第1 まず確認すべき結論
従業者の職務発明が二重譲渡された疑いがあるときは、発明完成時の権利者、各譲渡の成立時期、出願の先後、審査・登録の段階を先に確定する。出願中に特許を受ける権利を争う場面と、設定登録後に特許権の移転を請求する場面では、請求の対象と根拠が異なる。
特許法34条1項は出願前の承継について出願を第三者への対抗要件とする。一方、特許法74条1項は、冒認又は共同出願違反により既に特許がされた場合に、真の権利者が特許権者に移転を請求する制度である。先に譲渡を受けたという事実だけで74条の請求が当然に認められるわけではない。誰が誰に対して権利取得を主張できるかを、34条の段階で検討する必要がある。
以下は一般的な手順である。実際の事件では、発明完成日、適用される職務発明規程の版、出願番号、特許原簿、包袋及び各契約書の原本を確認する。
第2 発明完成から出願までの権利帰属
発明をした者は特許を受けることができ、その権利は移転できる(特許法29条1項、33条1項)。職務発明では、契約・勤務規則等があらかじめ使用者に特許を受ける権利を取得させると定めた場合、権利は発生時から使用者に帰属する(35条3項)。
特許庁の職務発明制度に関するQ&A第9問は、会社が取得する旨の通知が発明者に到達した時に権利を取得する規程を、発明時からの原始帰属の定めに当たらない例とする。したがって、規程が発生時帰属型か通知時承継型かで、従業者が第三者へ譲渡できた時点が変わる。発明の完成後に規程を改めたときも、完成時に適用される版を特定する。
使用者の法定通常実施権(35条1項)と特許を受ける権利の帰属、従業者への相当の利益(35条4項以下)は別の問題である。使用者の通常実施権だけから、その使用者を出願人又は特許権者とは扱えない。規程の読み方は職務発明を従業員が第三者へ譲渡した場合でも整理した。
第3 出願前の二重譲渡と出願の先後
同じ特許を受ける権利が二人に譲渡された場合、特許出願前の承継は、承継人が出願しなければ第三者に対抗できない(34条1項)。譲渡契約の締結日が早いだけでは、後の譲受人への対抗が完了しない。両譲受人の出願日時を、願書の提出記録に基づいて比較する。
もっとも、先に出願した譲受人が背信的悪意者である場合まで、出願の先後だけで決着するとは限らない。知財高裁平成22年2月24日判決(平成21年(ネ)第10017号)は、先の譲受人の存在や秘密情報をめぐる具体的事情を踏まえ、後の譲受人を背信的悪意者と評価した。単に先行譲渡を知っていたという抽象的な主張では足りず、秘密保持関係、取得・利用の経緯、出願への働き掛けなどを証拠で示す必要がある。
この平成22年判決は、発明完成が現行35条3項の原始帰属規定の施行前で、相手方の出願が審査中だった事案である。現行法の原始帰属の成否や、74条に基づく登録後の移転請求を直接判示したものとして使わない。
第4 出願中に争う場合の請求と手続
出願中は、争いの対象が原則として特許を受ける権利である。前記平成22年判決が認容したのも、この権利を有することの確認請求であった。請求者は発明者・承継・対抗関係を示し、相手方の出願の処理状況を追う必要がある。
出願後に特許を受ける権利を承継した場合は、34条4項の届出によって効力が生じる。特許庁は出願人名義変更の案内で、出願中の名義変更と登録後の権利移転を別の手続として示している。出願前の譲渡を34条1項により対抗する局面と、出願後の承継の効力を34条4項により生じさせる局面を取り違えない。
確認請求が認められても、それだけで特許庁の願書上の出願人名義や特許原簿が自動的に変わると断定できない。判決主文、出願の係属状況、必要な届出・補正・審査手続を個別に確認する。相手方の出願が特許査定・設定登録へ進んだときは、次節の救済を検討する。
第5 登録後に争う場合の74条移転請求
特許が、共同出願違反又は特許を受ける権利のない者による出願についてされた場合、特許を受ける権利を有する者は、特許権者に特許権の移転を請求できる(特許法74条1項。共同出願について38条、冒認について49条7号・123条1項6号も参照)。
74条1項の請求に基づいて移転の登録があると、その特許権は初めから登録を受けた者に帰属していたものとみなされる(同条2項)。ただし、提訴又は勝訴だけで移転登録が済むわけではない。判決の確定、登録申請と特許原簿の確認を分けて管理する。第三者の実施については、善意の一定の権利者等に通常実施権を認める79条の2の要件も確認する。
二重譲渡の場合、請求者が先の譲受人であっても、34条1項の対抗関係で相手方に優先できなければ、その相手方の登録を直ちに冒認と評価できない。発明の同一性、共有持分、登録名義及び相手方の取得経緯を特許原簿・包袋・契約書と照合する。
第6 無効審決の確定と移転請求の競合
特許を無効にすることと、その特許権を真の権利者へ移すことは、救済の結果が異なる。知財高裁令和6年1月22日判決では、第一審が特許法74条1項による移転登録請求を一部認容したが、控訴中に同じ特許の無効審決が確定した。控訴審は、特許法125条により特許権は初めから存在しなかったものとみなされ、移転を請求すべき特許権が失われたとして、その請求を棄却した。
この令和6年判決は職務発明の二重譲渡の判断例ではない。移転請求と無効審判が並行するとき、無効審決の確定が移転の対象そのものに影響することを示す資料として参照する。判決は、予告登録の有無も特許権の消長に影響しないと述べた。紛争開始時には、無効審判の請求・審決・取消訴訟の期限と移転訴訟の進行を一つの表で管理する。
第7 実務で保存・照合する資料
①研究ノート・実験データ・会議記録から発明完成日、発明者及び発明の内容を確定する。
②完成時の雇用契約、職務発明規程と各改訂版、従業者への周知資料をそろえる。
③発明届、会社の取得決定、通知の到達記録、相当の利益に関する資料を保存する。
④各譲渡契約、譲渡証書、対価、秘密保持契約及び交渉記録を時系列化する。
⑤各出願の願書、提出日時、出願番号、包袋、名義変更届及び拒絶・査定の書類を照合する。
⑥登録後は特許原簿、登録日、移転登録の申請資料、無効審判・審決取消訴訟の書類を確認する。
一覧表には「発明完成→譲渡1→譲渡2→取得通知→出願1→出願2→査定→設定登録→無効審決」の各日付を入れる。日付のない推測は事実として記さず、確認待ちと表示する。
第8 出典と裁判例の射程
条文はe-Gov法令検索「特許法」29条、33条、34条、35条、38条、49条、74条、79条の2、123条及び125条を確認した。手続については特許庁の職務発明制度に関するQ&A、出願人名義変更の案内及び移転登録の案内を参照した。
裁判例は知財高裁平成22年2月24日判決(出願中の権利確認と背信的悪意者)及び知財高裁令和6年1月22日判決(74条移転請求と無効審決確定)を区別して用いた。前者から登録後の74条請求の結論を、後者から職務発明の二重譲渡の結論を直接導いていない。
確認日:令和8年10月1日。判例秘書での関連裁判例の網羅調査は行っていない。個別事件の見通しには、特許原簿・包袋・原契約書等の確認が必要である。