第1 歴史的事実の評価と現在の権利を分ける
領土に関する古い文書を読むときは,過去の行為が当時どのような法的効果を生じたかと,その権利が後の時点でも存続しているかを分けて検討する。
現在の法だけで過去の取得行為を評価することも,過去に取得したという説明だけで現在の権利まで確定することも,それぞれ検討を欠く。
本記事は,令和8年10月19日を基準に,パルマス島事件の仲裁判断の時際法に関する部分と,条約法に関するウィーン条約4条・28条を説明する。
個々の日本の領土問題について,どの国に領土主権があるかを判断する記事ではない。
第2 パルマス島仲裁判断で問題となったこと
パルマス島事件は,米国とオランダの間で,パルマス島又はミアンガス島と呼ばれる島の主権が争われた事件である。
マックス・フーバーを単独仲裁人とする1928年4月4日の判断は,島全体がオランダ領の一部であるとした。
判断は,米国がスペインから承継したとする権原,発見の効果,オランダ側の国家権能の継続的かつ平穏な表示等を検討している。
本記事では,そのうち国連掲載の判断の印字845~846頁にある,権利の成立と存続を区別する説明を取り上げる。
第3 時際法―権利の成立と存続
1 権利を生じさせた行為を当時の法で評価する
同判断は,法的事実を評価する際には,紛争が生じ,又は解決される時点の法ではなく,その事実と同時代の法に照らすという考え方を示した。
そこで扱われたのは,古い時期の発見等にどのような法的効果を認めるかという問題である。
歴史資料に「発見」「占領」「割譲」等の語がある場合も,その語だけで領土取得の効果を認めるのではなく,行為の時期,主体,対象地域及び当時の法の下で必要とされた条件を確認する。
当時の国家の主張が存在することと,その主張する効果が法的に認められることは区別しなければならない。
2 その後の権利の存続は別に検討する
同判断は,権利の成立と存続を区別し,権利が存続するための継続的な表れについては,法の発展に応じた条件を検討する必要があるとした。
したがって,時際法を「昔に取得したと主張すれば,後の事情や法の発展を調べる必要はない」という規則として説明することはできない。
もっとも,この仲裁判断の表現だけで,現在の個別の領土紛争の結論が決まるわけではない。
対象となる権原,条約,国家実行,主張の対立及び適用される法を,その事件に即して確認する必要がある。
第4 条約法条約4条の不遡及とは何か
条約法条約4条は,条約法条約自身を,いつ締結された条約について適用するかを扱う。
同条約が当該国について効力を生じた後に締結された条約への適用を定める一方,同条約とは独立して国際法上適用される規則の適用を妨げないとしている。
このため,古い条約を検討する際に,現在の条約法条約の条番号を挙げるだけで,同条約そのものが遡って適用されると扱ってはならない。
条文に表れた慣習国際法上の規則を用いるのであれば,その規則が当該問題・時点に適用される根拠を別に確認する。
条約の一般的な解釈規則,第三国との関係及び慣習国際法との区別は,条約法に関するウィーン条約の解説を参照されたい。
4条の問題は,過去の領土取得行為に当時どのような効果があったかという時際法の問題と,同じではない。
第5 28条は個々の条約の時間的適用を扱う
条約法条約28条は,別段の意図が条約から明らかであるか,又は他の方法で確認される場合を除き,その当事国についての発効前に生じた行為・事実や,それ以前に終了した事態との関係で,条約の規定がその国を拘束しないと定める。
4条が条約法条約自身の適用を扱うのに対し,28条は個々の条約の時間的適用を扱う。
したがって,「古い条約か」という問いと,「その条約の発効前の行為・事実に規定が及ぶか」という問いを分ける必要がある。
発効前から続く事態についても,過去の事実と,発効後に問題となる行為・義務を特定し,28条の文言と対象条約の定めに即して検討する。
第6 歴史的な領土資料を読む際の確認手順
最初に,問題となる行為・事実とその日付を特定し,誰が,どの地域について,どのような権原を主張しているかを整理する。
次に,権利の成立についての主張か,その後の存続・変動についての主張かを区別する。
条約が関係する場合は,条約の正式名称,当事国,締結・発効時期,対象地域及び時間的適用を確認する。
条約の直接の効力と,慣習国際法上の規則を用いる説明も分けて記録する。
最後に,政府の見解,裁判所又は仲裁廷の判断,研究者による評価を資料ごとに区別する。
ある国が現在施政を行っていること,条約で権利を放棄したこと,別の国が領土主権を取得したことは,それぞれ異なる命題として検討する。
一次資料の探し方と,正文・政府説明・判決原文の記録方法は,条約・国際判例の調べ方で説明している。
歴史的な資料の引用では,印字頁とPDFの実頁を併記すると,判断の前後の文脈を確認しやすい。
第7 主な出典
① 国連・Reports of International Arbitral Awards,第2巻,パルマス島事件仲裁判断(1928年4月4日),印字829~871頁。
本記事の時際法の説明は印字845~846頁(PDF18~19実頁),結論は印字871頁(PDF44実頁)による。
https://legal.un.org/riaa/cases/vol_II/829-871.pdf
② 国連・条約法に関するウィーン条約。4条はPDF4実頁,28条はPDF11実頁。
https://legal.un.org/ilc/texts/instruments/english/conventions/1_1_1969.pdf