第1 支払った賠償金が経費になるかは別に判断する
業務上の事故について損害賠償金や解決金を支払っても,支払額の全額が当然に経費になるわけではない。
個人事業主では業務との関係と故意・重大な過失の有無を,法人では費用・損失の性質と計上する事業年度を,それぞれ確認する。
民事上の賠償義務,税務上の控除,受領者側の課税及び消費税は別の問題である。
本記事は,令和8年10月14日に確認した法令と国税庁の公表資料に基づく。
国税庁No.1710は令和8年4月1日現在法令等という表示の資料であり,通達は行政上の取扱いとして読む。
第2 個人事業主―業務関連性と重過失を確認する
所得税法37条1項は,必要経費の対象として「これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」を定めている。
一方,同法45条1項8号は,一定の損害賠償金を必要経費に算入しないこととし,具体的な範囲を政令に委ねる。
所得税法施行令98条2項には,業務に関連して「故意又は重大な過失によつて他人の権利を侵害したことにより支払う損害賠償金」が含まれる。
業務上の支出であるという説明だけでは,この不算入の規定を乗り越えられない。
国税庁No.1710は,事業主自身が加害者の場合,業務と関係し,故意又は重大な過失がない事故の賠償金を事業所得の必要経費とする取扱いを説明する。
「解決金」「示談金」「見舞金」という名称でも,他人に与えた損害を補う金額であるかを実質から確認する。
例えば,個人で業務を受託した専門職が重大な過失による業務ミスの賠償をする場合,適用する所得区分と不算入の規定を併せて検討する。
重大な過失の判断では,職業,地位,事故当時の状況,侵害された権利及び取締法規等の具体的事情を調べる。
当事者が合意書に「重過失を認めない」と書いたことだけで,税務上の判断が決まるものではない。
弁護士は行為と注意義務の内容を資料から整理し,税理士はその資料を業務関連性・控除の規定と照合する。
第3 使用人の事故を事業主が負担する場合
No.1710は,使用人が加害者で,個人の事業主が賠償金を負担した場合についても説明している。
使用人の行為に関して事業主に故意又は重大な過失がある場合は,使用人にそれがなくても事業主の必要経費にならないとする。
反対に,事業主に故意又は重大な過失がない場合は,使用人の故意・重大な過失の有無を問わず,業務に関連するものは事業主の必要経費になると説明する。
業務に関連しない場合でも,家族従業員以外の使用人について雇用主の立場上やむを得ず負担したものという別の取扱いが示されている。
事故を起こした人と,実際に負担する人を分け,雇用関係,業務との関係及び事業主側の行為を確認する必要がある。
この所得税の説明を,法人や役員個人の負担の肩代わりへそのまま移すことはできない。
第4 法人―支払日と損金算入年度を分ける
法人が業務に関連する賠償金を負担する場合は,法人税法22条に沿い,費用・損失の性質と事業年度を検討する。
所得税法45条の個人に対する不算入の規定を,法人へそのまま適用するものではない。
法人であっても,事業との関係,負担の相当性,他人の個人的債務の肩代わり又は別段の定め等を確認するため,どのような支払でも損金になるとはいえない。
法人税法22条3項2号は,償却費以外の費用について,事業年度末までに債務の確定しないものを除いている。
法人税基本通達2-2-12は,債務の成立,具体的な給付原因となる事実の発生及び金額の合理的な算定という三つの要件を示す。
和解成立日,振込日又は社内の見積日だけを一律の計上基準にしない。
同通達2-2-13は,年度末までに賠償額が確定していなくても,その額として相手方に申し出た金額等に相当する額を当該年度の未払金に計上した場合の取扱いを定める。
保険金等により補填されることが明らかな部分は除かれ,第三者への寄託についても規定されている。
単なる社内の見積りは,相手方への申出と同じではない。
例えば,年度末までに賠償額として300万円を相手方に申し出,うち100万円が保険金で補填されることが明らかな場合,同通達による未払計上を検討する対象額は200万円となる。
これは要件に沿った計算例であり,保険の有無や補填額が未確認のまま200万円を控除できるという意味ではない。
同通達の注書きは,年金として支払う賠償金について,支払うべき日の属する事業年度の損金とする取扱いを示している。
第5 返金,報酬返還と損害賠償を分ける
過大な請求に対する返金,未提供業務の前払金の返還,報酬の値引き及び独立した損害の賠償は,元の取引と返還原因から区分する。
一つの振込で精算しても,金銭ごとの性質や年度帰属が同じになるわけではない。
過年度処理の誤りを直す場面か,後に新しく生じた事情を当期に認識する場面かも確認する。
前期損益修正の記事は,過去の誤謬と後発的な事情を区別している。
返還する側と返還を受ける側の処理を,どちらか一方の結論から機械的に決めない。
消費税と受領者側の課税は,示談金・解決金・和解金の税務も参照されたい。
第6 合意前に弁護士と税理士が対応させる資料
次の表は,法令と行政資料を資料収集に用いるための実務上の整理である。
資料をそろえることと,控除の要件を満たすことは区別する。
| 確認事項 | 弁護士が整理する資料 | 税理士が照合する事項 |
|---|---|---|
| 支払主体と原因 | 契約当事者,行為者,請求原因,負担の根拠 | 個人・法人,所得区分,業務との関係 |
| 故意・重大な過失 | 作業記録,指示,注意義務,事故経過,争点 | 個人の不算入規定,事業主と使用人の区別 |
| 支払額と内訳 | 損害計算表,報酬返還・値引き・賠償の区分 | 既存の収益・費用と税目ごとの処理 |
| 年度末までの申出 | 相手方宛て書面・メール,送付記録,寄託資料 | 申出日・金額,未払計上と事業年度 |
| 保険と支払条件 | 保険会社の回答,保険契約,合意書,分割条件 | 明らかな補填部分,債務確定と実際の支払 |
合意案と最終版は区別し,金額又は条件が変わった場合は変更経緯も引き継ぐ。
税務上経費にできることを前提に手取負担を説明する前に,支払側の控除と受領側の課税をそれぞれ確認する。
証拠と異なる内訳や日付を,税務処理に合わせて後から作ることはできない。
第7 関連記事と出典
令和4年司法試験租税法第2問の模範解答と評価項目(AI作成)は,検針員の所得区分と重過失による賠償金を扱う。
同記事は試験の事実と当時の制度を前提とする学習用の答案であり,現在の個別案件の税務結論は本記事の法令・資料と対象年分に沿って確認する。
主な根拠は,所得税法37条・45条1項8号,同法施行令98条2項,法人税法22条,国税庁No.1710及び法人税基本通達2-2-12・2-2-13である。
法令本文,国税庁の行政説明及び本記事の資料整理の提案を区別している。