第1 「自己研鑽」という名称だけでは決まらない
医師の学会参加や研究発表の準備について,「本人の勉強だから労働時間ではない」「病院が費用を出すから全て労働時間である」と一律に判断することは適切でない。実際の業務内容,使用者の指揮命令及び参加を断れるかという事情を確認する必要がある。
本記事は,厚生労働省の令和元年7月1日付け基発0701第9号と,令和6年1月15日付け基監発0115第2号による運用通知の改正を基に,令和8年10月26日時点の基本的な区別を整理する。後者は,労働基準法の解釈を変更するものではなく,医師への適用を明確にするものと説明している。
第2 所定労働時間内と時間外を分ける
1 所定労働時間内の研鑽
令和元年通知は,所定労働時間内に,使用者に指示された勤務場所において行う研鑽の時間を,労働時間として扱う。研鑽という呼び方だけを理由に,通常の勤務時間から控除することにはならない。
2 所定労働時間外の研鑽
時間外の研鑽では,本来業務と直接の関連がなく,上司の明示又は黙示の指示がない場合は,院内で行っても一般に労働時間に当たらない。他方,上司の明示又は黙示の指示によって行う場合は,本来業務との直接の関連がなくても一般に労働時間に当たる,という整理が示されている。
同じ院内に残っていたという事情だけでは結論は出ない。診療の準備・後処理など,業務上必須の行為を,単に「自分の勉強」として扱わないことが出発点となる。
第3 学会参加・発表準備で確認すること
1 自由な研究と業務上必須の研究
令和元年通知は,博士の学位,専門医資格の取得,学会発表,臨床研究等に関する研究活動などを具体例として扱う。通常業務上必須ではなく,本人の自由な意思で,上司の指示なく行うものは,上司が奨励していても一般に労働時間に当たらないとする。
これに対し,行わないことによって就業上の制裁等の不利益が課される場合,業務上必須の行為として行う場合,上司の指示で行う場合は,労働時間としての取扱いが問題となる。診療科の研究課題があることだけで,各医師の活動を一律に分類するのではなく,本人への割当てや実際の運用を確かめる必要がある。
2 経験や担当業務との関係
令和6年の改正後の運用通知は,医師の経験,職位,担当業務等を踏まえ,求められる知識・技能の水準に応じて個別に判断する考え方を示す。ある医師にとって通常の自己学習であっても,別の医師に割り当てられた業務の遂行に必須の学習であれば,同じ扱いになるとは限らない。
実務上は,学会名だけで処理せず,参加,発表,資料作成,指導,診療業務を区分し,誰から何を求められたかを記録すると判断しやすい。これは通知を業務管理に落とし込むための本記事の提案である。
第4 大学病院の教育・研究を一括して自己研鑽にしない
大学病院等で教育・研究を本来業務とする医師について,令和6年の運用通知は,診療だけでなく,教育・研究も本来業務に含まれることを明確にしている。
授業,試験,学生への指導,教育・研究に関する事務など,本来業務として行う行為と,その遂行に必須の準備・後処理は,所定労働時間外でも労働時間となる。これらの業務そのものと,それに関連する研鑽とは,分けて考える必要がある。
関連する研鑽については,所定労働時間内に指示された勤務場所で行う場合や,時間外でも上司の指示によって行う場合など,前記の基準に沿って判断する。大学病院に勤務しているという属性だけで,研究の全てが労働時間になるという意味でも,研究の全てが自由な研鑽になるという意味でもない。
第5 旅費支給・参加者の職種だけでは決まらない
令和6年の運用通知は,医療機関による旅費の支給の有無が,労働時間該当性を直接左右するものではないとする。旅費の会計上の支出科目も,それだけで結論を決めるものではない。
同じく,医師以外の者が参加するかどうかも,直接の判断基準にはならない。費用負担や参加者の構成を確認することはできるが,実際の業務性と指揮命令の検討に代えることはできない。
なお,学会への参加時間,発表準備の時間及び移動時間は,まず実態を分けて記録すべきである。旅費の支給から,移動中の全時間まで当然に労働時間とする結論を導くことはできない。
第6 院内の手続と実際の勤務を一致させる
令和元年通知は,労働に該当しない研鑽を行うための手続を明確にし,不利益がないことや業務から離れてよいことを確認する運用を示している。また,通常業務を担当しない取扱い,勤務との区別を明確にする環境整備,関係する職員への周知及び記録の保存も示す。
したがって,書類に「自主参加」と書くだけで処理を終えるべきではない。実際には断れない発表の割当て,診療の担当,研究報告の義務などがある場合は,その実態を確認する必要がある。医師と上司の認識がずれる場合も,業務と研鑽の内容を具体的に整理することが有用である。
労働時間に該当しない活動でも,長時間の活動による負担を把握することは別の課題である。日本医事新報の荒木優子氏の論考が示す問題提起は,この負担にも目を向けたものである。本記事の労働時間の法的な分類と,健康面・業務配分の改善という評価を区別して読む必要がある。
一般の研修・Web学習については,研修・勉強会・Web学習は労働時間かを参照されたい。
第7 出典
・厚生労働省「医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」令和元年7月1日・基発0701第9号第1〜第3
・厚生労働省 「医師等の宿日直許可基準及び医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方についての運用に当たっての留意事項について」の一部改正について(令和6年1月15日・基監発0115第2号)改正後通知・第2・2・ウ〜カ