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芸能人・プロスポーツ選手の交通事故逸失利益―基礎収入,稼働期間,引退後収入及び立証資料(AI作成)

芸能人,モデル,歌手,プロスポーツ選手,レーサー等が交通事故に遭った場合,事故時の収入を67歳までそのまま掛ける方法も,直ちに賃金センサスだけを用いる方法も,個別事情を捨象し過ぎることがある。

実務では,①事故前の現実収入,②その収入を得る職業を続けられた蓋然性,③高収入を維持できた期間,④引退又は転職後に得られた収入,⑤後遺障害が当該職業に与える具体的な支障を分けて検討する。本記事は,裁判例と赤い本講演録の整理を踏まえ,二段階又は多段階で逸失利益を算定する方法と必要資料を説明する。

第1 特殊な職業では「基礎収入」と「期間」を分ける

1 一般的な算定式

後遺障害逸失利益は,通常,「基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応する中間利息控除係数」によって算定する。

もっとも,人気,流行,身体能力,成績又は興行需要に左右される職業では,事故時の収入額だけでなく,その収入を将来も得られた期間が争点となる。高収入であっても短期間しか維持できない職業がある一方,事故時の実績が乏しくても,契約,受賞歴,ランキング,予定された出演等から将来の上昇が具体的に裏付けられる場合もある。

2 二段階又は多段階で考える

事故時の職業収入を維持できた期間と,その後の転職・引退後の収入を分ける方法が有用である。

期間検討する基礎収入主な立証事項
第一区分芸能・競技等による現実収入契約,報酬明細,確定申告,出演・出場実績,ランキング
第二区分収入の低下を見込んだ職業収入又は兼業収入年齢別実績,同業者比較,スポンサー契約の更新条件,兼業の実態
第三区分引退・転職後の賃金又は事業所得学歴,資格,職歴,転職可能性,賃金センサス,具体的な就職計画

この方法は,すべての事件で三つの期間に分けるという固定的な基準ではない。将来の蓋然性を,収入源と期間に即して説明するための整理方法である。

第2 裁判例から読み取れる考え方

1 若手タレントについて平均賃金の3分の2を用いた事例

大阪地方裁判所平成13年5月29日判決(平成11年(ワ)第13409号・平成12年(ワ)第5559号,判例秘書L05650944)は,事故当時23歳で,レンタルビデオ店のアルバイトと松竹芸能所属のタレント活動をしていた被害者の後遺障害逸失利益を判断した。

同判決は,芸能界の競争が厳しく,多くの者が途中で他の道に転進すること,タレント収入の実績が少額であったことから,タレント収入をそのまま基礎とすることも,高卒男子労働者の平均賃金全額を用いることも否定した。他方で,タレントを断念すれば定職に就いて事故時より高い収入を得る可能性を認め,平成10年賃金センサスの高卒男子全年齢平均賃金の3分の2に当たる年額352万5867円を基礎収入とし,56パーセント,44年間の労働能力喪失を認めた。

この判決から,夢又は職業名だけでは足りない一方,事故時の低収入だけで長期の稼働能力を評価し切るものでもないことが分かる。事故がなければ芸能活動を続けた可能性と,他職種へ転進した可能性を併せて評価している。

2 モデル収入とその後の平均賃金を分けた事例

大阪地方裁判所平成5年10月28日判決(交通事故民事裁判例集26巻5号1284頁)は,死亡時20歳でモデル兼アルバイトとして稼働していた女性について,35歳までの15年間は年額323万4850円を,その後67歳までは賃金センサス女子学歴計35歳ないし39歳の平均賃金を基礎としたと,赤い本講演録2013年版が紹介している。

講演録によれば,同判決は,学校卒業後に単身で大阪へ移りモデル業へ本格的に取り組んでいたこと,1年目として比較的多くの仕事をしていたこと,将来性があったことを認定している。これは,「モデルは若年職だから一律に短期」としたのではなく,本人の実績と将来性を具体的に認定した上で,モデル収入の期間とその後の収入を分けた例である。

なお,本記事作成時の判例秘書検索では,裁判日を平成5年10月28日とした検索が10件,「モデル」を加えた検索が0件であり,同判決本文を判例秘書で確認できなかった。そのため,この項は講演録による判決紹介であり,判決全文を確認した記述ではない。

3 レーサー収入を45歳までとした事例

東京地方裁判所平成15年10月29日判決(判例時報1843号8頁)は,事故時40歳のプロレーサーについて,45歳までは事故時のレーサー収入年額915万1807円を,その後67歳までは賃金センサス男子大卒45歳ないし49歳の平均賃金を基礎としたと,赤い本講演録2013年版が紹介している。

講演録によれば,同判決は,高い身体能力,心肺能力,筋力及び敏捷性が要求されることを考慮し,高齢の現役選手が存在するというだけでは事故時の収入が恒常的に続くとはいえないとした。例外的に長く活躍する選手の存在と,当該被害者が同様に活躍する蓋然性とは別である。

4 裁判例の年数を相場表にしない

上記裁判例の15年,5年等は,職業ごとの固定的な就労可能期間ではない。赤い本講演録2013年版自身も,紹介裁判例は網羅的でないと明記し,能力,経験,経歴,実績,意欲,業界における評価等を詳細に立証する必要があると整理している。

したがって,「モデルは35歳まで」「レーサーは45歳まで」といった一般則に置き換えてはならない。判決当時の業界事情,事故時の年齢,後遺障害の内容及び当事者の主張立証を確認する必要がある。

第3 基礎収入の立証

1 売上と本人の所得を区別する

所属事務所,法人又は個人事業の売上が,直ちに本人の基礎収入になるわけではない。マネジメント料,会場費,衣装費,遠征費,車両費,スタッフ人件費等の必要経費を区別する。

源泉徴収票,支払調書,確定申告書,総勘定元帳,銀行入出金,契約書及び請求書を照合する。無申告又は過少申告がある場合,実収入の主張が当然に排除されるとは限らないが,客観資料の一貫性と信用性が厳しく問われる。

2 単年の高収入だけで決めない

事故前年だけでなく,可能な限り複数年の収入推移を示す。急上昇又は急落がある場合は,その原因が一時的なヒット,契約変更,負傷,移籍,活動休止又は経費計上の違いのいずれかを説明する。

出演本数,出場数,賞金,印税,広告収入,スポンサー収入,講演料及び指導料等,収入源ごとに分解する。引退後も印税又はライセンス収入が続く場合は,稼働による収入と権利収入を混同しない。

第4 高収入を維持できる期間の立証

1 本人の実績

①所属・契約の期間及び更新条件,②出演・出場実績,③受賞歴・ランキング・選抜歴,④売上・視聴・観客・スポンサー等の客観指標,⑤事故時に具体化していた予定,⑥けがのない同業者のキャリア推移を示す。

予定されていた仕事は,口頭の期待だけでなく,契約案,メール,スケジュール表,告知,制作会社又は主催者の陳述等で裏付ける。事故後に取り消された案件は,事故との因果関係も確認する。

2 同業者比較の使い方

平均引退年齢又は年齢別収入の統計がある場合は有用である。しかし,トップ層だけの統計,現役者だけを対象とする統計又は母数の小さい資料には選択偏りがある。

比較対象は,年齢,性別,競技・芸能分野,所属,ランキング,経験年数及び役割が近い者を選ぶ。著名な長寿選手が一人いることは,当該被害者の長期稼働可能性を直接証明しない。

第5 後遺障害と職業上の支障

1 等級だけで労働能力喪失率を決めない

同じ後遺障害等級でも,顔面の傷痕,発声障害,聴力障害,可動域制限,痛み,持久力低下又は認知機能障害が職業へ与える影響は異なる。

俳優・モデルでは外見,表情,発声,長時間撮影及びオーディションへの影響,歌手・演奏家では発声,呼吸,聴力,演奏姿勢及び反復動作への影響,競技者では記録,反応速度,筋力,持久力及び接触プレーへの影響を具体化する。

2 事故後の活動継続を正しく評価する

事故後も活動していることだけで逸失利益が否定されるわけではない。出演数又は出場数の減少,役割変更,練習・撮影後の回復時間,スタッフの補助,スポンサー条件,報酬単価及び本人の特別な努力を確認する。

反対に,事故後の成績又は収入が維持・増加している場合には,その理由が一時的な契約,過去の実績に基づく権利収入又は本人の稼働によるものかを分けなければならない。

第6 他の損害項目との重複を避ける

1 休業損害と後遺障害逸失利益

症状固定前の活動不能又は減収は休業損害,症状固定後の稼働能力低下は後遺障害逸失利益として期間を分ける。契約解除金,代役費用又は違約金が別途問題となる場合,同じ減収を二重計上していないか確認する。

2 本人損害と事務所・法人の損害

本人が所属会社の役員又は個人事業主でもある場合,本人の報酬・所得と,法人又は事業の売上減少・代替人件費を区別する。会社役員,個人事業主及び開業医の基礎収入と企業損害は,会社役員・個人事業主・開業医の交通事故の損害賠償を参照されたい。

一般的な後遺障害逸失利益の計算と,減収がない場合の立証は,交通事故の後遺障害逸失利益で説明している。

第7 相談・受任時のチェックリスト

①事故前5年程度の確定申告書,支払調書,源泉徴収票及び入出金資料を確保したか。
②出演・出場・契約・ランキング等を年月順に整理したか。
③事故時に具体化していた仕事又は大会を客観資料で裏付けたか。
④売上,必要経費,本人所得,法人損害及び権利収入を分けたか。
⑤事故時の職業を続けられた期間と,引退・転職後の収入を分けたか。
⑥同業者比較の母集団と比較可能性を説明したか。
⑦後遺障害の症状と職務上の動作・評価項目を対応させたか。
⑧休業損害,逸失利益,代替費用及び法人損害の重複を点検したか。

第8 出典と確認範囲

1 今回確認した一次資料

①大阪地方裁判所平成13年5月29日判決(平成11年(ワ)第13409号・平成12年(ワ)第5559号,判例秘書L05650944)。2026年9月27日に判例秘書で判決全文を確認した。
②日弁連交通事故相談センター東京支部編・発行『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』2013年版講演録編「特殊な職業と後遺障害による逸失利益」(PDF実ページ44頁から69頁)。

2 確認できていない範囲

大阪地方裁判所平成5年10月28日判決及び東京地方裁判所平成15年10月29日判決について,本記事は講演録による紹介を基礎としており,判決全文を確認していない。裁判所公式サイトの検索でも両判決の公式公開本文は確認できなかったが,これは裁判例の不存在を意味しない。

講演録の裁判例表は2013年当時の非網羅的な整理であり,現在の固定的な相場表ではない。個別事件では,事故時点の法令・統計・業界資料と,必要な判決全文を改めて確認する必要がある。