第1 南極条約とは何か
1 南極の平和利用と科学的調査のための条約
南極条約は,南極地域を平和的目的のみに利用し,科学的調査の自由と国際協力を確保するための国際条約である。
1959年12月1日にワシントンで12か国が署名し,1961年に発効した。
日本も原署名国の一つである。
条約の中心は,平和利用,科学的調査,領有権主張の凍結,核爆発及び放射性廃棄物処分の禁止である。
さらに,査察や締約国間の協議によって,条約の遵守と協力を支える仕組みを設けている。
本記事は,令和8年10月18日に確認した外務省,環境省及び南極条約事務局の資料に基づき,条約の基本と,南極を訪れる人に関係する環境保護のルールを整理する。
2 対象は南緯60度以南である
第6条は,氷棚を含む南緯60度以南の地域に条約を適用すると定める。
ただし,同区域内の公海に関する国際法上の各国の権利やその行使には影響を及ぼさないとしている。
条約の適用区域と,海域の法的性質は分けて考える必要がある。
第2 南極条約の内容と禁止事項
1 主なルールと根拠条文
南極条約は何でも禁止する条約ではなく,禁止する活動と,保障する活動,協力の仕組みを組み合わせている。
主な内容は次のとおりである。
| 根拠 | 主な内容 | 読む際の注意 |
|---|---|---|
| 第1条 | 平和的利用。軍事基地・防備施設の設置,軍事演習,武器実験などの軍事的措置を禁止する | 科学調査その他の平和目的で軍の要員・設備を使うことは妨げない |
| 第2条・第3条 | 科学的調査の自由と協力。調査計画・科学者・観測や成果についての情報交換 | 国際協力により調査の成果を利用できるようにする |
| 第4条 | 領有権に関する各国の立場を保存し,新たな主張と既存主張の拡張を認めない | 基地の設置や観測活動だけでは領有権を取得できない |
| 第5条 | 核爆発及び放射性廃棄物の処分を禁止する | 核兵器による爆発だけに限定した表現ではない |
| 第7条 | 条約の遵守を確保するための査察の仕組み | 基地・施設・設備などを監視員の査察の対象とする |
| 第9条 | 締約国の代表による情報交換と協議 | 協議国会議で条約の目的を進める措置を検討する |
2 南極条約で禁止されていることは何ですか?
主な禁止事項は,軍事的措置,核爆発,放射性廃棄物の処分,条約の有効期間中の新たな領土主権の主張及び既存の主張の拡張である。
軍事基地の建設,軍事演習及び武器実験などは,第1条が挙げる軍事的措置の例である。
ペンギンへの接触やごみの扱いは,後述する環境保護議定書や国内法等のルールも確認する必要がある。
3 軍人や軍の設備を使えば条約違反になるか
軍の要員や設備を使ったというだけで,直ちに南極条約違反になるわけではない。
第1条2項は,科学的調査その他の平和的目的のために軍の要員又は設備を使用することを妨げないと定めている。
禁止される軍事的措置か,認められる平和目的の活動かは,具体的な目的と活動内容に即して区別する。
第3 加盟国は何か国か―原署名国・締約国・協議国の違い
1 最初の12か国と,その後に加わった国
一般に「加盟国」と呼ばれる国は,条約の説明では「締約国」と表現される。
最初に署名した原署名国12か国と,その後に加入した国を合わせた数が締約国数である。
南極条約事務局の公表ページは,令和8年10月18日の確認時点で締約国数を58か国と表示している。
外務省の令和8年4月28日付けの解説も,2026年1月現在の締約国を58か国としている。
資料の更新時点が異なることがあるため,国数を引用するときは,確認した資料と基準日を併記することが適切である。
2 協議国は締約国すべてを意味しない
外務省は,南極に基地を設けるなど,実質的な科学的調査活動を実施してきた29か国を「南極条約協議国」と説明している。
協議国は,南極条約協議国会議で情報交換や国際協力等について協議する。
「締約国が58か国」と「協議国が29か国」は,異なる範囲を数えたものである。
日本は原署名国であり,協議国でもある。
原署名国であること,協議に参加する地位があること,南極で領有権を主張することは,それぞれ別の問題である。
第4 南極で禁止されていることは何ですか?
1 条約本体と環境保護のルールを分ける
南極での行動を調べるときは,南極条約だけでなく,環境保護に関する南極条約議定書と,日本の「南極地域の環境の保護に関する法律」等も確認する必要がある。
環境保護議定書は1991年に採択され,1998年に発効した。
動植物の保護,廃棄物,海洋汚染,保護地区などを扱い,科学的調査を除く鉱物資源に関する活動を第7条で禁止している。
これらを一括して「南極条約に書かれた禁止」とすると,どの文書が何を定めているかが分からなくなる。
条約本体の原則と,環境保護のための具体的なルールを区別して読むことが必要である。
2 ペンギンへの接触・ごみ・保護地区
環境省の「基本的な配慮事項」は,ペンギンなどの鳥やアザラシを捕まえること,群れを乱すこと,餌を与えること,触ることなどを,禁止されている行為の例として挙げている。
鳥の卵を持ち帰ること,コケを踏みつけること,ペットの持込み,ごみの投棄や屋外での焼却なども同ページで案内されている。
同ページは,科学調査のためであっても,動物の捕獲や南極特別保護地区への立入りには手続が必要だと説明している。
研究目的なら手続なしで自由に行動できるということではない。
観測や旅行の具体的な計画では,活動内容と適用される手続を,環境省の最新の案内で確認する必要がある。
第5 南極はどこの国のものか,日本はどう関わるか
1 領有権の主張を消したのではなく,立場を凍結した
南極条約第4条は,各国の従来の領有権主張や,他国の主張を認めるかどうかについての立場を保存する。
条約の有効期間中は,新たな領有権の主張や既存主張の拡張が認められず,同期間中の活動から領土主権の権利が生じることもない。
このため,「どの国の主張もすべて消滅した」と説明することも,「観測基地を設ければ領土になる」と説明することも正確ではない。
日本については,その前に成立したサンフランシスコ平和条約第2条(e)による請求権放棄との関係もある。
放棄,南極条約による凍結,鉱物資源活動の規制の関係は,南極条約と日本の立場―請求権放棄・領有権の凍結・2048年問題(AI作成)で詳しく扱う。
2 2048年に条約が失効するわけではない
南極条約と環境保護議定書に,2048年に自動的に終了するという期限はない。
同年は,議定書の発効から50年が経過し,協議国が運用を検討する会議を要請できる時期に関係する。
検討会議の仕組みがあることと,鉱物資源活動の禁止が自動的に解除されることは異なる。
改正の採択・効力発生や鉱物資源活動の禁止の変更には別の条件がある。
具体的な条文の読み方は,専門記事の2048年問題の節を参照されたい。
第6 南極条約の内容は何ですか?
南極条約の内容を短くまとめると,南極の平和利用,科学的調査の自由と国際協力,領有権主張の凍結,核爆発・放射性廃棄物処分の禁止,そして査察・協議の仕組みである。
領有権の対立を全面的に解決してから協力を始めるのではなく,各国の立場を保存しながら共通の活動ルールを設けた点に特徴がある。
訪問者の具体的な行動や資源活動の可否まで判断するには,環境保護議定書や国内法を重ねて確認する。
条約の概要,環境保護のルール,日本の領土に関する立場という三つの観点を分けると,関連する情報を整理しやすい。
第7 関連記事
日本の請求権放棄と,南極条約第4条及び2048年問題の関係は,南極条約と日本の立場―請求権放棄・領有権の凍結・2048年問題(AI作成)を参照されたい。
サンフランシスコ平和条約の署名・発効,領域条項と全体の構造は,サンフランシスコ平和条約とは何か――署名・発効,主権回復及び全27条の法的構造(AI作成)で説明している。
第8 出典・参考資料
① 南極条約事務局「The Antarctic Treaty」。署名・発効,締約国数,平和利用・科学調査・領有権・査察の概要。
② 南極条約原文。第1条~第7条及び第9条。第1条はPDF1頁,第4条・第5条はPDF2頁,第6条・第7条はPDF3頁,第9条はPDF4頁。
③ 外務省「南極条約・環境保護に関する南極条約議定書」(令和8年4月28日)。条約と議定書の概要,締約国・協議国,日本の地位。
④ 環境省「基本的な配慮事項」。動物への接触,ごみ,保護地区等の行為別案内。
⑤ 南極条約事務局「The Protocol on Environmental Protection to the Antarctic Treaty」。鉱物資源活動の禁止,終了日がないこと,2048年以降の検討会議と改正の条件。