第1 接見禁止中でも民事手続を進めるための整理
勾留中の被告人に訴状を送達する場合,民事訴訟法99条3項に従い,収容先の刑事施設の長に送達する。
接見禁止を理由に書類の受領が拒まれた場合は,送達先の誤りを直す場面と,刑事裁判所に接見等禁止の一部解除を求める対応を検討する場面を分ける。
仮差押えでは,債務者への保全命令の送達前にも執行できるため,本人への送達が進まないことだけで執行を待つ必要はない(民事保全法43条3項)。
ただし,保全命令の当事者への送達は別に必要であり,執行期限は債権者への送達から2週間である(同法17条,43条2項)。
本記事は,令和8年10月3日現在の法令を基に,民事訴訟の原告・仮差押債権者側の対応を説明する。
一部解除によって送達できた民事執行の実例も紹介するが,接見禁止中の全事件で解除が必要になる,又は民事債権者の求めが必ず認められるという意味ではない。
第2 訴状と保全命令は誰に送達するか
1 刑事施設の長への送達
民事訴訟法99条3項は,刑事施設に収容されている者への送達を,刑事施設の長にすると定める。
訴状は被告に送達する書類であり,送達に関する事務は裁判所書記官が取り扱う(同法138条1項,98条2項)。
原告側は,収容施設の名称・所在地と被告本人の特定事項を担当書記官に伝え,施設長への送達として処理されるよう確認する。
本人宛てに私的な郵便を送ることと,裁判所が行う訴状の送達とは区別する。
保全命令にも,民事保全法7条による民事訴訟法の準用を通じて,施設長への送達の規定が適用される。
保全命令を当事者に送達する根拠は,民事保全法17条である。
2 警察署の留置施設にいる場合
刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律15条1項による代替留置の場合,同法286条により,留置施設を刑事施設,留置業務管理者を刑事施設の長とみなして民事訴訟法99条3項を適用する。
警察署に置かれる留置施設の留置業務管理者は警察署長であるため,この場合の送達先は警察署長となる(同法16条1項)。
警察本部等に置かれる留置施設では,留置業務管理者は本部長等が指名する一定の階級以上の警察官であり,常に警察署長になるわけではない。
原告・債権者側が収容先を伝える際は,施設の所在地だけでなく,どの種類の施設で,誰が法令上の受送達者になるのかも確認する。
3 施設長への送達の効力
最高裁判所第一小法廷昭和54年10月18日判決は,旧民事訴訟法168条の下で,監獄に在る者への送達は監獄の長に書類が交付されたときに効力を生じ,本人への現実の交付を要しないとした。
警察署の留置場の場合の警察署長への送達も,判示の対象に含まれている。
この判決が判断したのは送達の効力発生時点であり,接見禁止を解除しなければ送達できないかという問題ではない。
現行の施設長送達は民事訴訟法99条3項で確認し,旧法の判決と接見等禁止への対応を混同しないことが大切である。
第3 収容先が分からないときの調査
1 手元の情報から確認する
実務上の進め方としては,まず原告・債権者側が既に持つ刑事事件の通知,事件番号,裁判所名,刑事弁護人から適法に得られる情報を整理する。
確認する目的は現在の送達場所を特定することであり,犯罪事実や刑事記録全体を取得することではない。
過去の収容先が分かっても,移送や釈放によって現在の状況が変わっていることがある。
情報の確認日を記録し,訴状・保全命令の発送に近い時点で,担当書記官に現在の送達先を伝える方法を勧める。
2 弁護士会照会を検討する場合
受任弁護士は,受任事件について所属弁護士会に照会を申し出ることができ,弁護士会は公務所等に必要な事項の報告を求めることができる(弁護士法23条の2)。
野村創弁護士は,後記の著書で,収容先を調べるため勾留状を発付した裁判所への弁護士会照会を利用した経験を紹介している。
照会を使う場合も,対象者の特定,送達のために現在の収容先を知る必要性,照会事項の範囲を整理して申し出る。
弁護士会が不適当な申出を拒絶できる制度であり,照会先から必要な回答が必ず得られると見込むことはできない。
収容先を特定できたなら,送達のためだけに刑事記録全体の収集を続ける必要はない。
回答が得られない場合は,同じ照会を漫然と繰り返さず,既存情報で何が不足しているかを担当書記官と整理し直すのが実務上の提案である。
第4 接見禁止を理由に受領が拒まれた場合
1 返送理由と禁止決定の範囲を確認する
まず原告・債権者側は,送達報告等から,収容先の相違,施設長を受送達者としていないこと,接見禁止を理由とする受領拒否のいずれなのかを確認する。
宛先や収容先の誤りであれば,担当書記官に正しい情報を示して再送達の処理を相談する段階であり,直ちに一部解除を求める場面とは限らない。
刑事訴訟法81条は,裁判所が,勾留中の被告人と一定の者以外との接見を禁じ,書類等の授受を禁じることなどができると定める。
接見だけが問題なのか,書類の授受も禁止されているのか,個別の禁止決定の内容を確認することが対応の出発点になる。
同法39条1項の弁護人等との接見交通と,民事訴訟の原告代理人による被告人への接触は,同じ地位に基づくものではない。
原告代理人が弁護士であることだけで,接見禁止にかかわらず書類を本人に渡せると扱わない。
2 一部解除によって送達できた民事執行の実例
野村創弁護士は,『失敗事例でわかる!民事保全・執行のゴールデンルール30〈改訂版〉』の「改訂にあたって」で,民事執行の書類について収容先で接見禁止を理由に受領を拒まれ,債権者側から刑事裁判所に一部解除を求めて再送達できた経験を記している(印刷4頁,PDF1頁)。
これは,受領拒否に直面したときの対応を考える資料になるが,訴状や仮差押命令についての同一の実例ではなく,著者が経験した民事執行の事例である。
3 一部解除を求めるときの整理事項
(1) 対象書類と解除を求める範囲
実務上の提案として,接見等禁止を扱う刑事裁判所の担当部に,民事事件の番号,送達対象の書類,受領拒否の経過,送達の目的及び期限を示し,書類の送達・授受に限った一部解除を求める方法を確認する。
訴状,呼出状,証拠の写し,保全命令正本のどれを対象とするのかを特定し,一般的な面会や私信の解除とは分けて説明する。
民事債権者側からの申出の取扱い,提出先,書面名,添付資料は,当該刑事裁判所に確認する事項である。
著者の実例を根拠に,第三者に全国一律の申立権がある,又は共通の様式で必ず許可されるとはいえない。
(2) 解除後の再送達
解除が認められた場合は,決定で許された書類・授受の範囲と,収容施設にその内容を伝える方法を確認し,民事事件の担当書記官に再送達を相談する。
解除決定を得たことと,民事書類の送達が完了したことは別であり,送達報告等による結果の確認まで行うという進め方を勧める。
第5 仮差押えでは送達問題と執行を分けて進める
1 勾留の事実だけで仮差押えが認められるわけではない
仮差押命令は,金銭債権について,将来の強制執行ができなくなるおそれ,又は著しく困難になるおそれがあるときに発することができる(民事保全法20条1項)。
債権者は,被保全債権と保全の必要性の双方を疎明しなければならない(同法13条)。
したがって,勾留されたことだけから,請求債権の存在や財産散逸の危険が証明されたとは扱わない。
債権者側は,契約・送金・損害に関する手元の資料と,対象財産の有無,処分や資金移動を示す具体的な事情を分けて整理し,疎明が不足する段階では申立てを急ぐ前に不足資料を評価する。
2 対象財産・管轄・担保を整える
(1) 対象財産と管轄
仮差押命令は特定の物について発するのが原則であり,動産には目的物の特定を要しない例外がある(民事保全法21条)。
保全命令事件の管轄は,本案の管轄裁判所又は対象財産の所在地を管轄する地方裁判所を基準にするため,勾留先の刑事裁判所が当然に保全事件も扱うわけではない(同法12条1項)。
預金債権等の所在地は,第三債務者の普通裁判籍の所在地を基準にする(同条4項本文)。
勾留先の確認は債務者への送達のための作業であり,保全管轄や対象債権の特定とは別に行う。
(2) 担保と申立ての方法
担保については,民事保全法14条1項により,裁判所が担保を立てさせて発令する方法などを定める。
接見禁止があることから担保額を一定の割合で算出できるわけではなく,裁判所の定める担保条件を確認する。
東京地方裁判所民事第9部の「保全事件の申立て(電子申立て不可)」は,保全事件は令和8年5月21日から始まった民事訴訟の全面電子化の対象外であり,申立てに書面の提出が必要であると案内している。
実際の申立先の提出方法・面接・必要資料を確認し,接見禁止への対応と並行して準備する。
3 債務者への送達前の執行と2週間の期限
(1) 誰への送達が執行に関係するか
保全命令は債務者への送達前にも執行できる(民事保全法43条3項)。
預金債権等の仮差押えの効力は,第三債務者への命令の送達時に生じるため,債務者である被告人への送達状況と,銀行等への送達状況を別に確認する(同法50条1項・5項,民事執行法145条5項)。
不動産の仮差押えは,仮差押登記又は強制管理の方法で執行する(民事保全法47条1項)。
財産の種類によって執行方法が異なるので,施設への送達が難航しているときも,対象財産について何が執行に必要かを担当書記官に確認する。
(2) 期限の起点は債権者への送達
保全執行は,債権者に保全命令が送達された日から2週間を経過すると行えない(民事保全法43条2項)。
接見禁止の一部解除を求めていることを理由に,この期限が当然に延びるとは扱わず,債権者への送達日,第三債務者への送達結果,執行の実施状況を管理する。
債務者への送達前に執行できることは,債務者への送達を放置してよいという意味ではない。
一部解除・再送達への対応を続けつつ,保全執行を期限内に進めるための作業を分けることが,本件での実務上の要点である。
仮差押え全体の手続や担保・解放金は,「仮差押えとは―要件・手続の流れ・担保・効力・解放金・担保の取戻しの全体像(AIリライト)」で説明している。
預金・給料の対象債権の特定や差押禁止の範囲は,「預金・給料の仮差押え―取扱店舗の特定,差押禁止の範囲及び陳述催告(AI作成)」を参照されたい。
第6 出典・参考資料
1 法令
①民事訴訟法(平成8年法律第109号)98条,99条3項,138条1項(e-Gov法令検索)
②民事保全法(平成元年法律第91号)7条,12条~14条,17条,20条1項,21条,43条,47条1項,50条1項・5項(e-Gov法令検索)
③刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)39条1項,81条(e-Gov法令検索)
④刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(平成17年法律第50号)15条1項,16条1項,286条(e-Gov法令検索)
⑤民事執行法(昭和54年法律第4号)145条5項(e-Gov法令検索)
⑥弁護士法(昭和24年法律第205号)23条の2(e-Gov法令検索)
2 裁判例
最高裁判所第一小法廷昭和54年10月18日判決(昭和54年(オ)第678号,集民128号11頁,裁判所ウェブサイト)。
判決全文PDFは1頁で,本文の対象は旧民事訴訟法168条による送達の効力である。
3 裁判所の運用資料
東京地方裁判所民事第9部「保全事件の申立て(電子申立て不可)」(令和8年10月3日確認)。
申立書の提出方法と保全事件の電子化対象外の案内を参照した。
4 個人執筆の実務文献
野村創『失敗事例でわかる!民事保全・執行のゴールデンルール30〈改訂版〉』公開試読(学陽書房,2024年)「改訂にあたって」3頁~4頁(PDF1頁の見開き)。
収容先の調査,接見禁止による受領拒否及び一部解除後の送達の経験は,印刷4頁に記載されている。