第1 この記事の対象と結論
1 対象と基準日
日本の法律に違反しない漫画,同人誌,ゲーム等を販売しているのに,カード会社や決済代行会社の判断でクレジットカード決済が使えなくなることがある。
この記事は,この問題を法律の側から整理し,販売事業者(加盟店)が決済を止められたときに確認する事項をまとめるものである。
基準日は令和8年10月25日であり,法令はe-Gov法令検索で,国会での答弁は国会会議録検索システムで,事業者・官庁の対応は各社・各庁の公表資料(Mastercardの規則はInternet Archiveの保存版)で確認した。
令和8年9月18日にデジタル大臣政務官兼内閣府大臣政務官に任命された赤松健参議院議員は,同年10月18日にX(旧Twitter)で公開した漫画「赤松健の国会にっき」第381回で,日本で合法な創作表現でも決済手段が使えないと事実上の表現規制となる場合があるとして,これを「いわゆる『クレカ問題』」と呼んでいる。
同じ漫画で,赤松政務官は,代替手段の検討を含めた解決策の研究を「公務(政府)として」行っていること,JPYC株式会社の代表者から聞き取りを行い,今後も関係事業者から聞き取りを行う予定であることを説明している。
なお,赤松政務官は,後記のマンガ図書館Zの前身「Jコミ」を立ち上げ,マンガ図書館Zの運営会社である株式会社Jコミックテラスの取締役会長を務めた経歴がある。
2 結論
結論は,次の4点である。
①割賦販売法は,加盟店と契約を結ぶ事業者に,加盟店の調査と,基準に適合しないおそれがある場合の契約締結の禁止・契約解除等の措置を義務付けているが,その目的はカード番号の適切な管理と不正利用の防止であり,取り扱う商品の表現の内容を基準とするものではない。
②国会では,令和5年に経済産業省大臣官房審議官が,割賦販売法には取扱商材の表現内容に関する規制を設けていないと答弁し,令和6年には経済産業大臣が,どのような商材の決済を行うかはカード会社の経営上の判断によるものと答弁している。
③Mastercardの規則には,同社の信用を害するおそれがあるかどうかを同社の単独の裁量で判断して取引を禁止する条項があり,表現物の決済停止の根拠は,割賦販売法よりも,契約と国際ブランドの規則の側にあると考えられる。
④決済代行会社の利用規約にある売上金の支払延期・支払留保の条項を,その趣旨に照らし,それぞれ最終決済日又は弁済期日から6か月間に限ると解釈した裁判例があり(東京地裁令和7年2月27日判決),決済を止められた加盟店の売上金の回収で参考になる。
第2 公式の告知で確認できる事例
1 マンガ図書館Z
漫画の配信サイト「マンガ図書館Z」の運営会社は,サイト停止の告知で,「先月決済代行会社から通達があり、決済サービスの契約を10月末ですべて解約せざるを得なくなりました。」と説明し,「決済代行会社とも早急に協議いたしましたが、カード会社の判断によるものであり、すでに弊社では覆すことのできない状況でした。」としている。
告知は,解約の対象を「決済サービスの契約」と書いており,特定のカードブランドに限っていない。
また,告知は,カード会社が何を理由に判断したかを書いていない。
この件は,令和6年12月11日の衆議院予算委員会でも取り上げられた。
2 DLsite
販売サイト「DLsite」の運営会社は,「2024年4月3日(水)18時より、Visa、Mastercardのご利用が一時停止いたします。」と告知し,翌日には「American Expressのご利用も一時停止」したと追記した。
この告知も,停止の理由を書いていない。
他の決済手段(PayPay,コンビニ払い,ネットバンキング等)は使えるとしている。
第3 法律は表現の内容を理由とする決済停止を規制しているか
1 割賦販売法の加盟店調査と契約解除
(1) 調査の目的は番号の管理と不正利用の防止
割賦販売法は,加盟店とクレジットカード番号等取扱契約を結ぶ事業者(クレジットカード番号等取扱契約締結事業者)に,契約前の調査を義務付けている(同法35条の17の8第1項)。
その目的は,「販売業者又は役務提供事業者によるクレジットカード番号等の適切な管理及び利用者によるクレジットカード番号等の不正な利用の防止を図るため」と定められている。
調査等で知った事項から,加盟店の講じようとする措置が基準に適合しないおそれがあると認めるときは「クレジットカード番号等取扱契約を締結してはならない」(同条2項)とされ,契約後の定期的な調査(同条3項)等で同様のおそれがあると認めるときは「クレジットカード番号等取扱契約の解除その他の経済産業省令で定める必要な措置を講じなければならない」(同条4項)とされている。
(2) 表現の内容は基準ではないが,拒絶を禁じる規定もない
このように,同条の調査と解除等は,カード番号の適切な管理や不正利用の防止の措置を基準とするものであり,加盟店が販売する作品の表現の内容を基準とするものではない。
他方で,割賦販売法には,カード会社や決済代行会社が表現の内容を理由に加盟店との契約を拒み,又は解除することを禁止する規定もない。
したがって,表現物を理由とする決済停止を争う場合は,割賦販売法の規定を直接の根拠にすることは難しく,加盟店契約・決済代行契約の条項,その解釈及び信義則の問題として組み立てることが中心になる(独占禁止法については後記4)。
加盟店が負うセキュリティの義務と,それを理由とする契約解除については,ECサイトのカード情報漏えいと加盟店の義務―割賦販売法35条の16,クレジットカード・セキュリティガイドライン6.1版及び開発委託先の責任(AI作成)で扱っている。
2 国会での政府答弁
令和5年3月9日の参議院内閣委員会で,経済産業省大臣官房審議官は,割賦販売法について「取扱商材の表現内容に関する規制というものは特に設けてはございません。」と答弁し,加盟店から契約を拒まれ,又は解除されたという問合せは実際に受けていると述べた。
同じ審議官は,別の答弁で,カード会社がどのような商材を取り扱う加盟店と契約するかは「現状はクレジット会社の経営判断あるいは営業活動の中で対応していただいている」とし,取り扱う商品に関するルールについては慎重な検討が必要であるとしている。
令和6年12月11日の衆議院予算委員会では,マンガ図書館Zの件を挙げた質問に対し,消費者及び食品安全を担当する内閣府特命担当大臣が「クレジットカード会社の判断によるところ」であると答弁した。
経済産業大臣も,「クレジット会社がどのような商材の決済を行うかは、クレジットカード会社の経営上の判断によるものと考えています。」と述べた上で,「今後、コンテンツに関するクレジットカード決済の状況を見極めて、対応を考えていきたい」と答弁している。
3 国際ブランドの規則
国際ブランドの一つであるMastercardの規則(Mastercard Rules,2026年6月2日版)の5.12.7「Illegal or Brand-damaging Transactions」は,違法な取引のほか,”in the sole discretion of the Corporation, may damage the goodwill of the Corporation or reflect negatively on the Marks”(同社の単独の裁量により,同社の信用を害し,又は商標に悪影響を及ぼすおそれのある)取引を,加盟店がアクワイアラ(加盟店と契約する事業者)に回すこと,及びアクワイアラ等の同社の顧客が同社のネットワークに回すことを禁じている。
違反の例として,”patently offensive and lacks serious artistic value”(明らかに不快で,真剣な芸術的価値を欠く)商品・役務(人工知能等で生成した画像を含む。)の販売を挙げ,同意のない性的行為や未成年者の性的搾取の画像等を例示するほか,同社が販売を受け入れられないと判断するその他の素材も挙げている。
加盟店の違反を通知されたのに是正させないアクワイアラは,第三者による監査等の対象となり,同社は違反と判断した加盟店を MATCH Pro というシステムに登録することができる。
また,この規則に違反したとされるアクワイアラには,加盟店ごとに20万米ドルの制裁金を課すことができ,違反の開始が同社の通知の80日前より後であることをアクワイアラが明確かつ説得力のある証拠で示した場合には,これに代えて,違反の初日に遡って1日当たり2500米ドルとすることができるとされている。
なお,5.12.7は,この2026年6月2日版で改訂されている。
他方,同社は,ゲームの制作者向けサイトをめぐる報道を受けた2025年8月1日の声明で,”Put simply, we allow all lawful purchases on our network.”(簡単に言えば,当社のネットワークでは合法な購入をすべて認めている。)と述べている。
声明の「合法な購入は認める」という説明と,規則の「単独の裁量で信用を害する取引を禁じる」という条項は,同じ範囲を指しているとは限らない。
規則の制裁はアクワイアラに向けられており,アクワイアラや決済代行会社は,制裁を避けるために,法律上は合法な商品についても慎重な対応を取る誘因を持つと考えられる。
4 独占禁止法
公正取引委員会の「クレジットカードに関する取引実態調査報告書」(平成31年3月)と「クレジットカードの取引に関する実態調査報告書」(令和4年4月)には,表現物や成人向けの商品を理由とする決済停止についての記載は見当たらない。
平成31年の報告書は,取引上の地位が優越している国際ブランドが,クレジットカード会社の意見を十分考慮することなく契約内容を一方的に改定して不利益を与える場合には「独占禁止法上問題(優越的地位の濫用)となるおそれがある」としているが,これは国際ブランドとクレジットカード会社との関係についての考え方であり,加盟店との関係を扱ったものではない。
このため,表現物を理由とする決済停止を独占禁止法上どう評価するかは,公正取引委員会の考え方が示されていない中で,個別の事情に即して検討することになる。
第4 決済代行会社による売上金の留保―東京地裁令和7年2月27日判決
1 事案
東京地裁令和7年2月27日判決(令和5年(ワ)第15732号,判例秘書の判例番号 L08030316)は,表現物ではなく,化粧品・健康食品等の連鎖販売業を営む会社(加盟店)と,クレジットカード決済代行業務委託契約を結んでいた決済代行会社との間の事件である。
決済代行会社は,チャージバック申請の予告を受けたとして,令和4年7月分と8月分の売上代金の支払を留保し,同年8月末で契約を解約した。
その後,決済代行会社は,商品の科学的根拠が明らかでない旨の通知書を受け取ったことを受けて,集団訴訟に伴うチャージバック発生の疑義が解消されるまで支払を留保すると通知していた。
加盟店は,2か月分の売上代金合計3146万1809円の支払を求めた。
なお,加盟店が申し立てた売上代金の仮払いの仮処分は,令和5年6月1日に,保全の必要性が認められないとして却下されていた。
2 判断
判決は,加盟店の請求を認容した。
決済代行会社は,加盟店と購入者との契約が無効であれば売上代金債権も消滅すると主張したが,判決は,利用規約にそのような規定はなく,購入者は仮差押え等の手続を利用できるとして,この主張を退けた。
解約後の支払延期の条項について,判決は,チャージバックの申請期間が契約日から120日間であることが多いことを踏まえ,最終決済日から6か月間の延期を認めたものと解すべきであるとした。
決済代行会社は,チャージバック費用等を担保する必要があると判断する限り無期限に延期できると主張したが,判決は,そのような解釈は「被告に一方的に有利に過ぎ、原告の法的安定性を著しく害する」として採らなかった。
利用規約の別の支払留保の条項(14条4号・7条3項1号)についても,同じ理由で,売上代金の弁済期日から6か月間に限られるとした。
3 実務上の意味
この判決は,表現物を理由とする決済停止の事案ではない。
しかし,利用規約が「その恐れが高いと甲が判断した場合」に支払を「留保することができる」と定め,決済代行会社が疑義の解消まで留保すると通知していた事案で,留保・延期の期間を限定して解釈した点は,決済を止められた加盟店が売上金の支払を求める場面で参考になる。
他方で,仮払いの仮処分が保全の必要性を欠くとして却下されている点にも注意を要する。
第5 政府の動きと代替手段
1 成長戦略の「コンテンツ」
令和8年7月21日に閣議決定された日本成長戦略は,「17の戦略分野における官民投資の促進」の一つとして「コンテンツ」を掲げ,「コンテンツ産業は、2033年に海外売上げ20兆円を目指す日本の基幹産業である。」としている。
ただし,同戦略のコンテンツの節には,決済やクレジットカードについての記載はない。
同戦略の金融の節は,「オンチェーンの決済手段(ステーブルコイン・トークン化預金)の実装・普及に向けた環境整備」を掲げている。
古川俊治デジタル大臣は,コンテンツ戦略担当を兼ねている。
2 代替手段としての円建てステーブルコイン
赤松政務官の漫画は,代替手段の一つとして,日本円建てのステーブルコインであるJPYCを発行するJPYC株式会社の代表者からの聞き取りを紹介している。
同社の契約締結前交付書面と利用規約によれば,JPYCの償還(円への払戻し)を受けるには同社にアカウントを開設する必要があり,JPYCを移転させるときはブロックチェーンの利用に関する手数料(いわゆるガス代)を同社以外の者に支払う必要があり,同社は犯罪行為が行われた疑いのあるウォレットアドレスについて移転を制限する措置を講じることがあるとされている。
クレジットカードの代わりに使えるかどうかは,発行者の契約条件と,受け取る加盟店の側の手続まで確認する必要がある。
電子決済手段の法律上の位置付けと国内の登録事業者については,USDT(テザー)を個人で売買・保有するときの日本法上のリスク―無登録の電子決済手段等取引業,口座凍結及び取引所破綻時の回収(AI作成)で扱っている。
第6 決済を止められた加盟店が確認する事項
以上を踏まえると,カード決済を止められ,又は止めると通知された販売事業者は,少なくとも次の事項を確認しておくことになる。
①通知を出したのが,アクワイアラ(加盟店と契約するカード会社等)か,決済代行会社か,国際ブランドの指摘を受けたものか。
②理由が,割賦販売法上のカード番号の管理や不正利用防止の措置(第3の1)なのか,取扱商品の内容なのか。
③止まる範囲が,特定のカードブランドだけか,決済サービスの契約全体か(第2の1)。
④加盟店契約・決済代行契約に,解約の予告期間,売上金の支払延期・支払留保の条項があるか,その期間はどう定められているか(第4)。
⑤通知書,やり取り,取扱商品の構成と売上の記録を残しているか。
⑥代わりに使う決済手段の契約条件と,購入者・加盟店の双方の手続を確認したか(第5の2)。
第7 関連記事
①ECサイトのカード情報漏えいと加盟店の義務―割賦販売法35条の16,クレジットカード・セキュリティガイドライン6.1版及び開発委託先の責任(AI作成)
②USDT(テザー)を個人で売買・保有するときの日本法上のリスク―無登録の電子決済手段等取引業,口座凍結及び取引所破綻時の回収(AI作成)
③消費者契約法・特定商取引法・割賦販売法等の違いと主な制度(AIリライト)
第8 出典
①法令(e-Gov法令検索で令和8年10月25日時点の現行条文を確認)
割賦販売法(昭和36年法律第159号)35条の17の8
https://laws.e-gov.go.jp/law/336AC0000000159
②裁判例
東京地裁令和7年2月27日判決(令和5年(ワ)第15732号,判例秘書の判例番号 L08030316)
③国会会議録
第211回国会参議院内閣委員会第3号(令和5年3月9日)
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/121114889X00320230309
第216回国会衆議院予算委員会第4号(令和6年12月11日)
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/121605261X00420241211
④官庁の公表資料
内閣官房「日本成長戦略」(令和8年7月21日閣議決定)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/pdf/jgs2026.pdf
首相官邸「令和8年9月18日(金)定例閣議案件」
https://www.kantei.go.jp/jp/kakugi/2026/kakugi-2026091801.html
デジタル庁「古川 俊治」
https://www.digital.go.jp/about/member/furukawatoshiharu
デジタル庁「赤松 健」
https://www.digital.go.jp/about/member/akamatsuken
公正取引委員会「クレジットカードに関する取引実態調査報告書」(平成31年3月)
公正取引委員会「クレジットカードの取引に関する実態調査報告書」(令和4年4月)
⑤事業者・国際ブランドの公表資料
Mastercard「Mastercard Rules」(2026年6月2日版)5.12.7(Internet Archiveの令和8年9月28日の保存版で確認)
https://www.mastercard.us/content/dam/public/mastercardcom/na/global-site/documents/mastercard-rules.pdf
Mastercard「Clarifying recent headlines on gaming content」(2025年8月1日)
https://www.mastercard.com/us/en/news-and-trends/press/2025/august/clarifying-recent-headlines-on-gaming-content.html
株式会社Jコミックテラス「マンガ図書館Zのサイト停止に関するお知らせ」
https://closing.mangaz.com/
株式会社エイシス「【重要】Visa、Mastercardをご利用のお客様へ【4/4追記】」(2024年4月3日)
https://info.eisys.co.jp/dlsite/69dd17c1c4b21c06
JPYC株式会社「契約締結前交付書面兼説明書(資金移動業)」(2026年9月24日改定)
https://jpyc.co.jp/legal/pre-contract-disclosure.pdf
JPYC株式会社「利用規約(資金移動業)」(2026年9月24日改定)
https://jpyc.co.jp/legal/terms.pdf
⑥赤松健参議院議員の発信
「【連載】赤松健の国会にっき(381)いわゆるクレカ問題について 編」(赤松健公式サイト,令和8年10月19日掲載)
https://kenakamatsu.jp/articles/30465
X(旧Twitter)での投稿(令和8年10月18日)
https://x.com/KenAkamatsu/status/2111653516871979363