第1 評価への疑問を,確認できる問題に分ける
1 最終評定だけで判断しない
人事評価に納得できないときは,評価対象の仕事と期間,適用された基準,点数の計算及び処遇への反映を順に確認することが有用である。
自己評価より低いという事情だけで違法な評価と決まるわけではないが,会社が裁量による査定と説明するだけで,事実や計算の誤りが解消するわけでもない。
本記事は,民間企業の従業員について,給与が下がる前も含め,評価理由の確認と再評価申立ての準備を説明するものである。
法令・資料の確認基準日は令和8年10月14日であり,以下の照合表や申立ての整理方法は,一律の法定様式ではなく実務上の提案である。
疑問は,①根拠事実の誤り,②基準・配点の適用違い,③計算・点数調整の誤り,④規程所定の手続の欠落,⑤評価から給与等への反映の誤りに分けると具体化しやすい。
例えば,完了した仕事が未完了と扱われたことと,正しい成果をどの水準と評価するかは,異なる問題である。
評価,資格等級,役職,号俸及び懲戒処分も区別し,何を見直してほしいかを特定する。
2 適用規程と期間をそろえる
雇用契約書,就業規則,評価・等級規程,給与規程及び賞与規程について,対象者,評価期間,制定・改定日,周知日及び処遇の適用日を確認する。
同じ名前の規程でも年度や職種によって基準が異なる場合があり,記入例や説明資料を正式な適用基準と当然に同一視しない。
既存制度に従った個別査定を争うのか,配点や給与表を変えた制度変更を争うのかも分ける。
労働契約法7条から10条及び12条は,就業規則と契約,合意による変更,就業規則による不利益変更及び規則を下回る個別条件に関係する。
規程の周知は労働基準法106条の問題であり,個別の評価理由の説明や本人データの開示とは,対象と根拠が異なる。
等級・給与の変更の法的な検討は,人事評価・能力等級の引下げと賃金減額で扱っている。
第2 素点・配点・調整から最終評定を追う
1 評価の目的ごとに計算を確認する
同じ項目別評価でも,昇給・昇格用と賞与用とで成果や行動の重みが違えば,最終評定が異なることがある。
本人の「B評価」がどの目的の評定なのかを確認し,項目別の素点,配点,合計点,端数処理,評定区分の境界及び最終結果を一つずつ接続する。
正式な配点表,記入例及び実際の評価票が一致しない場合は,対象職種,適用版又は計算方法の違いなのかを会社へ照会する。
説明のための仮定例として,成果80点・行動60点を,給与用では半分ずつ,賞与用では成果7割・行動3割で加重する制度を考える。
給与用は70点,賞与用は74点となり,同じ項目別評価から違う総合点が生じる。
ただし,74点がどの評定になるか,いくら支給されるかは,別に区分表と給与・賞与の算式を確認しなければ決まらない。
2 平均点調整と累積点を分ける
評価者の甘辛をそろえる平均点調整がある場合は,調整前後の本人点,対象集団の範囲,集団平均,基準点,調整式,端数処理及び補正理由を確認する。
評価者の厳しさと,集団ごとの職務・成果・目標難易度の差は同じではなく,平均が違うという事実だけで一方を甘い評価者と決めることはできない。
平均点調整があるだけで当然に違法,又は公平な評価と結論付けず,制度の目的・根拠と具体的な適用を検証する。
当年の昇給結果と,昇格のための累積点も別に確認する。
当年の給与が据え置きでも累積点が減る制度,昇格時に累積点をリセットする制度,又は新等級の号俸へ置き換える制度では,当年の月給だけで影響を把握できない。
各年度の付与点・控除点,繰越残高,昇格要件及び号俸の変更記録を並べ,実際の規程に従って計算する。
第3 低評価の根拠を,具体的な仕事と記録に戻す
1 成果の見落としと業務機会を確認する
目標設定書,成果物,業務日報,売上記録,指示メール,顧客の反応及び面談記録を,評価項目ごとに対応させる。
未完了とされた仕事の納品日,担当外の失敗,誤った数値,途中で変更された目標など,訂正すべき事実を元資料とともに示す。
他方,資料を示しただけで希望する点数への変更が当然に認められるわけではなく,その事実をどの基準に当てはめるかという評価の問題は残る。
成果の比較では,担当案件,権限,人員,仕事量,教育・支援及び目標難易度も確認する。
会社が機会を与えなかった仕事や,途中で外した担当業務を,従前の目標を達成しなかった理由として扱っていないかを点検する。
「協調性がない」「意欲が乏しい」という説明には,日時,業務,具体的な言動,業務への影響及び本人の説明を対応させる。
2 年休取得と勤務上の評価を混同しない
年次有給休暇の取得それ自体を,欠勤や意欲不足へ置き換えていないかも確認する。
厚生労働省の昇給・賞与に関する説明は,年休取得による不利益な査定が,年休の取得を事実上抑制する問題を指摘している。
勤怠の算式で年休を除いていても,別の態度評価へ取得日数を混入していれば,その運用も検討する必要がある。
日本シェーリング事件の最高裁第一小法廷平成元年12月14日判決は,法で保障された権利に基づく不就労を含む稼働率によって翌年度の賃金引上げから除外する協約条項について,権利保障の趣旨を実質的に失わせる部分を公序違反とした。
判例秘書掲載本文では,後の年度の賃金や退職金への不利益の残存も判断事情とされている。
条項全体を無効とした判決ではなく,普通の欠勤や成果差をすべて同じ扱いにする判断でもない。
育児・介護休業等には別の不利益取扱い規制があるため,年休の説明だけで結論を出さない。
第4 評価理由の説明と,個人データの開示・訂正を分ける
1 まず対象資料と必要な説明を特定する
会社へは,適用基準,評価項目ごとの理由,調整の方法,処遇への反映及び再評価手続の有無を,必要な範囲で確認する。
他の従業員の実名付き評価票を最初から求めるより,本人の元票,集団の範囲,匿名化した集計又は計算方法の説明で検証できるかを整理することが考えられる。
会社の規程に定める説明・申立ての手続と,法律に基づく個人データ開示請求は,別の経路として扱う。
2 開示の例外と,事実誤りの訂正の範囲
個人情報保護法33条は,本人を識別する保有個人データの開示請求と,全部又は一部を開示しないことができる例外を定める。
他人の権利利益を害するおそれ,事業の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれ,又は他の法令違反に当たる場合などを,具体的に検討する。
人事情報だからすべて非開示,又は本人に関する情報だから関連資料すべてが開示対象,と決めつけることは適切でない。
同条の対象となる保有個人データかを確認し,全部・一部の非開示又は不存在の回答があれば,通知内容と理由の説明を確認する。
個人情報保護委員会のQ9-11は,非開示が想定される雇用管理情報の開示手続について,必要に応じた労組等との協議と従業者への周知が望ましいと説明する。
これを,人事評価資料の一律非開示を認める回答と理解しない。
同法34条の訂正等請求は,保有個人データの内容が事実でない場合の問題であり,誤った売上額や担当者の記録の訂正と,会社の価値判断・評定を本人の希望どおりに変更することは区別する。
非開示資料を訴訟で提出させる可否は,個人データ開示とは異なる要件による。
第5 再評価申立てを,採否を回答できる形にする
1 対象・理由・資料・求める対応をそろえる
規程に再評価の申立期限,窓口又は書式があれば,まずそれを確認する。
共通の法定申立期限や,すべての企業に同じ再評価委員会を設ける義務があるわけではない。
定めがない場合にも説明や見直しを求めることは考えられるが,その申出だけで給与改定や法律上の期間制限が当然に止まると考えない。
申立書には,①評価対象期間・職務・目的,②争う項目と現在の点数,③誤りと考える事実・計算・手続,④根拠資料,⑤求める確認・訂正,⑥関連する給与・賞与等への反映の確認を記載する方法が有用である。
例えば,「成果が無視された」と書くだけでなく,対象案件,納品日,評価票の記載,根拠メール及び対応する評価項目を示す。
受領の記録を残し,会社の回答では,採否,理由,見直した点及び処遇の変更の有無を確認する。
2 再評価と今後の改善指導は別に進める
再評価は過去の判断の見直しであり,改善計画は今後の業務遂行を具体化するものである。
誤った評定への申立てに対し,次の年度に配慮するという回答だけでは,当期の事実・計算の誤りを訂正したことにはならない。
一方,過去の評価に異議があることだけで,今後の合理的な目標設定や業務指導ができなくなるわけでもない。
野村総合研究所事件の東京地裁平成20年12月19日判決は,給与規程,評価制度の運用,説明・意見提出・再評価の機会及び具体的な成果等を検討し,争われた3回の降格に人事権濫用がないと判断した。
本件の制度新設・降格は労働契約法施行前の事実であり,現在の制度変更へ同法10条を直接適用した例ではない。
掲載本文にある差額賃金を一年度に限るとの論は会社側の主張であり,裁判所が一般的な請求期間として判示したものではない。
評価票へ署名・押印するときも,受領確認,記載事実の確認,評定への同意及び給与減額への同意を区別する。
山梨県民信用組合事件の最高裁平成28年2月19日判決は,退職金の不利益変更への同意について,不利益の内容・程度,経緯,説明等から自由意思を認める合理的理由の客観的存在を判断すべきとした。
受領印だけから,その後のすべての不利益に同意したと扱わないためにも,署名を求める文書の目的を確認する。
第6 見直し結果を,当期と将来の処遇へ接続する
1 給与・賞与・累積点・退職金を別々に確認する
評価が訂正された場合は,変更した項目,素点,調整後の点及び最終評定を明らかにし,規程に従って号俸,等級,昇格累積点,賞与及び退職ポイントを再計算する。
各制度の適用日,既払額,差額,精算方法及び翌年度への繰越を確認し,関連する記録の訂正も残す。
評価が変わったという一点から,すべての処遇が希望する額になるとは限らない。
資格等級が退職ポイントの加算率へ影響する制度では,過去に付与済みの点,将来の加算及び退職時の支給率を分ける。
モデル年収やモデル昇格経路は個々人の権利をそのまま示すものではなく,本人の適用規程と年度ごとの記録から計算する。
賃金差額の請求を検討するときは,従前額を当然の基準とせず,本来支払われるべき項目・額と請求構成,期間制限を個別に確認する。
2 賞与額の訂正は人事と経理で共有する
評定の通知と,各人別の具体的な賞与支給額の通知は同じではない。
会社業績,部門配分,個人評定,出勤係数等を使う制度では,その算式から確定額へ至る過程と,評価確定,決裁,通知及び実際の支払の日付を対応させる。
再評価で額を変更したときは,労働法上の支給義務の検討と,会社の損金算入時期・源泉徴収の検討を分けて人事・経理へ伝える。
未払賞与の税務上の通知・支払条件は,決算賞与の支給日在籍要件と税務を参照されたい。
第7 相談時にそろえる資料と注意点
相談時には,雇用契約,対象年度の規程・基準,目標設定書,自己評価と会社の評価,評価理由,元の業務資料,面談・申立て・回答の記録及び給与・賞与明細をそろえる。
取得できていない資料はその旨を区別し,欠けている記録を推測して埋めない。
資料は適法に取得・利用できる範囲で保全し,他人の個人情報,営業秘密又は会社の情報管理ルールにも注意する。
不利益が続く場合や,懲戒・退職勧奨が同時に行われる場合は,点数の争いだけに絞らず,各措置の根拠と金銭的影響を確認する。
事故など同じ事実が通常の評価,特別減点,賞与及び懲戒へ重なる場合も,名称だけで判断せず,目的,根拠,実質及び不利益全体を検討する。
懲戒の問題は減給の制裁の上限と解釈例規,改善指導と処分の問題は問題社員対応の基本手順で説明している。
第8 出典と確認範囲
法令は,労働契約法7~10条・12条・15条,労働基準法91条・106条・附則136条及び個人情報保護法33条・34条の原文を確認した。
行政資料は,個人情報保護委員会Q9-11と厚生労働省の年休・昇給・賞与の説明を参照した。
野村総合研究所事件は,東京地裁平成20年12月19日判決,平成18年(ワ)第19368号,判例秘書L06332761の主文・事実及び理由の掲載本文による。
掲載上省略された別紙・証拠の内容及び上訴・確定状況は確認範囲に含まれない。
日本シェーリング事件は,最高裁第一小法廷平成元年12月14日判決,昭和58年(オ)第1542号,同L04410111の主文・理由による。
山梨県民信用組合事件は,最高裁第二小法廷平成28年2月19日判決,平成25年(受)第2595号の裁判所公開PDFの主文と理由4(1)(PDF実頁7~10)を確認した。