第1 本記事の対象と資料
1 対象とする文書
本記事は,本ブログに掲載した「加害行為の防止に関する警察との連携等について(令和8年4月24日付の最高裁民事局第三課長及び総務局参事官の事務連絡)」(PDF7頁)の内容を整理し,民事執行法6条の警察上の援助,執行官規則による監督及び刑法上の保護と併せて,強制執行の現場の安全確保を説明するものである。
基準日は令和8年10月6日であり,条文は同日にe-Gov法令検索で確認した。
このPDFには,表題の事務連絡だけでなく,次の4点の文書が綴じられている。
①最高裁判所事務総局民事局第三課長及び総務局参事官から地方裁判所事務局長宛ての事務連絡「加害行為の防止に関する警察との連携等について」(令和8年4月24日。PDF1頁~2頁)
②その別添として,警察庁生活安全局生活安全企画課長,警察庁長官官房参事官(教養・厚生・国際担当)及び警察庁刑事局組織犯罪対策部組織犯罪対策第一課長から警視庁の各部長及び各道府県警察本部長宛ての通知「民事執行法(昭和54年法律第4号)に基づいた執行官の職務の執行に関する裁判所との連携について」(警察庁丁生企発第242号,丁参人発第298号,丁組一発第315号,令和8年4月24日。PDF3頁)
③最高裁判所事務総局民事局参事官から地方裁判所(民事)首席書記官宛ての事務連絡「加害行為の防止に関する警察との連携等における具体的取組について」(令和8年4月24日。PDF4頁~6頁)
④③の別添資料「執行官の職務について」(○○地方裁判所名義の1枚もの。PDF7頁)
①と③の各頁には機密性2の表示があり,②には原議保存期間を1年(令和10年3月31日まで)とする表示がある。
以下では,①を「第三課長等事務連絡」,②を「警察庁通知」,③を「民事局参事官事務連絡」,④を「別添資料」と呼ぶ。
2 契機となった事件
警察庁通知は,「本年1月15日」に,民事執行法に基づく執行官の職務の執行に際して,執行官等が関係者に刃物で刺される事案が発生したことを受けて,裁判所から事務連絡が発出されたと記載している。
第三課長等事務連絡も,執行の現場において債務者の加害行為により執行官及び関係者が死傷する事案が発生したと記載している。
時事通信の令和8年1月15日付け配信記事によれば,同日午前10時頃,東京都杉並区のアパートで家賃滞納による住宅明渡しの強制執行のため訪問した東京地方裁判所の執行官と保証会社の社員が包丁で刺され,保証会社の社員が死亡し,住人の男が殺人未遂の疑いで現行犯逮捕された。
共同通信の同年4月27日付け配信記事は,最高裁判所が全国の地方裁判所に対し,再発防止に向けて各地の警察本部と協議を行うなど連携強化を求める事務連絡を出したと報じている。
刑事事件の帰すうは本記事の対象外であり,報道を超える事実関係及び刑事責任は確定したものとして扱わない。
第2 第三課長等事務連絡の内容
1 裁判所の内部だけでは限界があるという認識
第三課長等事務連絡は,公務遂行に対する加害行為を防止し,裁判所の職員や利用者,関係者らの安全を確保するためには,まず裁判所内部で関係職員間の意思疎通を十分に図り,有効な対策を講じる必要があるとする。
その上で,裁判所の内部だけの対応では限界があり,特に執行の現場のような庁舎外での公務遂行の場面における安全の確保については,警察との連携が重要であると述べている。
2 警察署との連携の再確認
同事務連絡は,これまでも各庁が,対応する警察署との間で連絡態勢の整備,関連する情報の交換,訓練の実施等を通じて連携を図ってきたものと承知しているとした上で,この機会に警察署との連携の重要性を改めて確認し,加害行為の防止及び職員や利用者,関係者らの安全確保に特段の配慮をするよう求めている。
3 都道府県警察本部との連携
同事務連絡の中心は,連携の相手方を広げた点にある。
これまでは,主に裁判所敷地内での加害行為を念頭に,裁判所庁舎所在地を所轄する警察署との連携が中心であったと考えられるが,執行の現場のような庁舎外での公務遂行では,緊急事態が当該警察署の管外で生じ得る。
そこで同事務連絡は,各庁に対し,対応する都道府県警察本部との間でも打合せや協議を行うなどして連携を図るよう求めている。
また,同事務連絡は警察庁と協議済みであり,警察庁からも都道府県警察に対して別添の通知(警察庁通知)が送付されると記載している。
裁判所の敷地内での加害行為については,最高裁判所事務総局総務局参事官の平成28年8月23日付け事務連絡「裁判所の敷地内において加害行為が発生した際の留意点について」が既にある。
本記事では,令和8年の第三課長等事務連絡を,敷地内を念頭に置いた従来の連携を,庁舎外の執行現場へ広げるものと整理する。
第3 警察庁通知の内容
1 宛先と位置付け
警察庁通知は,警視庁生活安全部長,警務部長,刑事部長及び地域部長並びに各道府県警察本部長に宛てられ,各管区警察局広域調整部長及び各方面本部長が参考送付先とされている。
発出者は,生活安全企画課長,長官官房参事官(教養・厚生・国際担当)及び組織犯罪対策第一課長の3者である。
2 求められた対応
警察庁通知は,最高裁判所事務総局から警察庁に加害行為の防止に関する協力の依頼があったことから,今後,都道府県警察に対しても,裁判所から事務連絡に沿って協力が求められると想定されるとする。
その上で,これまでも主に警察署で民事執行法6条に基づく警察上の援助の請求に際して,裁判所と連携して状況に応じて警察官を出動させるなど適切に対応してきたが,民事執行時の警察上の援助に限らず,都道府県警察本部も含めて,対応する裁判所と平素から連携体制を構築するとともに,訓練の協力の依頼に応じるなど,同種事案の防止に向けて適切に対応するよう求めている。
つまり,警察庁通知は,個別の執行での援助要請への対応と,平素からの連携体制の構築とを区別し,後者にまで対応を広げることを都道府県警察に求めたものである。
第4 民事局参事官事務連絡の具体的取組
1 庁として警察本部と連携する
民事局参事官事務連絡は,民事執行法6条1項に基づく警察上の援助要請は事件を担当する執行官が行うものであるとした上で,その前提として都道府県警察本部との間で打合せや協議等を行い,日常から連携を図る取組については,執行官任せにせず,民事部として事務局と密に連携して庁として行うのが相当であるとする。
また,執行官が援助を要請するのは当該執行現場の所轄警察署であるから,実際の要請の場面で当該警察署への要請が滞りなく行われるよう,都道府県警察本部から管内の各警察署への周知についても協議し,認識を共有しておくことが相当であるとしている。
2 連携の具体的な内容
同事務連絡は,警察署との連携の具体的な内容として,次の3点を挙げる。
①裁判所と警察署との連絡態勢の整備(日常的な連絡態勢と緊急事態が発生した場合の連絡態勢の双方)
②関連する情報の交換
③執行現場で加害行為等に遭遇した場面を想定した訓練の実施
あわせて,最高裁判所が,裁判所職員総合研修所で実施する執行官に対する中央研修に埼玉県警察本部の協力を得る方向で調整していること,実施した研修の内容を改めて各庁に情報提供する予定であることを知らせている。
3 監督官・監督補佐官による現場の実情把握
同事務連絡は,都道府県警察本部との打合せや協議に当たり,執行の現場の実情を庁として把握しておく必要があるとし,執行官の監督官及び監督補佐官が,執行の現場に臨場し,職務の執行を監察する権限(執行官規則5条2項2号)を活用して現場に同行し,実情を実際に見ておくことも考えられるとしている。
執行官規則5条2項は,監督官が自ら行い,又は監督補佐官に命じて行わせることができる事項として,記録・帳簿・保管金品の調査(1号),職務を執行する現場に臨み,その職務の執行を監察すること(2号),一定の事項を指定した報告(3号)及び事務の取扱い又は行状についての注意(4号)を定めている。
監督官及び監督補佐官の指名の範囲は,執行官―職務,権限,監督,採用選考及び最高裁判例で整理している。
4 警察上の援助要請の実情の把握
同事務連絡は,自庁における警察上の援助要請の実情の把握も必要であるとする。
地域差もあり得るとしつつ,執行官からは,援助要請に当たり,要請の具体的な相談以前に,執行官の身分や職務に関する基本的な説明から求められることも多く,円滑な要請に支障があるとの実情を聞くことがあるという。
そこで同事務連絡は,各庁において援助要請時の管内の状況を執行官からヒアリングし,管内の警察署が執行官の職務をどの程度認識しているかを踏まえて,都道府県警察本部との打合せや協議に臨むことが望ましいとし,その説明に使うための別添資料を作成したとしている。
5 今後の実施状況の照会
同事務連絡は,今後の警察との連携等のため,都道府県警察本部との連携に向けた取組の実施状況や,警察上の援助要請に関する各庁の実情を照会することも検討していると付記している。
第5 別添資料と民事執行法上の権限
1 別添資料が説明する執行官の職務
別添資料は,執行官を各地方裁判所に所属する裁判所職員と説明し(裁判所法62条1項),職務の例として,①不動産明渡し執行(民事執行法168条),②動産執行(同法122条),③子の引渡し(同法174条)及び④現況調査(同法57条)を挙げている。
いずれも,警察署の担当者に執行官の職務を短時間で理解してもらうための説明である。
2 威力の使用と警察上の援助
民事執行法6条1項本文は,「執行官は、職務の執行に際し抵抗を受けるときは、その抵抗を排除するために、威力を用い、又は警察上の援助を求めることができる。」と定める。
同項ただし書は,内覧の実施(同法64条の2第5項。同法188条で準用する場合を含む。)に基づく職務の執行には,この限りでないとしている。
同条2項は,執行官以外の者で執行裁判所の命令により民事執行に関する職務を行うものは,職務の執行に際し抵抗を受けるときは,執行官に対し援助を求めることができると定める。
別添資料は,警察上の援助要請の場面を次のように説明している。
①執行官の職務は,債務者等の利害関係人の現実の生活関係に直接かつ強制的に介入するため,債務者等から抵抗を受けることが当然に想定される。
②執行官は抵抗を排除するため必要最小限度の範囲で自ら実力を行使することができるが,抵抗が強度あるいは多数で,執行官だけでは執行の適正を確保することが困難な場合には,より強度の実力行使の権限と能力に基づく警察上の援助を求めることができる。
③排除の対象となる抵抗の時期は,執行官が職務の執行を開始した時から終えた時まで(開始の直前及び終了直後のこれに接着した時点を含む。)である。
また,別添資料は,具体的な抵抗の態様の例として,執行官に対する暴行・脅迫行為,座込み,バリケードの設置及び戸の施錠による閉鎖を挙げ,抵抗の排除措置の例として,抵抗する者の身体に触れて押し出す行為,バリケードの撤去及び閉鎖した戸の開錠を挙げている。
3 警察上の援助を受けるときの立会人
民事執行法7条は,執行官等が人の住居に立ち入って職務を執行する際に,住居主,その代理人又は同居の親族若しくは使用人その他の従業者で相当のわきまえのあるものに出会わないときは,市町村の職員,警察官その他証人として相当と認められる者を立ち会わせなければならないと定める。
同条後段は,執行官が6条1項により威力を用い,又は警察上の援助を受けるときも,同様とすると定めている。
4 建物明渡しの手続との関係
建物明渡しの強制執行は,執行官が債務者の占有を解いて債権者に占有を取得させる方法で行い(民事執行法168条1項),債権者又はその代理人が執行の場所に出頭したときに限り,することができる(同条3項)。
執行官は,強制執行を開始することができるときは,引渡し期限を定めて明渡しの催告をすることができ,引渡し期限は原則として催告の日から1か月を経過する日である(同法168条の2第1項・2項)。
このように,建物明渡しでは,債権者側の関係者が執行の場所に出向くことが法律上予定されている。
第三課長等事務連絡が,安全確保の対象に職員だけでなく利用者や関係者らを含めているのは,この構造を反映したものと考えられる。
第6 刑法による保護
1 公務執行妨害罪
執行官は裁判所職員であり,その職務の執行に当たって暴行又は脅迫を加えた者は,刑法95条1項の公務執行妨害罪により,3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処せられる。
2 強制執行行為妨害等
刑法96条の3第1項は,偽計又は威力を用いて,立入り,占有者の確認その他の強制執行の行為を妨害した者を,3年以下の拘禁刑若しくは250万円以下の罰金に処し,又はこれを併科すると定める。
同条2項は,強制執行の申立てをさせず又はその申立てを取り下げさせる目的で,申立権者又はその代理人に対して暴行又は脅迫を加えた者も同様に処罰する。
3 執行補助者に対する暴行と裁判例
最高裁昭和41年3月24日第一小法廷判決(昭和40年(あ)第2109号・刑集20巻3号129頁)は,旧法下の執行吏が債権者たる会社の職員を補助者として使用することは執行吏執行等手続規則14条に違反しないとした上で,公務執行妨害罪の暴行脅迫は,公務員自身の身体に直接加えられる場合に限らず,公務員の指揮に従いその手足となって職務の執行に密接不可分の関係で関与する補助者に対して加えられる場合も含むとした原判断を正当とした。
同判決の事案は,執行吏の命により家財道具を屋外へ搬出していた補助者に暴行脅迫を加え,執行を一時中止させたものである。
新潟地裁平成14年9月10日判決(平成13年(わ)第335号)は,土地建物の明渡しの強制執行を続行しようとした執行官に日本刀を振り上げて脅迫した行為について公務執行妨害罪の成立を認め,その場にいた競落会社の従業員らを日本刀で殺傷した行為については殺人罪及び殺人未遂罪の成立を認めた事例である。
執行の現場での重大な加害行為は,令和8年の事件が初めてではない。
なお,裁判所HPの裁判例検索では,民事執行法6条1項(又は旧民事訴訟法536条)の「抵抗」「威力」「警察上の援助」の解釈そのものを判示事項とした裁判例は見当たらなかった(不存在を意味するものではない)。
刑法96条の3(強制執行行為妨害等)を適用した裁判例も,裁判所HPでは見当たらなかった。
4 事後の処罰と事前の備え
刑罰規定は事後の処罰を定めるものであり,現場での加害行為そのものを防ぐものではない。
第三課長等事務連絡が,平素からの連絡態勢,情報交換及び訓練を求めているのは,事後の処罰では足りない事前の備えを整えるためであると考えられる。
第7 債権者側の代理人弁護士が確認しておくこと
本節は,第1から第6までの資料と条文を前提に,本記事が実務上の留意点として整理したものであり,資料に直接書かれた事項ではない。
1 援助要請は執行官が判断する
民事局参事官事務連絡は,民事執行法6条1項に基づく警察上の援助要請は事件を担当する執行官が行うものとしている。
債権者側の代理人弁護士が自ら警察に援助を求める仕組みではないから,危険が予想される事案では,予想される抵抗の内容を執行官に具体的に伝え,援助要請の要否の判断材料を早く渡すことが重要になる。
2 執行官に伝えておく事項
明渡しの申立てから明渡しの催告,断行までの間に,債権者側が把握している事情を整理して執行官に伝えておくことが考えられる。
①債務者や同居者の言動(脅迫的な発言,退去を拒む言動,自傷・他害をほのめかす言動等)
②過去の来訪時のトラブルや警察への相談の有無
③建物の構造,出入口及び周辺の道路状況
④保証会社,管理会社,搬出業者等,当日現場に来る者の人数と役割
3 現場に出向く関係者の安全
建物明渡しでは,債権者又はその代理人の出頭が執行の要件であり(民事執行法168条3項),保証会社の担当者や搬出業者等も現場に来ることが多い。
第三課長等事務連絡は職員だけでなく関係者らの安全確保にも言及しているから,代理人弁護士としても,当日の集合場所,待機位置及び危険を感じた場合の退避方法を,執行官の指示に従う前提で関係者と事前に共有しておくことが望ましい。
執行官の指揮に従って家財道具の搬出等に当たる補助者に対する暴行脅迫も公務執行妨害罪になり得ることは,第6の3のとおりである。
第8 関連記事
執行官―職務,権限,監督,採用選考及び最高裁判例では,執行官の地位,職務,監督官及び総括執行官を整理している。
平成5年東京地裁615号法廷殺人事件から見る裁判所内の襲撃・暴力事件と法廷警備の変遷では,裁判所の敷地内での加害行為と法廷警備の変遷を整理している。
平成31年3月20日発生の,東京家裁前の殺人事件に関する国会答弁では,庁舎入口付近で発生した事件に関する国会答弁を掲載している。
執行官数の推移では,執行官の人数の推移を掲載している。
不動産競売の手続の流れと期間では,現況調査から引渡命令までの流れを整理している。
第9 出典
1 提供資料
①最高裁判所事務総局民事局第三課長・総務局参事官「加害行為の防止に関する警察との連携等について(事務連絡)」(令和8年4月24日,PDF1頁~2頁)
②警察庁生活安全局生活安全企画課長ほか「民事執行法(昭和54年法律第4号)に基づいた執行官の職務の執行に関する裁判所との連携について(通知)」(警察庁丁生企発第242号ほか,令和8年4月24日,PDF3頁)
③最高裁判所事務総局民事局参事官「加害行為の防止に関する警察との連携等における具体的取組について(事務連絡)」(令和8年4月24日,PDF4頁~6頁)
④別添資料「執行官の職務について」(PDF7頁)
2 法令及び規則
①民事執行法6条,7条,57条,64条の2,122条,168条,168条の2及び174条
②刑法95条及び96条の3
③裁判所法62条
④最高裁判所「執行官規則」5条
3 裁判例
①最高裁昭和41年3月24日第一小法廷判決・昭和40年(あ)第2109号・刑集20巻3号129頁
②新潟地裁平成14年9月10日判決・平成13年(わ)第335号
4 公的資料
①最高裁判所事務総局総務局参事官「裁判所の敷地内において加害行為が発生した際の留意点について」(平成28年8月23日)
5 報道
①時事通信「強制執行の2人刺される 60代男性死亡、住人の男逮捕―東京・杉並」(令和8年1月15日)
②共同通信「裁判所は全国の警察本部と連携を 執行官襲撃事件で最高裁」(令和8年4月27日,琉球新報掲載)