第1 本記事の対象と結論
本記事は,個人情報取扱事業者が個人情報保護委員会(以下「委員会」という。)又は事業所管大臣に提出した個人データの漏えい等の報告書について,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)に基づく開示請求をした場合にどのような判断がされるかを,情報公開・個人情報保護審査会(以下「審査会」という。)の答申に即して整理するものである。
調査基準日は令和8年10月5日であり,答申は総務省ウェブサイトに掲載された公表答申書の本文で確認した。
結論として,特定の事業者と特定の事案を名指しした漏えい等報告書の開示請求に対しては,文書の存否自体を明らかにしない存否応答拒否(法8条)がされるのが通例であり,審査会も,当該事業者が漏えいの事実を公表していない事案では,存否応答拒否を妥当としている。
他方,審査会は,事実関係が「既に公表されているもの」であれば存否情報を公にしても当該事業者の正当な利益を害するおそれは認められないという判断枠組みを示しており,当該法人の側が自ら事実を明らかにしていた事案や,報道と法令上の届出義務から届出の事実が容易に推測できる事案では,存否応答拒否を取り消している。
もっとも,漏えい等報告書そのものについて,当該事業者による公表を理由に存否応答拒否を取り消した答申は,本記事の調査の範囲では見当たらなかった。
本記事のうち公表済み事案での主張の組立て(第6)は,類似の構造の答申から考えられる論証であり,その限りで留保を付して読む必要がある。
第2 漏えい等報告の制度
1 報告義務の対象と報告事項
(1) 報告の対象となる事態
個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」という。)26条1項本文は,個人データの漏えい等の事態であって個人の権利利益を害するおそれが大きいものとして個人情報保護委員会規則で定めるものが生じたときは,個人情報取扱事業者は,「当該事態が生じた旨を個人情報保護委員会に報告しなければならない。」と定めている。
委員会のウェブサイトによれば,この報告と本人への通知は,令和4年4月1日から義務となった。
個人情報の保護に関する法律施行規則(以下「施行規則」という。)7条は,報告の対象となる事態として,①要配慮個人情報が含まれる個人データの漏えい等,②不正に利用されることにより財産的被害が生じるおそれがある個人データの漏えい等,③不正の目的をもって行われたおそれがある行為による個人データの漏えい等,④「個人データに係る本人の数が千人を超える漏えい等が発生し、又は発生したおそれがある事態」の4つを定めている(いずれも「発生したおそれがある事態」を含む。)。
したがって,例えば会員千人超の名簿データを誤送信した場合には,要配慮個人情報や財産的被害のおそれがなくても,④により報告の対象となる。
(2) 報告の期限と報告事項
施行規則8条1項は,報告対象となる事態を知った後,速やかに,概要,漏えい等が発生した個人データの項目,本人の数,原因,二次被害又はそのおそれの有無及びその内容,本人への対応の実施状況,公表の実施状況,再発防止のための措置その他参考となる事項を報告しなければならないと定めている。
同条2項は,事態を知った日から30日以内(不正の目的をもって行われたおそれがある行為による事態は60日以内)に,これらの事項を報告しなければならないと定めている。
報告は,原則として電子情報処理組織を使用する方法により行う(同条3項1号)。
報告事項に「公表の実施状況」が含まれていることは,後記第6で述べるとおり,報告の事実が公表されることを制度が当然に予定していないとはいえないことを示す一つの手掛かりになる。
2 本人への通知と公表
個人情報保護法26条2項は,報告対象となる事態が生じた場合には,本人に対し,当該事態が生じた旨を通知しなければならないと定めている。
ただし,本人への通知が困難な場合であって,本人の権利利益を保護するため必要なこれに代わるべき措置をとるときは,この限りでない(同項ただし書)。
公表それ自体は法律上の一律の義務ではない。
もっとも,委員会の「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(平成28年11月(令和8年6月一部改正))は,3-5-2(漏えい等事案が発覚した場合に講ずべき措置)において,「なお、漏えい等事案の内容等に応じて、二次被害の防止、類似事案の発生防止等の観点から、事実関係及び再発防止策等について、速やかに公表することが望ましい。」としている(同ガイドライン58頁~59頁)。
また,同ガイドラインは,本人への通知が困難な場合の代替措置の例として事案の公表を挙げている(同ガイドライン70頁)。
3 報告が努力義務だった時期の答申との違い
令和4年3月までは,事業者の報告は,委員会の告示(平成29年個人情報保護委員会告示第1号)に基づく努力義務とされる場面があった。
令和3年度(行情)答申第265号は,当該事案の報告が告示第1号の3による努力義務であったことを前提に,「情報の漏えい等が発生したとしても報告がなされない場合も想定」されるとしつつ,具体的な会社名と事案を特定した請求であることから,存否情報は報告を要する程度の漏えい事案の発生の有無になると判断している(同答申書7頁~8頁)。
現在は,施行規則7条の事態に当たれば報告は義務であるから,報告対象となる事態が生じたことが分かれば,報告がされたことは法令の定めから推測しやすくなっている。
この点は,後記第5の2・3の答申が用いた,法令上の届出義務から届出の事実を推測するという論理と結び付く。
第3 開示請求をしたときの判断の枠組み
1 存否応答拒否(法8条)
法8条は,「開示請求に係る行政文書が存在しているか否かを答えるだけで、不開示情報を開示することとなるとき」は,行政機関の長は,当該行政文書の存否を明らかにしないで,当該開示請求を拒否することができると定めている。
漏えい等報告書の開示請求では,文書の存否そのものが,当該事業者が報告を要する漏えい等を起こしたかどうかを示してしまう。
令和6年度(行情)答申第895号は,請求の対象は「特定法人から委員会に提出された個人情報の漏えい等事案についての報告書を指すことが明らか」であるとした上で,その存否を明らかにすれば,報告を要する程度の個人情報漏えい事案が発生した事実の有無が明らかになると判断している(同答申書3頁)。
2 諮問庁が挙げる不開示情報
(1) 法5条2号イ(法人等の正当な利益)
諮問庁が最初に挙げるのは,法5条2号イの「公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの」である。
審査会は,存否情報について,事業者にとって一般に公にされたくない個人情報等の取扱いに関する内部管理態勢に係る機微な情報であり,公にすると「内部管理態勢等についての憶測を招き」,社会的地位を不当に低下させるなどして正当な利益を害するおそれは否定できないと判断してきた(令和3年度(行情)答申第265号・同答申書8頁,令和4年度(行情)答申第149号・同答申書7頁)。
(2) 法5条6号柱書き及びイ(事務の適正な遂行)
諮問庁は,あわせて法5条6号柱書き及びイ(監査,検査,取締り等に係る事務に関し,正確な事実の把握を困難にするおそれ等)を挙げることが多い。
しかし,審査会は,2号イに該当すると認めた事案では「同条6号柱書き及びイについて判断するまでもなく」として,6号の判断に立ち入らないことが多い(令和3年度(行情)答申第265号・同答申書8頁~9頁,令和6年度(行情)答申第624号・同答申書5頁)。
したがって,審査請求人の反論の中心は,2号イの「おそれ」の有無になる。
第4 存否応答拒否を妥当とした答申
1 答申の一覧
本記事で確認した,漏えい等報告書又はこれに関連する文書の存否応答拒否を妥当とした答申は,次のとおりである。
| 答申(答申日) | 諮問庁 | 対象とされた文書 | 公表についての扱い |
|---|---|---|---|
| 平成28年度(行情)答申第779号・第780号(平成29年3月6日) | 金融庁長官 | 特定期間に特定会社から提出された個人情報漏えい報告書 | 各社が漏えいの公表をした事実は認められず,存否情報は公になっていないと認定(7頁) |
| 令和2年度(行情)答申第405号(令和2年12月14日) | 金融庁長官 | 特定会社から提出された特定事案の個人情報漏えい等報告書 | 「既に公表されているもの」なら2号イに該当しないとの枠組みを示した上で,会社のウェブサイトに公表は無いと認定(13頁) |
| 令和3年度(行情)答申第265号(令和3年10月4日) | 個人情報保護委員会委員長 | 特定会社から提出された個人情報等漏えい等報告書等 | 同じ枠組みを「念のため」検討し,公表は無く,公表するかは会社の判断に委ねられていると認定(8頁) |
| 令和4年度(行情)答申第149号(令和4年7月21日) | 金融庁長官 | 特定金融機関に係る個人情報漏えい報告書 | 審査請求人は長期間公表されていないと主張したが,判断理由では公表の有無に触れずに2号イ該当を認定(2頁・7頁) |
| 令和6年度(行情)答申第624号(令和6年11月22日) | 個人情報保護委員会委員長 | 特定組合の個人情報保護法違反に関する委員会の指導・処分等の文書 | 存否情報は委員会による措置等の有無とされ,2号イ該当(5頁) |
| 令和6年度(行情)答申第867号(令和7年1月31日) | 個人情報保護委員会委員長 | 特定学校が委員会に提出した漏えい等事案に係る文書 | 学校のお詫びの掲載が主張されたが,委員会への報告に係る事項は公表されていないとの諮問庁の説明を採用(6頁・7頁) |
| 令和6年度(行情)答申第895号(令和7年2月7日) | 個人情報保護委員会委員長 | 特定法人に関する報告書(特定年度) | 公表の有無は論点になっていない(3頁) |
| 令和7年度(行情)答申第703号(令和7年12月12日) | 個人情報保護委員会委員長 | 特定法人に係る相談に対する対応に関する文書 | 相談があった事実の有無自体が2号イに該当(5頁) |
これらはいずれも,当該事業者が漏えいや報告の事実を公表していなかったか,公表の有無が争点にならなかった事案である。
2 審査会が示した判断枠組み
令和2年度(行情)答申第405号は,審査請求人の主張を受けて,「当該事実関係が既に公表されているもの,又は公表されていないが,法令・慣行上公表されなくてはならないものであれば,本件存否情報を公にしても,特定会社の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれは認められず,法5条2号イに該当しないものと考えられる」と述べた上で,会社のウェブサイトを確認して公表の事実が無いことを認定している(同答申書13頁)。
令和3年度(行情)答申第265号も同じ枠組みに立つが,その表現は「当該事実関係が既に公表されているもの,又は公表されていないが,法令・慣行上公表されなくてはならないものであれば,本件存否情報を公にしても,特定会社の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれは認められないものとも考えられる」というものであり,「念のため」検討するという位置付けである(同答申書8頁)。
同答申は,そのうえで「本件対象文書に係る事実関係については,既に公表されている情報とはいえず,かつ,法令・慣行上公表されなくてはならない情報とも認められない」と結論付けている(同頁)。
この枠組みを援用するときは,結論が妥当であった答申の中で示された一般論であることと,第265号の留保の表現を,そのまま引く必要がある。
3 漏えいの公表と委員会への報告の公表の区別
令和6年度(行情)答申第867号では,審査請求人が,学校のホームページに誤送信についてのお詫びが掲載されている旨を主張していた(同答申書2頁)。
これに対し,諮問庁は,理由説明書において,「委員会及び特定学校は個人情報漏えい事案の委員会に対する報告に係る事項を一切公表していない」と説明した(同答申書6頁。この部分は諮問庁の説明である。)。
審査会は,「委員会及び特定学校は、本件存否情報を公表していない旨説明するところ、これを覆すに足りる事情は認められない。」として,存否応答拒否を妥当とした(同答申書7頁)。
この答申からは,事業者が漏えいの発生を公表していても,委員会に報告したことまで公表していなければ,存否情報(報告の有無)は公表されていないと扱われ得ることが分かる。
公表済み事案で存否応答拒否を争う場合には,公表された事実が,存否情報として定義された事実(漏えいの発生か,報告の提出か)のどこまでを覆っているかを確かめる必要がある。
4 請求人の個別事情は考慮されない
令和2年度(行情)答申第405号では,審査請求人が,漏えいの事実は会社側も認めており,漏えいした書類の写しも手元にあると主張した。
審査会は,「法は,何人にも等しく情報の開示請求権を認めるものであり,開示・不開示の判断に当たっては,開示請求の理由や利用の目的等の個別的事情は考慮されないものである」として,この主張を採用しなかった(同答申書13頁)。
請求人自身が漏えいの被害者であるという事情は,法に基づく開示請求では,存否情報が公になっているかどうかの判断に直結しない。
第5 存否応答拒否を取り消した答申(類似の構造)
1 当該法人の側が自ら事実を明らかにしていた場合
(1) 令和5年度(行情)答申第798号
消費者庁長官が,特定法人に対する指導の内容に関する文書等について存否応答拒否をした事案である。
審査会事務局が確認したところ,原処分の時点で,特定法人の破産管財人がウェブサイトで,特定法人が預託法違反の指摘を受けていたことを明らかにしていた。
審査会は,「特定法人が預託法違反の指摘を受けていることを自ら明らかにしていることを踏まえると,特定法人が本件対象文書の存否を秘匿すべき事情があるとは認められないから,本件対象文書の存否を明らかにしても,特定法人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるとは認められない。」と判断した(同答申書8頁~9頁)。
同答申は,法5条6号イについても,存否を明らかにしても「特定法人に対する具体的な調査活動の内容や調査の手法,着眼点等につながるような情報までもが明らかになるというものではない」として該当性を否定し,存否応答拒否を取り消すべきであるとした(同答申書9頁)。
(2) 令和4年度(行情)答申第519号
厚生労働大臣が,特定の国会議員とのやり取りが分かる文書について存否応答拒否をした事案である。
当該議員が,開示請求の時点で既に公開されていた動画の中で,厚生労働省の職員から説明を受けた状況を発言していた。
審査会は,「本件存否情報は,既に明らかになっていたものであり,慣行として公にされ,又は公にすることが予定されている情報であると認められ」るとして法5条1号ただし書イに該当するとし,存否応答拒否を取り消すべきであるとした(同答申書4頁~5頁)。
2 報道と法令上の届出義務から届出の事実が推測できる場合
(1) 平成30年度(行情)答申第259号
金融庁長官が,特定法人(保険会社)が提出した不祥事件等届出書等について存否応答拒否をした事案である。
特定法人は公式発表をしておらず,ウェブサイトにも記載は無かったが,元社員の逮捕と会社による告訴が新聞で報道されていた。
審査会は,「特定法人において本件不祥事件等に係る公式発表を行っていないとしても,特定法人において本件不祥事件が発生したことを知り,平成27年度中に本件不祥事件等届出書等を金融庁へ届け出ていることは,容易に推測することができる。」とし,届出の事実の有無を開示しても,特定法人の正当な利益を害するおそれが新たに生じるとまではいい難いとして,存否応答拒否を取り消すべきであるとした(同答申書5頁)。
(2) 平成30年度(行情)答申第102号
国税庁長官が,国税局査察部が作成した特定法人に関する文書について存否応答拒否をした事案である。
審査会は,「検察当局による強制捜査が行われていることが公表されている以上,これに伴い又はこれに先行して国税犯則調査が行われた事実の有無,すなわち,本件存否情報を開示したとしても,特定法人の事業活動において新たに当該法人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれが生じるとまではいい難く」として,存否応答拒否を取り消すべきであるとした(同答申書6頁)。
3 本人が保有個人情報の開示を請求した場合
(1) 令和7年度(行個)答申第43号
個人情報保護法76条1項に基づき,保険会社が金融庁長官に提出した不祥事件届出書に記録された本人の保有個人情報の開示を請求した事案である。
審査会は,保険業法上,保険会社は不祥事件の発生を知ったときは届け出なければならないとされていることなどを考慮し,「審査請求人は、特定法人から金融庁長官に対し当該事故についての不祥事件届出書が提出されたのを知っていることが推認されるというべきである。」として,存否応答拒否(同法81条)を取り消すべきであるとした(同答申書5頁~6頁)。
(2) 令和7年度(行個)答申第5003号
特定法人から国土交通省に伝えられた本人の保有個人情報について存否応答拒否がされた事案である(旧行政機関個人情報保護法の規定に基づく開示請求である。)。
特定法人が審査請求人に対し国土交通省に伝えている旨を連絡しており,審査会は,その事実は審査請求人にとって既知の情報であるとして,存否応答拒否を取り消すべきであるとした(同答申書28頁~29頁)。
これらは,請求人本人が既に知っている事情を考慮できる保有個人情報の開示請求の答申であり,何人も同じ判断を受ける法に基づく開示請求とは枠組みが異なる。
もっとも,漏えいの対象となった本人が,自己の保有個人情報が記録されているかどうかを確かめる手段としては,検討する価値がある。
4 報告書を特定して一部開示した例
平成30年度(行情)答申第225号は,特定法人が旧個人情報保護法32条に基づき経済産業省に提出した「当社お客様情報の漏えいに関する調査結果と今後の再発防止策について」等の報告書について,処分庁が文書を特定して一部開示決定をした事案であり,審査会はその一部をさらに開示すべきであるとした(同答申書1頁)。
漏えい等の報告書であっても,存否を伏せずに文書を特定し,記載内容ごとに不開示情報該当性を判断する処理がされた例があることが分かる。
第6 公表済み事案での主張の組立て
1 存否情報が何と定義されているかを確かめる
最初に,原処分の通知書と諮問庁の理由説明書が,存否を答えることで明らかになる情報を何と定義しているかを確かめる。
報告書が提出された事実の有無と定義されているか,漏えい事案が発生した事実の有無まで広げられているかによって,公表済みの事実との対応関係が変わる。
前記第4の3のとおり,漏えいの発生の公表と,委員会への報告の公表は区別され得る。
2 公表の事実を資料で示す
当該事業者のプレスリリース,ウェブサイトの掲載文,報道記事(事業者への取材に基づくものか,捜査機関等の第三者の発表に基づくものか)を,日付とURLが分かる形で印刷し,意見書の資料として提出する。
令和2年度(行情)答申第405号や令和5年度(行情)答申第798号では,審査会事務局が答申の時点で当該事業者等のウェブサイトを確認して公表の有無を認定しているから,公表文が後に削除されると確認できなくなるおそれがある。
意見書の書き方と資料の付け方は,情報公開・個人情報保護審査会への意見書の書き方と提出方法で整理している。
3 法令上の報告義務から報告の事実を推測できることを示す
公表された事態が施行規則7条の各号(特に4号の本人の数が千人を超える場合)に当たるなら,事業者は委員会への報告を義務付けられている。
平成30年度(行情)答申第259号及び令和7年度(行個)答申第43号は,報道や本人の認識に加えて,法令上の届出義務を考慮して届出の事実を推測できるとしたものであり,同じ論理を漏えい等報告に当てはめることが考えられる。
事業者自身が委員会に報告したことまで公表しているなら,推測を介さずに,報告の事実そのものが公表されていると主張できる。
4 法5条2号イの「おそれ」について反論する
(1) 新たな不利益が生じないこと
平成30年度(行情)答申第259号・第102号は,既に公になっている事実を前提に,存否情報を開示しても正当な利益を害するおそれが「新たに」生じるとまではいい難いと判断している。
事業者自身が漏えいを公表し謝罪しているのに,諮問庁が文書の存否を答えたことによって新たな憶測が生じるとはいい難い,という形で反論を組み立てることが考えられる。
(2) 報告は法令上の義務の履行であること
報告対象となる事態で報告をしたことは,法令上の義務を履行した事実にすぎない。
報告の事実が明らかになることが内部管理態勢についての否定的な憶測を生むという諮問庁の論理に対しては,報告の存在はむしろ法令に従った対応を示すものであると反論することが考えられる。
(3) 委員会自身のガイドラインとの整合
委員会のガイドライン(通則編)3-5-2は事実関係及び再発防止策等の公表を「望ましい」としており,施行規則8条1項は報告事項に「公表の実施状況」を含めている。
公表が望ましいとされている事実について,その存否の回答が直ちに事業者の正当な利益を害するという主張は,委員会自身の指針と整合しにくい。
ただし,ガイドラインの表現は「望ましい」であって義務ではないから,公表されていない事案で公表されるべきであったと主張する根拠に用いることには限界がある(令和3年度(行情)答申第265号は,公表の要否は会社の判断に委ねられているとした。)。
(4) 「競争上の地位」の当てはまり
事業者が,法律によって設立が義務付けられた団体や強制加入の団体のように,市場で他の事業者と競争する立場にない場合には,「競争上の地位」が害されるという主張の当てはまりも問題になる。
もっとも,2号イは「その他正当な利益」も含むから,この点だけで結論が決まるわけではない。
5 法5条6号柱書き及びイについて反論する
諮問庁は,報告の存否を明らかにすると,報告義務者が今後委員会に対して非協力的又は消極的な態度をとる可能性があると主張することがある。
しかし,個人情報保護法26条1項の報告は法的義務であり,その違反は委員会による勧告及び命令の対象とされ(同法148条1項・3項),委員会は報告徴収及び立入検査の権限も有する(同法146条1項)。
報告義務者が報告をしないことを選べる立場にない以上,非協力のおそれは抽象的な想定にとどまると反論することが考えられる。
また,令和5年度(行情)答申第798号のとおり,存否を明らかにしても調査の手法や着眼点まで明らかになるわけではないことも指摘できる。
6 限界
事業者の公表が漏えいの発生だけで委員会への報告に触れていない場合は,令和6年度(行情)答申第867号の型で不利に判断されるおそれがある。
また,存否応答拒否が取り消されても,報告書の記載内容は,改めて法5条各号の該当性が判断される(前記第5の4)。
公表されている範囲(漏えいの項目,人数,原因,再発防止策等)と,報告書の記載とを対応させて,公表済みの部分の開示を求めることになる。
第7 事業者と本人にとっての実務上の示唆
事業者にとっては,公表文に委員会への報告の事実まで書くかどうかによって,後に第三者から報告書の開示請求があった場合の扱いが変わり得る。
前記第4の3の答申からすると,漏えいを公表しても報告の事実を公表していなければ,存否応答拒否が維持される余地があり,逆に報告の事実を公表していれば,存否を伏せる理由は乏しくなると考えられる。
漏えいの対象となった本人にとっては,法に基づく開示請求のほか,個人情報保護法76条1項に基づく保有個人情報の開示請求も選択肢になる。
後者では,前記第5の3のとおり,本人が既に知っている事情が考慮されて存否応答拒否が取り消された答申がある。
ただし,漏えい等報告書に本人の個人情報が記録されているとは限らないから,請求の対象をどう特定するかは事案ごとに検討を要する。
第8 関連記事
行政機関等に対する情報公開請求の基礎——対象外の書類,審査会,情報公開訴訟,公文書管理法
情報公開・個人情報保護審査会への意見書の書き方と提出方法
情報公開の答申を調査・引用する方法―公表答申書,頁番号,判断主体及び射程の確認
タイムズカー約660万アカウントの個人情報漏えいから考える本人通知
外部委託先で個人情報が漏えいした場合の委託元の対応―報告,本人通知及び委託先監督
第9 出典
1 法令
①行政機関の保有する情報の公開に関する法律5条・8条(e-Gov法令検索)
②個人情報の保護に関する法律26条・76条・81条・146条・148条(e-Gov法令検索)
③個人情報の保護に関する法律施行規則7条・8条(e-Gov法令検索)
2 個人情報保護委員会の指針・解説
①個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(平成28年11月(令和8年6月一部改正))58頁~59頁・70頁
②個人情報保護委員会「漏えい等報告・本人への通知の義務化について」
3 情報公開・個人情報保護審査会の答申
①平成28年度(行情)答申第779号・第780号(平成29年3月6日,諮問庁・金融庁長官)
②平成30年度(行情)答申第102号(平成30年6月11日,諮問庁・国税庁長官)
③平成30年度(行情)答申第225号(平成30年9月13日,諮問庁・経済産業大臣)
④平成30年度(行情)答申第259号(平成30年10月15日,諮問庁・金融庁長官)
⑤令和2年度(行情)答申第405号(令和2年12月14日,諮問庁・金融庁長官)
⑥令和3年度(行情)答申第265号(令和3年10月4日,諮問庁・個人情報保護委員会委員長)
⑦令和4年度(行情)答申第149号(令和4年7月21日,諮問庁・金融庁長官)
⑧令和4年度(行情)答申第519号(令和5年2月13日,諮問庁・厚生労働大臣)
⑨令和5年度(行情)答申第798号(令和6年3月22日,諮問庁・消費者庁長官)
⑩令和6年度(行情)答申第624号(令和6年11月22日,諮問庁・個人情報保護委員会委員長)
⑪令和6年度(行情)答申第867号(令和7年1月31日,諮問庁・個人情報保護委員会委員長)
⑫令和6年度(行情)答申第895号(令和7年2月7日,諮問庁・個人情報保護委員会委員長)
⑬令和7年度(行個)答申第43号(令和7年6月25日,諮問庁・金融庁長官)
⑭令和7年度(行個)答申第5003号(令和7年11月5日,諮問庁・国土交通大臣)
⑮令和7年度(行情)答申第703号(令和7年12月12日,諮問庁・個人情報保護委員会委員長)