第1 結論
メーカーが販売代理店に希望価格を知らせること自体は,直ちに独占禁止法違反となるものではない。もっとも,値引きをした代理店についてリベートを失わせ,供給を停止し,出荷を遅らせるなどの不利益によって希望価格を守らせる場合は,名称が「推奨価格」であっても再販売価格拘束となり得る。
また,メーカーが,顧客の代理店変更について理由書,事前確認又は従来代理店への通知を求める場合は,サービス改善という目的だけで適法になるわけではない。顧客の切替えを負担にし,従来代理店に引止めの機会を与え,代理店間の値引き競争を弱める仕組みであれば,一般指定12項の拘束条件付取引として問題となり得る。
第2 推奨価格と再販売価格拘束の境界
1 名称でなく実効性を見る
独占禁止法2条9項4号は,正当な理由がないのに,自己の供給する商品を購入する相手方に対し,その販売価格を定めて維持させることなどを再販売価格の拘束として定め,同法19条がその使用を禁止している。
公正取引委員会「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」は,メーカーが希望小売価格又は参考価格を単に示すことと,取引停止等の経済上の不利益を背景に販売価格を守らせることを区別している。メーカーの示した価格が「参考価格」「推奨価格」と表示されていても,販売代理店が実質的に自由に価格を決められなければ,表示だけで適法にはならない。
価格通知の意味を相手方が理解したことと,その価格を守る合意をしたことは区別する。
価格調査への正確な回答を求めたことだけから,調査対象の希望価格を守る義務まで認定しない。
ただし,従前の警告,出荷調整,リベート条件及び販売店の受け止め方と結び付いて,値引きに不利益が伴うと理解される仕組みになっていないかを,通知・調査・運用の時系列で確認する。
2 リベート不支給による価格遵守
リベートは,数量割引や販売促進として競争を促す場合もある。しかし,推奨価格より安く販売したことを理由にリベートを与えない仕組みは,代理店に値引きによる損失を予測させ,価格遵守を確保する機能を持ち得る。
次の事情は,単なる価格情報の提供ではなく,実効性を伴う拘束であることを示す。
①値引きの有無をメーカーが監視していること
②値引きをした場合に失うリベートの額が無視できないこと
③違反時の不利益が契約又は運用上あらかじめ定められていること
④代理店が不利益を避けるため実際に値引きをやめていること
⑤従来の販売価格を維持することが制度の目的又は効果となっていること
和光堂事件の最高裁昭和50年7月10日判決は,指示価格を守らない卸売業者への歩戻金算定上の不利益を扱い,契約上の価格遵守義務がなくても,従わない場合の経済上の不利益によって拘束の実効性が確保されれば足りるとした。現在のリベート制度でも,不支給の予告,算定条件,代理店の実際の価格行動を確認する必要がある。ただし,同事件で生じた個別の不利益を,現実の不支給が未確認の事案へそのまま移してはならない(公取委年次報告による判決の説明)。
リベート不支給は,まず再販売価格拘束の実効性確保手段として評価する。さらに,値引き代理店へのリベート差別が実際に行われたときは,一般指定4項の取引条件等の差別取扱いも独立に検討する。将来の不支給を知らせた事実だけから,差別取扱いの実施まで認定しない(公取委指針第1部第1の2(4))。
3 正当な理由と著作物の適用除外
再販売価格拘束の「正当な理由」は,価格を維持すれば販売店の利益又はブランドイメージを守れるというだけで認められるものではない。公取委指針は,消費者利益の増進,競争促進効果,より競争制限的でない代替手段の有無,必要な範囲及び期間などを検討する。
独占禁止法23条4項は,一定の著作物について再販売価格拘束の適用除外を定めているが,すべてのソフトウェア,電子機器又はデジタル商品が当然にこの適用除外となるわけではない。対象商品,取引形態及び同項の要件を個別に確認する。
令和8年7月8日の公取委指針改正は,取引先が単なる取次ぎとして機能し,メーカーが危険と費用を負担して実質的に自らユーザーへ販売する場合の例を追加した。契約を「代理店」「委託販売」と呼ぶだけでは足りず,売れ残り・契約不適合・滅失・代金回収不能の危険と販売前の費用を誰が負担するかを確認する。契約審査の資料と手順は「委託販売・代理店契約でメーカーが販売価格を指定できる場合(AI作成)」にまとめた。
第3 顧客切替え・販売先制限と拘束条件付取引
1 公取委の販売代理店変更理由書の事例
公取委「メーカーによる流通業者に対する販売先制限」は,電子機器メーカーが,取引先販売代理店を変更しようとするユーザーに変更理由の提出を求める制度を検討した相談事例である。
公取委は,類似するパソコン用ソフトが存在しても移行するユーザーが少ないことから,電子機器の顧客獲得をめぐる販売代理店間の競争への影響を検討した。そして,顧客から書面を得られない場合に販売代理店間の競争が阻害される可能性,制度が顧客略奪を防ぐ目的で販売代理店側から求められた経緯,競争回避のために利用される可能性を指摘した。
同事例では類似ソフトを含めたシェアは20%で,既存ユーザーが機器とソフトの間を移行することはほとんどなく,データ移行作業は新しく販売した代理店が担う。令和8年度司法試験経済法第1問ではシェアは25%で,新規ユーザーの製品選択と既存ユーザーの買換えを分け,データ移行を従来代理店が担う。相談事例の結論だけを移植せず,これらの事実差と代理店間競争への影響を検討する。
同事例は旧一般指定13項を記載しているが,現行の一般指定では12項の拘束条件付取引に対応する。現行の一般指定12項は,法2条9項4号又は一般指定11項に該当する行為を除き,相手方とその取引相手との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件を付けて取引する行為を定めている。
2 サービス向上目的と必要性を分ける
顧客の切替理由を知ることは,サービス改善に役立つ場合がある。しかし,目的に合理性があることと,特定の事前手続が不可欠であることは別問題である。
例えば,次の措置が重なるほど,顧客切替えの妨害又は代理店間競争の回避という機能が強くなる。
①顧客本人の署名入り書面を販売前に要求すること
②メーカーの確認が終わるまで販売できないこと
③変更理由を従来代理店に知らせること
④従来代理店がその理由を用いて個別に引止め条件を提示できること
⑤手続に従わない代理店にリベート不支給等の不利益を与えること
従来代理店が対抗値下げを提示すれば,顧客の取引条件を改善する競争として働く場合もある。3日以内の確認や変更拒否権の不存在も,拘束を弱める事情になる。他方,理由書を嫌う顧客や,書面がなければリベートを失う新代理店への負担もある。資生堂東京販売事件の最高裁平成10年12月18日判決が扱った対面販売の合理性は参考になるが,顧客変更手続そのものの適法性を決めた判決ではない。販売方法の合理的理由,同等適用,拘束の程度と価格拘束の手段になっていないかを事案ごとに確認する。
販売後の任意アンケート,匿名集計,従来代理店に顧客を特定できる情報を知らせない方法,事前承認を伴わない事後報告などは,より競争制限的でない代替手段となり得る。制度の目的,必要性,顧客負担,情報の提供先及び違反時の効果を分けて検討する。
第4 スイッチングコストと競争の範囲
新規顧客は複数の商品又はソフトウェアを比較できても,既存顧客には研修費用,データ移行費用,既存業務との互換性,保守契約及び使い慣れによる切替費用がある。この場合,新規販売全体のシェアだけを見て,既存顧客をめぐる競争への影響を小さいと判断することはできない。
もっとも,切替費用があるからといって,直ちに特定メーカーについて独立した市場が成立し,又はそのメーカーのシェアが100%になるわけでもない。新規顧客,既存顧客,本体の買換え,交換部品・保守サービス及び販売代理店間競争を分け,問題となる需要者の選択肢を具体的に確認する。
交換部品・保守サービスの市場との区別は,「交換部品・保守サービスの締出しと独占禁止法―アフターマーケットと技術的ロックアウト(AI作成)」を参照されたい。
第5 価格拘束と非価格制限を区別する
| 行為 | 中心となる類型 | 確認事項 |
|---|---|---|
| 値引きに対するリベート不支給 | 法2条9項4号の再販売価格拘束 | 価格遵守を確保する経済上の不利益として機能するか |
| 顧客変更の理由書・事前確認 | 一般指定12項の拘束条件付取引 | 顧客の選択と代理店間競争を妨げるか |
| 特定代理店だけの不利益 | 一般指定4項の差別取扱い等 | 差異の理由と公正競争阻害性 |
| 競争品を扱わせない条件 | 一般指定11項又は12項 | 競争者の取引機会を減少させるか |
価格に直接向けられた行為は,再販売価格拘束から検討する。価格以外の販売方法又は販売先を制限する行為は,その合理的理由,必要性及び競争への影響を踏まえて拘束条件付取引等を検討する。一つの制度に複数の機能がある場合も,個々の行為と実効確保手段を分解してから相互関係を示す。
商品の説明販売や品質管理の条件については,公取委の流通・取引慣行指針第1部第2の6に従い,適切な販売のための合理的な理由と,他の小売業者への同等の条件を確認する。
例えば,新機能の説明を求める場合は,未使用者と買換え客で必要な説明が異なることも踏まえ,説明内容・時間・対象者を目的に見合う範囲に定める。
同じ文言の条項があるだけでなく,安売り店だけを調査・出荷停止の対象にするなど,価格を守らせる運用になっていないかも確認する。
説明の人件費が増えて販売価格が上がることと,小売業者間の価格競争が停止することによる価格維持効果は同じではない。
費用増だけで違法と決めず,必要なサービスの内容,省略・代替の可能性,販売店の負担,購入者の利益及び実際の競争への影響を調べる。
合理的な販売方法の条件であることを,販売価格・販売先の制限をまとめて正当化する理由にはしない。
併売を認めながら自社商品のみの積極的推奨を求める条件は,競争品との取引そのものを禁じる条件と区別する。
契約の文言に加え,推奨の監視,違反時の指導,リベートの不供与,技術・販促支援の削減により,販売店の選択が実際に制限されるかを確認する。
価格を守らせる制度か,推奨等の販売活動を制限する制度かを分け,一般指定11項・12項・14項等の要件と対応させる。
専属的推奨から取引機会の減少に至る過程は,令和3年司法試験経済法第2問の模範解答と解説でも扱っている。
累進リベートは,支給率だけでなく,達成基準,遡及の有無,対象期間及び掛け算の基礎となる商品・取引額を確認する。
特定商品の増販率で支給率を決めても,支払額が全商品仕入額を基礎とするなら,失う利益の範囲は当該商品だけにとどまらない。
これは誘因の強さを検討するための着眼点であり,直ちに違法とする基準ではない。
公取委指針第1部第3に従い,競争者の代替販路,制限を受ける販売店の販売力及び市場閉鎖効果と併せて検討する。
第6 契約・制度設計で確認する事項
販売代理店制度を設計又は審査するときは,少なくとも次の事項を確認する。
①代理店が販売価格を独自に決定できることを契約と運用の双方で保障しているか
②価格報告,調査又はモニタリングが値引き代理店への制裁に使われていないか
③リベートの条件が数量・販促実績等の客観的要素に基づいているか
④顧客登録が重複対応防止を超えて既存顧客の囲込みに使われていないか
⑤代理店変更について顧客に過大な書類又は待機を求めていないか
⑥変更理由を従来代理店に知らせる必要が本当にあるか
⑦販売方法の制限に品質・安全上の合理的理由があり,他の代理店にも同等に適用されているか
⑧同じ目的を達成できる,より競争制限的でない手段がないか
⑨制度導入後に値引き,顧客移動,新規参入及び苦情がどのように変化したか
1 価格拘束を取りやめた後の確認
価格拘束の終了は,メーカー側の拘束手段の撤回・打消しと,販売店側が制約なく価格を決められる状態になったかの双方から調べる。
ソニー・コンピュータエンタテインメント事件の平成13年8月1日審判審決第3の2は,この二つの観点と,補充的な価格動向の検討を示している。
希望価格と実売価格が同じままであることだけで拘束継続を断定せず,逆に,「参考価格」と書き直したことだけで終了とも断定しない。
是正の実施に当たっては,価格遵守の要求と連動していた出荷・リベート等の条件を特定し,撤回の通知,相手方への到達・理解,営業担当者への指示及びその後の運用を記録する。
これは上記審決を踏まえた実務上の証拠整理であり,特定の通知書式だけで違反の終了が保証されるという意味ではない。
終了後も過去の損害や行政措置の問題は別に残り得るので,是正した日と紛争全体の処理を分ける。
2 販売奨励金と別サービスの対価を分ける
リベートの独占禁止法上の評価と,支払われた金銭の消費税上の区分は別に判定する。
国税庁No.6359は,国内の課税資産の販売数量・販売高等に応じて取引先へ金銭で支払う販売奨励金等を,売上げに係る対価の返還等として扱う。
これに対し,販売店がメーカーへ広告・展示等の別の役務を提供し,その反対給付として受ける金銭は,国税庁No.6113の対価性の考え方に照らして,その役務の対価かを検討する。
「奨励金」「費用補助」という勘定名だけで区分せず,対象取引,算定条件,約束した役務と履行記録を確認する。
対価の返還等に当たる場合は,メーカー側の売上げに係る調整と,販売店側の仕入れに係る調整を対応させる。
国税庁No.6363は,仕入れに係る対価の返還等を受けた課税期間で調整するとしており,支払側もNo.6359に従い返還等を行った課税期間を確認する。
元取引時と返還等の時の課税・免税,適用税率及び採用する計算方式も確認する。
メーカーが適格請求書発行事業者である場合は,返還等についての適格返還請求書の交付義務と例外を確認する。
No.6359は,返還等の金額が税込1万円未満である場合などの交付義務免除を示しているが,帳簿への明細記録・保存まで不要になるという意味ではない。
弁護士と税理士は,契約上の支給条件と精算書・帳簿を同じ取引単位で照合し,価格遵守の制裁としての機能と税務処理を別々に記録する。
販売数量に連動する支払であっても,物流施設の使用等の別の役務の対価なら,当然に売上割戻しになるわけではない。
複数商品の割戻し,税率の区分,販売店作成の精算書及び返還等を行う事業者の登録番号の確認は,販売奨励金・リベートと消費税(AI作成)で詳しく説明している。
令和8年10月16日の補充では,現行の流通・取引慣行指針第1部通則・第3,一般指定11項・12項・14項,国税庁の軽減税率制度の手引きの販売奨励金の説明及びインボイスQ&A問63を確認した。
専属推奨・計算基礎に関する契約と運用資料の確認手順は,これらと令和3年経済法第2問の検討を踏まえた実務上の整理である。
第7 令和8年度司法試験経済法から得られる整理
令和8年司法試験の経済法問題では,電子機器の推奨価格,リベート,販売代理店の変更手続,既存顧客の切替費用及び代理店間の値引き競争を組み合わせた事例が出題された。
問題文からは,①新規顧客と既存顧客の代替可能性を分けること,②推奨価格の名称でなくリベートによる実効性を見ること,③価格拘束と顧客切替制限を別の行為として検討すること,④サービス向上目的と手段の不可欠性を分けること,⑤市場シェアの数字だけでブランド内競争への影響を否定しないこと,という分析手順を抽出できる。
令和8年9月28日現在,同年度の公式な出題趣旨及び採点実感は公表されていないため,本節は問題文と公取委の一次資料から得られる独立した整理であり,公式見解の紹介ではない。
第8 一次資料と確認状況
本稿は,独占禁止法2条9項4号・19条・23条4項,一般指定4項・11項・12項,公取委の流通・取引慣行ガイドライン及び次の公取委相談事例を一次資料として作成した。和光堂事件の判決本文は別記事の作成時に判例秘書で確認した内容を参照し,本稿では公取委の判決引用も照合した。
①メーカーによる流通業者に対する販売先制限
②小売業者の店頭及びウェブサイトにおける価格表示の制限
③流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針
④不公正な取引方法(一般指定)
本問と事実関係の近い相談事例は,特定制度についての公取委の回答であり,異なる契約又は市場について当然に同じ結論となるものではない。実務では,現在の契約,運用,市場及び実際の競争への影響を確認する必要がある。
価格通知と理解・合意の区別,説明費用と価格維持効果の区別は,令和4年司法試験経済法第2問の模範解答と解説で扱った検討を実務へ応用したものである。
令和8年10月14日の補充に当たり,現行の公取委流通・取引慣行指針の再販売価格拘束及び販売方法制限の節と,上記審決第3の2・第3の6を確認した。
試験当時の基準時と令和8年の指針は区別している。
税務の補充は,国税庁No.6359・No.6363・No.6113(いずれも令和8年4月1日現在法令等の表示)を令和8年10月14日に確認した独立の検討であり,司法試験経済法の公式資料が税務上の結論を示したという趣旨ではない。
今回の補充では和光堂事件・資生堂東京販売事件の最高裁判決原文を新たに確認しておらず,従前の記事の確認状況と,今回読んだ指針・審決・国税庁資料の範囲を分ける。