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既存障害のある年少者の死亡逸失利益―障害等級,平均賃金及び将来の就労可能性(AI作成)

第1 問題の所在と結論

1 既存障害があっても基礎収入は機械的に減額されないこと

交通事故で年少者が死亡した場合の逸失利益は,原則として,賃金センサスの平均賃金を基礎収入とし,就労可能期間,生活費控除率及び中間利息控除を用いて算定する。

被害者に事故前から障害があった場合でも,障害等級,診断名又は統計上の障害者平均賃金だけから,将来の基礎収入を機械的に減額することは相当でない。

検討の中心は,①事故時の障害の具体的な状態,②教育・訓練と本人の適応状況,③補装具その他の支援手段,④合理的配慮を含む就労環境,⑤就労開始時までに見込まれる医学・技術・社会の変化を踏まえ,被害者が将来どのような職業に就き,どの程度の収入を得られた蓋然性があるかである。

2 大阪高裁令和7年1月20日判決の意義

大阪高等裁判所令和7年1月20日判決(令和5年(ネ)第619号)は,先天性の感音性難聴があった年少者の死亡逸失利益について,賃金センサスの全労働者平均賃金を減額せずに用いた。

同判決は,事故時点の聴力だけでなく,将来の就労開始までの期間,補聴器・手話等の活用,本人のコミュニケーション能力,教育環境,障害者雇用をめぐる社会的認識及び職場環境の変化を具体的に検討している。

この判断は,既存障害があれば直ちに平均賃金から一定割合を控除するという考え方を採らず,個別事情から将来の労働能力を認定する必要があることを示す。

第2 大阪高裁令和7年1月20日判決

1 事件と裁判体

事件は,被控訴人会社の従業員が運転する小型特殊自動車と歩行中の被害者が衝突し,被害者が死亡した交通事故に関する損害賠償請求事件である。

大阪高等裁判所第5民事部の裁判体は,徳岡由美子裁判官,住山真一郎裁判官及び新宮智之裁判官であった。

第一審の大阪地方裁判所令和5年2月27日判決は,基礎収入を全労働者平均賃金の85%とした。これに対し,大阪高裁は,基礎収入を全労働者平均賃金の100%として原判決を変更した。

2 高裁が検討した事情

大阪高裁は,判決全文において,被害者の聴力の程度を出発点としつつ,それだけで将来の収入を決めていない。

具体的には,補聴器の使用状況,口話・手話等によるコミュニケーション,学校生活及び学習の状況,本人の適応の可能性,将来利用できる支援手段,障害者雇用に関する法制度・社会的認識・職場環境の変化等を総合している。

死亡時に就労していない年少者については,現時点の検査値から直ちに成人後の収入を確定できない。他方,将来の可能性を理由なく低く見積もることもできないため,判決は,利用できる具体的資料を積み上げて蓋然性を判断したものである。

3 障害者一般の平均賃金をそのまま使わなかったこと

障害者一般の賃金統計には,障害の種類・程度,年齢,教育歴,職種,雇用形態,労働時間及び合理的配慮の状況が異なる多数の者が含まれる。

したがって,特定の年少者の将来収入を算定する場面で,集団統計をそのまま本人の将来収入と同一視することはできない。統計は重要な資料であるが,本人の具体的な機能,学習状況,適応力及び支援環境との対応関係を説明して用いる必要がある。

第3 逸失利益算定の手順

1 算定式を確認すること

死亡逸失利益の基本式は,「基礎収入×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数」である。

既存障害が争点となる事案では,主として基礎収入の認定が問題となる。もっとも,就労開始年齢,稼働可能期間及び生活費控除率についても,基礎収入と整合する前提を置かなければならない。

2 事故時の状態と将来予測を分けること

事故時の医学的状態は,将来予測の重要な出発点である。しかし,年少者の逸失利益は将来の収入を推計するものであるから,事故時点の機能制限と成人後の職業能力を同一視してはならない。

事故時の状態については診療録,検査結果,学校・療育機関の記録等で確認し,将来予測については,教育・訓練,補装具,技術進歩,職場で可能な配慮及び職業選択の幅を別に検討する。

3 平均賃金からの減額には具体的な根拠を要すること

平均賃金の全部又は一定割合を基礎収入とする場合,割合だけを先に決めるべきではない。

減額を主張する側は,どの機能制限が,どの職種又は作業に,どの程度影響し,その影響が補装具や合理的配慮によってどこまで軽減されるかを具体化する必要がある。

反対に,平均賃金を減額せずに用いる側も,障害を抽象的に楽観視するのではなく,本人の生活・学習状況,使用可能な支援手段及び想定職種との関係を資料で示す必要がある。

第4 民事訴訟法248条との関係

1 損害額の立証が極めて困難な場合の規定

民事訴訟法248条は,損害が生じたことが認められるのに,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるとき,裁判所が口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいて相当な損害額を認定できると定める。

年少者の将来収入には不確実性があるため,同条が問題となり得る。しかし,同条は,利用可能な証拠の収集や個別事情の検討を省略してよいという規定ではない。

2 割合認定の理由を可視化すること

平均賃金の100%,85%その他の割合を採る場合には,その割合に至る事実上の根拠を判決又は主張書面で示す必要がある。

実務上は,「障害があるから減額する」「将来は改善するから減額しない」という結論だけでなく,どの証拠がどの将来予測を支えるのかを対応させることが重要である。

第5 主張立証で集める資料

1 本人の機能と生活状況に関する資料

①診療録,検査結果,身体障害者手帳・療育手帳等の記載,補装具の処方・調整記録

②学校の成績,出欠,個別の教育支援計画,担任・支援者の記録,進路指導資料

③日常生活でできていたこと,援助を要したこと,意思疎通の方法及び本人の得意分野を具体化する家族・教員等の陳述書

④将来予定していた進学,職業訓練,資格取得又は就職に関する資料

2 将来の就労環境に関する資料

①想定職種の作業内容と,障害が影響する作業・影響しない作業の区別

②補聴器,人工内耳,情報保障,音声認識,字幕,支援機器その他の補完手段

③合理的配慮として現実に実施可能な連絡方法,配置,安全管理及び職場設備

④障害の種類・程度,職種,雇用形態及び労働時間が本人と対応する公的統計

⑤医師,教育関係者,職業リハビリテーション専門職等の意見

第6 実務上の注意点

1 後遺障害等級と労働能力喪失率を同一視しないこと

自賠責保険の後遺障害等級は,損害算定の重要な資料であるが,特定の被害者の生涯収入を直接決める表ではない。

死亡した年少者の既存障害についても,等級又は医学的診断名から一定の労働能力喪失率を機械的に導くのではなく,将来の就労可能性を個別に検討する必要がある。

2 現在の不利益と将来の改善可能性の双方を扱うこと

障害による現在の困難を過小評価してはならない一方,将来利用できる支援技術,教育及び合理的配慮を無視してもならない。

訴訟上の主張は,現在の困難,改善に必要な条件,条件が満たされる蓋然性及びなお残る制約を分けて記載するのが適切である。

第7 出典

1 裁判例

大阪高等裁判所令和7年1月20日判決(令和5年(ネ)第619号,大阪高裁第5民事部,破棄自判)

同判決全文PDF

大阪地方裁判所令和5年2月27日判決

2 法令・文献

民事訴訟法248条

公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編・発行『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』2026年版下巻講演録所収,倉鋪卓徳「既存障害のある年少者の逸失利益」