スキー場内で事故が起きても,管理者が当然に責任を負うわけではない。事故場所が営業コース内か外か,管理者が危険を予見できたか,警告・閉鎖措置がどの程度行われていたか,利用者が危険を認識できたかを具体的に検討する必要がある。
最高裁平成2年11月8日判決は,営業終了後又は滑走禁止区域で発生した二つの転落事故について,スキー場経営会社及び従業員の過失を否定した。判決を現在の事件に用いる際は,「コース外なら自己責任」という結論だけを取り出さず,当時の表示,地形,巡回,予見可能性及び利用者の経験を事実ごとに確認することが重要である。
第1 管理者責任の法的根拠
スキー場管理者の責任は,事案により,利用契約上の安全配慮義務を含む債務不履行責任,管理者自身の不法行為責任,従業員の行為についての使用者責任又は土地の工作物の設置・保存の瑕疵に関する責任等が問題となり得る。
どの根拠が成立するかは,リフト券等による契約関係,危険の発生原因,施設又は工作物の性質,従業員の具体的行為及び損害との因果関係によって異なる。条文を並べるだけでなく,誰が,いつ,どの危険を把握し,どの措置を採ることができたかを特定する必要がある。
平成2年判決自体は,当時の民法44条及び715条に基づく請求を扱ったものであり,現在考えられるすべての責任根拠について判断したものではない。
第2 最高裁平成2年11月8日判決の事案
最高裁第一小法廷平成2年11月8日判決・昭和60年(オ)第617号は,同じスキー場で生じた二つの事故について管理者側の過失を否定した。
一つ目の事故は,営業終了後,経験のあるスキーヤーが,他の安全なコースに張られたロープを越えて進み,視認可能なクレバスに転落したというものであった。春先の雪解けによる危険があり,安全なコースは閉鎖措置が採られていた等の事情が考慮された。
二つ目の事故では,危険箇所を示す赤旗が第三者によって取り外されていた。最高裁は,赤旗が外されることを管理者側が予測することは困難であり,数時間巡回していなかったこと等を踏まえても,直ちに過失があるとはいえないとした。利用者が晩春の雪面状況を知り,前方を見通せない急斜面へ進入した事情も認定されていた。
第3 判決が過失を否定した理由を分解する
判決の結論は,事故場所がコース外であったという一事だけから導かれたものではない。少なくとも,次の事情の組合せが問題となった。
① 事故時刻が営業終了後であったか
② 安全に滑走できるコースについてロープ等の閉鎖措置が採られていたか
③ クレバス又は雪面の危険を利用者が視認できたか
④ 危険表示が設置され,事故前に第三者が外した可能性があったか
⑤ 表示の消失を管理者が予測できたか
⑥ 最終巡回から事故までの時間と通常の巡回体制
⑦ 利用者の経験,季節的危険の知識及び進入経路
⑧ 見通しの悪い斜面へ進む際の利用者の速度・進路
現代の事故でも,これらの事実を一括して「自己責任」又は「管理不十分」と評価せず,証拠で一つずつ固定すべきである。
第4 営業期間・閉鎖措置・警告表示
まず,事故当日の営業開始・終了時刻,運行リフト,開放コース及び閉鎖コースを確認する。ウェブサイト,アプリ,場内掲示,リフト乗場の表示,場内放送及びチケット購入時の案内は,表示内容と更新時刻を含めて保存する。
閉鎖措置については,ロープ,ネット,ポール,標識及び係員配置の位置を図面と写真で確認する。表示が存在したかだけでなく,通常の進路から見えたか,外国人や初心者にも理解できたか,強風・降雪・第三者行為で移動し得たかが問題となる。
危険箇所の標識がなくなっていた場合は,設置記録,点検時刻,紛失を把握した時刻,再設置までの時間及び過去の同種事例を調べる。表示の消失が予見可能であったかによって,必要な巡回頻度の評価が変わり得る。
第5 巡回義務と予見可能性
事故が起きたという結果から遡って,「直前に巡回すべきであった」と結論付けることはできない。巡回の回数・間隔は,地形,季節,気象,積雪,融雪速度,利用者数,過去の事故,表示の外れやすさ及び危険の重大性との関係で検討する。
パトロール日誌,無線記録,GPSログ,点検表,気象記録,積雪記録,監視カメラ及び従業員の勤務表を保存する。管理者が実際に危険を認識していた場合は,認識時刻から閉鎖,警告又は救護までの行動を分単位で整理する。
他方,第三者が事故直前に標識を外したなど,管理者が通常予測できない介在事情がある場合は,管理者に結果回避義務を課す前提となる予見可能性を慎重に検討する必要がある。
第6 利用者の経験と行動
利用者の経験は,単に上級者か初心者かというラベルではなく,当該季節・地形の危険を理解していたか,表示を認識したか,どの速度と進路で進んだかという具体的事実として評価する。
事故前の滑走歴,所持資格,同行者との会話,GPS軌跡,ヘルメットカメラ,スマートフォン動画,リフト乗車履歴及びSNS投稿等が資料となり得る。コース外への進入があった場合も,明確な閉鎖表示を越えたのか,表示のない分岐を通常コースと誤認したのかを区別する。
第7 義務違反の判断と過失相殺を分ける
管理者が負うべき注意義務の内容と,利用者側の過失は段階を分けて検討する。平成2年判決は,管理者側の過失を否定した事案である。管理者の義務違反が認められないなら,利用者の損害を何割減額するかという過失相殺の問題へ当然に進むものではない。
反対に,危険を把握しながら警告や閉鎖措置を怠ったなど管理者側の義務違反が認められる場合は,その後に,利用者の経験,表示の見え方,速度,進路及び危険回避可能性を踏まえて過失相殺を検討する。
この順序を守ることで,「事故が起きたから管理者にも一定割合の責任がある」「コース外だから全て利用者の責任である」という結論先行を避けることができる。
第8 事故直後の証拠保全
雪面,ロープ,標識及びクレバスの状態は短時間で変化する。被害者側も管理者側も,事故直後に写真と動画を撮影し,撮影時刻,位置及び方向を記録する。可能であれば,通常の進入方向から標識がどのように見えるかも撮影する。
次の資料は早期に保存を申し入れる必要がある。
① コース図,営業・閉鎖情報及び事故当日のウェブ表示
② パトロール日誌,点検表,無線・通話記録及び勤務表
③ 監視カメラ,リフト乗場映像,救護記録及び事故報告書
④ 気温,降雪,積雪,風,視界,日没及び融雪に関する記録
⑤ 警告標識,ロープ,ネット等の設置・交換・修繕記録
⑥ 過去の同種事故,苦情,標識紛失及び危険把握の記録
⑦ 被害者のGPSログ,動画,写真,装備及び同行者供述
管理者の内部資料には保存期間がある。訴訟提起前であっても,対象資料,事故日時及び保存を求める理由を特定して通知することが重要である。
第9 滑走者同士の事故との境界
滑走者同士の衝突では,上方滑走者の前方注視,速度・進路選択及び回避可能性が中心となる。これに対し,クレバスや閉鎖区域への転落では,管理者の危険把握,警告,閉鎖及び巡回が中心となる。
同じ事故で双方が問題となることもある。例えば,閉鎖表示が不十分な区域へ先行者が入り,後続者が衝突した場合は,管理者の義務違反と滑走者間の注意義務を分けて主張立証する必要がある。
滑走者間の事故については,スキー場事故の過失判断―上方滑走者の注意義務,視認可能性・速度・進路と回避可能性(AI作成)も参照されたい。
第10 受任時のチェックリスト
① 事故場所が開放コース,閉鎖コース又はコース外のいずれかを固定する。
② 営業時刻,閉鎖情報及び警告の伝達経路を確認する。
③ 表示の位置,内容,視認可能性及び消失の可能性を確認する。
④ 危険を管理者が把握した時刻と,実施した措置を確認する。
⑤ 巡回計画と実際の巡回記録を比較する。
⑥ 利用者の経験,認識,速度,進路及び回避行動を確認する。
⑦ 法的根拠ごとに義務,違反,因果関係及び損害を整理する。
⑧ 管理者の義務違反と利用者側の過失相殺を混同しない。
第11 出典及び確認状況
① 最高裁第一小法廷平成2年11月8日判決・昭和60年(オ)第617号:裁判所公式判決全文を確認した。
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-62963.pdf
② 民法415条,709条,715条及び717条:令和8年10月1日時点のe-Gov法令検索を確認した。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
③ 「最高裁民事破棄判決等の実情―平成二年度―」:年度内判決の位置付けを確認するために用いた二次資料である。
判例秘書では,令和8年10月1日時点で上記判決本文を照合していない。裁判所公表全文及び現行法令は確認済みである。実際の事故では,現場の表示,営業情報,気象・雪面,管理記録及び利用者の行動を事故直後に保存し,判決事案との相違点を具体的に検討する必要がある。