第1 証拠を求める経路を分ける
1 裁判所の訴訟記録と裁判所不提出証拠
再審の準備では,まず,求める資料が裁判所に提出された訴訟記録なのか,検察庁又は警察等に保管されている裁判所不提出証拠なのかを確認する必要がある。
刑事訴訟法40条の書類閲覧・謄写と,裁判所不提出証拠の任意開示又は将来の新しい証拠提出命令制度を,同じ請求権として扱ってはならない。
令和8年8月13日施行の改正では,40条1項の「書類」に訴訟終結後の訴訟記録が含まれることが明記された。
これだけで,警察が持つ未送致の資料や検察官の全手持ち証拠に,同じ閲覧・謄写権が生じるわけではない。
制度全体と段階的施行については,令和8年の再審制度改正及び刑事再審の仕組みを参照されたい。
2 新制度の施行と任意開示
本記事は令和8年10月7日現在の資料を基準とする。
法務省の掲載では,新しい調査・審判手続及び証拠提出命令等の本体部分は,公布の日から起算して1年を超えない範囲内の政令指定日から施行される部分として示されている。
8月13日の抗告関係改正又は10月20日と掲載された費用補償部分の施行と,本体部分の施行を混同しないことが必要である。
成立改正法附則4条2項は,裁判所による任意の提出・開示の勧告及び検察官による任意の提出・開示を,事案に応じ適切に行うものとしている。
同項も本体施行部分に属するが,従来の任意開示という運用と,新たな強制的な提出命令を別の経路として把握する手掛かりとなる。
旧請求事件の新制度適用については附則9条による区分があるため,「施行後は係属事件にも一律に新しい提出命令が使える」とは説明できない。
第2 警察保管証拠に関する最高裁決定
1 通常審の判例が示した対象範囲
最高裁第三小法廷平成19年12月25日決定(平成19年(し)第424号,刑集61巻9号895頁)は,通常審の公判前整理手続・期日間整理手続における証拠開示命令の対象について判断した決定である。
偽造通貨行使事件で供述調書等の任意性を争う弁護人が,取調べメモ・備忘録等の開示を求め,検察官が手持ち証拠にないこと等を理由に応じなかった事案で,最高裁は開示を命じた高裁の結論を維持した。
決定全文PDF4頁は,316条の26第1項の証拠開示命令の対象が,検察官が現に保管する証拠に限られず,当該事件の捜査過程で作成又は入手した書面等で,公務員が職務上現に保管し,検察官が容易に入手できるものを含むとする。
ただし,これは再審請求審の新しい445条の2を直接適用した決定ではない。
2 備忘録と純粋な個人メモを区別する
同決定4頁~5頁は,専ら自己使用のために作成され,他に見せたり提出することを全く想定しないメモを,当然に証拠開示命令の対象とすることを認めていない。
他方,犯罪捜査規範13条に基づき,取調べの経過等を記録し,捜査機関が保管する備忘録は個人的メモの域を超える捜査関係公文書であり,取調べ状況の証拠調べが行われる場合には開示対象となり得ると判断した。
したがって,「取調べメモ」という名称だけで対象・対象外を決めることはできない。
作成目的,記載内容,保管の主体・場所及び当該事件との関連を確認する必要がある。
この決定の読み方として,すべての警察官の私的メモが開示されると一般化するのは適切ではない。
第3 附帯決議を申入れにどう生かすか
1 警察等の証拠と一覧表
参議院法務委員会附帯決議第3項は,検察官の現実の保管に限られない通常審の上記判例を踏まえた運用に努め,捜査機関が証拠を適正に保管・送致することを求めている。
同第1項は,裁判所の意向を踏まえた任意の提出・開示と,事案に応じ,裁判所が勧告した場合の証拠一覧表の提出・交付に応じることを含む適切な運用の検討を求める。
法務省刑事局長の令和8年8月6日付依命通達7頁は両院附帯決議への留意を求め,別紙2(PDF10頁~11頁)に上記事項を収録している。
申入れでは,判例が通常審に関するものであること,附帯決議が再審でそれを踏まえた運用を求めていることを,それぞれ明示するのが適切である。
附帯決議それ自体から,請求人が全証拠一覧表の交付を強制できる権利が生じたと扱ってはならない。
2 裁判所限りの一覧表とは異なること
本体施行後の445条の3は,提出命令の要否を判断するため,裁判所が検察官に証拠又は指定範囲の標目一覧表の提示を命じる制度である。
同条3項は,その証拠・一覧表を何人にも閲覧・謄写させることができないと定めている(成立法PDF10頁)。
請求人・弁護人に交付される任意の一覧表と,裁判所限りで見る法定の一覧表は,閲覧する者も効果も異なる。
一覧表を求める場合は,「裁判所限りの提示を求めるのか」「弁護側にも交付される任意の一覧表を求めるのか」を申入書に明示することが有用である。
一覧表が得られた場合も,そこに記載された範囲と,調査された保管機関の範囲を確認し,記載がないことだけで資料の不存在を断定しないことが必要である。
第4 所在調査と開示申入れを具体化する
1 資料ごとに整理する事項
弁護側の申入れでは,単に「未開示証拠全部」と記載するだけでなく,どの再審理由と関係し,どのような資料が,どこに存在すると考えるかを具体化することが考えられる。
以下は本記事の実務上の整理方法であり,すべての事項が法定の申立要件であるとするものではない。
| 項目 | 記載・確認する内容 |
|---|---|
| 資料の特定 | 取調べの対象者・日付・担当部署,鑑定の基礎資料,写真・映像・実験記録等の種類と範囲。 |
| 関連性と必要性 | どの認定,供述の信用性又は鑑定条件を検証するか。既開示資料だけでは確認できない点。 |
| 保管と入手の手掛かり | 作成・取得部署,引用された報告書,送致・移管の記録等。検察庁の手持ち外の調査を求める理由。 |
| 求める対応 | 存否・所在の確認,任意の提出・開示,一覧表の交付,裁判所による勧告等を分ける。 |
| 弊害と方法 | 関係人の情報について,必要範囲の限定,部分開示等の方法を検討し,検証目的を説明する。 |
| 回答の記録 | 調査した機関・資料範囲,対象・対象外の理由,存在しないのか未調査なのかを確認する。 |
2 申入れの記載例
例えば,供述の信用性に関係する取調べ経過を検証する場合は,次のように事実と要請を分けて記載することが考えられる。
具体的な事件に用いる場合は,対象者,日時,既存証拠との関係及び現在の適用法を確認し,事件の事情に合わせる必要がある。
①対象資料:対象者に対する特定期間の取調べについて,担当警察官が職務上作成・保管した備忘録,取調べ経過の記録及び関連する報告書。
②必要性:確定判決が採用した供述の成立経過について,既開示の調書と他の資料との間に確認を要する点があり,その検証に必要である。
③所在確認:検察庁の現保管資料だけでなく,当該捜査部署等に職務上保管された資料の存否及び容易な入手の可否について確認を求める。
④要請する方法:まず任意の開示を求める。範囲・所在に争いがある場合は,裁判所による勧告,任意の一覧表の提出・交付等について協議を求める。
⑤回答の区別:不存在,廃棄,移管,保管はあるが不開示,調査未了を区別し,確認可能な範囲で理由と調査範囲の説明を求める。
上記の要請に対して常に回答・開示が義務付けられるとする趣旨ではない。
最高裁決定は,対象性だけを抽象的に否定して存否・弊害の具体的な釈明に応じなかったという事案の経過も踏まえているため,申入れと回答の経過を残すことには意味がある。
第5 主張や証拠の誤りが判明した場合
参議院附帯決議第2項は,検察官が従前の主張や証拠の誤りを把握した場合,速やかな撤回,裁判所・弁護人への経緯の説明,関係証拠の開示等の適正な是正措置を求めている。
新しく一つの資料が開示されたことと,従前の主張が正式に撤回・訂正されたことは別に確認する必要がある。
弁護側では,誤りがあると考える主張の箇所,その根拠,新資料との相違及び影響を受ける他の証拠を整理し,何が維持され,何が訂正されたかを明らかにするよう求めることが考えられる。
一覧表や開示記録に加え,訂正前後の書面と説明の経過を保存しておけば,裁判所が争点と証拠関係を把握するための資料となる。
附帯決議を引用する際も,それを法律上の独立した請求権や裁判例の結論として紹介してはならない。
第6 入手後の証拠管理
証拠を得た後は,入手経路,原資料と複製の別,開示範囲,謄写日,閲覧者及び提供先を記録し,鑑定等で外部専門家に示す場合には,対象となる法的規制と目的を確認することが必要である。
本体施行後の445条の4~445条の6及び附則10条では,新旧の再審請求事件について,複製等の管理・目的外使用禁止と刑罰の適用時点に違いがある。
申立てが古い事件だから規制がすべて適用されないと判断したり,支援活動や報道であれば一律に免責されると判断したりしてはならない。
目的外使用規制の対象と配慮事項については,民事裁判における証拠の目的外使用禁止の検討と再審規定との比較で説明している。
申入れ段階から「何のために必要で,誰がどの範囲を取り扱うか」を説明できる状態にしておくことが,開示後の検証と証拠管理の双方に役立つと考えられる。
第7 出典と判例の射程
①刑事訴訟法40条,316条の26及び再審関係規定。
②令和8年法律第67号1頁,9頁~12頁,18頁~19頁,22頁~23頁。特に445条の2~445条の6及び附則4条・9条・10条。
③法務省の成立法・施行日掲載ページ。
④最高裁第三小法廷平成19年12月25日決定(平成19年(し)第424号,刑集61巻9号895頁),全文4頁~5頁。判例秘書の本文とも照合した。
⑤参議院法務委員会附帯決議第1項~第4項。
⑥令和8年8月6日付の法務省刑事局長依命通達7頁,10頁~11頁。
上記最高裁決定は通常審の証拠開示命令についての判例である。
再審の新しい証拠提出命令に関する個別裁判例と同視せず,附帯決議が求める運用と,法律上の新制度及び経過措置を区別して利用する必要がある。