第1 棋譜に著作権がなければ配信は自由か
将棋の指し手を記録した棋譜について,著作権の有無だけを調べれば,その動画配信の適否が決まるわけではない。
棋譜を利用した配信をめぐる裁判では,著作物性とは別に,配信の時期・態様,主催者との競合関係及び営業上の利益が問題となった。
本記事では,配信者が削除申請を争った大阪の事件と,棋戦主催者が配信者に賠償を求めた東京の事件を区別する。
これらは異なる訴訟であり,一審と控訴審の結論も追って読む必要がある。
以下は裁判所公開本文で確認した判断の説明であり,棋譜のあらゆる利用方法についての適法性を一律に判断するものではない。
第2 大阪の事件―削除申請を争った訴訟
1 一審の判断
大阪地裁令和6年1月16日判決(令和4年(ワ)第11394号)は,動画配信者が,囲碁将棋チャンネルによる著作権侵害を理由とする削除申請を争った事件である。
配信者は,不正競争防止法3条1項・14条に基づく差止め・信用回復措置と,民法709条に基づく損害賠償を求めた。
一審は,本件動画が被告の著作権を侵害するものではないことについて被告も争っていないとしたうえで,削除申請を虚偽の事実の告知と認めた。
本件動画で利用された棋譜等の情報は公表された客観的事実であり,原則として自由利用の範疇に属すると説明し,配信者の請求の一部を認め,118万8960円等の支払を命じた(1頁,8頁~12頁)。
2 控訴審で結論が変わった
大阪高裁令和7年1月30日判決(令和6年(ネ)第338号,同第1217号)は,一審の事業者敗訴部分を取り消し,その部分の配信者の請求を棄却した。
配信者の附帯控訴及び控訴審での追加請求も棄却した。
控訴審が重視したのは,有料配信から得たリアルタイムの棋譜情報を,ほぼ同時に無料で提供することによる競合である。
事業者の収益構造,主催者の費用負担,視聴者への影響等を検討し,少なくとも事業者が棋戦をリアルタイムで配信するまさにそのときの本件配信は,自由競争の範囲を逸脱し,不法行為を構成すると判断した(11頁~16頁)。
その結果,本件配信から得る利益は法律上保護される利益とはいえないとして,不正競争防止法上の請求等を退けた(17頁~18頁)。
これは,事業者に対する配信者の請求を棄却した事件であり,主文で配信者に賠償を命じた事件ではない。
3 棋譜一般の著作物性を決着させた判決ではない
控訴審本文は,事業者が棋譜そのものを著作物であるとは主張していないことを明記する(6頁)。
また,控訴審は,削除申請当時の事業者の認識を検討する中で,棋譜が著作物ではないとする確定判例はまだないとも述べている(17頁)。
したがって,この判決を「棋譜は著作物ではないと最終的に決着した判例」として紹介することは適切でない。
著作権侵害を理由とした削除申請の評価についても,同判決の具体的な事案と判断を離れて,削除申請一般が許されると広げるべきではない。
第3 東京の事件―竜王戦の配信をめぐる訴訟
1 主催者が配信者へ請求した別事件
東京地裁令和7年5月21日判決(令和5年(ワ)第22169号)は,竜王戦の主催者である読売新聞の発行会社(判決上の略称は「原告読売」)と日本将棋連盟が,棋譜を利用した動画の配信者に損害賠償を求めた事件である。
大阪の削除申請事件とは,請求する側も,請求の対象も異なる。
一審は,読売側への841万5000円等の支払を命じ,将棋連盟の請求を棄却した。
情報の無断利用が直ちに不法行為になるとはせず,営業上の利益を保護する必要性,不利益の内容・程度,利用の目的・態様等から自由競争の範囲を逸脱するかを検討した(18頁~24頁)。
2 東京高裁の判断と損害額
東京高裁令和8年3月12日判決(令和7年(ネ)第3343号)は,不法行為該当性について原判決の理由を補正のうえ引用し(9頁~10頁),損害の判断を変更した(10頁~17頁)。
主文は,従前の請求について読売側へ205万円,控訴審の追加請求について120万円等の支払を命じている。
205万円は,一審と同じ第35期・第36期竜王戦に係る請求について一審の841万5000円を減額したものであり,120万円は控訴審で追加された第37期竜王戦に係る請求の認容額である。
なお,東京高裁は,棋譜は著作物ではないため著作権法による保護の対象とはならないとしつつ,知的財産としての性質を有し財産的保護に値すると述べた(18頁)。
もっとも,同事件の原告らは棋譜が著作物に当たるとの主張をしておらず(一審判決18頁),棋譜の著作物性が争点となった判断ではない。
損害については,配信者からの利用許諾料相当額の逸失利益と,第三者からの利用許諾料収入の減少等を分けて検討した(10頁~11頁)。
前者は否定し,後者を損害と認めた上で,民事訴訟法248条により,動画の本数ではなく利用した棋譜の指し手数を基に1局15万円~25万円で算定した(10頁~17頁)。
利用許諾料の設定があることと,その金額が当然に損害となることは同じではない。
損害の種類,因果関係及び算定根拠を,違法性の検討と分けて読む必要がある。
第4 著作物性と営業上の利益を分ける
棋譜の事件から読み取るべきなのは,著作権が認められない情報の利用がすべて違法になるということでも,すべて自由になるということでもない。
個別の利用態様について,著作権法が規律する利益とは異なる法的に保護された利益の侵害等があるかを検討する必要がある。
関連する一般論として,最高裁第二小法廷令和8年10月9日判決(令和6年(受)第2078号)がある。
同判決は,著作物に当たらないバンドスコアを細部まで模倣し,競業者が無料公開等した行為について,不法行為の成立を認めた原審の判断を是認した(3頁~4頁)。
同判決は,単なる利用にとどまらず,社会通念上自由競争の範囲を逸脱して営業を妨害し,営業上の利益を侵害する場合を問題としている。
費用や労力がかかっているという一事だけで,あらゆる情報に独占権を認めたと読むべきではない。
なお,この最高裁判決も,棋譜配信やAI学習を直接判断した事件ではない。
同判決の詳しい内容は,著作物でない成果物の模倣はいつ不法行為になるか―バンドスコア模倣事件の最高裁令和8年10月9日判決で説明している。
第5 動画配信とAI学習を区別する
棋譜は将棋AIの研究でも利用されてきたが,本記事で紹介した棋譜事件は,視聴者に棋譜を提供する動画配信をめぐるものである。
モデルの学習用に情報を取得する行為と,対局中に棋譜を視聴者へ提供する行為では,利用目的,取得方法,外部への提供及び競合の態様が異なる。
これらの判決だけから,棋譜のAI学習が一律に適法又は違法であると結論付けることはできない。
法律情報についても,判決本文,編集者が作成した要旨,解説,データベースの構成及び契約条件は分けて確認する必要がある。
自己対戦や合成データという技術上の説明だけで,利用した元データの取得・利用条件が解決するわけではない。
法律事務所での具体的な利用は,判例データベースを生成AI・RAGに使えるかを参照されたい。
第6 配信前に確認する事項
以下は判決の主文そのものではなく,配信を検討する読者向けの確認方法の提案である。
まず,利用する棋戦,情報の取得元,対局中か終了後か,棋譜の全部か一部か,映像・音声・解説も利用するかを特定する。
次に,その棋戦の現行ガイドライン,取得元サービスの利用規約及び個別に得た許諾の範囲を確認する。
一つの棋戦の条件を別の棋戦へ移したり,過去のガイドラインを現在の条件として用いたりしない。
リアルタイム配信以外であれば当然に自由になると,紹介した判決から逆算することも避けるべきである。
事業者の有料サービスに代わる内容を継続して提供するなど,主催者の営業への影響が大きい計画では,具体的な配信案に基づいて法的検討を行う必要がある。
削除申請を受けた場合は,対象動画,通知内容,申請理由,配信停止期間及び収益関係の資料を保存し,プラットフォームの現行の異議手続と訴訟上の対応を検討する。
本記事の判決紹介だけを根拠に,他の案件でも同じ結論になると判断しない。
第7 出典と関連記事
出典は次の裁判所公開判決本文であり,各判決の主文と上記の判断箇所を参照した。
①大阪地裁令和6年1月16日判決(令和4年(ワ)第11394号)
②大阪高裁令和7年1月30日判決(令和6年(ネ)第338号,同第1217号)
③東京地裁令和7年5月21日判決(令和5年(ワ)第22169号)
④東京高裁令和8年3月12日判決(令和7年(ネ)第3343号)
⑤最高裁令和8年10月9日判決(令和6年(受)第2078号)
大阪・東京の棋譜事件について,本記事では,上告等の有無や判決の確定を確認していない。
関連する問題として,過去問・入試問題の解説を販売・配信してよいかがある。
他者の情報を解説する営業と,その有料の商品・サービスに代わる内容を提供する営業の相違を検討する際に参照されたい。