第1 証明妨害の意味と検討順序
1 証明妨害とは
証明妨害とは、訴訟当事者が証拠を破棄し、隠匿し、改変し、又は提出を拒むことによって、相手方の証明を不可能又は著しく困難にする行為をいう。
民事訴訟法には文書提出命令違反等について明文の効果があるが、証明妨害の問題は同法224条だけでは尽くされない。
まず同条が直接適用されるかを検討し、直接適用されない場合に民事訴訟法2条の訴訟上の信義則を基礎とする評価が可能かを検討するのが分かりやすい。
2 自動的な立証責任転換ではない
証明妨害が認められても、常に立証責任が転換し、又は相手方の主張が当然に真実となるわけではない。
問題となる証拠の重要性、代替証拠の有無、妨害行為の時期・態様、行為者の認識、他の証拠との整合性を踏まえて、どの程度の不利益な評価をするかを具体的に論じる必要がある。
第2 民事訴訟法224条による処理
1 文書提出命令に従わない場合
民事訴訟法224条1項は、当事者が文書提出命令に従わないとき、裁判所が当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができると定める。
同条3項は、相手方が文書の記載について具体的な主張をし、かつ、その文書によって証明すべき事実を他の証拠で証明することが著しく困難な場合には、その事実に関する相手方の主張まで真実と認めることができるとする。
2 相手方の使用を妨げる目的で文書を失わせた場合
同条2項は、当事者が相手方の使用を妨げる目的で、提出義務のある文書を滅失させるなど使用不能にした場合にも1項と同じ効果を認める。
したがって、提出義務、使用妨害目的、文書の滅失又は使用不能化を区別して事実を主張する必要がある。
単に保管ミスや廃棄があったというだけでは、同項の要件を当然に満たさない。
第3 民事訴訟法224条の外側にある証明妨害
1 訴訟上の信義則を基礎とする考え方
民事訴訟法2条は、当事者に対し、信義に従い誠実に民事訴訟を追行する義務を課している。
提出義務のある文書に当たらない場合や、使用妨害目的を直接認定しにくい場合でも、証拠の収集・提出を不可能又は困難にした行為を訴訟上の信義則に反する証明妨害として評価し、事実認定に反映させる考え方がある。
令和7年司法試験民事系科目第2問の出題の趣旨及び採点実感は、この法理について、客観的に相手方の立証を困難にする行為と、行為者の主観的な認識又は予見可能性を検討させている。
2 主観面は具体的事実から認定する
証拠廃棄の時点で紛争が既に顕在化していたか、相手方が証拠の保存又は開示を求めていたか、当該証拠が争点判断に重要であると認識できたかを確認する。
保存期間、通常の廃棄運用、廃棄指示の経緯、バックアップの有無も、故意、過失又は予見可能性を判断する重要な資料となる。
第4 証明妨害の効果
1 複数の処理を区別する
考えられる処理には、①妨害者に不利益な間接事実として評価する、②証明度を事実上軽減する、③一定の事実を真実と認める、④主張立証責任の負担を調整するという説明がある。
どの処理を採るとしても、失われた証拠が存在すれば何を明らかにできたのか、代替証拠ではなぜ足りないのか、妨害行為からどこまで推認できるのかを示さなければならない。
2 他の証拠との総合評価
証明妨害だけで主要事実を認定するのではなく、契約書の写し、電子メール、入出金記録、取引先の供述、メタデータ、保存義務を示す規程等と組み合わせて評価する。
証拠が失われたこと自体と、その証拠の内容が相手方の主張どおりであったこととは別問題であるため、推認の飛躍を避ける必要がある。
第5 裁判例から見た考慮要素
1 名古屋高裁金沢支部昭和51年6月16日判決
名古屋高裁金沢支部昭和51年6月16日判決(昭和50年(行ケ)第3号)は、使用済不在者投票用封筒等が廃棄された事案で、証拠の重要性、法定保存義務、廃棄時期及び当時の認識等を踏まえて証拠評価を行った。
同判決は行政事件の判決であるが、証拠を使用不能にした行為を訴訟上どのように評価するかという一般的な検討素材となる。
なお、本記事は同事件の行政法上の論点を扱うものではない。
2 令和7年司法試験の事例が示す着眼点
令和7年司法試験では、遺産帰属性が争われた後に売買契約書が廃棄され、他方当事者の原本も失われ、関係者も死亡しているという事実関係が置かれた。
法務省の出題の趣旨及び採点実感は、証拠の重要性、紛争顕在化後の廃棄、代替証拠の乏しさ、行為者の認識を具体的事実に即して評価することを求めている。
これは判決の一般的結論ではなく、司法試験で評価対象とされた思考過程である。
第6 訴訟実務のチェックリスト
1 証拠を失わせた側を追及する場合
①証拠の特定、②所持・管理主体、③保存義務又は通常の保存期間、④紛争の顕在化時期、⑤廃棄・改変の日時と指示系統、⑥行為者の認識、⑦代替証拠の有無、⑧失われた証拠が争点に与える意味を時系列で整理する。
文書提出命令の申立て、証拠保全、照会、デジタル・フォレンジック等の手段も早期に検討する。
2 証拠を失わせたと主張された側の対応
通常の保存・廃棄規程、廃棄の一貫した運用、紛争を予見できなかった事情、複製やバックアップの提供、代替証拠の存在を示す。
訴訟提起後だけでなく、紛争を合理的に予見した時点から保存対象を設定し、担当者任せにせず、保存指示と実施記録を残すことが重要である。
第7 関連する山中弁護士ブログの記事
遺産確認の訴えとは――当事者・確認の利益・対象財産・主張立証(AI作成)
第8 出典
e-Gov法令検索「民事訴訟法」
法務省「令和7年司法試験論文式試験問題」
法務省「令和7年司法試験論文式試験の出題の趣旨」
法務省「令和7年司法試験論文式試験の採点実感等に関する意見」
裁判所ウェブサイト・名古屋高裁金沢支部昭和51年6月16日判決
判例秘書L03120287(名古屋高裁金沢支部昭和51年6月16日判決)