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差し押さえられた債権と相殺できるか―民法511条,債権取得時と弁済期(AI作成)

第1 差押命令が届いても,相殺が一律に禁止されるわけではない

1 誰の債権と誰の債務を相殺するのか

取引先Aに100万円を支払う義務があるBに,Aの債権者Cが申し立てた債権差押命令が届いたとする。
BがAに対して有する反対債権を使って支払義務を消滅させるのが,ここで扱う相殺である。
Bを第三債務者,Cを差押債権者といい,BのAに対する債権が自働債権,差し押さえられたAのBに対する債権が受働債権となる。

現行の民法511条は,差押え前に取得した債権による相殺を差押債権者に対抗できることを明示している。
差押え後に取得した債権でも,同条2項の要件を満たせば対抗できる。
ただし,反対債権があることと,現時点で相殺できることは別であり,弁済期その他の相殺要件も確認する。
本記事は令和8年10月3日時点の法令及び下記の裁判所公開判決を基準とする。

2 結論を分ける確認表

反対債権の取得・原因差押債権者への対抗根拠・注意点
差押え前に取得した相殺の要件を満たせば可能民法511条1項。両債権の弁済期の先後だけで排除されない
差押え後に取得したが,差押え前の原因に基づく同条2項により可能となり得る原因の内容・時期の立証が必要
差押え後に他人の債権を取得した同条2項による保護はない原債権の発生が古いというだけでは足りない
差押え後の新たな原因に基づいて取得した原則として対抗できない当事者間で清算できるかとCに対抗できるかを区別する

この表は通常の債権差押えについての整理である。
抵当権者の物上代位による賃料差押えでは,抵当権設定登記との先後が問題となるため,賃料債権への物上代位と相殺を併せて参照されたい。

第2 差押えの時と相殺適状の時を区別する

1 差押えの基準時

債権執行では,差押命令が第三債務者に送達された時に差押えの効力が生ずる(民事執行法145条5項)。
申立日や裁判所が命令を発した日と,Bに送達された日を取り違えない。
送達された命令の対象債権,金額,期間も確認し,対象外の債務と一括して扱わない。

2 差押え前の相殺適状は必須ではない

最高裁昭和45年6月24日大法廷判決(昭和39年(オ)第155号,民集24巻6号587頁)は,差押え前に取得した反対債権について,自働債権と受働債権の弁済期の前後を問わず,相殺適状に達すれば差押え後にも相殺できるとした。
同判決は,弁済期の先後を重視していた昭和39年12月23日大法廷判決の見解を,判示した限度で変更している。
したがって,「差押え時点で両債権の弁済期が到来していなければ相殺できない」という説明は正確ではない。

一方,自働債権の弁済期が未到来で,相殺適状にもない段階で,反対債権の存在だけを理由に支払を拒めるわけではない。
昭和45年判決でも,相殺適状に達することが前提となっている。
借入金の期限の利益喪失条項がある場合は,条項の文言,喪失事由の発生,通知の要否と到達を確認する。

第3 差押え後に取得した債権と民法511条2項

1 債権の発生時と原因の時は一致するとは限らない

民法511条2項は,差押え後に現実の債権を取得した場合でも,差押え前の原因に基づいて生じたものであれば,その債権による相殺を差押債権者に対抗できるとする。
契約書の作成日だけで結論を出さず,どの契約条項・法律関係から,どの事実を経て反対債権が発生したのかを示す必要がある。
例えば解除に伴う違約金であれば,契約締結,違約金条項の成立,解除原因,解除通知の到達,債権の発生を分けて確認する。

同項ただし書は,第三債務者が差押え後に他人の債権を取得した場合を除外している。
差押えを知った後で,Aに対する既存債権を第三者から買い取り,「元の原因は差押え前である」と主張しても,同項の保護は受けられない。

2 債権譲渡・倒産の規定とは別に検討する

債権譲渡についての民法469条2項には,同一契約に基づく債権を保護する規定があるが,民法511条2項に同じ文言があるわけではない。
また,破産法・民事再生法には,危機時期後の債権取得や債務負担を制限する独自の規定がある。
通常の差押えで対抗できることだけを理由に,倒産手続でも相殺できると判断してはならない。
それぞれ債権譲渡と相殺及び破産・民事再生における相殺で扱う。

第4 相殺の意思表示,金額及び経過措置

1 意思表示と計算書を残す

法定相殺は,一方から相手方に対する意思表示によって行う(民法506条1項)。
相殺に用いる債権の発生原因,元本,弁済期,利息・遅延損害金,受働債権の対象を特定し,相殺通知の到達を証明できる形にする。
差押えがある場面では,差押債権者にも対抗する内容と計算の根拠を伝え,取立請求への対応を明確にする。
相殺適状の時への遡及効と,差押債権者への対抗可能性は,別の要件として確認する。

差押え後にAとBが新たな清算合意をしたことだけで,Cの取立権を排除できるとは限らない。
昭和45年判決が認めた法定相殺と,差押え後の当事者間の処分行為を区別することが必要である。

2 令和2年4月1日前の原因がある場合

平成29年法律第44号附則26条3項は,施行日前の原因に基づいて生じた債権を自働債権とする,差押債権を受働債権とした相殺について,従前の例によるとしている。
相殺通知や差押命令が令和2年4月1日以後であっても,それだけで現行民法511条2項を適用できるとはいえない。
民法の附則を確認し,自働債権の原因の時期を時系列に入れる。

第5 相談・訴訟で準備する資料

①差押命令と第三債務者への送達日が分かる資料
②自働債権の契約書,注文書,請求書,債権譲渡書類及び発生原因を示す資料
③双方の弁済期,期限の利益喪失条項及び通知の資料
④支払履歴,元本・利息・遅延損害金と充当の計算書
⑤相殺通知と到達資料,差押債権者からの取立請求書

以上の資料を,「原因成立→債権取得→差押命令送達→相殺適状→相殺通知到達」の順に並べると,争点を特定しやすい。
差押命令への陳述,取立て及び配当の手続は,債権差押命令の申立てと取立て・配当の実務を参照されたい。
裁判で相殺を抗弁として主張する場合の既判力・別訴との関係は,相殺の抗弁と既判力で扱う。

第6 出典

①e-Gov法令検索・民法505条,506条,511条及び平成29年法律第44号附則26条
②e-Gov法令検索・民事執行法145条
③最高裁昭和45年6月24日大法廷判決・裁判所公開全文
④最高裁昭和39年12月23日大法廷判決(昭和36年(オ)第897号,民集18巻10号2217頁。変更前の判例として参照)