第1 結論
個人事業の廃業前に売上げとして計上した売掛金が,廃業後に回収不能となった場合,その貸倒損失を廃業年分又は前年分へ遡って必要経費に算入できることがある。
所得税法51条2項で貸倒損失に当たるかを確認し,同法63条及び同法施行令179条で算入年分と上限を計算し,同法152条の特例による更正の請求を期限内に行う。
廃業後の不払いというだけでは貸倒れではない。
回収不能となった時期と根拠資料を先に確定する必要がある。
第2 売掛金は廃業年分の売上げになる
事業所得は,現金を受け取った時だけでなく,売上げに係る権利が確定した時を基礎に計算する。
廃業日までに提供した商品又は役務の対価が未回収でも,その年分の総収入金額に算入すべき売掛金は計上する。
その後,債務者の資力喪失等により回収不能となれば,当初の売上計上が誤りであったのではなく,後発的な貸倒損失が生じたものとして処理する。
第3 所得税法51条2項の貸倒損失
1 回収不能の類型
所得税基本通達51-11以下は,貸倒れを検討する場面として,①法的に債権が切り捨てられた場合,②債務者の資産状況・支払能力等から全額回収不能が明らかな場合,③一定の売掛債権について取引停止後1年以上弁済がない場合等を示している。
どの類型にも共通するのは,単なる懸念ではなく,税法上の貸倒れが客観的に確定した時期を特定することである。
2 確認資料
①債務者の収入・資産・負債及び就労状況
②破産,再生,特別清算又は債権者集会の資料
③請求書,督促状,配達証明,交渉記録及び訪問記録
④担保,保証及び差押可能財産の有無
⑤債権放棄通知又は債務免除合意
⑥回収費用と回収見込額の比較
高齢,失業又は連絡不能という一事情だけで直ちに全額回収不能としない。
反対に,資産も収入もなく,将来の回収可能性もなく,強制執行費用が回収見込額を上回ることが客観資料から明らかであれば,事実上の貸倒れを検討する。
第4 廃業後の損失を遡って算入する
1 所得税法63条
所得税法63条は,不動産所得,事業所得又は山林所得を生ずべき事業を廃止した後に,その事業に係る費用又は損失が生じた場合の特例を定める。
その事業を継続していれば必要経費になった金額を,政令の定める範囲で廃業年分又は前年分の所得計算へ反映できる。
これは廃業後の年分に新たな事業所得の赤字を作る制度ではなく,事業を営んでいた年分の所得税額を改算する制度である。
2 廃業年分と前年分
まず廃業年分の事業所得等へ必要経費を算入し,所得税法施行令179条の計算に従って前年分への算入を検討する。
控除できる金額は,回収不能額だけでなく,その時点で確定している所得金額及び税額との関係で制限される。
廃業年分の所得が十分にあるからといって,納税者が自由に前年分へ付け替えられるものではない。
第5 更正の請求の特例
1 所得税法152条の期限
既に申告又は課税処分が確定した年分へ所得税法63条を適用する場合は,所得税法152条の更正の請求を行う。
原則として,費用又は損失が生じた日の翌日から2か月以内であるため,通常の更正の請求期限だけを見て処理しない。
国税庁所得税基本通達152-1は,その2か月の日が廃業年分の確定申告期限前となるときは,廃業年分の確定申告期限までに提出して差し支えないとしている。
2 添付・保存する資料
更正請求書には,貸倒れの発生時期,回収不能額,廃業年分・前年分への配分及び税額の計算を示す資料を添える。
元の確定申告書,青色申告決算書又は収支内訳書,売掛帳,請求資料及び回収不能の根拠資料を一組で保存る。
第6 設例
個人事業主が令和4年12月末に廃業し,令和4年分の売上げとして20万円の売掛金を計上したとする。
令和5年6月30日,債務者に資産も収入もなく,将来も全額の回収見込みがないことが客観的に確定した場合,令和5年分の単なる事業所得の損失とするのではなく,所得税法51条2項,63条及び施行令179条により令和4年分又は令和3年分への算入を計算する。
更正の請求は,原則として回収不能が確定した日の翌日から2か月以内に行う。
事実認定によって起算点が変わるため,訪問日,債務者の説明,資産調査及び督促打切りの判断を記録する。
第7 消費税は別に判定する
所得税の貸倒損失が認められても,消費税法39条の貸倒れ控除が当然に認められるわけではない。
消費税法基本通達14-2-5は,事業を廃止した後に貸倒れが生じた場合,貸倒れ控除を認めない取扱いを示している。
所得税の必要経費,消費税の税額控除及び民事上の債権消滅を別の欄で検討する。
第8 出典・関連記事
①e-Gov法令検索「所得税法」51条,63条,152条
②e-Gov法令検索「所得税法施行令」179条
③国税庁「法第51条《資産損失の必要経費算入》関係」
④国税庁「法第63条《事業を廃止した場合の必要経費の特例》関係」
⑤国税庁「法第152条《各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例》関係」
⑥個人事業主の廃業に関するメモ書き