船荷証券には,運送人の本店所在地,船積港又は陸揚港の裁判所から運送人が一つを選ぶ旨の条項が置かれることがある。この条項を理由に日本の訴えを却下できるかは,合意の方式,有効性,専属性,選択の時期及び指定裁判所の管轄を順に検討する必要がある。本記事は令和8年9月28日現在の日本法を前提とする。
第1 管轄条項を読む順序
最初に,①対象となる一定の法律関係,②候補となる国・裁判所,③選択権者,④専属管轄か付加的管轄か,⑤選択の方法と期限,⑥指定裁判所が実際に裁判権を行使できるかを条項の文言から確認する。「訴えることができる」というだけでは専属性が明らかでない場合がある。他方,他の裁判所を排除する趣旨が文言と契約全体から明白なら,専属的合意と解され得る。
第2 民事訴訟法3条の7
民事訴訟法3条の7第1項は,当事者が合意により,いずれの国の裁判所に訴えを提起できるかを定められるとする。同条2項により,合意は一定の法律関係に基づく訴えについて,書面でしなければ効力を生じない。電磁的記録も書面とみなされる(同条3項)。指定された外国裁判所が法律上又は事実上裁判権を行使できないときは,外国裁判所を専属管轄とする合意を援用できない(同条4項)。日本の専属管轄に属する事件を外国裁判所に委ねることもできない(同法3条の10)。
最高裁判所第三小法廷昭和50年11月28日判決は,船荷証券の管轄約款について,当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示され,合意の存在と内容が明白であれば方式上足りるとした。また,外国裁判所だけを第一審の管轄裁判所とする合意は,日本の専属管轄事件でなく,指定裁判所がその外国法上管轄を有し,合意が著しく不合理で公序に反する等の事情がない限り有効であるとした。現在は3条の7の明文も踏まえて判断する。
第3 選択権付き条項
複数の候補地から運送人だけが選べる条項であっても,候補が客観的に特定され,いずれも運送契約と合理的関連を有し,運送人が恣意的に全く無関係の裁判所を指定できないなら,直ちに無効になるとは限らない。
東京地方裁判所平成20年9月24日判決(平成19年(ワ)第30011号)は,運送人が船荷証券所定の候補から台湾の裁判所を訴え提起後に選択し,本案前の抗弁として日本の訴えの却下を求めた事案で,その選択を是認して訴えを却下したと紹介されている。ただし,この判決は裁判所ウェブサイトに掲載されておらず,本記事では公刊資料・専門誌索引による確認である。
第4 選択時期と専属性
訴え提起後の選択を許すと,原告は提訴時にどの国で審理されるかを確定できず,除斥期間又は時効の経過後に外国での再提訴を強いられるおそれがある。そのため,条項の文言に期限がなくても,信義則,権利濫用,予測可能性及び実効的な裁判を受ける機会の観点から,選択時期に限界があるとの議論が成り立つ。
もっとも,前記東京地裁判決は訴え提起後の選択を認めたとされる。個別事件では,候補地の合理性,原告が条項を認識できたか,運送人がいつ選択を通知したか,外国で再提訴できるか,証拠と関係者がどこにあるかを具体的に主張する必要がある。選択権付き条項を一律に有効又は無効と扱うのは適切でない。
第5 出典
①e-Gov法令検索「民事訴訟法」3条の7,3条の9,3条の10。
②最高裁判所第三小法廷昭和50年11月28日判決(昭和46年(オ)第648号,民集29巻10号1554頁)。
③東京地方裁判所平成20年9月24日判決(平成19年(ワ)第30011号。裁判所ウェブサイト未掲載)。判決の概要は,流通経済大学リポジトリ掲載「物流問題研究58号」及び増田史子「選択権付国際裁判管轄条項」ジュリスト1442号120頁以下で確認した。
④経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」の国際裁判管轄合意の整理。