第1 漏水の原因と請求先を分ける
1 上の階から水が来たというだけでは決まらない
マンションの漏水では,原因箇所が専有部分か共用部分か,設備や建物が通常有すべき安全性を欠いていたか,誰が管理していたかを確認する必要がある。
水が流れ込んだ位置だけで,直上階の所有者や管理会社に責任があると決めることはできない。
本記事は,令和8年10月10日を基準日とし,最高裁令和8年1月22日第一小法廷判決(令和6年(受)第385号)を中心に,共用部分についての管理組合の責任と相談時の確認事項を整理する。
修繕の要求,損害賠償及び保険の請求は,それぞれ根拠と対象を分けて検討する。
2 被害拡大の防止と記録
まず,漏水の停止,電気設備への危険の確認及び必要な応急措置を管理者や専門業者と相談することが重要である。
安全確保を優先しつつ,発見日時,濡れた範囲,雨や設備使用との関係,写真・動画,連絡履歴及び応急措置の内容を残すのがよい。
撤去や修繕によって原因箇所が分からなくなることがあるため,可能な範囲で施工前後の写真,原因調査報告,図面及び業者の説明を保存する。
費用の見積書・請求書と,誰が作業を依頼し負担したかという記録も区別して残す必要がある。
第2 最高裁令和8年1月22日判決
1 共用部分の亀裂による漏水事故
本件では,外壁コンクリート躯体部分及び床下スラブ部分の亀裂等により,専有部分への漏水が繰り返し発生した。
最高裁公開本文は,当該部分が共用部分であり,亀裂等が工作物の設置又は保存の瑕疵に当たるという原審の確定した事実を前提としている。
管理組合の規約には,共用部分の管理,保全・保守・修繕を管理組合が行う旨の定めがあった。
原審は,管理組合が民法717条1項本文の占有者に当たらないとして,その規定による損害賠償請求を棄却した。
最高裁は,この占有者該当性の判断を是認しなかった。
2 管理組合の占有者該当性
最高裁は,民法717条1項本文の趣旨を,通常有すべき安全性を欠く工作物を支配管理し,損害を防止すべき地位にある者に責任を負わせるものと説明した。
区分所有法3条前段の区分所有者の団体は,特段の事情がない限り,共用部分について同項本文の占有者に当たるとした。
共用部分の管理を団体が行うという区分所有法の仕組みと,団体の財産から賠償することが区分所有者の通常の意思や被害者の保護に沿うことを理由としている。
管理者の選任や権限に関する規定があることだけでは,この判断は左右されない。
3 賠償の全要件を確定した判決ではない
最高裁は,損害賠償請求に関する部分を破棄し,損害額等について更に審理するため東京高等裁判所へ差し戻した。
管理組合にすべての漏水被害を無条件で賠償させた判決でも,修繕要求などのすべての請求を認容した判決でもない。
個別事案では,団体の性質,原因箇所,瑕疵,損害との因果関係,損害額及び占有者の免責に関する事情を別に確認する必要がある。
本判決の占有者該当性の判断と,差戻審で検討される問題を分けて理解することが重要である。
第3 民法717条の責任構造
1 占有者と所有者を区別する
民法717条1項は,土地の工作物の設置又は保存の瑕疵によって他人に損害が生じたときの占有者の責任を定める。
ただし,占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは,所有者が損害を賠償しなければならないとされる。
したがって,管理組合を占有者と評価できることと,所有者の責任まで同じ根拠で判断できることは同一ではない。
管理組合を共用部分の所有者と書き換えたり,占有者にも所有者と全く同じ免責のない責任があると説明したりしてはならない。
2 必要な注意と原因についての責任
点検,修繕,漏水の申出への対応,過去の事故,専門業者の調査及び応急措置の記録は,必要な注意をしたかという判断の資料となる。
修繕計画があったという一事だけで,個々の危険に対する注意が尽くされたとは限らない。
同条3項は,損害の原因について他に責任を負う者がある場合の求償を定める。
被害者への賠償と,施工業者・管理会社等への求償は別に整理し,契約,作業内容及び責任原因を確認する必要がある。
第4 請求先を検討するための資料
1 共用部分か専有部分か
規約,建物図面,配管図,設備の構造,管理・修繕の実態及び業者の原因調査報告を確認する。
専有部分内にあることだけで,設備の帰属や管理責任が確定するとは限らない。
原因が確定していない段階では,調査の進捗と複数の可能性を明示するのがよい。
2 管理会社の責任は契約等を確認する
管理組合,管理者,管理会社及び施工業者は別の主体である。
管理会社については,管理委託契約の業務範囲,報告・点検・修繕手配の内容,通知を受けた時点及び実際の対応を確認する。
最高裁の管理組合についての占有者該当性を,管理会社へそのまま移すことはできない。
3 修繕と損害賠償を分ける
漏水を止めるための修繕,専有部分や家財の損害の賠償,調査費用及び被害拡大防止のための費用は,目的と根拠を分けて検討する。
民法717条による損害賠償が問題になることだけで,修繕を直接請求する権利の根拠まで説明したことにはならない。
規約,区分所有法,契約及び各請求の相手方を確認する必要がある。
第5 損害と保険を確認する
1 損害の範囲を具体化する
復旧工事,家財,仮住まいその他の支出について,必要性,金額,事故との関係及び実際の負担者を整理する。
写真だけでなく,見積書,領収書,使用不能の期間,応急措置の記録及び業者の意見を対応させることが重要である。
同じ費用を修繕費と損害賠償で重複して計上したり,被害以前の劣化や別原因の損傷まで無条件に含めたりしないよう確認する。
見積額,実際に支払った額及び争われている額を分けるのがよい。
2 保険の対象と責任の有無は同じではない
管理組合や区分所有者が加入する保険については,契約者,被保険者,対象事故,補償範囲,免責,通知・請求の条件及び支払済みの額を確認する。
保険の名称だけで補償の有無を決めず,約款と契約内容に基づいて判断する必要がある。
保険金の支払,損害賠償及び保険者の代位によって,誰がどの部分を請求できるかが変わることがある。
示談をする前に,既払金,請求権の帰属及び保険会社との連絡状況を確認するのがよい。
第6 相談・管理組合対応の確認事項
①原因箇所と,共用・専有の区別
②管理組合の規約,管理委託契約及び図面
③点検・修繕履歴,過去の漏水と対応記録
④今回の連絡,原因調査,応急措置及び修繕の記録
⑤損害の項目・金額・根拠と,既払金
⑥保険契約,通知・請求の条件及び支払状況
⑦修繕要求,賠償請求,求償の相手方と各根拠
この確認事項は,判決が定めた法定様式ではなく,原因・管理・損害を混同しないための実務上の提案である。
管理組合の意思決定に関しては,マンション管理組合の理事長を理事会で解職できるかを,大規模修繕の発注に関しては,マンション大規模修繕工事の受注調整と管理組合の対応も参照。
第7 出典
①最高裁令和8年1月22日第一小法廷判決,令和6年(受)第385号,公開本文1頁~3頁
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-95402.pdf
②民法717条
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
③建物の区分所有等に関する法律3条,18条,19条,25条及び26条等。最高裁の理由中の参照条文と,個別事件に適用される時点の条文を区別する必要がある。
https://laws.e-gov.go.jp/law/337AC0000000069
④東京弁護士会LIBRA令和8年10月号の本判決解説。問題の所在を把握するために参照し,判示の内容と破棄差戻しの範囲は上記①で確認した。
https://www.toben.or.jp/message/libra/libra-2026-10.html