第1 査察を受けたときに最初に確認すること
国税局の職員が突然来た場合は,所属と身分,調査の目的,許可状の有無,対象となる法人・個人,税目及び期間を確認する必要がある。
無予告の税務調査と,脱税の刑事責任を追及するための国税査察は,同じ手続ではない。
査察であれば,顧問税理士への連絡とともに,刑事事件を担当する弁護士への相談を検討する。
本記事は,令和8年10月14日を法令の確認基準日として,国税査察の初動で確認する権限,許可状,押収物・電子データ,質問調書及び告発後の手続を整理するものである。
初動の記録方法と担当の分担は実務上の提案であり,すべての事件について同じ対応が適切であるという意味ではない。
税額の計算,個別の犯罪成立,違法な処分に対する救済及び量刑は,具体的事実と関係法令に応じた検討が必要である。
| 当日の確認事項 | 残しておく情報 |
|---|---|
| 誰が何のために来たか | 所属官署,官職・氏名,提示された身分証明書,説明された手続と連絡先 |
| 誰に対するどの処分か | 法人・個人の区別,犯則嫌疑者・参考人の区別,許可状の罪名・場所・物件・有効期間 |
| 何を持ち出したか | 目録の謄本,帳簿・端末・媒体の識別情報,複写・移転・印刷等の方法 |
| 誰が対応するか | 会社の連絡担当,顧問税理士,刑事弁護を担当する弁護士,それぞれの委任範囲 |
第2 通常の税務調査と国税査察の違い
1 調査の目的と根拠を分ける
国税通則法74条の8は,通常の税務調査に係る質問検査等の権限を,犯罪捜査のために認められたものと解してはならないと定める。
これに対し,国税犯則事件の調査及び処分は,同法第11章に定められている。
国税庁の「国税査察制度」パンフレットは,強制調査,証拠物件の検討,質問調査,検察官への告発,検察官の捜査,起訴及び判決という段階を示している。
国税局が担当していることや,事前連絡がなかったことだけから,査察と決め付けるべきではない。
通常の税務調査にも事前通知を要しない場合があり,犯則調査でも質問,検査及び任意提出物の領置という処分があるため,その日に行われる具体的な行為の根拠を確認することが重要である。
通常の税務調査については,税務調査に関するメモ書き-事前通知,帳簿データ,質問応答記録書及びAI活用を参照されたい。
2 任意提出による領置と許可状による差押え
国税通則法131条1項は,犯則嫌疑者や参考人に対する出頭要求・質問,物件の検査,任意に提出し又は置き去った物件の領置を定める。
同法132条1項は,裁判官があらかじめ発する許可状による臨検,捜索,差押え及び記録命令付差押えを定める。
「提出してください」と言われた場合も,任意提出を求められているのか,許可状に基づく処分なのかを分けて記録する必要がある。
135条には,間接国税の現行犯事件について一定の要件の下で許可状によらない臨検,捜索又は差押えを認める例外がある。
したがって,許可状がなければあらゆる処分を一律に拒めると考えることも,査察という名称だけであらゆる提出要求が強制されると考えることも適切ではない。
物理的に執行を妨げる対応をとる前に,処分の根拠と対象を弁護士に伝え,確認事項や異議を記録することが考えられる。
3 国税査察官と国税庁監察官を区別する
納税者の脱税について犯則調査を行う国税査察官と,国税庁職員の犯罪を調査する国税庁監察官は,対象と権限が異なる。
財務省設置法27条は,国税庁監察官について,国税庁の所属職員がした職務に関する犯罪,その職務を行う際にした犯罪,その共犯及び所属職員に対する一定の贈賄罪を捜査の対象としている。
同条は刑事訴訟法の適用と強制処分等の制限を定め,現行犯逮捕については別に規定している。
職員の肩書の似ている部分だけで,納税者への査察と国税職員への監察を同じ手続と扱うべきではない。
第3 許可状の提示を受けたときの確認
1 身分と許可状の記載事項
国税通則法139条は,臨検,捜索,差押え又は記録命令付差押えの許可状の提示を義務付ける。
140条は,職員が身分を示す証明書を携帯し,関係人から請求があったときに提示することを定める。
会社側の担当者は,提示時刻,所属・氏名,説明内容を記録し,許可状に記載された対象と実際の処分との対応を確認することが考えられる。
132条5項は,犯則嫌疑者の氏名・名称,罪名,臨検・捜索の対象,差し押さえる物件又は記録させる電磁的記録,請求者,有効期間等の記載を定める。
同条6項は,電子計算機に接続した記録媒体から電磁的記録を複写する場合に,その記録媒体の範囲も許可状に記載することを定める。
敷地全体,別法人の部屋,従業員の私物,別アカウントのデータ等まで当然に対象となると考えず,記載された範囲と実施内容を具体的に対応させる必要がある。
参考人の身体,物件又は場所の捜索については,同条1項ただし書により,差し押さえるべき物件の存在を認めるに足りる状況があることを要する。
取引先や顧問税理士の事務所が対象となった場合も,誰が犯則嫌疑者で,誰が参考人とされ,どの物件が対象なのかを確認する。
2 立会いと弁護士への連絡
国税通則法142条は,人の住居又は人の看守する建造物等で処分をするとき,所有者・管理者,その代表者・代理人等又は一定の使用人・親族を立ち会わせることを定める。
これらの者を立ち会わせることができない場合の代わりの立会人や,急速を要する現行犯事件の例外も定められている。
弁護士を代理人として現場に来てもらうことを求める場合は,依頼者との関係,委任範囲及び到着見込みを伝え,現場で誰を立会人として扱うか確認する。
この規定は,弁護士の到着まで執行が当然に停止することを定めたものではない。
149条には処分中の出入りの禁止,141条には警察官への援助要請の規定があるため,連絡や入退室について説明を受け,拒否された場合はその時刻・理由・担当者を記録することが考えられる。
実際の制限が適法かどうかは,その目的,方法,必要性等に応じた個別の検討を要する。
3 執行時刻と押収物の目録
国税通則法148条は,許可状に夜間執行ができる旨の記載がない場合,原則として日没から日出までの執行を制限している。
ただし,一定の現行犯事件等の例外や,日没前に開始した処分を必要があるときに日没後まで継続できる旨の規定がある。
開始・終了時刻と,継続の説明を記録しておくことが考えられる。
143条は,領置,差押え及び記録命令付差押えの目録を作成し,所有者・所持者・保管者等に謄本を交付することを定める。
受け取った謄本は,持ち出された帳簿,端末,記録媒体等の実物と照合して保管する。
捜索の結果,証拠物又は没収すべき物件がなかった場合には,151条により,捜索を受けた者がその旨の証明書の交付を請求できる。
第4 電子データと業務継続への対応
1 端末の差押えとデータの取得方法
電子データの取得には,端末・記録媒体そのものの差押えだけでなく,記録命令付差押え,接続した記録媒体からの複写,媒体の差押えに代わる処分がある。
それぞれ国税通則法132条1項・2項及び136条が根拠となり,対象と方法は同じではない。
クラウド型会計ソフトを使っている場合も,ログインできるという事実だけで,すべてのデータが無限定に対象になると判断することはできない。
| 取得方法 | 主な根拠と確認点 |
|---|---|
| 記録命令付差押え | 132条1項。誰にどの電磁的記録の記録・印刷を命じ,どの媒体を差し押さえるか |
| 接続媒体からの複写 | 132条2項・6項。電子計算機との接続関係,記録の性質,許可状に記載された媒体の範囲 |
| 媒体の差押えに代わる処分 | 136条。他の媒体への複写・印刷・移転の方法,元の媒体にデータが残るか |
138条は,電子計算機の操作その他の必要な協力を求めることができると定める。
具体的な操作要求が,任意の協力要請なのか,記録命令付差押え等の執行なのかを確認し,要求内容と根拠を弁護士に伝える必要がある。
この条文だけから,すべての操作要求への応答義務や,拒否した場合の結論を一律に決めることはできない。
2 元データと変更履歴を保全する
査察を受けた後は,帳簿,申告データ,メール,チャット,ファイル,アクセス記録等を消去・改変せず,現在の状態を保全することが重要である。
帳簿の修正が必要な場合も,元の状態,修正理由,修正者及び日時を追える方法を税理士・弁護士と相談する。
従業員に説明をそろえるよう指示したり,資料を事後的に作り直したりすると,元の取引事実や各人の認識を確認することが難しくなる。
実務上は,持ち出された媒体の識別情報,対象データ,取得方法,会社に残るデータ及び利用できなくなった業務を分けて記録するとよい。
バックアップを作る場合も,処分の対象・現場の指示を確認し,捜索や押収を妨げる操作を独断で行わない。
別法人・取引先・従業員の情報が含まれる場合は,権利関係と対象範囲を担当弁護士に伝える。
3 複写・還付と業務継続の相談
国税通則法145条1項は,領置物件等について留置の必要がなくなったときは還付しなければならないと定める。
146条は,電磁的記録を移転して差し押さえた場合の一定の交付・複写について規定する。
これらは,会社が営業に困ると言えば直ちに端末や帳簿を返してもらえるという意味ではない。
給与計算,納税,取引先への支払等に支障がある場合は,必要な資料,期限及び代替手段の有無を具体的に整理し,複写の可否,データの提供方法又は還付を相談することが考えられる。
告発に伴い物件が検察官へ引き継がれたときは,159条4項により検察官が押収したものとみなされるため,保管者と相談先の変更も確認する必要がある。
第5 質問調査と弁護士・税理士の分担
1 質問調書を確認するときの注意
国税通則法152条1項は,質問をしたときに調書を作成し,本人に閲覧させ又は読み聞かせ,誤りの有無を問い,増減変更の申立てがあればその陳述を記載することを定める。
署名押印をしない場合又はできない場合は,その旨を付記すれば足りるとも定めている。
調書は,単に税額計算に使うだけの書類と考えず,質問の内容,取引事実及び本人の認識が正確に記載されているか確認する必要がある。
自分で経験したこと,第三者から聞いたこと,資料を見て分かったこと,推測及び記憶のないことを区別する。
訂正を求めたときは,訂正内容とその取扱いを確認し,署名押印をしないことと,質問にどのように対応するかを別に相談する。
通常の税務調査の質問応答記録書と,犯則調査の質問調書を混同しないことも重要である。
2 税務代理と刑事弁護の担当を明確にする
税理士は,申告書,帳簿,税額計算及び取引の会計処理を確認する重要な担当者である。
一方,犯則嫌疑,許可状の範囲,質問への対応,刑事責任及び告発後の防御については,刑事事件を担当する弁護士との連携を検討する必要がある。
顧問契約や税務代理権限証書があることだけで,刑事弁護まで委任済みとは扱わず,依頼内容を確かめる。
会社,代表者,経理担当者及び関与税理士の利害が一致するとは限らない。
誰がどの指示をし,誰がどの事実を認識していたかが問題となる場合は,それぞれの相談先と資料共有の範囲を検討する必要がある。
税理士自身の不正関与や税理士法上の責任が問題となる場合は,納税者の防御と税理士自身の対応を区別する。
3 会社側でまとめておく資料
実務上は,①当日の経過と担当職員,②許可状の確認記録と目録の謄本,③提出・押収された資料の一覧,④問題となる取引と申告の時系列,⑤取引を決めた人・記帳した人・申告を確認した人,⑥今後の連絡日時と業務上の期限を整理するとよい。
各人が述べた事実と,弁護士・税理士が資料から評価した内容を分けて記録する。
脱税額や故意の有無を,当日の断片的な説明だけで確定させるべきではない。
第6 告発・起訴・納税を区別する
1 告発は有罪判決ではない
国税通則法155条は,同条に掲げる犯則事件について,調査により犯則があると思料するときは検察官に告発しなければならないと定める。
告発を受けた後の捜査,起訴の判断及び裁判は,査察の調査や告発と別の段階である。
国税庁のパンフレットの流れも,告発の後に検察官捜査,起訴及び判決を置いている。
修正申告・納付が済んだことだけを理由に,告発や刑事責任が当然に消滅すると判断することはできない。
税務上の是正と刑事事件への対応について,税額,対象期間,説明内容及び担当者をそろえ,それぞれの判断を相談する必要がある。
公表された年度別の告発・判決状況を,個別事件の告発,起訴又は有罪の確率に読み替えることも適切ではない。
2 通告処分の対象を確認する
国税通則法156条~158条には,一定の間接国税の犯則事件についての報告,通告処分及び告発が定められている。
155条2号に掲げる犯則事件は156条の対象から除かれており,税目,課税方式及び罪の種類を確認する必要がある。
通常の納税や修正申告と,罰金相当額等を納付する通告処分の履行は,同じものではない。
157条5項は,通告の旨を履行した場合,同一事件について公訴を提起されないと定める。
158条1項は,通告等を受けた日の翌日から起算して20日以内に履行しない場合の告発を定めるが,期間を経過しても告発前に履行した場合の例外がある。
情状が拘禁刑に処すべき場合等には通告処分を経ずに告発されるため,「税金を払えば終わる」「どの脱税事件でも通告処分を選べる」と考えるべきではない。
3 古い教材の条文を現在の根拠にしない
国税庁「70年史」第4章は,平成30年4月1日に国税犯則調査手続が国税通則法に編入され,国税犯則取締法が廃止されたことを説明している。
古い教材や裁判例が国税犯則取締法を引用している場合は,当時の制度・事実関係と,現在の国税通則法の規定を対応させて読む必要がある。
当時の告発の取扱いや裁判例の結論を,現在のすべての税目・罪にそのまま当てはめることはできない。
第7 出典・関連記事
1 法令と国税庁資料
①e-Gov法令検索・国税通則法74条の8,131条~159条。
②e-Gov法令検索・財務省設置法26条・27条。
③国税庁「国税査察制度~脱税は,犯罪。~」査察調査の目的(PDF2頁)及び流れ(PDF3頁)。
④国税庁「70年史」第4章 犯則取締り第1節の制度改正の説明。
2 関連記事
①税務調査に関するメモ書き-事前通知,帳簿データ,質問応答記録書及びAI活用は,通常の税務調査の手続と記録への対応を扱う。
②東京国税局の税理士専門官だより(令和4年~令和6年)-税理士等情報せん,にせ税理士,国税OB税理士の業務制限及び調査妨害は,税理士法違反の把握と調査・懲戒等への対応を扱う。
③被疑者の逮捕は,刑事訴訟法上の逮捕とその後の身柄手続を扱う。