第1 本記事の対象と結論
1 損害額の決まり方の要点
(1) 中心は使用料相当額
パブリシティ権の侵害による損害賠償の中心は,侵害がなければ得られたはずの利益であり,裁判例の多くは,肖像等の使用を許諾したならば通常受け取るはずの金額(使用料相当額)を基準にしている。
算定の型は,①商品の売上に使用料率を掛ける方法,②一定期間当たりの額に利用期間を掛ける方法,③諸事情を総合して相当な額を定める方法の三つに大きく分かれる。
本人が過去に結んだ契約の使用料率や出演料,侵害者が提案していた対価が,金額を決める重要な資料になっている。
(2) 慰謝料と肖像権侵害の関係
パブリシティ権は肖像等それ自体の商業的価値に基づく権利であるため,その侵害を理由とする慰謝料(精神的損害)は,裁判例上認められにくい。
これに対し,肖像等をみだりに利用されない権利(肖像権)の侵害が別に成立する場合には,その侵害による慰謝料がパブリシティ権侵害の損害と並んで認められることがある。
2 対象とした裁判例と調査基準日
本記事は,令和8年10月25日を調査基準日として,法務省の「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」の取りまとめ報告書(令和8年8月7日公表,同年10月22日補訂の第1.1版)が33頁~35頁の表で損害額の算定例として挙げた8件の裁判例のうち,裁判所ウェブサイトで判決全文を確認した7件を取り上げ,判決本文から算定方法と金額を整理するものである。
表の知的財産高等裁判所平成25年10月16日判決は,判断を維持した原審の東京地方裁判所の判決と合わせて1件と数えている。
同報告書の表には,後記第5のとおり,控訴審の判断と異なる金額が記載された箇所があるため,本記事の金額は判決本文によっている。
パブリシティ権の成立要件(顧客吸引力や「専ら」の要件)は,パブリシティ権の要件と裁判例-顧客吸引力,「専ら」要件及び肖像権との違い(AI作成)で扱っている。
第2 損害の種類
1 逸失利益と著作権法114条の類推
(1) 推定規定がないこと
パブリシティ権は判例上の権利であり,侵害による損害賠償は民法709条によるため,被害者が侵害と因果関係のある損害額を立証しなければならない。
著作権法114条は,著作権等の侵害について,侵害者が受けた利益の額を損害額と推定する規定(2項)や,権利の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を損害額として請求できる規定(3項)を置いているが,パブリシティ権について同様の明文の規定はない。
(2) 類推適用を認めた裁判例
知的財産高等裁判所令和5年9月13日判決(令和5年(ネ)第10025号)は,著作権法114条3項を類推適用してパブリシティ権侵害による損害額を算定した。
法務省の報告書は,学説や最高裁判所の調査官解説に類推適用を肯定する見解があることを紹介した上で,明示的に類推適用するか否かにかかわらず,使用料相当額を基礎に損害額が算定されている事案が多いとしている(同報告書31頁~32頁)。
2 パブリシティ権侵害による慰謝料は認められにくい
東京地方裁判所平成25年4月26日判決(平成22年(ワ)第46450号)は,パブリシティ権は人格権に由来する権利の一内容であっても,肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから,精神的損害を認めることは困難であるとして,パブリシティ権に係る慰謝料を否定した。
知的財産高等裁判所令和5年9月13日判決も,特段の事情のない限りパブリシティ権侵害による精神的損害を認めることは困難であるとし,その事件では肖像権等の侵害による慰謝料を別に認めたことも理由に挙げて,パブリシティ権侵害を理由とする精神的損害を否定した。
3 肖像権侵害の慰謝料は別に認められ得る
(1) パブリシティ権侵害と並んで認められた例
知的財産高等裁判所令和5年9月13日判決は,音楽グループの元メンバーらの肖像等を専属契約の終了後も公式ショップとしてグッズ販売サイトに掲載した行為について,パブリシティ権侵害の損害とは別に,肖像権等の侵害による慰謝料を控訴人らそれぞれについて15万円と認めた。
(2) 合成画像で肖像権侵害だけが認められた例
知的財産高等裁判所平成27年8月5日判決(平成27年(ネ)第10021号)は,女性芸能人の肖像写真に裸の胸部のイラストを合成した雑誌記事について,パブリシティ権侵害は否定しつつ,肖像権等の侵害による慰謝料75万円及び弁護士費用5万円を認めた原判決を維持した。
性的な合成画像や意に反する文脈での利用では,パブリシティ権よりも肖像権の侵害が中心の争点になることがある。
第3 算定方法の型
1 売上に使用料率を掛ける方法
(1) 雑誌の掲載頁で按分する例
東京地方裁判所平成25年4月26日判決(平成22年(ワ)第46450号)は,芸能人の写真を多数掲載した雑誌について,「計算金額=(販売価格×販売部数×掲載頁数/全体頁数)×使用料率」という式を用い,写真集における対価の支払状況等を考慮して,使用料率を20%(表紙に使用した場合は30%)と認めた。
同判決は,1頁未満の使用を1頁として計算し,1冊当たりの計算金額が1万円未満の場合は1万円を損害と認定した。
これとは別に,同判決は,写真に読者の性的な関心を喚起するコメントを付した記事について,パブリシティ権の毀損に係る損害を認め,その額は算定の手法がなく立証が極めて困難であるとして,民事訴訟法248条を適用して認定した。
(2) 書籍の本体価格に料率を掛ける例
東京地方裁判所平成25年4月26日判決(平成21年(ワ)第26989号)は,男性アイドルグループのメンバーらの写真を掲載した書籍について,写真集の出版等を許諾した場合の受領額に照らし,写真の使用を許諾する場合に通常受領すべき金銭の額は書籍の本体価格の10%に発行部数を乗じた金額を下らないと認めた。
同判決は,本体価格1300円の書籍ごとに,1300円の10%に発行部数を乗じた金額を計算し,複数人が写る書籍は人数で割って,原告ごとに306万5833円から781万0833円の損害(弁護士費用相当額を除く。)を認めた。
知的財産高等裁判所平成25年10月16日判決(平成25年(ネ)第10052号)は,控訴を棄却してこの判断を維持した。
2 一定期間当たりの額を定める方法
大阪高等裁判所平成29年11月16日判決(平成29年(ネ)第1147号)は,海外のフィットネスプログラムのマスタートレーナーの画像を,取引の終了を通知した後もフィットネスウェアの販売サイトに掲載していた事案で,そのトレーナーからパブリシティ権の独占的利用許諾を受けた者の損害を認めた。
同判決は,侵害者が他の約50名のライダーに適用される契約書の様式に基づくライダー契約で,1か月当たり通常販売価格で6万円程度を上限とする商品の無償提供を提案し,許諾を受けた者がこれに応じなかった経過や,顧客吸引力の程度,掲載場所の数及び掲載期間を考慮して,損害額を1か月当たり10万円とし,11か月分の110万円を認めた。
3 諸事情を総合して相当な額を定める方法
(1) ライセンシーの寄与を考慮した例
知的財産高等裁判所令和2年2月20日判決(平成31年(ネ)第10033号)は,ファッションデザイナーの氏名・肖像を,サービス契約の解除後もウェブサイトに掲載した事案で,使用料相当損害の額を100万円とした原判決を維持した。
同判決は,デザイナーの日本国内での名声はそれなりに高いと認めつつ,その名声の形成には侵害者を含むライセンシーのマーケティングの寄与が相当程度大きかったことを考慮した。
(2) タイアップ費用を参照した例
知的財産高等裁判所令和7年8月28日判決(令和6年(ネ)第10085号)は,チャンネル登録者数84万人を超える動画投稿者が出演した動画を,ホストクラブが店頭設置モニターで放映した事案で,パブリシティ権の侵害を認めた。
同判決は,前提事実と弁論の全趣旨から,マネジメント会社が本人からパブリシティ権の譲渡を受けていると認めた上で,同社の文書に動画投稿1本当たりのタイアップ費用が300万円~400万円,二次利用費は要相談と定められていたことや,放映の期間と回数が不明であることを考慮し,その動画の無断使用による同社の損害を100万円と認めた。
第4 裁判例7件の算定方法と金額
次の表は,パブリシティ権侵害の損害額が認定された7件(肖像権侵害だけが認められた知的財産高等裁判所平成27年8月5日判決を除く。)を,判決本文に基づいて一覧にしたものである。
金額は弁護士費用相当額を含まない。
| 裁判例 | 利用の態様 | 算定方法 | パブリシティ権侵害の損害額 |
|---|---|---|---|
| 東京地判平成25年4月26日(平成22年(ワ)第46450号) | 雑誌への写真の掲載 | 販売価格×販売部数×掲載頁数/全体頁数×20%(表紙30%) | 原告・号ごとに計算(1冊1万円未満は1万円)。別にパブリシティ権の毀損に係る損害(民事訴訟法248条) |
| 東京地判平成25年4月26日(平成21年(ワ)第26989号)・知財高判平成25年10月16日 | 写真を掲載した書籍 | 本体価格1300円×10%×発行部数 | 原告ごとに306万5833円~781万0833円 |
| 大阪高判平成29年11月16日 | 取引終了後の販売サイトへの画像の掲載 | 1か月10万円×11か月 | 独占的利用許諾を受けた者に110万円 |
| 知財高判令和2年2月20日 | 契約終了後のウェブサイトへの掲載 | 諸事情の総合考慮 | 100万円 |
| 知財高判令和5年9月13日 | 契約終了後のグッズ販売サイト | 著作権法114条3項の類推 | 控訴人らそれぞれ2万6000円 |
| 知財高判令和6年1月24日 | 契約終了後の広告への氏名等の使用 | 1日当たり売上の約0.1%×日数 | 控訴審の算定は38万9500円(原判決の47万5000円を維持) |
| 知財高判令和7年8月28日 | 店頭モニターでの動画の放映 | タイアップ費用・二次利用等の総合考慮 | パブリシティ権の譲渡を受けた会社に100万円 |
1 契約終了後の利用は過去の契約が基準になる
(1) 過去の対価の参照
上の7件のうち4件は,取引や,広告出演・専属等の契約が終了した後も利用が続いた事案である。
このような事案では,契約期間中の対価の有無や額,使用料率が算定の出発点になりやすい。
知的財産高等裁判所令和5年9月13日判決は,原判決が令和元年12月1日以降としていた損害の算定期間を,専属契約が終了した日の翌日である同年7月14日以降に広げ,その期間のグッズの販売収入を6万6993円から14万3574円に改めた。
その上で,14万3574円に35%を乗じて4人で割った1万2563円等を基に,原判決の一人当たり1万2000円を控訴人らそれぞれについて2万6000円に改めた。
(2) 売上への寄与が小さい場合
知的財産高等裁判所令和6年1月24日判決(令和5年(ネ)第10081号)は,広告出演契約を解除する和解の後も商品の広告等に原告の氏名等が使われた事案で,平成31年1月から令和2年3月までの15か月間の商品の売上額合計93億4800万0741円を日数456日で割った1日当たりの売上額を2050万円とし,その約0.1%である2万0500円を1日当たりの損害額として,合計38万9500円と算定した。
同判決は,原判決が認めた47万5000円は一部不当であるが,被告側が控訴していないため,不利益変更禁止の原則により控訴を棄却するにとどめるとした。
商品の売上が大きくても,売上の全部が肖像等の顧客吸引力によるものとは扱われず,寄与の割合が損害額を大きく左右することが分かる。
2 第三者による無断利用は許諾料の相場が基準になる
雑誌や書籍に写真を無断で掲載した事案では,写真集の出版等を許諾した際の対価の支払状況が参照され,売上に料率を掛ける方法がとられている。
出版物の部数や価格が判明していれば,本人側でも損害額の見込みを計算しやすい。
第5 法務省報告書の表を読むときの注意
1 控訴審の判断と表の記載が異なる事件
(1) 知財高判令和5年9月13日
法務省の報告書34頁の表には,知的財産高等裁判所令和5年9月13日判決について,1万2563円であること等を考慮し,損害額を一人当たり1万2000円と認定したとの記載がある。
しかし,同判決は,原判決の「合計4万8000円(一人当たり1万2000円)」との記載を「控訴人らそれぞれについて2万6000円」と改めており,控訴審が認めたパブリシティ権侵害の損害額は2万6000円である。
(2) 知財高判令和6年1月24日
同報告書35頁の表は,同判決の算定として,過去の1日平均売上2561万0960円の約0.1%である2万5000円を1日当たりの損害額とし,47万5000円を損害額と認定したと記載している。
しかし,前記第4の1(2)のとおり,同判決は,1日当たりの売上額を2050万円,1日当たりの損害額を2万0500円,合計38万9500円と改めた上で,不利益変更禁止の原則により原判決の47万5000円の認容を維持したものである。
2 権利の根拠が分かれる事件
同報告書35頁の表は,知的財産高等裁判所令和7年8月28日判決について,一動画当たり100万円(計200万円)の損害と記載している。
しかし,同判決が摘示した会社の請求の根拠は,一つ目の動画についてはパブリシティ権侵害,二つ目の動画については著作権侵害であり,パブリシティ権侵害による損害は一つ目の動画の100万円である。
本人には,二つ目の動画の題号を改変して「豪遊」を強調した態様での使用について,著作者人格権(同一性保持権)の侵害等による慰謝料20万円が別に認められている。
第6 請求する側・される側が確認する資料
1 本人・事務所の側
(1) 使用料の基準となる資料
使用料相当額を主張する側は,同種の利用を許諾したときの契約書,使用料率,出演料,タイアップ費用の定め等を整理しておくことが考えられる。
法務省の報告書は,契約時に無償で利用を許諾していた事案では,損害額の立証が事案の性質上極めて困難であるとして,裁判所が相当な損害額を認定したものがあると整理している(同報告書32頁~33頁)。
(2) 利用の範囲と期間の資料
利用された媒体,掲載場所の数,掲載期間,販売部数や売上,削除の時期は,損害額の計算の基礎になるため,証拠として保全しておく必要がある。
不法行為による損害賠償請求権は,民法724条により,損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき,又は不法行為の時から20年間行使しないときは時効によって消滅する。
2 利用した側
利用した側からは,売上への寄与の程度の小ささ,利用期間の短さ,契約期間中の対価が低額又は無償であったこと,顧客吸引力の形成への自らの寄与が,減額の方向の事情として主張されている。
生成AIで作成した肖像や声の利用については,法務省の報告書が,想定事例の検討で,著作権法114条3項を類推適用し,事後的に合意すると仮定した場合の使用料率を基準に算定することが考えられるとしている(同報告書88頁)。
同報告書は,生成AIによる無断利用事案については裁判例もなく,権利侵害となる範囲が不明確であるとの指摘があったとしており(同報告書7頁),本記事で紹介した7件も生成AIによる利用の事案ではない。
その後の東京地方裁判所令和8年9月30日判決も,生成AIで模倣されたとされる声について,侵害の有無を判断せずに削除請求を棄却している。
生成AIによる声や肖像の無断利用で問題となる権利の全体像は,AIと声の権利―声の無断利用・AIカバーと肖像権の保護(AI作成)で扱っている。
第7 出典
1 法令
①e-Gov法令検索・民法(明治29年法律第89号)709条及び724条(令和8年10月25日確認)
②e-Gov法令検索・著作権法(昭和45年法律第48号)114条(令和8年6月24日施行の版,令和8年10月25日確認)
2 裁判例
①東京地方裁判所平成25年4月26日判決(平成22年(ワ)第46450号)
②東京地方裁判所平成25年4月26日判決(平成21年(ワ)第26989号)
③知的財産高等裁判所平成25年10月16日判決(平成25年(ネ)第10052号)
④知的財産高等裁判所平成27年8月5日判決(平成27年(ネ)第10021号)
⑤大阪高等裁判所平成29年11月16日判決(平成29年(ネ)第1147号)
⑥知的財産高等裁判所令和2年2月20日判決(平成31年(ネ)第10033号)
⑦知的財産高等裁判所令和5年9月13日判決(令和5年(ネ)第10025号)
⑧知的財産高等裁判所令和6年1月24日判決(令和5年(ネ)第10081号)
⑨知的財産高等裁判所令和7年8月28日判決(令和6年(ネ)第10085号)
⑩東京地方裁判所令和8年9月30日判決(令和7年(ワ)第70635号)
3 検討会報告書
①法務省・肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会取りまとめ報告書―生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針―」第1.1版(令和8年8月7日公表,同年10月22日補訂)7頁,30頁~36頁及び88頁