第1 結論
ある事実を認めた時点では請求原因と直接関係しない間接事実であっても、その後に請求が追加又は変更されると、新しい請求の主要事実になることがある。この場合、以前の陳述が新しい請求との関係でも裁判上の自白として拘束力を持つかが問題となる。
結論を出すには、①いつ、どの手続で、どの文言を陳述したか、②陳述時と請求追加後の各訴訟物・要件事実、③相手方がその陳述を援用したか、④裁判上の自白に「陳述時に自己に不利益であること」を必要とするか、⑤相手方が証明不要との信頼を形成したか、⑥撤回原因があるかを順に確認する。
単に「一度認めたから撤回できない」とも、「当時は間接事実だったから自由に撤回できる」とも即断できない。事実の同一性、陳述の訴訟上の意味及び相手方の手続的信頼を具体的に分析する必要がある。
第2 裁判上の自白の対象と効果
民事訴訟法179条は、裁判所において当事者が自白した事実は証明を要しないと定めている。一般に、裁判上の自白が成立すると、相手方はその事実を証明する必要がなくなり、裁判所も当事者間に争いのない主要事実として扱う。
対象は具体的な事実である。法律関係の存否、法的評価、証拠の信用性に関する意見又は単なる抽象的評価は、それ自体として自白の対象にならない。陳述を切り取らず、準備書面の前後、認否の対象となった相手方の主張、期日調書及び釈明応答を併せて読む。
また、主要事実についての自白と、間接事実又は補助事実を認める陳述は区別される。間接事実についての陳述は証拠評価を拘束しないのが原則であるが、後に訴訟構造が変われば、同一の具体的事実が新請求の要件事実になることがある。
第3 請求の追加・変更で事実の役割が変わる
1 陳述時の位置付け
まず、従前の請求について訴訟物と要件事実を特定し、問題の事実が主要事実、間接事実又は背景事情のいずれであったかを確認する。答弁書で「認める」と記載されていても、何を認めたのかが抽象的であれば、自白の対象となる具体的事実を特定できない場合がある。
2 請求追加後の位置付け
次に、追加された請求の法律要件を分解し、以前に認めた事実がどの要件を基礎付けるかを示す。例えば、当初は契約上の請求だけが審理されていたところ、後に不法行為請求が追加されると、行為主体、故意・過失又は因果関係に関する事実の重要性が変わり得る。
3 事実の同一性
以前の陳述と相手方が新請求で援用する事実が本当に同一かを確認する。「関与した」「了承した」「受領した」などの表現は、時期、対象、行為態様及び認識内容を欠くことがある。新請求の要件事実として必要な具体性を備えなければ、以前の抽象的陳述をそのまま自白とすることはできない。
4 請求追加の時点
請求追加前に陳述が撤回されたか、相手方が援用する前か後か、裁判所が争いのない事実として整理したかを時系列で確認する。請求追加と同時に認否を整理し直す機会が与えられたかも重要である。
第4 先行自白と不利益要件
相手方が主張する前に、自らある事実を陳述し、後に相手方がこれを援用する場合は先行自白が問題となる。裁判上の自白を「相手方の主張と一致する自己に不利益な事実の陳述」と捉える見解では、後の援用によって自白が成立し得る。
他方、裁判上の自白を「相手方の主張する不利益事実を争わない旨の陳述」と捉える見解では、陳述時に自己に不利益な事実として認識されず、争う対象にもなっていなかった場合に、自白の成立を否定する余地がある。
請求の追加によって初めて不利益性が生じた場合、前者は事実の同一性と相手方の援用を重視し、後者は陳述時の争点と不利益性の認識を重視することになる。どちらの立場でも、相手方が証明活動を省略したか、争点整理で争いのない事実として扱われたかは、撤回制限の根拠を考える上で重要である。
裁判所公開裁判例の中には、抽象的な「保育への関与」が過失を基礎付ける具体性を欠く間接事実にとどまり、撤回前に相手方が援用していなかったことから、自白の成立を否定した下級審判決がある。これは事案判断であり、請求追加により事実の法的役割が変わる全場面を一律に解決するものではない。
第5 自白の撤回が許される場合
司法研修所の教材は、要件事実について成立した自白の撤回が許される場合として、①相手方の同意があるとき、②自白の内容が真実に反し、かつ錯誤によってされたとき、③刑事上罰すべき他人の行為によって自白したときを挙げている。
最高裁判例は、自白が真実に反することが証明された場合、特別の事情がない限り錯誤に基づくものと推認できるとした例がある。ただし、「今では不利になった」「法的評価を変えた」というだけでは、反真実と錯誤を示したことにはならない。
請求追加により主要事実化した場合は、そもそも以前の陳述について自白が成立したかという問題と、成立した自白を撤回できるかという問題を分ける。成立を否定する主張と、予備的に撤回要件を満たすとの主張を混在させず、段階を分けて記載する。
第6 実務上の主張整理
①問題の陳述を一字一句引用し、提出書面・期日・陳述の有無を特定する。
②陳述時の請求と追加後の請求について、要件事実表を二列で作る。
③以前の陳述が当時どの欄に位置し、追加後にどの欄へ移るのかを示す。
④事実の具体性、相手方の援用時期及び裁判所の争点整理を示す。
⑤自白成立を争う理由と、予備的な撤回理由を分ける。
⑥反真実を示す客観資料と、錯誤が生じた経緯を具体化する。
⑦相手方が証明を省略したか、手続上の不利益を受けるかを検討する。
⑧認否変更が時機に後れた攻撃防御方法になるかも別途確認する。
準備書面では、「当時は間接事実だった」と抽象的に述べるだけでなく、当時の訴訟物との関係、新請求の追加日、援用日、争点整理の経過及び客観資料を時系列で示すことが有効である。
第7 出典と調査範囲
①e-Gov法令検索「民事訴訟法」159条、179条ほか。
②司法研修所「新問題研究 要件事実」(請求原因に対する認否・裁判上の自白)。
③最高裁判所第三小法廷昭和25年7月11日判決(民集4巻7号316頁。自白の反真実と錯誤に関する判例)。
④宇都宮地方裁判所第2民事部判決(裁判所公開PDF。抽象的な間接事実と援用前の撤回に関する事例。公開PDF本文から判決日を確認できなかったため、日付は表示していない。)。
⑤裁判所ウェブサイト「裁判例を調べる」。
令和8年9月24日までの裁判所公開資料を検索した範囲では、「請求追加によって間接事実が主要事実になった場面」を直接かつ一般的に判示する最高裁判例本文を確認できなかった。裁判所の公開データベースは全裁判例を収録するものではないため、個別案件では判例秘書その他の商用データベース及び民事訴訟法の文献を追加確認する必要がある。