄された。逆に、ポパイ商標事件(7月20日)では、著名な漫画の主人公の人物像に無償でただ乗りする商標権の行使が権利の濫用とされた。
信義則・権利濫用を主張し、又はこれを争うときは、一般条項の名前を挙げるだけでは足りない。合意の内容、当事者の認識、取引経過、代替手段及び結果の重大性を具体的な事実として整理し、それぞれに証拠を付ける必要がある。
3 時効・時間軸を固定する
仮登記権利者の本登記請求権の消滅時効(6月5日)では、所有権移転請求権保全の仮登記に後れて抵当権の設定を受けた者が、予約完結権の消滅時効を援用できるとされ、援用権者を限定した大審院判例が変更された。詐害行為取消権の時効消滅(6月1日)では、先行した債権者代位訴訟の提起・取下げが詐害行為取消権の行使の実質を持たず、時効の進行に影響しないとされた。
破産廃止から免責決定確定までの強制執行(3月20日)では、免責の効力は遡及しないから、免責決定確定前の強制執行による弁済は法律上の原因を欠くものではないとされた。有責配偶者の離婚請求(11月8日)も、別居期間を単なる年数ではなく、時の経過が当事者の事情に与える影響として評価する判断である。
時間軸が争点となる事件では、権利の発生、行使、取下げ、決定、確定、強制執行及び弁済の日付を一つの表に並べ、どの時点の法律関係を前提にするかを固定する必要がある。
4 危険管理と過失割合
スキー場のクレバス転落(11月8日)、県道から国鉄軌道敷への車両転落(同日の2件)及び多摩川水害(12月13日)は、いずれも管理者の責任を結果から逆算しない判断である。国鉄線路への転落事故では、運転者の行動が通常予測できない極めて異常かつ無謀な運転行為であったとして、県道及び鉄道施設の設置・管理の瑕疵が否定された。多摩川水害では、工事実施基本計画に準拠して改修・整備がされた河川について、同計画に定める規模の洪水の通常の作用から予測される災害を防止するに足りる安全性を備えるべきであるとして、改修途上の河川と同視した原判決が破棄された。
過失割合の裁量違反(3月6日)は、医師の資格のない断食道場の開業者がインシュリン注射等を中止させた結果、糖尿病患者が死亡した事案である。最高裁は、開業者の過失の重大さに比べて原審の過失割合が著しく低いとして、裁量の範囲を逸脱した違法を認めた。年次解説によれば、差戻審では過失割合が逆転している。
危険管理の事件では、義務の根拠、危険の内容、予見可能性、回避措置、被害者の属性と行動、因果関係及び過失相殺を別々の欄に整理し、過失相殺へ直行しないことが重要である。
第4 裁判所ウェブサイトで全文を確認した代表4判決
1 固定資産評価審査委員会の口頭審理―評価根拠をどこまで知らせるか
最高裁平成2年1月18日第一小法廷判決(昭和61年(行ツ)第138号、民集44巻1号253頁)は、固定資産評価審査委員会が口頭審理手続で不服審査を行う場合、審査申出人が不服事由を特定して主張するために必要な合理的範囲で評価の根拠等を知らせる措置を講ずべきであるが、他の状況類似地域の土地の評価額等まで了知させる措置は要請されないとした。また、口頭審理外で行った職権調査の結果を口頭審理に上程する手続は要しないとして、原判決を破棄し差し戻した。
簡易・迅速な行政救済であることと、不服申立人の防御の機会とをどう両立させるかを、制度の目的から検討する判断である。詳しくは、固定資産評価審査委員会への審査申出―書面審理・口頭意見陳述・照会と最高裁平成2年1月18日判決を参照されたい。
2 共済組合の貸付金控除と否認―徴収の形式ではなく弁済の実質を見る
最高裁平成2年7月19日第一小法廷判決(昭和62年(オ)第1083号、民集44巻5号837頁)は、給与支給機関が地方公務員等共済組合法に基づき組合員の給与(本件では退職手当)から貸付金残額を控除して組合に払い込む行為が、旧破産法72条2号による否認の対象となるとし、原判決を破棄して組合の控訴を棄却した。同日、国家公務員等共済組合法に基づく同種の払込みについても、否認の対象となり得るとして破棄差戻しの判決が言い渡されている(昭和63年(オ)第1457号。本記事では年次解説による確認にとどまる)。
法定の控除制度による払込みであっても、組合員の組合に対する債務の弁済という性質を失わない。誰の債務を、誰の財産から、どのような優先根拠で満足させたのかを分けて検討する必要がある。旧破産法下の事件であるから、現行破産法の条文、経過措置及び後続判例を別に確認する必要がある。
3 スキー場のクレバス転落―管理者責任を結果責任にしない
最高裁平成2年11月8日第一小法廷判決(昭和60年(オ)第617号、集民161号113頁)は、スキー場の閉鎖決定から10日以上を経た暖かい日に、指導員の資格を持つベテランスキーヤーが、閉鎖の掲示を見過ごした上、テープによる閉鎖の表示があることを知りながら、年間を通じてほとんど滑降が禁止されている急傾斜地で、前方にクレバスが見えているのにその付近に向かって滑降し転落したなどの事実関係の下では、管理者の過失によるものとはいえないとして、原判決中管理者側敗訴部分を破棄し、請求を棄却した。
警告、危険の視認可能性、選択した経路、滑走者の経験及び巡回状況を積み上げて、義務違反の有無を先に判定した判断である。詳しくは、スキー場のクレバス・コース外事故と管理者責任を参照されたい。
4 有責配偶者の離婚請求―別居期間を年数の比率だけで判断しない
最高裁平成2年11月8日第一小法廷判決(平成元年(オ)第1039号、集民161号203頁)は、有責配偶者である夫からの離婚請求について、夫が別居後の妻子の生活費を負担し、誠意があると認められる財産関係の清算の提案をしているなどの事情の下では、約8年の別居期間であっても、他に格別の事情のない限り、両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及んだと解すべきであるとして、原判決を破棄し差し戻した。
別居期間が相当の長期間に及んだかどうかは、年齢及び同居期間との数量的な対比だけで判断するのではなく、時の経過が当事者双方の諸事情に与える影響も考慮して判断する。詳しくは、有責配偶者からの離婚請求―別居期間は何年なら認められるのかを参照されたい。
第5 破棄差戻し後まで見据える
25件中14件は差戻しである。破棄差戻しは上告人の最終勝訴を意味しない。最高裁が示した法的枠組みに従い、差戻審が残された争点を審理し直す。
例えば、国鉄軌道敷への転落事故で国鉄を被告とする事件は、設置・管理の瑕疵が否定された一方で、原告らが主張していた民法715条による責任等について更に審理させるため差し戻された。私立学校の常勤講師に関する試用期間付雇用契約の事件(6月5日)も、1年の期間が契約の存続期間か試用期間かを判断し直すため差し戻されている。
上告段階から、最高裁に求める法的判断と、差戻し後に追加で主張立証すべき事実を分けて準備しておくべきである。差戻審の初動については、民事の破棄差戻審―拘束力,残存争点及び主張立証も参照されたい。
第6 旧法判例を現在の事件へ使う手順
平成2年度の判決には、旧民事訴訟法、旧破産法、改正前の割賦販売法、旧商法、改正前の民法の時効・詐害行為取消権等を前提とするものが多い。破産法は平成16年に全面改正され、時効や詐害行為取消権の規定もその後の民法改正で改められている。
古い判決を現在の事件で用いるときは、①判決が示した一般的な法理を特定し、②その前提となった判決当時の条文、③現行の条文、④施行日・経過措置、⑤後続判例を順に確認する。判旨が現在も参考になることと、当時の条文がそのまま現在の事件を規律することとは別である。
第7 受任後に作る四つの実務台帳
① 入口・手続台帳:訴訟類型、当事者、前提となる決議・処分の効力、自白の範囲及び仮執行の有無を記載する。
② 信義則台帳:信義則・権利濫用を基礎付ける事実と、これを否定する事実を、合意・認識・取引経過・結果の重大性に分けて記載する。
③ 時間軸台帳:権利の発生、行使、取下げ、決定・確定、強制執行及び弁済の日付と、その法的効果を記載する。
④ 差戻審台帳:最高裁が確定した法的判断、拘束される事項、残された争点、追加証拠及び想定される主文を記載する。
汎用的な点検項目は、最高裁民事破棄判決から作る原判決監査チェックリストも参照されたい。前後の年度については、平成元年度最高裁民事破棄判決等の実情及び平成3年度最高裁民事破棄判決等の実情がある。
第8 出典及び確認状態
① 富越和厚「最高裁民事破棄判決の実情(1)~(5・完)―平成二年度―」判例時報1386号、1387号、1389号、1390号、1392号(年度集計・事件索引として利用した二次資料。全5回を通読した)
② 最高裁平成2年1月18日第一小法廷判決(裁判所公式全文)
③ 最高裁平成2年7月19日第一小法廷判決(裁判所公式全文)
④ 最高裁平成2年11月8日第一小法廷判決・昭和60年(オ)第617号(裁判所公式全文)
⑤ 最高裁平成2年11月8日第一小法廷判決・平成元年(オ)第1039号(裁判所公式全文)
⑥ 上記以外の21判決:年次解説を確認したが、個別判決本文は未照合である。
個別事件でこれらの判決を用いるときは、原判決、訴訟記録、現行法令、後続判例及び利用可能な認証データベースの本文を改めて確認する必要がある。