メインコンテンツへスキップ
       

人事評価・能力等級の引下げと賃金減額―懲戒降格との違い,根拠規程と裁量審査(AI作成)

第1 賃金を下げる前に,何を変更するのかを分ける

1 本記事の対象と結論

「評価が低いので給与を下げたい」「管理職を外れたので基本給も下がる」「降格に納得できない」という相談では,まず,評価,能力等級・職能資格,役職及び懲戒処分のうち,何が変更されたのかを特定する必要がある。

同じ「降格」という言葉でも,既存の評価制度に従って等級を下げること,部長等の役職を解くこと,非違行為の制裁として資格や役職を下げることでは,根拠と審査する事情が異なる。人事措置が有効であることと,その措置によって賃金の特定の項目を減額できることも,分けて検討する必要がある。

本記事の結論は,規程と契約を確認し,評価を裏付ける資料を検証した上で,変更される等級・職務と賃金との関係をたどることである。制度自体の不利益変更と,既存制度に基づく個別査定を混同せず,労働基準法91条の減給制裁の問題と,評価降給の問題も分ける。

調査基準日は令和8年10月3日である。本記事は,民間企業の労働契約を主な対象とする。地方公務員の降任・降給・懲戒は,地方公務員法や条例等による別の検討を要する。

2 四つの類型と賃金へのつながり

人事評価では,目標,成果,行動等についての評価結果を確認する。賃金との関係では,低評価を賞与や昇降給に反映する規程があるかを確認する。

能力等級・職能資格の引下げでは,資格・等級制度における位置付けの変更を確認する。賃金との関係では,引下げの権限・条件と等級別給与の定めが結び付くかを確認する。

役職の解任では,部長・課長等の職務,権限及び責任の変更を確認する。賃金との関係では,役職手当の支給要件と基本給の決め方を別に確認する。

懲戒降格では,非違行為に対する制裁としての資格・役職の変更を確認する。賃金との関係では,懲戒の種別・事由,処分の相当性及び減給制裁の実質を確認する。

これらは常に別々に行われるとは限らない。役職解任に等級引下げが伴う場合も,懲戒と人事上の措置が同じ時期に行われる場合もある。その場合でも,各措置の根拠と効果を一つずつ示すべきである。

例えば,役職手当が当該役職を担うことを支給要件としている場合と,基本給が役職とは別の職能資格によって決まる場合とでは,役職を外したときの給与への影響が違う。「役職を外す権限がある」という説明だけで基本給の引下げまで導くことはできない。名称ではなく,実際の職務と契約・規程の内容を確認することが出発点となる。

第2 等級と給与を結び付ける根拠を確認する

1 契約,等級規程,給与規程を一緒に読む

労働契約法7条は,合理的な労働条件を定めた就業規則を労働者に周知させていた場合に,その内容が労働契約の内容となることを定めている。個別に異なる労働条件を合意した部分についてのただし書もあるため,就業規則だけでなく,雇用契約書や採用時の条件を確認する必要がある。

同法8条は,「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」と定める。ただし,既存の契約上の制度に従って給与を決定する場面と,その制度や契約上の給与額を新たに変更する場面とを先に見分けなければならない。

等級を下げれば給与も下がると説明する場合は,少なくとも,①どの労働者にどの制度を適用するか,②どの条件で誰が等級を変更できるか,③変更後の等級から基本給・手当等をどう計算するか,④いつから適用するか,を確認する。等級規程に引下げの定めがあっても,給与規程との接続が明らかでなければ,予定する減額の根拠は別に検討する必要がある。

給与明細の支給総額だけを見ると,基本給の変更,役職手当の終了,賞与査定,欠勤控除等が混ざることがある。人事担当者は,各項目について変更前後の額,計算式及び根拠条項を一覧にし,決裁前に法務担当者と確認することが考えられる。

2 制度の新設・改定と個別査定を分ける

従来から年1回の評価で等級を見直し,その等級に対応する給与を支払う制度がある場合には,制度の拘束力と,今回の評価・等級決定がその制度に従っているかが問題となる。

これに対し,降格を予定していなかった制度に新たな引下げ条項を加える場合や,同じ等級でも基本給が低くなる給与表へ改める場合は,制度自体の変更による不利益を検討する必要がある。「査定」と呼んでいても,実際には給与制度を変更していれば,既存制度の運用として説明するだけでは足りない。

実務では,評価対象期間,評価基準の制定・改定日,周知日,等級決定日及び賃金への適用日を日付順に並べる方法が有用である。特定の社員の評価に合わせて後から基準を作ったのか,評価期間開始時に示された基準を適用したのかによって,説明すべき問題が変わる。複数の規程の版がある場合は,対象年度の規程を保存する。

3 組合の同意と変更の合理性は別に検討する

労働契約法9条は,合意のない就業規則による不利益変更を原則として禁止し,10条の場合を例外とする。10条による変更には,変更後の規則の周知と,労働者の不利益の程度,変更の必要性,内容の相当性,労組等との交渉状況その他の事情に照らした合理性が必要である。

労働基準法90条が定める過半数労組又は過半数代表者の意見聴取は,個々の労働者の同意とも,労働契約法10条の合理性判断とも異なる。意見書を添えて届け出たことだけで,不利益変更の効力まで確定するわけではない。

厚生労働省の労働契約法施行通達は,合理性を基礎付ける事実の主張立証責任を使用者側が負うと説明している。また,労組が同意していても,特定の層の労働者が大きな不利益を受けることや,経過措置・救済の有無を検討する必要があることを,関連する最高裁判例とともに示している。

会社が制度を改める場合は,全体の平均的な減額率だけでなく,対象層ごとの減額幅,続く期間,代償措置及び経過措置を確認すべきである。組合の同意書は交渉経過を示す資料の一つとなるが,その一枚で検討を終えない。

第3 低評価を裏付ける事実と手続を確認する

1 評価結果から元の業務記録へ戻る

評価に判断の余地がある場合でも,評価シートに低い点数が記載されているだけでは,その評価を正当化する事情は分からない。どの期間の,どの業務について,どの基準に照らした判断なのかをたどる必要がある。

評価の裁量を問題にする場面でも,契約上の権限の範囲,規程の条件,前提事実の正確さ及び具体的な判断理由を切り分けて検討する。後記の野村総合研究所事件では,制度の根拠だけでなく,具体的な成績と評価手続も判断の資料となっている。評価者の裁量を認めることと,どのような判断でも許されることは,同じではない。

目標の達成状況,担当業務,成果物,顧客や社内の指摘,指導内容及び本人の説明を照合する。数値目標を使う場合は,本人に与えられた案件・権限・人員等の条件も確認する。抽象的な「協調性不足」「期待に届かない」という説明は,具体的な言動や職責との関係を示すことで,検証できる形になる。

比較評価では,役割や評価期間の異なる社員の点数を単純に並べない。比較できる範囲を明らかにし,他の社員の個人情報にも配慮する必要がある。具体的な資料の集め方は会社の制度と業務によるが,後から都合のよい記録だけを選ぶことを避け,評価時に用いた資料を保存することが重要である。

2 説明・意見提出・再評価の機会を設ける

評価を下げる理由,どの等級基準を満たしていないと判断したか,給与への影響及び適用日を本人に説明し,事実の誤りを指摘する機会を設けることが考えられる。再評価を行う場合は,誰が,何を確認し,いつまでに回答するかも示すとよい。

これは,全ての評価降格について法律が同一の面談回数や再評価手続を要求しているという意味ではない。契約・規程で定めた手続は確認する必要があり,さらに説明や再評価の仕組みは,判断の根拠と手続の適正を確かめるための実務上の方法となる。

本人が意見書を出したときは,提出を受け付けたことと,内容を検討したことを分けて記録する。誤った売上額,未完了と扱われた完了済み案件,担当外の作業の失敗等が指摘された場合は,元資料を確認し,採否と理由を残す。評価者の説明と当時のメールが食い違う場合も,そのまま処遇決定へ進めず,矛盾を解消する必要がある。

3 再評価と改善指導を混同しない

再評価は,既に行った判断の基準・事実・計算等が適切であったかを見直すものである。改善指導は,今後どの業務をどの水準で遂行するかを明確にするものであり,目的が異なる。

今後の改善計画を示したからといって,過去の査定の誤りが解消されるわけではない。他方で,過去の評価の争いがあることだけで,今後の目標設定を行えないわけでもない。両者の資料と回答を分けることが,話合いを進めるために有用である。

第4 野村総合研究所事件が示す評価降格の検討

1 規程と評価の運用を合わせて判断した事案

東京地裁平成20年12月19日判決(平成18年(ワ)第19368号,野村総合研究所事件)は,上級専門職の降格に伴う賃金差額等が争われた事案である。判例秘書の掲載判決本文(L06332761)で確認した範囲による。

本件には,年1回の考査による昇降格と,等級別給与を結び付ける給与規程11条1項があった。裁判所は,制度の合理性,組合との協議・同意,自己評価,上司との面談,説明,意見提出・再評価の機会及び各年度の具体的成績等に基づき,争われた3回の降格とそれに伴う降給を有効とした。

本判決から実務に取り入れるべき点は,等級引下げの根拠と給与への効果を確認し,制度の運用と具体的な評価資料を合わせて検証することである。「規程があれば下げられる」「組合が同意したので個別評価も適法である」という一段だけの説明にはできない。

2 判決の時点と,当事者の主張に注意する

本件の給与規程新設は平成6年,降格は平成15年・16年・18年であり,労働契約法の施行日である平成20年3月1日より前の事実である。本判決を同法10条の直接適用例として紹介することは適切でない。現在の制度変更を検討する際は,前記第2の現行法に従って,周知と合理性を検討する必要がある。

また,掲載本文にある「違法な降給による差額請求は当該1年度に限られる」という趣旨の記載は,会社側の主張である。裁判所は本件の3回の降格を全て適法と判断しているため,この記載を,違法な降格による賃金差額の請求範囲についての一般的な判旨として引用しない。

掲載本文には省略部分があり,上訴・確定状況は今回の確認範囲では未確認である。本記事は,その限界の下で,確認できた制度と評価運用の判断を紹介するものである。

第5 懲戒降格と減給制裁を評価降給から分ける

1 処分名ではなく,措置の実質を見る

労働基準法91条は,減給制裁について,「その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。」と定める。1回の額と1賃金支払期の総額という二つの制限がある。

しかし,評価制度に基づく賃金の変動を,全て同条の制裁減給として扱うことはできない。反対に,「評価降給」と名付ければ,同条の問題が生じないわけでもない。業務の評価なのか,非違行為に対する制裁なのか,実際の職務と賃金をどう変えるのかを確認する必要がある。

制裁として職務を変更し,変更後の職務に対応する賃金とする場合と,従前の職務に従事させたまま賃金だけを減ずる場合の行政解釈等は,関連記事の「減給の制裁の上限と解釈例規」で扱っている。同条の適用の有無は,処分の名称だけで決めず,措置の目的と内容を確認するべきである。

2 減給額の上限と処分全体の相当性を分ける

懲戒として等級や役職を下げる場合は,懲戒の根拠と相当性を検討する。最高裁平成15年10月10日判決(フジ興産事件)は,懲戒の種別・事由をあらかじめ就業規則に定め,規則の内容を当該事業場の労働者に周知させる手続を採る必要があるとした。結論は原判決の破棄差戻しである。

労働契約法15条は,労働者の行為の性質・態様その他の事情に照らし,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当と認められない懲戒を,権利濫用として無効とする。

労働基準法91条の額の制限を受けない措置であることは,懲戒として当然に有効であることを意味しない。等級・役職の引下げで毎月の賃金が下がる場合には,減額の幅だけでなく,その状態が続く期間や回復条件も,不利益を把握するために確認する必要がある。

第6 決裁前・異議申出時にそろえる資料

1 会社側が減額前に確認すること

人事担当者は,労働契約,新旧の等級・給与規程,対象年度の評価基準,自己評価・上司評価,面談記録,元の業務資料及び給与の試算をそろえる。法務担当者は,類型,権限,規程と給与の接続,制度変更の有無及び説明・再評価手続を点検する。

決裁者には,変更前後の職務・等級・給与額,理由,適用日,本人の反論への対応,残る未確認事項を示す。根拠規程が不明である場合,大幅な減額が長く続く場合,制裁と評価が混在する場合,事実の矛盾が解消していない場合は,通知・減額の実施前に個別の法律相談へ切り替えることが考えられる。

この手順は,一律の法定様式を示すものではなく,判断と説明を可能にするための運用上の提案である。会社の規程が定める決裁や異議申出の期限も,併せて確認する。

2 労働者側が争う点を具体化すること

労働者側は,適用規程と評価理由を確認し,①制度の根拠・効力,②基準の適用,③評価の前提事実,④手続,⑤賃金計算のどこに問題があるかを分けるとよい。「不当である」という結論だけでなく,誤って記載された数値,評価から落ちた成果,説明と当時の記録の矛盾等を具体的に示すことが有用である。

賃金差額を検討する場合は,変更前の給与額を当然の基準と決めつけず,適用される契約・規程によって,本来支払われるべき項目と額を確認する。年度ごとに評価や規程が異なる場合は,その区別も必要である。請求の範囲や期間,訴訟での主張立証は,個別の資料をそろえて検討する必要がある。

第7 関連記事・出典

1 関連記事

2 法令・行政資料・裁判例