公海上で外国船同士が衝突したときは,「どの国で訴えるか」と「どの国の法を適用するか」を分けて検討する必要がある。さらに,船主の責任保険者に被害者が直接請求できるかは,直接請求権の法性決定を経なければ結論が出ない。本記事は,令和8年10月1日現在の日本法を前提に整理したものである。
第1 問題の所在
公海には領域主権を有する国がない。そのため,陸上の交通事故のように「事故地法」を直ちに選ぶことができない。船舶の旗国,損害船舶が最初に到達した地,船主の本店所在地,当事者の共通常居所地等のうち,どの事実を国際裁判管轄又は準拠法の連結点とするかを区別して考える必要がある。
第2 日本の国際裁判管轄
民事訴訟法3条の3第9号は,船舶の衝突その他海上の事故に基づく損害賠償請求について,「損害を受けた船舶が最初に到達した地が日本国内にあるとき」に日本の裁判所の管轄権を認める。予定された最初の寄港か,事故後の救難・応急修理のための緊急入港かを問わず,条文上は実際に最初に到達した地が基準になると解するのが自然である。ただし,単なる一時的接触しかなく,日本で審理することが当事者間の衡平又は適正・迅速な審理を著しく害する場合には,同法3条の9の「特別の事情」が別に問題になる。
同じ衝突でも,どの船舶が損害を受けた船舶であるか,誰が誰に請求するかにより,同号の適用関係は変わり得る。被告の主たる事務所等が日本にあるときは同法3条の2による管轄も検討する。
第3 公海衝突の準拠法
不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は,原則として加害行為の結果が発生した地の法による(法の適用に関する通則法17条本文)。しかし,公海上の衝突には領域的な結果発生地法がない。この場合の処理について,通則法には海事不法行為専用の明文規定がない。
学説上は,①各船舶を旗国の領域に準じて扱う,②被害船の旗国法による,③双方の船舶が同一旗国ならその法による,④法廷地法による,⑤通則法20条の「明らかにより密接な関係がある地」の法を探す,といった構成が論じられてきた。双方が同一旗国であれば共通旗国法を基礎にする見解が有力である。他方,異なる旗国の船舶が公海上で衝突した事案について,東京高裁平成29年6月30日決定(平成29年(ラ)第310号,判例タイムズ1446号)は,損害賠償請求権の準拠法を双方の旗国法の累積適用とした。
同決定は保険金請求権への先取特権に基づく差押えをめぐる執行抗告事件で,損害賠償請求権の準拠法は先取特権の成立を判断する前提として論じられたものである。
公海衝突一般について最高裁の統一判断が示されたとまではいえないが,異国籍船の事件で日本の裁判所が審理するというだけで日本法を単独適用する説明は,同決定と整合しない。
準拠法が外国法であるときは,通則法22条による二重の制限も確認する。外国法上は不法でも日本法上不法でない行為について請求はできず,日本法が認める処分を超える請求もできない。
第4 責任保険者への直接請求
被害者が船主の責任保険者に直接請求できるかについて,日本の国際私法には一般的な明文規定がない。少なくとも,①直接請求を不法行為債権を実効的に回収する制度とみて不法行為準拠法による見解,②保険者の給付義務の範囲に関わるとして保険契約準拠法による見解,③いずれか一方の法が直接請求を認めれば足りるとする選択的適用,を区別する必要がある。
不法行為準拠法説は被害者保護制度としての機能を重視できる反面,保険者が契約時に予測しにくい法で直接責任を負うおそれがある。保険契約準拠法説は保険者の予測可能性に優れる反面,不法行為地の被害者保護を弱めることがある。外国法が直接請求を認めるかは,契約条項だけでなく,その国の強行法規,保険制度及び請求要件まで調査する必要がある。
日本の保険法22条1項の先取特権は,被保険者の保険給付請求権を担保の客体とする制度であり,被害者が保険者に対して固有の直接請求権を有することと同義ではない。
上記東京高裁決定も,英国法・韓国法上の直接請求制度を日本法上の先取特権と同視しなかった。
したがって,事故責任の準拠法が日本法で,保険契約準拠法だけが外国法であり,その外国法だけが直接請求を認める事案では,採用する法性決定によって結論が分かれる。この論点は一つの見解を「判例上確立した結論」として扱うべきではない。
第5 実務上の確認順序
①衝突地点が領海か公海かを海図,航海日誌及びAIS記録で確定する。
②各船舶の旗国,船主・裸傭船者・運航者,責任保険者を特定する。
③損害船舶が事故後最初に到達した港と,到達理由を確認する。
④被告の住所・主たる事務所,証拠・乗組員の所在地を確認する。
⑤事故責任の準拠法と,保険契約の準拠法・裁判管轄条項を別々に調べる。
⑥直接請求権について,不法行為法,保険契約法及び強行法規の三層を調査する。
⑦位置が争われるときは,測地系,電子海図・レーダーの表示距離設定,航跡の再現方法を記録し,必要に応じて海上保安部への弁護士法23条の2照会を検討する。東京高裁平成29年決定では,同照会への回答が公海上の事故位置を認定する資料となり,実況見分時の48マイルレンジ表示の精度も吟味された。
⑧直接請求・保険法22条の先取特権・保険金請求権の差押えを分け,船主の外国倒産手続と日本での禁止命令の有無を確認する。
第6 出典と未確定部分
一次資料は,e-Gov法令検索「民事訴訟法」3条の2,3条の3第9号,3条の9及び「法の適用に関する通則法」17条,20条,22条及び「保険法」22条である。
裁判例は,東京高裁平成29年6月30日決定の判例タイムズ掲載本文の写しを確認した。
制度趣旨の確認には,小出邦夫編著『一問一答 新しい国際私法』(商事法務,平成18年)161頁・162頁(設問157)を用いた。同書は,海事国際私法について十分な学説・判例の蓄積や条約がなかったため,通則法に特別規定を設けなかったと説明する。学説の整理には,早稲田大学リポジトリ掲載論文「公海上の船舶衝突の準拠法」及び藤田友敬「海事国際私法の現状と課題」を参照した。これらは法令・判例ではなく学説資料である。
実際の保険金回収では,国際海難後の保険金回収に関する記事も参照されたい。
責任保険者への直接請求の法性決定は,日本法上なお見解が分かれる論点である。本記事は争点の所在と主要な構成を示すものであり,個別の外国法の内容まで確定するものではない。