第1 被害者が生存している場合の家族の慰謝料
1 本人の慰謝料と家族自身の慰謝料を分ける
交通事故で重い後遺障害が残った場合、被害者本人の慰謝料に加え、家族が自分自身の精神的苦痛に対する慰謝料を請求できることがある。ただし、家族であれば、又は介護をしていれば、当然に固有の慰謝料が認められるというものではない。
本記事では、被害者が死亡していない事故について、近親者固有の慰謝料の考え方と裁判例の違いを扱う。本人の入通院・後遺障害慰謝料の基準額は、交通事故の慰謝料相場と計算方法を、死亡事故については死亡事故に関する損害賠償を参照されたい。
2 慰謝料・相続・介護費は別の費目である
| 請求の内容 | 区別する点 |
|---|---|
| 被害者本人の慰謝料 | 本人が被った精神的苦痛の評価である。家族が手続を支援することと、家族自身の請求権は別である。 |
| 家族固有の慰謝料 | 家族自身の精神的苦痛についての請求である。誰が、どのような苦痛を被ったかを個別に検討する。 |
| 本人の請求権の相続 | 本人が死亡した場合の承継の問題である。家族固有分とは発生原因・持分が異なる。 |
| 付添費・将来介護費 | 必要な看護・介護の費用等の評価である。同じ介護の事実が関係しても、固有慰謝料とは別の損害項目である。 |
したがって、家族が受け取る金額を全て「家族の慰謝料」と呼ぶと、本人分の代理受領、相続分、介護費と混ざってしまう。請求者と費目を分けた内訳から確認する必要がある。
第2 最高裁判決が示した考え方
1 生命侵害以外でも固有慰謝料が問題になる
最高裁昭和33年8月5日第三小法廷判決(昭和31年〔オ〕第215号)は、生命侵害以外の不法行為でも、同判決の事実関係の下で、被害者の母が子の死亡時にも比肩する精神的苦痛を受けたとして、民法709条・710条に基づき自己の権利として慰謝料を請求できると判断した。
この判決は、子の顔面の傷あと等による被害と、母子の生活状況を扱っている。被害者が遷延性意識障害になった場合だけを対象とする考え方ではない。
2 後遺障害等級だけで可否は決められない
後遺障害の重さは重要な事情である。しかし、「1級・2級なら全員に認められる」「それ以外の等級なら絶対に認められない」という区分だけでは、家族の固有の苦痛の判断を説明し切れない。
本人の傷害・後遺障害の内容、家族との生活関係、事故後の家庭生活の変化、介護への関与、家族自身への影響を、請求する人ごとに検討することになる。下記の下級審の紹介も、等級の数字と固有慰謝料の認容・否定が単純に対応していないことを示している。
第3 妻固有の慰謝料を認めた事例
1 仙台地裁平成20年3月26日判決
第一法規「判例体系」編集部編『判例INDEX 後遺障害別に見る交通事故300判例の慰謝料算定』(2020年、以下「判例INDEX」という。)051番・62~63頁は、高次脳機能障害等の併合6級の事案について、本人の後遺障害慰謝料1300万円とは別に、妻固有の慰謝料100万円を認めた例を紹介している。出典は自保ジャーナル1734号6頁、D1-Law判例IDは28252346である。
原判決(平成19年〔ワ〕第736号、判例秘書L06350963)も、本人は仕事と日常生活を続けることができていたが、事故後に人格が著しく変化したと認定している。妻は、長い単身赴任の後の同居生活を楽しもうとした時期に生活が一変し、従前にはなかった暴力や暴言を受けながら生活することになった。裁判所は、傷害・後遺障害の程度、生活状況、年齢、これまでの負担、将来への不安等を考慮し、妻の苦痛を生命侵害の場合にも比肩できるものと評価した。民法709条・710条に基づく妻自身の権利として、慰謝料100万円を認めた判断である。
一方、本人に対する将来の看視・介助費は、妻が自分の日常生活を犠牲にして随時看視する必要があるとまでは認められないとして否定した。介助費を認めなかったことと、妻自身の慰謝料を認めたことが併存している。
2 生活が一変した内容を具体化する
この例を「6級なら妻に100万円」と読むことはできない。本人の等級だけでなく、家族に生じた生活の変化と固有の苦痛が比較の中心となる。
事故前後で会話・行動・家庭内の役割がどう変わったか、支援や見守りに何が必要になったか、家族の生活や健康にどのような影響が生じたかを、事実と記録に即して整理する必要がある。医療上の診断と、家族が体験した出来事の記録は、それぞれの役割を分けて扱う。
第4 介護が必要でも両親固有の慰謝料を否定した事例
1 名古屋地裁平成25年3月12日判決
判例INDEX043番・53頁は、事故当時7歳の児童が併合4級の後遺障害を負った事案で、本人の後遺障害慰謝料1670万円を認める一方、両親固有の慰謝料を認めなかった例を紹介している。出典は自保ジャーナル1895号30頁、D1-Law判例IDは28211853である。
原判決(平成22年〔ワ〕第6679号、判例秘書L06850767)では、食事・入浴・更衣の動作は自立していても自発性が低く、将来の社会生活に随時の声かけ・見守りが必要として、本人の損害に将来付添費2526万2124円を認めた。これとは別に、傷害・後遺障害の内容と将来介護費用が認められていることを考慮し、両親各500万円の固有慰謝料請求を認めず、両親の請求を棄却している。
2 介護費の認容から慰謝料の認容を推測しない
この例は、将来介護費が認められていても、近親者固有の慰謝料が当然に認められるわけではないことを考える材料になる。必要な介護費の評価と、家族自身の精神的苦痛の評価には、別々の説明が必要である。
反対に、介護費が認められたら家族の慰謝料が必ず排除されるという一般則を、この一例から作ることもできない。家族の固有請求は、その人の苦痛の程度と事情を別に検討する。介護費自体の考え方は、将来介護費と公的給付で扱っている。
第5 父母各50万円を認めた併合11級の事例
判例INDEX240番・283頁は、13歳の女子が重い傷害を負い、骨盤骨の変形や下肢の瘢痕等の併合11級の後遺障害を残した事案を紹介している。名古屋地裁平成25年4月26日判決で、出典は自保ジャーナル1903号85頁、D1-Law判例IDは28213177である。
原判決(平成23年〔ワ〕第6103号、判例秘書L06850863)でも、本人の入通院慰謝料240万円、後遺障害慰謝料500万円とは別に、父母それぞれの固有慰謝料50万円を認めている。父母は各250万円を請求し、被告は死亡に比肩するほど重い後遺障害ではないと争ったが、裁判所は、本人の年齢、性別、後遺障害の内容や程度等から各50万円を認めた。
本人は信号待ちの歩道上で巻き込まれ、骨盤部等に重い傷害を負った。この骨盤骨変形や傷あと等についての自賠責の認定は併合11級である。本人の日常生活と家族の支援についての認定はあるが、裁判所が記載していない個々の事情を、固有慰謝料50万円の独立した増額理由として付け足すことはできない。
この紹介を、11級という数字だけでほかの児童の事故へ当てはめることはできない。一方で、家族の固有慰謝料について「重い等級の上位数級しか検討できない」とする説明も適切ではない。具体的な傷害と家族の苦痛を確認する必要がある。
| 事例 | 家族固有分 | 比較する点 |
|---|---|---|
| 仙台地裁平成20年3月26日・併合6級 | 妻100万円 | 人格・家庭生活の変化、妻の負担と苦痛 |
| 名古屋地裁平成25年3月12日・併合4級 | 両親分を否定 | 介護の必要性と固有慰謝料を別に判断 |
| 名古屋地裁平成25年4月26日・自賠責併合11級 | 父母各50万円 | 児童の年齢、傷害・後遺障害の内容等 |
以上の3件は、原判決の関連する事実と判断理由を照合した比較である。各金額は当時の個別事案の評価であり、2026年の一般相場、等級ごとの家族向け料金表ではない。
第6 兄弟姉妹も親族名だけでは判断できない
判例INDEX002番・3頁は、さいたま地裁平成22年9月27日判決について、両親固有の慰謝料を認める一方、別居する弟の固有慰謝料を否定した例を紹介している。出典は交通事故民事裁判例集43巻5号1232頁、D1-Law判例IDは28174492である。
原判決(平成17年〔ワ〕第2605号・平成19年〔ワ〕第2606号、判例秘書L06550937)は、弟が将来介護する可能性を認定した一方、兄の渡米後は一時帰国時を除いて一緒に生活していなかったことを考慮し、弟の固有慰謝料を否定した。両親には、生命侵害の場合にも比肩すべき精神的苦痛があるとして各400万円を認めている。
これに対し、003番・4~5頁の大阪地裁平成23年10月5日判決(平成19年〔ワ〕第12968号、判例秘書L06650906)では、姉固有の慰謝料100万円を認めた。出典は交通事故民事裁判例集44巻5号1270頁、D1-Law判例IDは28180392である。原判決は、生命侵害の場合にも比肩し得る姉の精神的苦痛に加え、成年後見人として両親の家に通い、今後も介護に当たる精神的負担等を考慮し、民法711条に列挙された者と実質的に同視できる身分関係があると判断している。成年後見人という資格だけを理由に認めたわけではない。
この比較は、兄弟姉妹であるという名称だけで認容・否定を決めず、事故前後の生活関係と実際の関与を見る必要があることを示す。ただし、別居なら必ず不可、成年後見人なら必ず可という一般則ではない。親族関係、看護・介護、固有の苦痛について、その人自身の事実を整理することになる。
第7 家族自身の請求を検討する資料
1 請求する人ごとに事故前後を整理する
| 整理する事項 | 資料・確認する事実 |
|---|---|
| 本人の傷害と後遺障害 | 診療記録、診断書、認定結果、介護の必要性と内容 |
| 家族との生活関係 | 同居・別居、事故前の交流、生活上の役割、事故後の変化 |
| 看護・介護への関与 | 付添・介護の内容、頻度、時間、役割分担、支援サービス利用状況 |
| 家族自身への影響 | 仕事・家庭生活・健康への具体的影響、通院や相談の記録等 |
| 請求と提示額の内訳 | 本人分、家族固有分、介護費、既払金、過失相殺等を分けた一覧 |
家族全員の苦痛を一括して書くのではなく、父、母、配偶者、兄弟姉妹それぞれについて、何が起きたかを具体化する。本人に重い障害があることだけで、各人の固有請求まで説明し終えたことにはならない。
2 同じ出来事でも損害項目を分ける
仕事を休んで介護した事実は、介護の必要性・費用に関係するとともに、家族の生活の変化を示す場合がある。しかし、時間数や失った収入を、そのまま固有慰謝料の計算式にすることはできない。
子どもの事故では、本人の学校生活への影響と、親自身の精神的苦痛も分ける。子どもの交通事故慰謝料と併せて、本人の損害と家族の請求を整理することができる。
第8 示談前に確認すること
1 本人分と家族分の解決範囲を確認する
提示された慰謝料が本人分だけなのか、家族固有分も含んだものなのかを確認する。被害者本人の請求について家族が連絡窓口になっていることと、その家族自身が請求していることは別である。
示談書では、当事者、対象の請求権、各費目、清算条項の範囲を確認する。本人分と家族分を同時に解決する内容なのか、どの請求を残すのかを曖昧にしたまま署名しないことが大切である。
家族に対する認容額と、本人を含めた損害賠償総額を混同しないよう、交通事故の慰謝料の判決例と判断理由の読み方で、請求者・費目・最終額の区別も確認できる。
2 請求した慰謝料・認定額・主文額を分ける
| 判決・請求者 | 固有慰謝料の請求 | 固有慰謝料の認定 | 主文の支払額と内訳 |
|---|---|---|---|
| 仙台地裁・妻 | 300万円 | 100万円 | 110万円=慰謝料100万円+弁護士費用10万円 |
| 名古屋地裁平成25年3月・父母 | 各500万円 | 各0円 | 両親の請求を棄却 |
| 名古屋地裁平成25年4月・父 | 250万円 | 50万円 | 89万7500円=慰謝料50万円+転居費31万7500円+弁護士費用8万円 |
| 同・母 | 250万円 | 50万円 | 55万円=慰謝料50万円+弁護士費用5万円 |
| さいたま地裁・父母/弟 | 父母各800万円/弟300万円 | 父母各400万円/弟0円 | 父母各440万円。各40万円の弁護士費用を含む。弟の請求を棄却 |
| 大阪地裁・父母/姉 | 父母各700万円/姉500万円 | 父母各200万円/姉100万円 | 父母各220万円/姉110万円。各20万円/10万円の弁護士費用を含む |
この表の主文額は、家族各人に対する元本部分であり、被害者本人の損害賠償額や遅延損害金を含めた総額ではない。特に、名古屋地裁平成25年4月判決の父と母は、慰謝料は同額でも、父に転居費が認められたため主文額が異なる。「家族に認められた金額」だけを比べると、この違いを見落とす。
第9 出典と本記事の範囲
最高裁判決は、裁判所公式PDFの最高裁昭和33年8月5日第三小法廷判決の理由を確認した。
下級審の金額・事情は、第一法規「判例体系」編集部編、伊藤進編集協力『判例INDEX 後遺障害別に見る交通事故300判例の慰謝料算定』(第一法規、2020年1月20日初版)002番・3頁、003番・4~5頁、043番・53頁、051番・62~63頁、240番・283頁を参照し、上記5件について判例秘書の判決全文を取得して、事件番号、請求、関連する事実・判断理由、金額計算及び主文を照合した。各節の判例秘書番号と、同書に掲載されたD1-Law番号は別の識別子である。本記事は原判決の短い要約と比較であり、全文の転載ではない。
上訴・確定の状況は確認していない。個別事件の請求では、判決の事実関係と判断全体、現在の資料を確認した上で、家族自身の事情との違いを検討する必要がある。