第1 この記事の対象と結論
1 この記事の対象
(1) 問題となる場面
亡くなった家族について,SNS,電子掲示板,ブログ又はニュースサイトに,死亡の経緯や生前の行動を書き込まれ,遺族がその削除や書込みをした者への責任追及を考えることがある。
本記事は,この場面で問題となる刑事上の扱いと民事上の扱いを,条文と裁判例に沿って整理する。
(2) 資料と基準日
法令は令和8年9月25日時点でe-Gov法令検索に掲載されている条文により確認した。
裁判例は,裁判所ウェブサイトに掲載されたものはその全文により,掲載されていないものは判例秘書に収録された全文により確認した。
下級審の判決は,いずれも控訴の有無及び確定の有無を確認していない。
2 結論
①刑事では,死者の名誉毀損罪は,虚偽の事実を摘示した場合に限って処罰される(刑法230条2項)。
②民事では,死者自身の名誉について遺族が権利を行使する法律上の根拠は乏しく,裁判例は,遺族自身の故人に対する敬愛追慕の情という人格的利益の侵害として判断している。
③敬愛追慕の情の侵害が違法となるかは,死亡からの時間,摘示された事実の真偽,投稿の目的・態様等を総合して,受忍限度を超えるかで判断されている。
④遺族自身の名誉,名誉感情又はプライバシーが侵害されている場合は,敬愛追慕の情によらずに削除や発信者情報開示が認められた例がある。
第2 刑事上の扱い―死者の名誉毀損罪
1 条文
(1) 刑法230条
刑法230条1項は,公然と事実を摘示して人の名誉を毀損した者を,その事実の有無にかかわらず処罰すると定める。
これに対し,同条2項は,「死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。」と定める。
したがって,故人について真実の事実を摘示しただけでは,死者の名誉毀損として処罰されることはない。
(2) 刑法230条の2との関係
刑法230条の2は,公共の利害に関する事実について真実であることの証明があったときは罰しないと定めるが,その対象は「前条第一項の行為」である。
死者の名誉毀損は,虚偽の事実を摘示した場合でなければ処罰されないから,真実であることの証明によって処罰を免れるという刑法230条の2の仕組みとは前提が異なる。
2 告訴
名誉毀損罪は親告罪であり,告訴がなければ公訴を提起することができない(刑法232条1項)。
刑事訴訟法233条1項は,「死者の名誉を毀損した罪については、死者の親族又は子孫は、告訴をすることができる。」と定める。
親告罪の告訴は,犯人を知った日から6か月を経過したときはすることができないとされている(刑事訴訟法235条本文)。
第3 民事上の扱い―遺族の敬愛追慕の情
1 死者自身の名誉と請求権者
(1) 東京高等裁判所昭和54年3月14日判決
東京高等裁判所昭和54年3月14日判決(昭和52年(ネ)第1829号,高裁判例集32巻1号33頁)は,死者の名誉ないし人格権について,刑法230条2項及び著作権法60条がこれを肯定し,一般私法の分野でも不法行為成立の可能性を肯定すべきであるとした。
もっとも,同判決は,何人が民事上の請求権を行使し得るかについては規定がなく,「結局その権利の行使につき実定法上の根拠を欠くというほかない。」とした。
(2) 遺族固有の人格的利益として構成したこと
そのうえで,同判決は,本件の請求を,死者に対する名誉毀損行為により遺族自らが精神的苦痛を被ったとして遺族に対する不法行為を主張するものと解し,「故人に対する遺族の敬愛追慕の情も一種の人格的法益としてこれを保護すべきものであるから、これを違法に侵害する行為は不法行為を構成するものといえよう。」とした。
同判決は,遺族の敬愛追慕の情は時の経過とともに軽減していくものであり,年月を経るに従い歴史的事実探求の自由や表現の自由への配慮が優位に立つとも述べ,死後44年余を経た出版物については,違法性を肯定するには少なくとも摘示された事実が虚偽であり,かつ重大であることなどを要するとしたうえで,記述が虚偽の事実であるとは認められないとして,請求を棄却した。
2 違法性の判断要素
(1) 虚偽の事実に限られないとした判決
東京地方裁判所平成23年6月15日判決(平成22年(ワ)第5613号,判例秘書L06630326)は,死者の名誉を毀損する行為が遺族の敬愛追慕の情を受忍限度を超えて侵害するかは,死亡後の期間,死者と遺族との関係,行為の目的・態様,摘示事実の性質,その真否,真実と信ずるについての相当な理由の有無等を総合考慮して判断すべきであるとした。
そして,「死者の名誉を毀損する行為が不法行為となるのは,必ずしも虚偽の事実を摘示して死者の名誉を毀損した場合に限られるものではないというべきである。」とした。
(2) インターネット上の投稿についての判断要素
東京地方裁判所令和5年6月9日判決(令和2年(ワ)第12774号)は,ブログやツイッター等への投稿が問題となった事案で,遺族が故人に対し有している敬愛追慕の情は一種の人格的利益として保護に値するとした。
同判決は,違法性の有無を,次の事情を総合考慮し,遺族の人格的利益の侵害が受忍限度を超えるといえるかにより判断するとした。
①故人の死亡時から名誉毀損行為時までに経過した時間の長短
②摘示された事実が虚偽であるか否か及び行為者が虚偽であることの確定的認識を有していたか否か
③摘示された事実の内容
④名誉毀損行為の目的,態様及び必要性
⑤故人の社会的地位及び遺族と故人との関係
第4 インターネット上の投稿をめぐる裁判例
1 敬愛追慕の情の侵害が認められた例
(1) 死亡直後に逮捕時の写真を掲載した例
前記東京地方裁判所平成23年6月15日判決は,夫を亡くした原告が,新聞社とニュースサイトの運営会社に損害賠償を求めた事案である。
同判決は,故人が関与を疑われた事件の被害者の母が報道各社に寄せたコメントを引用した記事本文の掲載については,原告の敬愛追慕の情を受忍限度を超えて侵害するものとは認めなかった。
他方で,約23年前の逮捕時に手錠をかけられた故人を撮影した写真を,死亡の2~3日後に2回にわたってニュースサイトに掲載したことについては,記事の内容に照らして掲載の必要性が認められないことなどから,原告の敬愛追慕の情を受忍し難い程度に侵害するものとして,新聞社と運営会社の共同不法行為を認め,公表1回ごとに慰謝料30万円と弁護士費用3万円を認めた。
(2) 運営会社の注意義務
同判決は,配信を受けた記事と写真を掲載したニュースサイトの運営会社についても,人の人格的利益を侵害するような写真が掲載されないよう注意すべき義務を怠ったとして過失を認めた。
2 敬愛追慕の情の侵害が否定された例
(1) 死亡から長期間が経過していた例
前記東京地方裁判所令和5年6月9日判決は,数十年以上前に交通事故で亡くなった原告の父について,青信号は確認せずに進んでよいという思い込みのもとで進んだことが死亡の原因であるとの事実を摘示した投稿について,故人の社会的評価を低下させる内容であると認めた。
しかし,死亡から長期間が経過していること,摘示された事実が虚偽であるか,投稿者が虚偽であることの確定的認識を有していたかがいずれも明らかでないこと,投稿が数回程度であることなどから,受忍限度を超えるとは認めなかった。
同判決は,原告自身に対する名誉毀損や名誉感情の侵害については,一部の投稿について不法行為を認めている。
(2) 投稿自体が立証されなかった例
大阪地方裁判所令和6年8月30日判決(令和3年(ワ)第11104号,令和5年(ワ)第323号)は,死亡した子に対する敬愛追慕の情がSNSへの投稿により侵害されたとする損害賠償請求について,証拠として提出された画像が捏造されたものである可能性を否定できず,投稿がされたこと自体を認めることができないとして,その余の点について判断するまでもなく請求を棄却した。
東京地方裁判所令和4年9月21日判決(令和4年(ワ)第2425号,判例秘書L07732697)は,亡くなった子を侮辱されたとして発信者情報の開示を受けた回線契約者を訴えた事案で,アカウントへのログインには被告の配偶者が契約する回線も使われており,同居する夫婦の間では一方の名義の回線を他方が使うことも通常であることなどから,被告が投稿した事実を認めず,請求を棄却した。
3 遺族自身の権利の侵害が認められた例
(1) 遺族自身の名誉と名誉感情
東京地方裁判所令和5年1月27日判決(令和3年(ワ)第7820号,判例秘書L07831246,判例タイムズ1517号133頁)は,刑事事件の被害者の遺族である原告らが,現職の裁判官が自身のSNSやブログに投稿した行為について損害賠償を求めた事案である。
同判決は,刑事判決が掲載されたウェブサイトのURLとコメントを投稿した行為については,専ら性的ないし猟奇的な事例を集積したウェブサイト等に投稿された場合には遺族として被害者を敬愛追慕しつつ平穏に生活する人格的利益を侵害するといい得るが,そのような事情は認められないとして,不法行為を認めなかった。
他方で,原告らについて「洗脳」という語を用いた投稿は,原告らの社会的評価を低下させ,名誉感情を受忍限度を超えて侵害するとして,原告ら各自に慰謝料20万円と弁護士費用2万円を認めた。
(2) 遺族自身の人格権を直接侵害するとした例
東京地方裁判所令和3年8月26日判決(令和3年(ワ)第6882号,判例秘書L07631011)は,原告の記事に対して,原告の亡父と原告を含む韓国にルーツを有する人々を出自のみを理由に差別する投稿がされた事案で,「本件投稿は,それが父親に対する原告の敬愛追慕の情をその受忍限度を超えて侵害するものであるか否かを問うまでもなく,原告の人格権を直接侵害するものであることが明らかである。」として,経由プロバイダに対する発信者情報の開示請求を認めた。
第5 削除請求と発信者情報開示
1 削除請求
(1) 遺族自身のプライバシーを理由に認められた例
東京地方裁判所令和5年4月14日判決(令和4年(ワ)第13086号,判例秘書L07830863)は,殺人事件の被害者の母である原告が,電子掲示板の運営者に対し,被害者の氏名等とともに事件を記載した投稿記事の削除を求めた事案である。
同判決は,被害者の死亡原因ないし死亡に至る経緯は第三者による興味本位の憶測や誹謗中傷を誘発する情報であり,現にそのような投稿が繰り返されていたことなどから,母である原告の私生活にも相当の影響を及ぼすとして,原告のプライバシーに属する事実に当たるとした。
そして,事件の発生から5年9か月以上が経過し,報道記事も削除されていることなどから,公表の公益性や必要性を基礎付ける事情は認められないとして,人格権に基づく削除請求を認めた。
(2) 敬愛追慕の情を理由とする削除が否定された例
東京地方裁判所令和6年3月25日判決(令和5年(ワ)第18709号,判例秘書L07932200)は,殺人事件の被害者の母である原告が,ツイッター(現在の名称はX)の運営会社に対し,被害者の実名を記載した投稿の削除を求めた事案である。
同判決は,投稿には原告と被害者との関係を示す記載がないことなどから,原告自身のプライバシーの侵害を認めなかった。
また,敬愛追慕の情の侵害を理由とする削除請求については,故人が存命であったとすれば同人の権利利益が一定程度侵害され,かつ,遺族の敬愛追慕の情が受忍限度を超えるほどに侵害される場合に削除請求が認められ得るという枠組みに当事者間で概ね争いがないとして,これを前提に検討した。
そのうえで,投稿が6年以上前に速報として拡散されたもので虚偽の事実を含まず,現在では新たな投稿に埋没して閲覧される可能性が著しく低いことなどから,受忍限度を超える侵害は認めなかった。
東京高等裁判所令和6年11月7日判決(令和6年(ネ)第2351号,判例秘書L07920568)も,同様の理由で控訴を棄却した。
(3) 両判決から読み取れること
二つの削除請求の結論が分かれたのは,投稿の場の性質,投稿の前後に誹謗中傷が繰り返されていたか,遺族と投稿内容との結び付き,経過期間等の事情が異なっていたためと考えられる。
削除を求める側では,故人についての記載だけでなく,遺族自身の私生活や社会的評価にどのような影響が生じているかを具体的に示すことになる。
2 発信者情報開示請求
(1) 条文
特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律(いわゆる情報流通プラットフォーム対処法)5条1項は,「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者」が,特定電気通信役務提供者に対し,発信者情報の開示を請求できると定める。
同項1号は,「当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。」を要件の一つとしている。
遺族が開示を求める場合も,故人の権利ではなく,遺族自身の権利が侵害されたことが明らかであることを示す必要があると考えられる。
(2) 開示後の立証
前記東京地方裁判所令和4年9月21日判決のように,開示された回線契約者が投稿者であるとは限らない。
前記大阪地方裁判所令和6年8月30日判決のように,出所の分からない画面画像だけでは投稿の存在自体が認められないこともある。
また,東京地方裁判所令和元年11月19日判決(令和元年(ワ)第20009号,判例秘書L07430970)は,ブログへの投稿について発信者情報の開示を求めた事案で,被告がそのブログサービスを管理し運営するものとは認められないとして請求を棄却しており,請求の相手方の特定も問題となる。
第6 遺族が確認しておきたい事項
1 投稿と経過の記録
①投稿のURL,投稿日時,投稿者の表示,前後の投稿及び拡散の状況を記録する。
画面を保存するときは,URLと表示日時が分かる形にし,投稿がされたことを後で立証できるようにする(第4の2参照)。
②故人の死亡日と投稿日との間隔を確認する。
③投稿が摘示する事実が真実か虚偽かを示す資料を集める。
2 侵害されている権利の整理
①故人についての記載が,遺族の敬愛追慕の情を受忍限度を超えて侵害するものか。
②遺族自身の氏名,社会的評価,名誉感情又は私生活に関する記載や影響があるか。
③刑事告訴を考える場合は,摘示された事実が虚偽であることと,告訴期間を確認する。
3 関連する記事
生存者についての名誉毀損・プライバシー侵害の民事上の要件は,名誉毀損・プライバシー侵害が民事上違法となる要件-判断順序と主要判例で整理している。
削除,発信者情報開示及び損害賠償の一般的な進め方は,SNSやネットで名誉毀損やプライバシー侵害があったときの法的対応で扱っている。
死者の医療情報と遺族の敬愛追慕の情に関する裁判例は,死者の医療情報の二次利用―個人情報保護法の対象外と最高裁令和8年2月20日判決の第7で扱っている。
故人の声や肖像を生成AIで利用する場合の遺族の敬愛追慕の情は,死後のパブリシティ権は相続・遺言の対象になるか-故人の声・肖像を生成AIで利用する場合で扱っている。
第7 出典
1 法令
①e-Gov法令検索・刑法(230条,230条の2,232条)
②e-Gov法令検索・刑事訴訟法(233条,235条)
③e-Gov法令検索・特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律(5条)
2 裁判例
①東京高裁昭和54年3月14日判決・昭和52年(ネ)第1829号・高裁判例集32巻1号33頁
②東京地裁平成23年6月15日判決・平成22年(ワ)第5613号・判例秘書L06630326(裁判所HP未掲載)
③東京地裁令和元年11月19日判決・令和元年(ワ)第20009号・判例秘書L07430970(裁判所HP未掲載)
④東京地裁令和3年8月26日判決・令和3年(ワ)第6882号・判例秘書L07631011(裁判所HP未掲載)
⑤東京地裁令和4年9月21日判決・令和4年(ワ)第2425号・判例秘書L07732697(裁判所HP未掲載)
⑥東京地裁令和5年1月27日判決・令和3年(ワ)第7820号・判例秘書L07831246・判例タイムズ1517号133頁(裁判所HP未掲載)
⑦東京地裁令和5年4月14日判決・令和4年(ワ)第13086号・判例秘書L07830863(裁判所HP未掲載)
⑧東京地裁令和5年6月9日判決・令和2年(ワ)第12774号
⑨東京地裁令和6年3月25日判決・令和5年(ワ)第18709号・判例秘書L07932200(裁判所HP未掲載)
⑩大阪地裁令和6年8月30日判決・令和3年(ワ)第11104号,令和5年(ワ)第323号
⑪東京高裁令和6年11月7日判決・令和6年(ネ)第2351号・判例秘書L07920568(裁判所HP未掲載)