第1 病気や家族事情がある場合の刑の執行
1 執行停止と執行延期を区別する
刑事裁判が確定して実刑を執行する段階でも,本人の病状,年齢,妊娠・出産又は家族の保護の事情によって,刑の執行停止を検討すべき場合がある。
また,収容前にやむを得ない事情がある場合には,執行事務規程に基づく執行延期が問題となる。
ただし,刑の執行停止と執行延期は,根拠,要件及び効果が異なる。
申出をしただけで呼出しや収容の手続が当然に止まる制度ではないので,資料の準備とともに,検察庁の執行担当部署へ現在の取扱いを確認する必要がある。
本記事は,令和8年10月14日現在の刑事訴訟法,刑法及び法務省の執行事務規程に基づき,拘禁刑・拘留等の執行を対象として説明する。
規程は令和8年3月23日改正・同年5月21日施行の公表版を参照している。
2 勾留の執行停止,執行猶予,仮釈放との違い
裁判所が未決勾留の執行を一時的に止める「勾留の執行停止」と,確定した刑の執行を検察官の指揮によって止める「刑の執行停止」は別の制度である。
また,判決で言い渡される執行猶予や,受刑中の行政処分としての仮釈放とも異なるため,本人がどの段階にいるかを先に確認すべきである。
| 制度 | 主な根拠 | 判断の枠組み |
|---|---|---|
| 必要的な刑の執行停止 | 刑事訴訟法480条・481条,執行事務規程30条 | 心神喪失の状態がある場合,回復まで執行を停止する |
| 裁量による刑の執行停止 | 刑事訴訟法482条,執行事務規程31条 | 法定事由があり,停止が相当と認められる場合に行う |
| 執行延期 | 執行事務規程20条 | 申立書を提出させ,調査の上,やむを得ない事情があると認める場合に行う |
第2 必要的な刑の執行停止
1 心神喪失の状態と回復までの停止
刑事訴訟法480条は,拘禁刑又は拘留の言渡しを受けた者が心神喪失の状態にあるとき,その状態が回復するまで執行を停止すると定めている。
指揮するのは,刑の言渡しをした裁判所に対応する検察庁の検察官又は本人の現在地を管轄する地方検察庁の検察官である。
執行事務規程30条は,刑事施設の長又は本人の関係人から上申があった場合の審査,刑の執行停止書の作成及び収容中の者についての釈放指揮を定めている。
精神疾患の診断名だけで直ちに480条の要件を満たすと結論付けず,現在の状態を具体的に説明する医療資料を準備すべきである。
2 停止後の引渡しと留置期間
刑事訴訟法481条は,480条に基づく停止後,本人を看護義務者等へ引き渡し,病院その他の適当な場所に入れさせる旨を定めている。
その処分があるまで刑事施設に留置する期間は,刑期に算入される。
この例外的な刑期算入を,施設から釈放された後の停止期間全体に広げることはできない。
停止の指揮とともに,入院先,受入れの可否,移送及び看護・生活支援の体制を確認する必要がある。
第3 裁量による刑の執行停止
1 刑事訴訟法482条の八つの事由
刑事訴訟法482条は,次の事由があるときに執行を停止することができると定めている。
執行事務規程31条は,その事由があり,刑の執行を停止するのが相当と認められる場合に,刑の執行停止書を作成するとしている。
①刑の執行によって,著しく健康を害し,又は生命を保つことのできないおそれがあるときである。
②年齢が70歳以上であるときである。
③受胎後150日以上であるときである。
④出産後60日を経過しないときである。
⑤刑の執行によって,回復することのできない不利益を生ずるおそれがあるときである。
⑥祖父母又は父母が70歳以上,又は重病等の条文所定の状態にあり,他に保護する親族がいないときである。
⑦子又は孫が幼年で,他に保護する親族がいないときである。
⑧その他重大な事由があるときである。
法定事由があることと,停止が認められることは同じではない。
例えば,70歳以上という年齢要件を満たしていても,それだけで収容を免れる権利が生じるわけではない。
2 本人の病気と医療資料
(1) 診断名と執行による危険を分ける
病気を理由とする申出では,診断名に加え,現在の症状,治療内容,必要な処置,通院・入院の必要性及び治療中断による危険を整理する。
482条1号が問題とするのは執行による著しい健康被害又は生命維持への危険であるため,単に持病があるという説明だけでは,条文の要件との対応が明らかにならない。
診断書や主治医の意見は,収容・移送・治療環境の変化によって生じる具体的な問題を説明できるものが有用である。
刑事施設で受けられる医療について確認が必要な事案では,施設側の対応可能性を検察庁等へ確認し,主治医の想定との違いを明らかにすることが考えられる。
(2) 停止後の治療・生活の見通し
停止を求める事情だけでなく,停止した場合の入院先又は通院先,受入れの可否,住居,支援者及び連絡方法も整理すると,具体的な検討に役立つ。
これらは全事件に共通する法定の必須添付書類ではなく,申出の事情と停止後の計画を裏付けるための資料である。
3 高齢,妊娠・出産と家族の保護
(1) 本人の年齢と妊娠・出産
年齢は生年月日を確認できる資料によって,妊娠・出産は医療資料等によって,それぞれ条文の基準との対応を明らかにする。
病状など他の事由もある場合には,一つの号だけに限定せず,各事情がどの要件に関係するかを整理すべきである。
(2) 家族介護と他の保護者の有無
482条6号の対象は祖父母又は父母であり,7号の対象は幼年の子又は孫である。
配偶者その他の家族の介護を,その続柄だけで6号又は7号に当てはめることはできず,5号又は8号等の該当性を具体的に検討する必要がある。
6号・7号では,他に保護する親族がいないことも要件となる。
続柄,年齢・病状,必要な介護や養育の内容,他の親族の所在・対応可能性及び利用できる支援を整理し,本人の収容によってどの保護が欠けるのかを説明すべきである。
第4 執行延期の申立て
1 申立書の提出と事情の調査
執行事務規程20条は,自由刑の言渡しを受けた者が執行延期を申し立てたとき,検察官が申立書を提出させ,事由を調査し,やむを得ない事情があると認める場合に,刑執行延期決定書を作成して延期すると定めている。
延期した場合も,その事由について引き続き調査する。
法務総合研究所の平成29年研修教材『十訂 執行事務解説』本文24頁~25頁は,執行延期を,法令上の執行停止とは異なる事実上の措置として説明している。
現行規程20条には,一律に何日又は何か月まで延期できるという上限は書かれていないため,具体的な期間を当然の権利として示すべきではない。
2 延期を求める期間とその理由
申立書には,事件と本人の特定,呼出しの日時,延期を求める理由,希望する期間,事情が解消する見込み及び連絡方法を整理することが考えられる。
例えば,医療上の予定や家族の保護体制を整えるための事情がある場合には,必要な日程と,その期間が過ぎれば対応できる理由を裏付ける資料を添える。
これは規程が全国一律の書式・添付資料一式を指定しているという意味ではない。
提出先,提出方法及び必要な資料は担当検察庁に確認し,刑事訴訟法480条・482条に基づく停止の検討が必要な事情とは分けて説明する必要がある。
第5 申出から判断までの実務
1 執行担当部署へ早期に連絡する
収容前は,呼出状等で担当検察庁,担当部署,事件番号及び出頭日時を確認し,事情が判明した段階で連絡する。
受刑中は,刑事施設での医療資料や施設側の把握する事情も関係するため,本人,家族,施設及び検察庁の間で確認すべき事項を整理する。
執行事務規程30条・31条には,刑事施設の長や関係人からの上申を受けて審査する手続がある。
家族や弁護士が事情を説明する場合も,誰のどの事情を,どの停止事由の資料として提出するのかを明確にすべきである。
2 提出しただけで不出頭としてよいわけではない
申立書や上申書を提出したことと,停止又は延期の判断を受けたことは区別する必要がある。
担当部署に,現在の呼出日時が維持されているか,変更又は延期が認められたか,追加資料の提出が必要かを確認し,連絡の日時と内容を記録することが有用である。
刑事訴訟法484条の2は,刑の執行のための呼出しに正当な理由なく応じない行為に,2年以下の拘禁刑を定めている。
申出中であるという理由だけで出頭しないことを決めず,出頭困難な事情がある場合には,その事情と対応を早急に担当部署へ伝える必要がある。
第6 停止後の刑期,時効及び再開
1 施設外の停止期間は通常,刑期に算入されない
刑法23条2項は,裁判確定後であっても,拘禁されていない日数は刑期に算入しないと定める。
そのため,刑の執行停止で施設から釈放された期間は,通常,刑期の消化とはならない。
ただし,刑事訴訟法481条2項は,心神喪失による停止後,引渡し等の処分まで施設に留置する期間を刑期に算入する。
施設内の留置期間と施設外の停止期間を分けて,残刑を確認する必要がある。
2 法令による停止と執行延期の時効への影響
刑法33条1項は,法令によって執行を猶予し,又は停止した期間内は,刑の時効が進行しないと定める。
刑事訴訟法480条・482条に基づく停止には,この規定による時効停止が問題となる。
これに対し,執行事務規程20条による執行延期は,法令による執行猶予又は執行停止とは異なる事実上の措置であり,延期されたという事実だけでは刑法33条1項の時効停止事由とはならない。
もっとも,他の時効停止・中断事由があり得るため,延期の期間だけから時効の完成を判断することはできない。
3 停止事由がなくなった場合
執行事務規程34条は,停止事由がなくなったとき,検察官が直ちに停止を取り消し,残刑の執行を指揮すると定めている。
停止は残りの刑を免除する処分ではないため,病状等の変化,連絡先及びその後の執行の取扱いを確認する必要がある。
第7 懲役・禁錮の事件に関する注意
1 旧刑名の確定裁判も残る
拘禁刑は令和7年6月1日から施行されたが,令和4年法律第68号441条・442条は,施行前の行為の処罰及び懲役・禁錮等の確定裁判の効力・執行について,別段の定めを除き従前の例によるとしている。
現在の相談でも旧法の懲役・禁錮を執行する事件があるため,判決の刑名と適用される経過措置を確認し,拘禁刑へ一律に読み替えてはならない。
2 申出の準備で確認する事項
①本人と対象判決,刑名,確定日及び残刑を確認する。
②収容前か受刑中か,呼出し又は執行の担当検察庁はどこかを確認する。
③停止又は延期の根拠と,対応する具体的な事情を整理する。
④医療・家族関係・保護体制等の資料と,提出先・方法を確認する。
⑤判断前の出頭の取扱いと,停止又は延期の判断後の連絡・生活・治療計画を確認する。
第8 関連記事
刑事事件の裁判の執行―拘禁刑・財産刑・労役場留置・執行異議(AIリライト)
保釈保証金の没取―取消事由,没取額,不服申立て及び還付時期(AI作成)
第9 出典
①e-Gov法令検索「刑事訴訟法」:480条~482条,484条,484条の2。
②e-Gov法令検索「刑法」:23条,33条。
③法務省「執行事務規程」:20条,30条~34条。
令和8年3月23日改正・同年5月21日施行の公表版。
④e-Gov法令検索「刑法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律」:441条,442条。
⑤法務総合研究所研修教材『十訂 執行事務解説』(平成29年3月8日),本文24頁~25頁(PDF25頁),88頁~90頁(PDF57頁~58頁),104頁~116頁(PDF65頁~71頁)。
同教材は当時の制度と執行事務の理解に用い,現行制度の要件及び規程の条番号は前記の現行法令・公表規程で確認している。