第1 被害の損失と,回収した金銭を別々に判定する
1 本記事の対象と結論
投資や金銭貸付けの勧誘を受けて送金し,元本が戻らなくなった場合に,損失を税務上控除できるか,後に受け取った返金・賠償・会社の自主補償をどう扱うかを整理する。
対象は主として日本の居住者個人と内国法人であり,法令の確認基準日は令和8年10月10日である。
「被害だから控除できる」「補償金だから非課税」「振込額が元本以下だから所得はない」という判断では足りない。
①誰の資金か,②何の取引か,③どの損失か,④何を補う入金か,⑤どの年分・事業年度かを分ける。
被害者個人の所得控除と,被害法人の損金算入も同じ制度ではない。
2 まず資料から金額を分解する
送金元本,返還された元本,運用益・利息として受け取った額,未回収残高,賠償・補償の認定額,遅延損害金及び費用補填を別欄にする。
契約書,勧誘文面,入出金明細,認定通知,補償合意書,金額計算書及び過年度の申告書をそろえる。
相手が「配当」と呼んだ金銭が,本当に投資収益なのか,元本の返還なのかを確認する。
返金の民事上の充当と税務上の所得区分についても,名目だけで決めない。
第2 詐欺被害は当然に雑損控除になるわけではない
1 詐欺と盗難・横領の違い
所得税法72条の雑損控除は,対象資産に災害,盗難又は横領による損失が生じた場合の制度である。
国税庁は詐欺による損失の質疑及びNo.1110で,詐欺・恐喝の損失は対象外と説明している。
捜査機関への相談や告訴をしたことだけで控除要件が満たされるわけではない。
他方,記事や会社発表で「詐取」「横領」等の言葉が使われているだけで個々の取引を分類せず,誰がどの権限で金銭を受領・保管し,どのように処分したかを確認する。
2 対象資産と補填額も確認する
盗難・横領であっても,資産の所有者,事業用資産等との区別及び補填額の確認が必要である。
雑損控除の計算では,保険金・損害賠償金等によって補填される部分を除く。
損失の全額控除と補填額を控除しない処理を重ねない。
この説明は損失の控除に関するものであり,受け取った補償金の課税・非課税を直接決めるものではない。
第3 貸付元本の回収不能と,未収利息を分ける
1 個人の事業債権と雑所得の基因となる資産
所得税法51条2項は,不動産所得・事業所得・山林所得を生ずべき事業の遂行上生じた貸付金等の貸倒れを扱う。
個人が私的に貸した金銭へ,事業の貸倒れの規律をそのまま移さない。
同条4項は,雑所得等を生ずべき業務の用に供され,又はその所得の基因となる資産の損失について,所定の除外と補填額を確認した上で,当該年分の該当所得の金額を限度とする必要経費算入を定める。
適用には,取引の実質,所得との関係,回収不能となった時期と根拠を確認する必要がある。
雑所得の計算上の損失を給与所得等から自由に差し引けるわけでもない。
国税庁の損益通算の説明も,所得区分ごとの違いを示している。
被害額をそのまま給与から引く申告はしない。
2 既に所得に計上した未収入金の回収不能
所得税法64条1項は,所定の各種所得の計算の基礎となる収入金額が回収不能となった場合等の所得計算の特例である。
雑所得等として計上した未収利息の問題と,貸付元本の損失を分ける。
同項を,元本全額を過去の給与等から控除する規定として説明しない。
過年度に何を収入計上したか,回収不能を裏付ける資料,適用条項,年分及び更正の請求等の手続・期限を税理士と確認する。
逮捕,連絡不能又は返済の遅れだけで,直ちに全額回収不能と決めない。
出典:所得税法35条・51条・64条。
第4 返金・賠償・自主補償の税務をどう分けるか
1 元本返還と所得の取得は別である
貸付元本の返還は,通常,新たな利息所得を得たこととは異なる。
ただし,元本について既に必要経費・損失処理をしていた場合や,元本以外の金銭が一緒に支払われる場合は,後日の回収による処理を確認する。
元本以下の入金だから申告上の検討が一切不要,とはいえない。
2 個人が受け取る損害補填
所得税法9条1項18号・同施行令30条は,所定の損害賠償金等の非課税を定める。
国税庁No.1700は,心身・資産の損害補填と,収入金額や必要経費に代わる部分の違いを説明している。
会社が「自主補償」「解決金」と呼んでも,それだけで全額非課税とは決まらない。
支払の法的性質,対象資産・損害,収益や費用の補填の有無,権利移転等の対価を確認し,内訳ごとに適用規定を検討する。
特定の会社の公表した補償方針は,税務当局によるその補償金の課税判断とは別の資料である。
3 約定利息・遅延損害金・費用補填
貸付利息は,事業性等に応じて所得区分を判断し,預貯金利子等の「利子所得」と名称だけで同一視しない。
遅延損害金も元本と別に検討する。
非課税の賠償元本に付随するから当然にすべて非課税になるとは限らない。
弁護士費用等については,費用の発生原因,請求者と支払者,費用補填の内容及び対応する所得を確認する。
一般的な区分は示談金・解決金・和解金の税務を,遅延損害金は損害賠償金の遅延損害金の課税を参照されたい。
第5 法人の損失,賠償債権及び貸倒れ
法人には個人の雑損控除を適用しない。
被害による損失,金銭返還・賠償請求権の計上,実際の回収及び貸倒れを分け,法人税法22条と該当する通達等に沿って検討する。
受取賠償金を,個人の非課税規定から当然に益金不算入としない。
国税庁No.5320は,法律上の切捨て,全額回収不能,一定の売掛債権等についての取引停止後の取扱いを区別する。
貸付金には,一定の売掛債権についての「1年」の取扱いをそのまま使えない。
所属会社・第三者の補償や賠償が見込まれる場合も,申請中,支払義務・額の確定,実際の入金を分ける。
別の者に対する債権と元の債権との関係,権利移転・清算を確認し,権利残高と税務残高を照合する。
詳しくは損害賠償請求権の貸倒処理と非免責債権を参照されたい。
第6 補償合意前と申告前に確認する順序
1 弁護士と税理士で同じ内訳を使う
①弁護士が契約,詐欺等の主張,請求相手,損害項目,返金の対応,清算・権利移転を整理する。
②税理士が受領者,資金・資産の性質,所得区分,過年度の処理,補填と損失の対応,計上時期を確認する。
③合意書の金額と別紙計算書を一致させ,合理的な内訳を残す。
④認定通知,署名済み合意書,支払通知及び通帳を対応させる。
⑤後日の追加回収・変更合意を両専門家へ共有する。
税額を小さくする目的で,資料と矛盾する「慰謝料」や「元本」の名目を付けない。
反対に,適切な非課税・損失規定の適用を確かめないまま,受領額全体を課税所得とすることも避ける。
2 確定と入金を区別する
支払額の通知,異議申立て,合意書の成立条件及び支払期限を確認する。
収入計上の時期は,実際の着金日だけで一律に決めず,該当する所得・益金の規律と権利確定の内容から判断する。
年末・決算期をまたぐ場合は,入金前から税理士へ資料を渡す。
法人の受取損害賠償金については,法人税基本通達2-1-43が,支払を受けるべきことが確定した事業年度への益金算入を原則とし,実際に支払を受けた事業年度の益金に算入している場合も認めると説明している。
個人の取扱いや,損害賠償金とは性質の異なる自主補償金にまで,この取扱いを一律に広げない。
第7 消費税と所得税・法人税を分ける
国税庁No.6257は,通常の損害賠償金が資産の譲渡等の対価に当たらない一方,実質が対価である場合を区別している。
「所得税が課税されるから消費税も課税」「補償金という名称だからすべて対象外」と連動させない。
貸付利息,サービス代金の返還,資産・権利の譲渡対価を含む合意では,それぞれの規律を別に確認する。
第8 根拠資料と適用上の限界
法令は所得税法,所得税法施行令,法人税法を参照する。
本文の国税庁資料は行政の公表解釈であり,裁判所の判断とは区別する。
特定の会社の補償金について,税務当局の個別の判断は公表資料からは確認できない。