第1 有頭骨骨折の後遺障害を検討する視点
1 本記事の対象と既存記事との役割分担
有頭骨は手根骨の中央に位置する骨であり,交通事故では,自転車又は二輪車から転倒して手をついた場合,手背に直接外力が加わった場合等に骨折することがある。本記事は,有頭骨骨折後に手関節の可動域制限又は疼痛が残った場合を対象として,後遺障害等級の分岐,画像の読み方,申請又は訴訟で確認すべき資料及び裁判例を整理するものである。
後遺障害12級相当の手関節可動域制限に伴う弊害及び代償動作の包括的解説は,手関節可動域制限が日常生活及び代償動作に及ぼす影響を扱っている。本記事は,同記事と重複する生活動作の説明を繰り返さず,有頭骨骨折に固有の診断,骨癒合,合併損傷及び等級立証を中心とする。
本記事は,公開された法令,行政資料,医学文献及び裁判例をAIで整理した一般的な情報提供であり,特定の事案に対する法的又は医学的助言ではない。治療方法及び検査の要否は,症状,受傷時期及び画像所見に基づき担当医と検討する必要がある。
2 骨折名だけでは等級が決まらない
有頭骨骨折が画像で確認されても,それだけで後遺障害等級が認定されるわけではない。症状固定時に残る障害を,①手関節の機能障害,②疼痛等の神経症状,③関節の用廃に分け,それぞれについて医学的原因と認定基準を対応させる必要がある。
機能障害では,可動域が基準以下であることに加え,偽関節,変形治癒,関節面不整,骨壊死,関節症,手根不安定性,合併する骨折・脱臼・靱帯損傷又は長期固定後の拘縮等によって制限を説明できるかが問題となる。疼痛では,事故直後からの症状経過,圧痛部位,骨癒合後の画像,神経学的所見及び仕事・日常生活での誘発動作を検討する。
第2 有頭骨骨折の診断と予後
1 受傷機転と合併損傷
有頭骨骨折の代表的な受傷機転には,①手をついて手関節が過伸展する外力,②手背への直接外力,③手関節屈曲位での外力がある。過伸展時には有頭骨が橈骨遠位背側縁に衝突する機序が説明されており,高エネルギー外傷では舟状骨骨折,月状骨周囲脱臼又は靱帯損傷を伴うことがある。
後遺障害を評価するときは,「有頭骨骨折後の症状」と一括せず,有頭骨単独骨折か,舟状骨骨折,月状骨周囲脱臼,TFCC損傷その他の靱帯損傷を伴うかを確認する必要がある。合併損傷があれば,可動域制限又は疼痛の主因が有頭骨そのものではなく,脱臼後の手根配列異常又は靱帯損傷にある可能性も検討する。
2 単純X線が陰性でも骨折を否定できない
有頭骨は複数の手根骨と重なって描出されるため,初期の単純X線で骨折線を確認できないことがある。53例を対象とする後方視的研究では,単純X線による有頭骨骨折の検出感度は21%であり,80%に他の手関節又は手の骨折が併存していた。これは単一施設の後方視的研究であるため全患者へ同じ割合を適用できないが,X線陰性だけで骨折を除外できないことを示している。
国内の症例報告には,転倒後に手背の圧痛と腫脹があったものの単純X線で骨折を確認できず,疼痛が続いたため受傷3か月後にCT及びMRIを行い,有頭骨の遷延癒合を診断した例がある。初期X線が陰性であっても,圧痛部位,腫脹,疼痛の持続及び受傷機転が整合するときは,後続画像と診療経過を確認する必要がある。
3 CTとMRIの役割
CTは,骨折線の方向,骨片の転位・回旋,関節面の段差,骨片間隙,硬化像,骨癒合及び偽関節等の骨性変化を評価するのに適している。MRIは,単純X線で不明な骨折,骨髄浮腫,骨壊死及び靱帯等の軟部組織損傷を評価する資料となる。両者は競合する検査ではなく,確認しようとする所見と撮像時期に応じて役割が異なる。
画像は,病変の存在,部位,形態及び経時変化を示す資料であるが,それだけで交通事故との因果関係又は後遺障害等級を確定しない。事故態様,症状の発現時期,初診時所見,撮像時期,治療経過,既往症及び症状固定時の機能を結び付けて評価する必要がある。
4 骨癒合後の予後は一様でない
診断が遅れた有頭骨骨折では,遷延癒合,偽関節,関節症又は骨壊死が問題となり得る。他方,転位がない又は軽微で適切に固定された骨折の予後は良好なこともあり,中央値16年の追跡研究では,対象16例の全例で骨癒合が得られ,骨壊死を認めず,疼痛及び上肢機能の中央値も良好であった。
この長期追跡研究は,受傷時年齢が若い小規模集団であり,重大な骨折脱臼又は靱帯損傷を対象から除いている。したがって,有頭骨骨折は常に後遺障害を残すという見方も,骨癒合すれば必ず無症状になるという見方も採用できず,骨折型,転位,合併損傷,治療開始時期及び症状固定時所見を個別に確認する必要がある。
第3 手関節機能障害の等級
1 第8級,第10級及び第12級の分岐
自動車損害賠償保障法施行令別表第二は,上肢の三大関節の一つである手関節について,用を廃したものを第8級第6号,機能に著しい障害を残すものを第10級第10号,機能に障害を残すものを第12級第6号と定めている。有頭骨骨折後に最も問題となるのは,第12級第6号と疼痛等級の分岐である。
| 残存障害 | 等級 | 手関節での主要な基準 |
|---|---|---|
| 関節の用廃 | 第8級第6号 | 強直又はこれに近い状態等 |
| 著しい機能障害 | 第10級第10号 | 主要運動の合計が原則として健側の2分の1以下 |
| 機能障害 | 第12級第6号 | 主要運動の合計が原則として健側の4分の3以下 |
第12級第6号は,法令にない障害を類推する「12級相当」ではなく,現行の等級表に直接定められた等級である。もっとも,可動域が数値上4分の3以下であっても,制限の原因を特定せず,測定方法又は症状固定時期が不適切であれば,その数値だけで認定されるものではない。
2 屈曲と伸展を合計して健側と比較する
手関節では屈曲及び伸展が主要運動,橈屈及び尺屈が参考運動である。同一面にある屈曲と伸展は合計し,原則として健側の合計値と比較する。例えば,患側が屈曲40度・伸展30度,健側が屈曲80度・伸展70度であれば,患側70度を健側150度と比較するため,数値上の比率は約46.7%となる。
令和4年改訂の標準測定法は,手関節の参考可動域を屈曲90度,伸展70度,橈屈25度,尺屈55度としている。ただし,参考可動域は年齢,性別,肢位等による個人差があるため,健側が正常に測定できる事案で,参考値を健側実測値の代わりに機械的に用いるべきではない。
3 原則は他動可動域である
関節機能障害は,原則として他動可動域により評価する。神経麻痺又は疼痛のため他動運動による測定が適切でないと医学的に判断される場合は,自動可動域を用いるが,単に自動値が小さいというだけで他動値に代えることはできない。
測定票又は後遺障害診断書では,①患側・健側,②他動・自動,③屈曲・伸展・橈屈・尺屈,④5度単位の測定値,⑤測定時痛,⑥測定肢位を区別する必要がある。複数回の測定値が大きく異なる場合は,疼痛,腫脹,治療直後,代償運動又は測定方法の差を検討する。
4 参考運動による補充評価
主要運動の値が認定基準をわずかに上回る場合でも,参考運動が基準以下であれば機能障害を認定できる補充的な取扱いがある。「わずか」は原則として5度であり,手関節の屈曲と伸展の合計で第10級の著しい機能障害を判断する場合は10度とされる。
この補充評価を用いるときも,橈屈・尺屈の測定方法,健側比較及び制限原因の確認を要する。主要運動だけを測定した診断書では補充評価ができないため,症状固定前に必要な測定項目が記載されているかを確認する必要がある。
第4 疼痛が残った場合の等級
1 第12級第13号と第14級第9号
手関節可動域が第12級第6号の基準に達しなくても,有頭骨骨折後の疼痛が残れば,第12級第13号「局部に頑固な神経症状を残すもの」又は第14級第9号「局部に神経症状を残すもの」が問題となる。機能障害に通常伴う疼痛を同じ部位の神経症状として機械的に重ねて評価することはできないが,可動域基準に達しない場合も疼痛ルートは別に検討できる。
疼痛の評価では,①事故直後からの症状の連続性,②圧痛部位と骨折部位の整合,③偽関節,変形治癒,骨壊死,関節症又は骨髄浮腫等の所見,④骨癒合後も疼痛が残る医学的説明,⑤荷重,握り込み,手関節伸展又は回旋による再現性,⑥治療及び通院の経過を確認する。画像上の骨癒合は重要な事情であるが,疼痛不存在を当然に意味しない。
2 可動域制限と疼痛による運動停止を区別する
強い疼痛があると,患者が自動運動を途中で止めることがある。この角度をそのまま関節拘縮の最終可動域と扱うと,痛みによる運動回避と関節そのものの機械的制限を混同する。診療録には,どの運動の何度で疼痛が生じたか,他動でさらに動くか,終末感が硬いか,痛みにより測定を中止したかを記録することが望ましい。
保険者側からは,骨癒合が良好であること,診療録に「可動域良好」との記載があること,自動値しかないこと,測定値の変動が大きいこと又は事故後相当期間を経て初めて制限が記録されたことが反証として提出され得る。被害者側では,反論書を先に作るのではなく,診療録,画像時系列及び測定票がこれらの疑問に答えられるかを確認することが先決である。
第5 申請及び訴訟のための証拠整理
1 低負担の資料から時系列を作る
最初に,事故日から症状固定までの時系列を作成する。最低限,①事故態様と手の接地肢位,②初診時の圧痛・腫脹・神経所見,③単純X線の撮影日と結果,④症状が続いた場合の再診経過,⑤CT・MRIの撮像日と所見,⑥固定・手術・リハビリテーション,⑦骨癒合の確認日,⑧可動域・握力・疼痛誘発動作,⑨症状固定日を同じ表で確認する。
被害者側が通常取得しやすい資料は,診療録,診断書,画像診断報告書,リハビリテーション記録,後遺障害診断書,休業資料及び本人が保有する事故状況資料である。まずこれらを収集し,空白期間,左右の不一致,傷病名の変遷及び測定値の矛盾を確認する方が,包括的な医療照会又は鑑定を先に依頼するより負担が少ない。
2 画像原データと再読影を求める条件
画像診断報告書の記載だけでは骨折部位,骨癒合又は合併損傷を判断できない場合は,医療機関が保有するDICOM形式の原画像及び全シリーズの提供を求める。確認項目は,骨折線の部位・方向,転位,回旋,関節面不整,骨片間隙,硬化像,骨壊死,手根配列,舟状骨骨折,月状骨周囲脱臼及び靱帯損傷である。
手外科医又は放射線科医による再読影は,原画像と診療経過を確認しても,①事故時の骨折の有無,②症状固定時の偽関節又は関節症,③可動域制限の原因となる合併損傷のいずれかがなお争われ,その判断が等級又は損害額を変え得る場合に検討する。骨癒合が明瞭で,可動域も基準を大きく上回り,再読影で結論が変わる具体的可能性を示せない場合は,高負担の意見取得を進めないという選択も必要である。
3 仕事及び日常生活への影響を具体化する
仕事への影響は,「手を使う仕事である」という抽象的な説明では足りない。荷重,把持,反復伸展,振動工具,重量物,手首を固定した作業,タイピング等の動作ごとに,頻度,継続時間,休憩,作業速度,他者の補助,配置転換及び収入変化を整理する。
日常生活では,衣服の着脱,整容,調理,清掃,自転車又は自動車の操作,荷物の運搬等について,できない動作と時間を要する動作を区別する。ただし,これらは等級の可動域基準を置き換えるものではなく,症状の実在性,労働能力喪失及び慰謝料を評価するための資料として位置付ける。
4 異議申立て又は訴訟へ進む条件
第12級第6号の異議申立てを検討する条件は,①基準以下の他動可動域が再現する,②制限原因となる器質的損傷又は拘縮の経過がある,③当初認定が画像又は測定記録を見落としている,④追加資料により結論が変わる具体的可能性がある,という場合である。初回申請と同じ資料及び同じ説明を繰り返すだけでは,認定が変わる可能性は高くない。
反対に,骨癒合が良好で,他動可動域が一貫して健側の4分の3を上回り,機能制限を説明する合併損傷も確認できない場合は,第12級第6号の追加立証を停止し,疼痛等級の資料を検討する方が合理的である。疼痛についても症状の連続性がなく,受傷部位との整合を欠き,追加の医学資料で説明が改善する見込みが乏しい場合は,費用を伴う鑑定又は訴訟を進めない判断があり得る。
第6 有頭骨骨折を扱った裁判例
1 大阪地裁平成28年12月28日判決
大阪地裁平成28年12月28日判決・平成27年(ワ)第11204号は,自転車走行中,駐車車両の運転席ドアが開いて衝突した事故により,左環指末節骨骨折及び左有頭骨骨折を負った事案である。事故約1か月後のMRIで有頭骨骨折が確認され,その後のMRI及びCTでは骨癒合が進み,診療録には手関節可動域が良好である旨の記載があった。
自賠責は,有頭骨骨折後の左手荷重時痛を第14級第9号,左環指末節部の骨片残存を第14級第6号とし,併合第14級と認定した。裁判所も,有頭骨骨折の癒合及び他覚的所見を検討し,手関節の機能障害を認めず,手関節痛を第14級第9号相当と判断した。
裁判所は,手を使用する柔道整復師の職務内容を考慮しつつ,骨癒合,環指症状の程度及び収入状況等から,労働能力喪失率7%,喪失期間7年を認めた。自賠責支払基準上の等級別労働能力喪失率は損害算定の基準となるが,民事裁判では等級だけで率及び期間が自動的に決まるものではないことを示す事例である。
2 判決の射程
同判決は,初期に有頭骨骨折が確認されず,後日のMRIで判明したことだけを理由に事故との関連を否定していない。他方,骨折名及び荷重時痛だけで第12級の機能障害又は神経症状を認めず,骨癒合,診療録上の可動域及び他覚的所見を重視した。
この一件から,有頭骨骨折後の疼痛は一般に第14級となるとも,第12級第6号が認められないともいえない。骨折の転位,偽関節,合併損傷及び症状固定時可動域が異なる事案には,判決の結論をそのまま当てはめることはできない。なお,同判決は裁判所HP未掲載であり,本記事では判例秘書に収録された全文で確認した。
第7 出典・参考資料
1 法令・行政資料
厚生労働省「せき柱及びその他の体幹骨,上肢並びに下肢の障害に関する障害等級認定基準について」。
日本リハビリテーション医学会,日本整形外科学会及び日本足の外科学会「関節可動域表示ならびに測定法」令和4年4月改訂7頁。
国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」。
2 裁判例
大阪地裁平成28年12月28日判決・平成27年(ワ)第11204号・判例秘書文献番号L07151130(裁判所HP未掲載,判例秘書で全文確認,掲載誌は確認できず)。
3 医学文献・実務書
土屋弘行ほか編『今日の整形外科治療指針 第8版』医学書院,令和3年,518頁。
榎木貴之・小杉晴洋『自賠責・紛争処理事例と判例から読み解く後遺障害等級認定の判断―傾向を踏まえた交通事故事件処理―』新日本法規,令和8年,396頁~410頁。