第1 この記事の結論と基準日
【基準日:令和8年10月15日】
成果物を発注したことと,受注者が持つ著作権,特許を受ける権利,図面,ノウハウ又はデータを発注者が自由に使えることは別の問題である。
令和8年10月1日に改正された取適法運用基準とフリーランス法の考え方は,知的財産権等の譲渡・許諾等を給付の内容に含める場合,その範囲を発注時に明らかにし,対価を代金又は報酬へ反映する考え方を明確にした。
もっとも,取適法とフリーランス法は,適用対象となる当事者と取引が異なる。
また,両法が適用されない取引でも,独占禁止法上の優越的地位の濫用や契約上の問題がなくなるわけではない。
最初に適用法を分け,次に発注対象,利用範囲,対価及び変更手続を一組で記録する必要がある。
第2 まず適用する法律を分ける
1 取適法の対象となる取引
取適法は,製造委託,修理委託,情報成果物作成委託及び役務提供委託について,当事者の規模要件等を満たす場合に適用される。
契約書の名称ではなく,実際に何を委託し,当事者がどの規模要件に該当するかを確認する。
取適法4条は,委託後直ちに給付の内容,代金額,支払期日等を明示することを求める。
契約が成立したかという民法上の問題と,取適法上の明示義務を履行したかという問題は別に確認する。
2 フリーランス法の対象となる取引
フリーランス法は,業務委託事業者が特定受託事業者へ業務委託をする場合に,3条通知による取引条件の明示等を求める。
3条の明示義務は,特定業務委託事業者だけでなく,すべての業務委託事業者に適用される点に注意する。
相手が個人名義であるというだけで適用を決めず,従業員の使用,法人の役員数その他の定義を確認する。
取適法とフリーランス法のいずれにも該当し得る取引では,それぞれの要件と義務を別々に照合する。
3 独占禁止法の検討が残る場合
両法の規模要件等を満たさなくても,発注者が受注者に対して取引上優越する地位にあり,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える場合は,独占禁止法上の優越的地位の濫用が問題となり得る。
会社規模の差だけで結論を出さず,取引依存度,取引先変更の可能性,専用投資,協議経過及び取引継続への影響を具体的に確認する。
第3 譲渡・許諾等の対象を特定する
1 「等」は権利だけを指さない
改正資料にいう「知的財産権等」は,特許権や著作権等の権利だけでなく,技術上又は営業上の秘密等を含み,ノウハウも対象になる。
公正取引委員会は,令和8年10月1日の意見募集結果で,「譲渡・許諾等」には技術上又は営業上の秘密等の提供も含まれると説明した。
したがって,注文書では「知財は発注者に帰属する」とだけ書かず,少なくとも対象となる成果物,既存技術,図面,素材,中間成果物,生産データ及びノウハウを分ける。
権利を移転するのか,目的内で利用を許すのか,閲覧・引渡し・アクセス付与をするのかも区別する。
2 利用範囲を構成する要素
利用許諾では,目的,期間,地域,独占性,利用主体,関係会社・委託先への提供,再許諾,改変,複製,二次利用及び終了後の取扱いを確認する。
データでは,取得項目,頻度,保存先,分析,第三者提供,派生データ及び再学習等の利用を具体化する。
著作権譲渡では,著作権法27条・28条の権利を含むかを特掲し,著作者人格権の不行使とは別に定める。
特許等では,出願前の発明,出願権,登録後の権利,外国出願及び改良成果を区別する。
第4 取適法4条の発注明示へ落とす
1 給付の内容に含める場合
知的財産権等の譲渡・許諾等を中小受託事業者の給付の内容とする場合,取適法4条の明示では,その対象と範囲を給付内容の一部として明らかにする。
代金の額を決めるときは,委託した成果物等だけでなく,知的財産権等の譲渡・許諾等の範囲を考慮する必要がある。
基本契約で共通条件を定める場合も,個別発注がどの基本契約・版・別紙を参照するのかを対応させる。
包括的な知財条項があるというだけで,個別発注の対象と利用範囲が特定されているとは限らない。
2 別の取引にする場合
知的財産権等の譲渡・許諾等を給付の内容に含めず,別途ライセンス契約等を締結する方法もある。
この場合も,対象,範囲及び対価を明確にする。
成果物代金と知財対価を常に別の金額欄へ分けなければならないという意味ではない。
ただし,合計額で合意するなら,どの利用範囲を含む価格か,範囲が変わるときにどう再協議するかを読めるようにする。
第5 フリーランス法の3条通知へ落とす
1 給付内容と報酬を対応させる
業務委託の目的たる使用の範囲を超える知的財産権等の譲渡・許諾等を給付の内容に含める場合,3条通知の給付内容にその範囲を明確に記載する。
その対価は報酬に加える必要がある。
成果物,納期,検査方法及び報酬だけを記載し,著作権全部譲渡や広い二次利用を別の約款に埋め込むと,通知から実際の給付内容を把握しにくくなる。
通知本文から別紙・基本契約を参照する場合も,参照先と適用する版を特定する。
2 給付内容に含めない場合
知的財産権等の譲渡・許諾等を給付内容としない場合でも,トラブル防止のため,その範囲を明確にすることが望ましいとされる。
別契約にするなら,元の業務委託と対象,対価,開始時期及び終了時期を混同しない。
第6 対価を決めるときの実務
1 価格に含めるなら根拠を残す
成果物代金に知財対価を含める場合は,対象権利,利用範囲,独占性,代替性,利用期間,利用地域,第三者提供,期待される収益及び受注者が失う利用機会を確認する。
価格表,見積書,協議メモ及び決裁資料を残し,権利範囲を広げたのに価格を据え置いた理由を後から説明できるようにする。
公正取引委員会の知財取引指針は,固定額,売上連動,マイルストーン等の対価設定の選択肢を示す。
どの方式が適切かは,成果の不確実性,管理コスト,検証可能性及び取引継続期間に応じて決める。
2 追加利用は変更管理の対象にする
当初は社内検討だけであったのに,量産,第三者販売,海外展開,学習用データ利用又は関係会社への展開を後から求める場合,利用範囲の変更である。
追加範囲,対価,納期,秘密管理,第三者との権利関係及び受注者の既存顧客への影響を協議する。
取適法対象の取引で,給付内容と異なる範囲の譲渡・許諾等を無償で求め,受注者の利益を不当に害する場合は,不当な経済上の利益の提供要請の問題となり得る。
契約に「関連する一切の権利」と書かれていることだけで,追加利用の対価協議を不要と扱わない。
第7 発注書・契約書の確認項目
| 確認欄 | 発注時に特定する内容 | 証拠として残すもの |
|---|---|---|
| 対象 | 成果物,既存技術,中間成果物,図面,データ,ノウハウ | 仕様書,別紙一覧,版 |
| 行為 | 譲渡,利用許諾,開示,引渡し,アクセス付与 | 注文書,知財別紙 |
| 範囲 | 目的,期間,地域,独占性,第三者利用,改変等 | 利用条件,協議記録 |
| 対価 | 別建て又は成果物代金に含む範囲,算定方法 | 見積書,価格根拠,決裁 |
| 変更 | 追加利用の申入れ,見積り,承認,開始時期 | 変更注文,メール,議事録 |
| 終了 | 利用継続,返還・削除,データ保持,存続条項 | 終了確認書,削除記録 |
発注担当者,技術担当者,法務及び経理が同じ対象表を参照できるようにする。
契約締結後に知財別紙を作る予定であっても,発注時点で決めるべき範囲と,正当な理由により未確定の事項を区別する。
第8 紛争時に確認する証拠
受注者側では,見積前提,権利・情報の一覧,譲渡又は許諾を求められた時期,協議内容,対価への反映,拒否・修正提案への回答及び取引継続への影響を保存する。
発注者側では,必要な利用目的,範囲を限定した理由,価格決定資料,基本契約と個別注文の対応及び追加利用時の変更手続を保存する。
行政への相談・申告と,契約上の差止め・損害賠償又は契約条項の無効等を争う民事手続は別である。
取適法運用基準や知財取引指針に問題となり得る事例があることだけで,個別契約の民事上の効力や損害額が自動的に決まるわけではない。
第9 一次資料と確認範囲
①取適法(e-Gov)4条,5条
②フリーランス法(e-Gov)3条,5条
③独占禁止法(e-Gov)2条9項5号,19条
④著作権法(e-Gov)18条~20条,27条,28条,59条,61条
⑤公正取引委員会「知財取引指針」4頁~5頁,28頁~48頁,75頁~76頁
⑥公正取引委員会「契約書ひな形」
⑦取適法運用基準及びフリーランス法の考え方の改正(令和8年10月1日)
⑧改正に対する意見募集結果1頁~15頁
⑨改正後の取適法運用基準
⑩改正後のフリーランス法の考え方7頁~11頁
取適法運用基準及びフリーランス法の考え方は行政機関が示す運用・解釈資料であり,法令又は裁判所の判決そのものではない。
知財取引指針の匿名事例も,個別の違反認定又は裁判例ではない。
今回確認した公表資料には,この発注明示・対価の改正を直接判断した特定の判決は掲げられておらず,本記事は判例秘書の網羅的検索結果に基づくものではない。
関連する交渉・証拠保全は,図面・ノウハウ・生産データを無償で求められたときを参照されたい。
製造委託契約全体の審査は,製造委託の取引基本契約書を受注者側から審査するポイントで説明している。