生活保護の実施機関が、被保護者に対する指示違反を理由として保護を停止又は廃止するには、法令が要求する書面による指導・指示の内容を正確に確定する必要がある。最高裁平成26年10月23日第一小法廷判決は、従前の口頭指導や被保護者の理解を理由として、書面に記載されていない事項まで指示内容に含めることはできないとした。本記事では、処分前の書面指示、内容の特定及び実現可能性の審査を整理する。
第1 生活保護の指導・指示と保護の廃止
生活保護法27条1項は、保護の実施機関が被保護者に対し、生活の維持・向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができると定める。同法62条1項は被保護者にこれに従う義務を課し、同条3項は、義務違反がある場合に保護の変更、停止又は廃止をすることができるとする。
しかし、同法施行規則19条は、62条3項の権限について、27条1項に基づき書面で行われた指導又は指示に従わなかった場合でなければ行使してはならないと定める。保護の廃止等は重大な不利益処分であるため、単に担当者が何らかの助言をしていたというだけでは足りない。
第2 最高裁平成26年10月23日判決
1 事案の概要
被保護者は、手描き友禅の請負業務に使用する自動車の保有を認められていた。収入が減少した後、福祉事務所長は、被保護者に対し、「友禅の仕事の収入を月額11万円(必要経費を除く)まで増収して下さい。」と記載した指示書を交付した。履行期限は平成18年7月末日とされていた。
被保護者が増収を達成しなかったため、福祉事務所長は「指導・指示の不履行」を理由として保護を廃止した。原審は、従前から増収又は自動車処分のいずれかを行うよう口頭で指導され、被保護者もその内容を理解していたことなどから、自動車を処分すれば指示に従ったことになるとの解釈を採った。
2 最高裁の結論
最高裁は、指示書には月額11万円まで増収すべき旨だけが記載され、自動車を処分すべきことが指示内容に含まれると解すべき記載はないとした。従前の口頭指導、被保護者の理解又は指示理由欄の記載を考慮しても、自動車処分を指示内容に含めることはできないとして、原判決を破棄し、事件を原審に差し戻した。
第3 書面指示の内容は書面自体から確定する
最高裁は、書面指示を要求する趣旨について、次の二つの側面を示した。
① 実施機関による指導・指示及び保護廃止等の判断が慎重かつ合理的に行われることを担保し、行政庁の恣意を抑制すること
② 被保護者が従うべき指導・指示の存在及び内容を明確にし、十分に認識できないまま不利益処分を受けることを防いで権利を保護すること
この趣旨から、指導又は指示の内容は当該書面自体に「指導又は指示の内容」として記載されていなければならない。書面の目的は、後から行政庁の真意を探索することではなく、不利益処分の前提となる義務内容を事前に客観化することにある。
第4 口頭指導や本人の理解で補えない理由
実務では、面談記録、ケース記録、電話記録又は過去の説明から、本人も行政側の意図を分かっていたと主張されることがある。しかし、これらは、書面に記載された指示の背景や交付経過を示す資料にはなっても、書面に存在しない別の義務を新たに加える資料にはならない。
例えば、「収入を月額11万円まで増やす」という指示と、「収入を増やすか、自動車を処分する」という選択的な指示は、履行方法も違反判定も異なる。行政側が選択肢を認めるつもりなら、誰が読んでも選択肢と期限を理解できるよう、書面の指示内容欄に明記する必要がある。
指示理由欄も、指示内容欄の代わりではない。理由欄に過去の経緯を書いただけで、そこから新しい履行義務を読み込むことはできない。
第5 実現不可能・著しく困難な指示
最高裁は、生活保護法27条1項に基づく指導又は指示の内容が客観的に実現不可能又は著しく実現困難である場合、その不履行を理由として同法62条3項による保護の廃止等をすることは違法になるとした。
したがって、書面の形式が整っているだけでは足りない。収入目標、就労、資産処分、転居又は医療に関する指示では、本人の健康状態、技能、年齢、雇用機会、取引量、必要経費、資産の用途、履行期限及び利用できる支援を踏まえ、客観的に実現可能かを検討する。
達成困難であったことが判明した場合は、直ちに不利益処分へ進むのではなく、指示内容の変更、期限延長、他の選択肢及び支援策を検討し、その過程を記録することが望ましい。
第6 行政側・被保護者側の実務チェック
1 行政側
① 指示内容、理由、履行期限及び不履行時の取扱いを区別して記載したか。
② 選択的な履行方法がある場合、その全てを書面に記載したか。
③ 数値目標の根拠と実現可能性を事前に調査したか。
④ 被保護者の疾病、障害、家族状況及び就労環境を考慮したか。
⑤ 書面交付、説明、質問と回答及び受領状況を記録したか。
⑥ 弁明の機会など、62条4項その他の手続を履践したか。
2 被保護者側
① 指示書、決定通知書及び封筒を保存したか。
② 指示内容欄と理由欄を分けて確認したか。
③ 指示前後の面談記録、ケース記録の開示資料及び提出書類を確保したか。
④ 履行が不可能又は著しく困難であることを示す収入資料、医療資料、求人情報及び取引記録を集めたか。
⑤ 審査請求、取消訴訟、執行停止及び国家賠償請求の期限と要件を個別に確認したか。
第7 判決の射程と差戻し後の審理
最高裁は、保護廃止決定及び国家賠償請求について最終的に違法・適法を確定したものではない。書面上の指示内容を月額11万円までの増収だけと確定した上で、その指示が客観的に実現不可能又は著しく困難であったか、廃止決定が違法か、さらに国家賠償法上も違法と評価されるかを審理させるため差し戻した。
したがって、「書面に不備があれば直ちに国家賠償が認められる」と一般化することはできない。処分の違法性、国家賠償法上の違法性、故意・過失及び損害・因果関係は分けて検討する。
第8 参考資料
① 最高裁平成26年10月23日第一小法廷判決(平成25年(受)第492号)全文
② 生活保護法
③ 生活保護法施行規則
④ 国家賠償法
(本記事はAIが作成した一般的な解説であり、個別事件に対する法的助言ではない。生活保護の停止・廃止、審査請求及び訴訟では、現在の法令、処分通知書、指示書、ケース記録及び期限を確認する必要がある。)