第1 本記事の対象と結論
1 対象と基準日
本記事は,パソコン上で動き,会話の記録を端末内に保存するAIアプリについて,チャットの「アーカイブ」と「削除」が端末内の記録に何をもたらすかを扱う。
基準日は令和8年10月19日である。
会話の記録の保存の仕組みはアプリ及び版ごとに異なり,提供事業者のサーバー側の保存とも別であるため,本記事は個々のアプリの仕様を説明するものではない。
2 結論
①チャットのアーカイブは一覧から外す操作であって,記録の削除とは限らない。
②画面で削除を指示した後の表示は,端末内の記録の削除が完了したことを示すとは限らない。
③パソコンの廃棄・修理・譲渡や事件の終了に当たっては,アプリの画面表示ではなく,保存先のファイル数と容量で確かめ,アプリ内の削除だけに頼らない。
第2 守秘義務と記録の管理
1 弁護士
弁護士法23条は,「弁護士又は弁護士であつた者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。」と定めている。
弁護士職務基本規程23条は,「弁護士は、正当な理由なく、依頼者について職務上知り得た秘密を他に漏らし、又は利用してはならない。」と定めている。
同規程18条は,「弁護士は、事件記録を保管し、又は廃棄するに際しては、秘密及びプライバシーに関する情報が漏れないように注意しなければならない。」と定めている。
事件の資料を読ませたAIアプリの会話の記録には,依頼者から受け取った資料の内容や事件の検討経過が残る。
本記事では,これを事件記録の写しに準じて扱うべきものと考える。
アプリの中で見えなくなったことと,端末から消えたことは別であり,保管又は廃棄の場面では後者を確かめる必要がある。
2 税理士
税理士法38条は,「税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならない。税理士でなくなつた後においても、また同様とする。」と定めている。
顧問先の帳簿や申告書の資料をAIアプリで扱った場合も,会話の記録に顧問先の情報が残る点は弁護士と同じである。
第3 「アーカイブ」と「削除」の違い
1 アーカイブは削除とは限らない
アーカイブの機能を持つAIアプリでは,アーカイブと削除が別の操作として用意されていることがある。
アーカイブしたチャットを後から開けるのであれば,その記録はどこかに保存されている。
その保存先が端末内か,提供事業者のサーバーか,その両方かは,アプリの仕組みによる。
2 画面の表示と実際の削除
削除を指示すると一覧からすぐに消えても,記録の削除は裏側で順に進むことがあり,画面の表示だけでは削除が完了したかが分からない。
大量の記録を削除するときは,途中で処理が止まっていないかを確かめる必要がある。
第4 端末内の記録を確かめる方法
1 画面ではなく件数と容量で確かめる
アプリの画面表示は,削除の完了を示すものとして扱わない。
削除の前後で,会話の記録を保存するフォルダのファイル数と容量を記録し,実際に減ったことを確かめる。
2 データベースの削除は痕跡を残し得る
会話の履歴をデータベースファイルに保存するアプリもある。
そのデータベースにSQLiteが使われている場合,SQLiteの公式説明によれば,データベースから内容を削除しても,その内容は通常は消去されず,使用していた領域が再利用可能として印を付けられるにとどまり,削除した内容がフォレンジック分析等で復元され得る。
したがって,アプリの中で削除が完了しても,端末から痕跡が消えたとは言えない。
3 確認の記録を残す
確認した日時,対象のアプリとその版,削除の前後のファイル数と容量,確認した者を記録する。
大量に削除するときは,アプリを使わない時間に指示し,途中で件数が減り続けているかを確かめる。
第5 パソコンの廃棄・修理・譲渡と事件の終了
1 廃棄・譲渡
アプリ内の削除だけに頼らず,ディスク全体のデータ消去,又はディスクの暗号化と鍵の管理を組み合わせる。
パソコンの購入・納品から廃棄までの管理は,法律事務所がパソコン・Office等を購入・納品してもらうときの確認事項―管理アカウント,プロダクトキー,保守記録及びサポート期限(AI作成)で整理している。
2 修理
修理に出す前に,会話の記録を含むデータの所在を確かめ,修理を担う事業者が閲覧できる範囲と,ディスクの暗号化の有無を確認する。
3 事件の終了
事件記録の保管と同じく,AIアプリに残る会話の記録についても,保管を続けるのか削除するのかを決め,削除する場合は第4の方法で確かめる。
提供事業者のサーバー側に保存された記録の削除は,端末内の削除とは別に確認する必要があり,その確認事項はAI事業者へのデータ削除を依頼した後の確認事項―消去の意味,完了通知,バックアップ及び海外提供先(AI作成)で整理している。
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第7 出典
①弁護士法(昭和24年法律第205号)23条(e-Gov法令検索,令和8年10月19日確認)
②日本弁護士連合会「弁護士職務基本規程」(平成16年会規第70号)18条・23条
③税理士法(昭和26年法律第237号)38条(e-Gov法令検索,令和8年10月19日確認)
④SQLite,VACUUM(令和8年10月19日確認)