第1 犯則調査とは何か
公正取引委員会の犯則調査は,独占禁止法89条から91条までの罪に係る事件について,刑事責任の追及につながる証拠を調べる手続である。
通常の行政調査による立入検査とは根拠条文が異なり,裁判官の許可状に基づく捜索・差押え等が認められる。
ただし,犯則調査には任意の質問・検査・領置もあり,すべての行為に許可状が必要というわけではない。
令和8年10月7日の公取委会見は,酒類等を製造販売する4社の価格カルテルの疑いについて犯則調査を行っていると説明した。
この説明から,4社の違反,刑事告発,起訴又は有罪判決が確定したと読むことはできない。
事件の公表資料と法律上の争点は,ビール大手4社による価格カルテル疑惑で整理している。
本記事は,令和8年10月18日に確認した独占禁止法と公取委の手続説明に基づき,一般的な制度を説明する。
個別事件の対象商品,関係者,調査範囲又は今後の処分を推定するものではない。
第2 行政調査と犯則調査の違い
行政調査は,独占禁止法47条に基づく審尋,報告徴収,物件の提出命令,立入検査等を通じ,排除措置命令や課徴金納付命令等のために事実を調べる手続である。
同条4項は,これらの権限が犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと定めている。
| 比較する点 | 行政調査 | 犯則調査 |
|---|---|---|
| 主な根拠 | 独占禁止法47条 | 同法101条・102条等 |
| 主な手段 | 審尋,報告徴収,提出命令,立入検査 | 任意の質問・検査・領置,許可状による臨検・捜索・差押え等 |
| 許可状 | 47条の立入検査については裁判官の許可状を要しない | 102条の強制処分には裁判官の許可状が必要 |
| その後の判断 | 排除措置命令・課徴金納付命令等の要件を検討する | 調査により犯則の心証を得たときは告発する |
行政調査の立入検査も,単に自由に拒否できる任意の訪問ではない。
同法94条は,47条に基づく検査の拒否・妨害・忌避等を処罰対象としている。
「行政調査だから応じなくてよい」「立入調査という名称だから犯則調査である」といった名称だけの判断を避け,具体的な根拠と行為を確認する必要がある。
第3 任意の質問と許可状による処分
1 質問・検査・領置
独占禁止法101条は,指定を受けた公取委職員が,犯則嫌疑者や参考人に出頭を求めて質問し,所持物件等を検査し,任意に提出された物件等を領置できると定めている。
同じ犯則調査でも,任意提出した資料の領置と,許可状による差押えは区別する。
資料の提出を求められた際は,根拠,対象,提出方法及び受領の記録を整理することが実務上重要となる。
2 臨検・捜索・差押え
同法102条1項は,裁判官があらかじめ発する許可状により,臨検,捜索,差押え又は記録命令付差押えを行うことができると定めている。
許可状には,対象となる場所,身体・物件又は記録すべき電磁的記録等,有効期間などが記載される。
同法105条は,臨検,捜索又は差押えに際して,処分を受ける者への許可状の提示を求めている。
会社としては,担当職員,示された書面,対象部署・場所,開始時刻及び持ち出された資料を記録し,法務担当者や弁護士へ速やかに連絡する対応が考えられる。
これは対応を整理するための実務上の提案であり,連絡や立会いのために調査を一方的に中断させられるという説明ではない。
第4 電子データも調査対象となる
独占禁止法102条1項の記録命令付差押えは,記録を保管する者等に必要な電磁的記録を媒体へ記録させ,又は印刷させた上で,その媒体を差し押さえる処分である。
同条2項は,差押対象のコンピューターに通信回線で接続された記録媒体について,定められた条件の下で記録を複写して差し押さえる手続も規定している。
会社のメール,チャット,価格表又は決裁記録を考える際も,単に「クラウド上だから対象外」と判断せず,許可状と条文上の範囲を確認する。
資料を削除・書換えせず,元のファイル,送受信日時,保存場所及び管理者を保ったまま整理することが望ましい。
自動削除や上書き保存が予定されている場合の保全方法も,調査対応と通常業務への影響を踏まえ,法務・情報システム担当者と弁護士で検討する。
資料を保全することと,調査機関へ提出すべき範囲を判断することは別の作業である。
第5 調査・告発・起訴・判決を分ける
独占禁止法74条1項は,公取委が第12章の手続による調査で犯則の心証を得たときは,検事総長に告発しなければならないと定めている。
同法96条は,89条から91条までの罪について公取委の告発を要する旨を定めている。
調査開始,公取委の告発,検察官による起訴,裁判所の有罪・無罪の判断は,それぞれ異なる段階である。
公取委は,国民生活に広範な影響を及ぼす悪質かつ重大な価格カルテル等や,行政処分では法の目的を達成できないと考えられる一定の事案について,積極的に刑事処分を求める方針を示している。
一方,一般的な告発方針から,個別事件の告発先,起訴の有無又は結論を先に決めることはできない。
ビール4社の10月7日会見でも,公取委は今後の告発の見通しを明言していない。
行政上の課徴金,刑事裁判の罰金及び被害者への損害賠償も,別の制度である。
犯則調査の開始だけで,いずれかの金額又は被害者への返金が決まるわけではない。
第6 会社・担当者が最初に整理すること
初動では,調査を受けた法人・部署,対象とされた行為・期間,行政調査か犯則調査か,求められた資料と回答期限を整理する。
実際に見聞きした事実,記録から分かる事実,推測又は伝聞を分け,回答内容を関係者間で作り合わせることは避ける。
資料の原本,提出物の控え及び調査対応の時系列を残すことが,事実確認と法的検討の土台となる。
情報の提出範囲,営業秘密や第三者情報,供述への対応及び課徴金減免制度の適用可能性は,具体的な手続と時点に応じて個別に検討する。
会社と役員・従業員の利害が一致するとも限らないため,相談先と対応の役割分担も確認する必要がある。
本記事の一般的な手順だけで,特定の資料を提出しないことや,減免・免責を受けられることが保障されるわけではない。
第7 よくある疑問
1 犯則調査を受けると必ず告発されるか
調査開始だけで告発が確定するわけではない。
公取委の調査と,調査により犯則の心証を得た場合の告発を分けて理解する必要がある。
2 許可状がなければ,何も調べられないか
そうではない。
101条による質問・検査・任意提出物の領置と,102条による許可状を要する処分があるため,具体的にどの権限が使われているかを確認する。
3 課徴金を納めれば消費者に返金されるか
課徴金は,被害者に自動的に配分される賠償金ではない。
返金や損害賠償では,対象取引,損害,因果関係及び請求の条件を別に検討する。
第8 出典と確認時点
制度の確認日は令和8年10月18日である。
独占禁止法は47条,74条,89条から96条まで,101条,102条及び105条を中心に確認した。
初動の記録・連絡・資料保全の説明には,これらの権限と手続を踏まえた実務上の提案を含む。
公正取引委員会「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/lawdk.html
公正取引委員会「犯則調査権限」
https://www.jftc.go.jp/dk/seido/hansoku.html
公正取引委員会「審査手続・意見聴取手続」
https://www.jftc.go.jp/dk/seido/sinsa.html
公正取引委員会「令和8年10月7日付け事務総長定例会見記録」質疑応答
https://www.jftc.go.jp/houdou/teirei/2026/261007.html